Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都

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第三部

57.新しい季節 1

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 新学期が始まった。

「よかったわ。入学式まで桜がもって」
 北山高校の正門の桜が遠くに見えると、母が嬉しそうに言った。
 同じ制服を着た生徒がまわりを囲み始め、聞きなれた声が勢いよく僕の背中を叩いた。
「せいはっ」

 振り返ると、そこには濃紺のブレザーに身を包んだ果歩がいた。春の光を跳ね返す真っ白なブラウスに、赤いリボンが結ばれている。
「いいわねー。女の子は。かわいくて」
 目を細めてほほ笑む母に、果歩はスカートの端を軽くつまんでお辞儀をしてみせた。演技のあと、女の子がたまにしているポーズだ。
 思わず目を奪われてしまったのは、中学の時よりも制服のデザインが優れているからに違いない。

「やっぱりそのスカート、少し短すぎないかな」
 果歩の横で熊みたいなおじさんが、心配そうにぽつりと言った。
「あら、常葉木ときわぎさん。ご無沙汰してます」
 母はおじさんに挨拶した。
「果歩ちゃんには一緒に勉強していただいたそうで。お陰様で無事なんとか合格できまして」
 二人はお互いぺこぺこ頭を下げあった。

「まったく。パパってば。このスカートはお店に買いに行ったときに『最初からかわいい長さにしておきますね~』って言われて作ったんだから、なんにも心配いらないって言ってんのに」
 果歩のスカートからは、受験というブランクがあったにも関わらず、上手く滑れそうな脚が伸びていた。この形が損なわれてしまったら、苦労してできるようになっていた技もできなくなってしまったかもしれない。そうなる前にまた氷に戻れて本当によかった。僕はあらためて合格の嬉しさを実感した。
 まわりを新しい仲間たちが通り過ぎていく。果歩ほどスカートの短い生徒は見当たらない。

「確かにちょっとマズいかもな」
 僕がそう言うと、おじさんは「うわー、制覇君にまで言われてしまったー。まずいよねー、これはやっぱりまずいよねー」と面白いほどおたおたした。果歩は「でもコスチュームよりは長いんだけどなあ」と、不満そうな顔でスカートの裾をつまんだ。

「そうだわ! 写真撮りましょうよ、写真っ!」
 母が、正門の方を指さしそう言った。
「ほらほら、制覇も果歩ちゃんもそこに並んで」

 僕たちは桜を背景に、門の前に並ばされた。僕たちの前で、母とおじさんがカメラを構える。
「せっかくだから高校の名前が入った方がいいなあ。もうちょっと場所ずれようか」

 おじさんはすっかり写真に夢中になり始めた。次々と僕たちに注文をつける。
「あー、そこじゃ桜が入らない。あと五十センチずれて」
「光の加減がイマイチだなー。ちょっと顔の向き変えてくれるかな?」
「二人ともちょっと斜めに立ってよ。バランスが悪いから」

 おじさんはカメラを構える度に何かに気がつくようで、なかなかシャッターを切らない。いつ写されるのかと緊張していた僕に、果歩は笑って
「まったく、パパってばマイペースなんだから。制覇はリラックスして待ってて大丈夫だよ」
 と言った。

 カメラをのぞいているおじさんの頭に白いものがとまった。桜の花びらだった。僕の目の前でも一つひらひらと舞って、果歩との間を行ったり来たりした。
「じゃあ撮るよー」
 やっと決意したおじさんの後ろには、同じ場所で写真を撮りたい新入生親子の行列がいつの間にかできていた。

 おじさんが僕たちにOKを出した時、厳しそうな女の先生が学校から出てきた。
「あら! あなた、初日からそのスカート丈で来るとはいい度胸ね」
 その先生は果歩の前で止まると、上から下までじろじろと見た。
「やっぱり。あの長さはまずいと思ったよ」
「制覇君、心配してたのそこ?」

 先生は、入学式が終わったら生徒指導室に来るようにと言った。
「えー? ちょっと待ってください、これお店の人に言われてこの長さにしたんですよ? 生徒指導室に呼ぶなら、私じゃなくてお店のお姉さんを呼んで下さい、お店のお姉さんを」
「スカートが短い上に口答え、と。あなた名前は?」
 先生は眼鏡を持ち上げながら言った。果歩が言葉に詰まっていると、門の中から木野が手を振ってきた。
「おーい、常葉木ー! お前二組だったぞー」
 果歩は反射的に先生を無視して、木野に振り返った。
「そうなのー!? もしかして同じクラスー?」
「おーよ! 制覇、お前は一組な~!」

 先生はポケットからメモ帳を出して「一年二組ときわぎさん、ね」と書き留めた。


 新学期になって、大阪のクラブの風景にも変化があった。
 新六年生が少し減り、代わりに一年生くらいの小さな女の子が何人も増えた。
 新しいメンバーは、どの子も氷の上ではよちよち歩きのペンギンのよう。姫島先生はまるで赤ちゃんにでも接するかのように、ものすごい笑顔で接していた。僕に対する態度と比べたら、はっきり言って別人だった。

 たまに、陽向さんが南場さんにスピンを教えているのも見かけるようになった。
「今よ、今。そこでひゅっとやってから、きゅっとやって!」
 僕がリンクに着くと、陽向さんがはしゃいだように大きな声を上げていた。

「こんにちは、制覇君。ちょっと待っててね」
 僕が来たのに気がつくと陽向さんはそう言った。南場さんは
「相手が来たんなら、もういいよ」
 と、切り上げようとするのに、陽向さんは納得いかない顔をして、
「いいから逃げないで! 私がやってみせるから、ちょっと見てて!」
 と、スピンの見本を始めた。そんな陽向さんと入れ替わりで南場さんが僕の隣に立った。

「七級取るの、やめたんだ」
 陽向さんは僕たちの前できれいなキャメルを回り始めた。数回転したところで、コツを伝えるためわざと大袈裟に足を置き換えて、姿勢をシットに変えた。
「これからはもうカッコつけてても仕方ないし、教えてもらえる人には教えてもらおうと思って。せっかく自分より優秀な奴が側にいるのに、年下だからとか女だからとか、そんなこと気にしてたら、馬鹿だよな」

「上を目指す気のない人に教えてあげるほど、私、暇じゃないんですけど? ちゃんと七級目指してがんばって!」
 スピンを終えた陽向さんが、南場さんに詰め寄った。
「そっか。じゃあ俺につき合うのは時間のある時だけでいいよ。俺はもう上を目指すつもりはないから。今はただ、気がかりなことを残したまま、スケート人生を終えたくないってだけだから」
 南場さんは、きょうちゃん先輩と同じようなことを言って笑った。

「とにかく! 足を変えた時に、ぐっと入ってパって感じだからね? 分かった? やってみて!」
「うーん。もうちょっと、語学力のある奴に教わった方がいいかもな」
 南場さんがそう言って笑うと、陽向さんは南場さんをぽかぽかと叩いた。
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