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のらねことすていぬ

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寒さが厳しく常に気を張っていないといけない北方の砦と違い、王都は温かく豊かだった。
たった5年たらずしか離れていないというのに、そのことに感動すら覚えた。


そして久しぶりに会った彼は中隊長になっていた。
配属の内示で聞いてはいたが貴族でない身としてはかなりの出世だ。
彼はとっくに結婚して家庭を持っているだろうと思ったのに、いまだに独身だということに無駄に心臓が高鳴った。

戦いが終わり、王宮内を静かに歩く彼は、相変わらず色が白く細い。
剣を振るうこともあるのだから、それなりに筋肉もついているだろうに、俺はその細さがただただ心配になった。

中隊長として指揮を執る姿。
他の隊員と連れ立って歩く姿。
細い首筋。
繊細そうな指先。
目に入る彼の姿すべてを、瞬きすら忘れて追ってしまう。

仲が良いらしいシュー・セプテム中隊長とじゃれ合う姿には、心が乱されてしょうがなかったが、それすら見ることがやめられない。

セプテム中隊長は名うての色男だ。
間違えても男であるフレーチャー中隊長と『そういった仲』にはなりえない。
そう思って心を静めるが、気軽に肩を組んだり頭を撫でる仕草に、俺も早く出世しなければと焦った。

馬鹿な真似はしないから見ることくらいは許して欲しい。
ただでさえ目立つのだから、見られ慣れているのか俺の視線にも反応はない。
何度か言葉を交わしたことがあるとは言え、俺のことなんて同じ部隊でも覚えているかどうか怪しいくらいだ。





沸々と滾るような気持ちを持て余しながら半年も過ぎた頃、新人の歓迎会が開かれた。
俺は時期外れの異動だったら歓迎会なんてなかったが、騎士学校を出たての新人が入隊したからだ。

騎士はどいつもこいつもやたら酒を飲む。
戦争もないこの時期にそれほど鬱憤も溜まっていないだろうにと呆れるほどだ。

今回もいつになったら帰れることか、と参加したら意外な顔がいた。
フレーチャー中隊長だ。

彼はこういった宴会には参加しないと有名だ。
今まで何人もの隊員が食事や飲みに誘っては断られている。

だがそのフレーチャー中隊長がどうしてか今回の飲み会には参加することにしたようだ。
古参の隊員はそのことに張り切って飲みすぎてあっさり潰れ、新人は緊張しすぎて飲んでは吐いてと、いつも以上に皆酒が進むのが早い。


幸いにも俺は彼から一つ離れたテーブルに座ることができた。
ちらりと覗き見ると、ほんのり染まった頬が艶めかしい。

「中隊長はぁ、どんな人が好みなんですかぁぁぁ?」
「あ、それ俺も気になります! 全然、普段女の子の話とかしませんよね!」

酒を飲んでいるふりをしつつ、会話を盗み聞く。
同じテーブルの奴らも興味があるらしく、会話をしながらも意識はそぞろだ。

「あー……そうだな。どちらかと言うと、あんまり口数が多くなくて、控えめな感じが好き、かな?」
「へー、大人しい感じが好きなんすね!」
「俺も、大人しくって可愛い子に朝ごはんとか作ってもらいたいっす! で、行ってきますのチューとか、夢だなぁ!!」

大人しいタイプ。
確かに、彼には出しゃばらず控えめな女性が似合っているのかもしれない。
間違っても俺のような、飢えた犬みたいな男じゃなくて。
北方部隊で鍛えられたから料理だってできるから、それを振る舞う夢くらいは見させて欲しい。
そう思いながら聞いていると、彼は予想外な言葉を紡いだ。

「私はそれは逆だな」
「逆? ……え、もしかしてそれって、つまり終わったらさっさと出てって欲しいってことですか?」
「さ、さすが氷の中隊長……」


彼と同じテーブルの男たちが黙り込み、つられるように静かな輪が広がる。

俺はできるだけひっそりと席を立つと厠へ向かった。
酒を飲んでいたせいもあるが、それ以上に心の中に靄がかかったような気分だった。

フレーチャー中隊長の恋愛の話は当たり前だが初めて聞いた。
大人しい人が好きだということは、苛烈な相手に苦労してきたのか。
事後は早く出て行って欲しいということは、今までにしつこくされたことがあるんだろうか。

彼はいい大人で、恋愛経験があるなんて当然なのに。
あのまま話を聞いていたら、男同士であるのに馬鹿なことを言い出しそうだった。



厠の扉を開けて薄暗い廊下に出ると、予想していなかった人が壁にもたれかかっていた。

「……フレーチャー中隊長?」

飲みすぎて幻想でも見ているのかと思ったが、確かにそこに居るのはフレーチャー中隊長だった。

「中隊長、どうかされたんですか?」

壁に寄り掛かる彼の顔を覗き込む。
今まで彼が酒を飲んだところを見たことがないから分からないが、もしかして体調が良くないのか。
普段から睡眠時間を削って仕事をする人だ。
今日だって忙しいのを押して来たのかもしれない。

「飲みすぎたのかな……あまり、気分が良くないんだ」
「おまちください。すぐに水を持ってきます」

やはり、とテーブルへ走ろうとすると、細い指に腕を掴まれた。
近づいた体に、こんな時なのに体温が上がる。

「水はいい。いらない」
「中隊長、ですが」

酒の飲みすぎならば、介抱しなければ。
そう思って瞳を合わせると。
どこか蠱惑的な表情の彼と目が合った。

「家まで送ってくれないか?」

その言葉が耳を伝って脳に到達し、ゾクリと肌が粟立つ。
彼は、その言葉の意味を分かって言っているんだろうか。
酔って男に部屋まで送らせるなんて、自ら食い散らかされようとしているようなものだ。
逡巡していると、悪魔のように甘い声が聞こえる。

「イブリース隊員、いいだろう?」

その声に、俺はいつの間にか頷いていた。




混乱しすぎて一周回って冷静になり、辻馬車を捕まえる。
共に乗り込んだ馬車で彼の頭が肩に触れて、そのことに破裂しそうなほど心臓が高鳴った。
期待しすぎる胸を、彼はただ酔っているだけかもしれない、と何度も宥める。
でないと馬車の中ですら襲い掛かってしまいそうだった。

必死に頭を回転させて彼の会話を思い出す。
どうして親しくもない俺に家まで送らせようと思ったのかは分からないが、とりあえず彼は大人しい人間が好みらしい。
できるだけ大人しく、大人しくと頭の中で呪文のように繰り返した。





彼が住むフラットは、騎士の詰め所からそう遠くない、あまり人気のないところにあった。
伯爵家の俺の家と比べる気はないが、それでも寂し気な佇まいだ。

階段を上がると、彼は躊躇もせずに俺を部屋に招き入れる。
バタン、と扉が音を立てて閉まって、男が二人も入ったらいっぱいになってしまう玄関に、彼のものか俺のものか分からない吐息が聞こえた。

ふと間近で目が合った。
そう思ったら、唇に柔らかい感覚が押し付けられていた。

「っ、中隊長……!」
「ヴェロス、だ、」

唇はいったん遠ざかり、首に回された手に引き寄せられて、彼が再び口づけてくる。
舌で唇を弄ぶようになぞられ、熱い舌が口腔に潜り込んでくる。

その卑猥な感覚に、俺は彼が誘っているんだということを理解して。
恐ろしほどに湧き上がる獣欲に、俺は息を詰めた。








男ははじめてかと聞かれて頷いた時、なぜか童貞に戻ったような気がした。
だが経験がないのは本当だ。
ヴェロスさんとする機会なんてあるはずがないと思っていたし、他の男としたいとも思わなかった。
彼を快くできないかもしれない、と慌てたが、彼に連れられて寝室へと入る。

ヴェロスさんは慣れた手つきで俺の服を脱がせ、体を触ると性器を引っ張り出した。
跪いた彼を思わず止めようとしたが振りほどかれる。

……もしかして、「大人しいほうがいい」っていうのはこういうことなのか。

何もしないだなんて耐えられない。
していいなら俺だって触りたいし舐めたいし彼に気持ちよくなってほしい。
だけど勝手なことをして彼の気が変わってしまうのを恐れて口をつぐんだ。

彼に触られ舐められて、酒が入っているにも関わらず俺の性器はあっという間に大きくなった。
そのことを恥ずかしいと思うこともできないくらい、強い刺激に奥歯を噛みしめる。
性器を口いっぱいに含む卑猥な彼の顔を見ながら、なんとか快感を逃す。
油断したら彼の口の中に出してしまいそうだ。


は、と息を吐いて彼が口を離す。
惚けそうなほどの快感に息をついていると、彼が自分で後孔をいじっているのが目に入った。
卑猥すぎるその姿に思わず手を出しそうになったら、彼は俺が動くより早く膝の上に跨ってきた。

「も、我慢できない、」

彼がそう言うが早いか、俺の性器が彼の体に入り込んでいく。
挿入する時に、ずず、と音すら聞こえた気がする。

「あ、あー、は、……ぁ」

手慣れているんだろうか。
女だって挿れる前にもっと前戯をするだろうに、わずかに弄っただけの彼のそこは俺を柔らかく受け止めた。

控えめとは言えない大きさの自分の性器が彼の内側を暴いている。
そう思うだけでたまらなかった。

「あ、ぁあ、あ、ん、」
「……っ、!」

彼は緩く動きながらも快感を拾っているのか、内腿がびくびく痙攣している。

腰骨を掴んで、もっと奥深くまで貫きたい。
すっかり蕩けきって自分を飲み込んでいるそこを突き上げて蹂躙して、俺だけのものにしたい。
彼の気持ちのいいところ探して泣かせたい。

だが自分にそれが許されているのか分からない。
彼は俺を大人しく従順な男だと思って誘ったんだろうか。
もしそうで、彼は好き勝手に抱かれるのを良しとしない・・・主導権を渡したくないタイプなのだとしたら。


せめてこの程度はと、俺の上で跳ねる体に、ゆるく手を添えた。

きっちりと着こまれたままの彼のシャツの隙間から、濡れた屹立が見え隠れする。
その晩は甘い苦悶が続いた。
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