1 / 1
出会い
しおりを挟む
そこは小さな村。
伝承を好む老人達のいる静かな農村。
そんな村の外れには伝承の1つにある【庭】がある。
今ではフォグガーデンなどと洒落た名前で呼ばれるようになった静かな場所だ。
人の立ち入る事の無い場所故、年寄り勢は【庭】を危険な場所と判断した。
子供達は近寄らないようにと常日頃から言われている。
竹林と苔むした石の階段を抜けたその先…。
存在感のある、けれど今にも消えてしまいそうな、ひっそりとした古びた庭…。
霧の庭と呼ばれる神秘的な場所がある。
所々から日の光が差しているその場所には、1つの言い伝えがある。
【古の神々が降り立つ聖なる息吹】。
それが何を指し示すのか…。
それはある秋の日の夕暮れ時の事。
村の娘【葵(あおい)】が心の中に感じた1つの小さな焦がれ。
どことも知れず、無意識に…。
焦がれるままに突き動かされ、その身ひとつで歩(ほ)を進めていく。
その瞳に映ったのは薄れる夕日も届かぬ、先の見えない暗き庭。
間も無く日も落ちそうな、薄い月明かりの差し込む夜の時へと入っていく。
白い狐の神に包まれているかのように、庭は白き霧で包まれる。
それは、そこにあるのか否か…それすらも分からない霧の帯。
けれど、霧はそこにあり、庭への道を小さな足が一歩…また一歩と踏んでいく。
苔や小石で出来た道は、人が歩くには似つかわしくない。
けれど、葵の歩みは穏やかに…それでいてしっかりと足跡を残し、霧が消してゆく。
いつまで続くのかと不安になってもおかしくない長き道。
しかし、少女の顔に曇りは見えず、見知らぬ先を知っているかのように歩き続ける。
道の終わりは、庭のはじまり…。
それは記憶か既視感か…。
庭の中へと足を踏み入れるそのひととき。
心に抱くは懐かしさ…ほんのりとしたあたたかみ。
ゆえに覚える奇妙な冷気はその場に異物感を感じさせる。
そこに何かあるのか…あらゆる感覚が生まれ、次第に心が穏やかになっていく。
決して一本道ではないのに、決まったコースを歩いてゆく…意味があるのか…。
…ふと、鈴の音が聴こえてきた。
涼やかで小さな音なのに、心を染めていくかのような…。
心地好さに誘われ、音の聴こえた方に向き直ると、そこには若いであろう男が立っていた。
力強さは感じられないが、白い衣を身に纏い、流れるような銀色の髪…。
夜を迎えたばかりの柔らかな月光が集まっているかのように、百合色に照らされ淡く輝いている。
そよ風が吹くだけで消えてしまいそうな泡の脆ささえ感じてしまう白い肌。
葵は射抜かれたように目を見開き、まるで現(うつつ)を模した夢に魅せられたような…。
それは穏やかになる心地の好さだった。
『そなたが人の子であるというのならば、この地へ立ち入る事は許されぬ…去るといい。』
男の告げた声は透き通る様な声で静かに響くものだった。
その透き通った消えそうな声は、行方の知れぬどこか遠くから響いてくるかのような…。
直接的でこそないものの、柔らかくも冷たい優しさに満ちた響きが感じられるものだった。
男は偽りのない優しい笑みを浮かべ、僅かながら首を傾げる。
『私は霧を纏った。この姿がその瞳に映って…見えているというのか?』
小さく頷く葵の姿に、先程までとは異なる意思が見えてくる。
『偽りではないと理解した。私はこの地を統べ、この庭を守る者。そして…。』
男は息を飲んで言葉を紡ぐ。
『この地にて待ち続ける者…この庭で貴女の来訪を長きに亘(わた)り待っていた。』
男の強く重い願いがその言葉に込められていた。
葵の心には間違いなく困惑が存在していた。
しかし、男の言葉は信用に足るものであり、何かが心に呼びかけていた。
男の澄んだ声と、葵の心への呼び掛けに引き寄せられるかのように…。
見えない何かを欲するかのように一歩…また一歩と近付いていった。
「待っていた、だなんて…ありもしない現を説かれているよう…」
次第に霧が落ち着いていく様子に、男は興味を引かれ始める。
「そう…何となく…ただ何となく足が向いた…この庭に…。」
『それでいい。種を問わず、個を持つあらゆる者には、還される場所がある。
意識せず歩を進め、安寧叶う場所…。者と神の縁が交わる場所が。』
男の瞳は拒むものの無い深き湖の様で、気を緩めずとも見つめるだけで吸い込まれそうだ。
鬼が出るか蛇が出るか…それすらも思う間も無い程に。
彼はゆっくりと白い手を差し出してきた。
『おいで、葵よ。私と共に、地在るこの世と終わりを持たぬ時の世…。
憶と現の狭間にしばし漂い、忘れ去られた記憶の糸を紐解いてゆくとしようか。』
葵は男の手に触れた。
感触は無さそうだが、その手はそこに在った。
雫が一滴。
その瞬間、目の前に見える色の無い幾千もの記憶が色彩を纏う。
目にしたもの…それは古の村の風景や人々の穏やかな暮らし、そして神々との交わりのフィルムだった。
葵はまるで、古い時代しか知らず、その場所でのみ生きる別の自分を見ているかの様だった。
見知らぬ時に音を感じた。聞こえる筈の無い音を。
「これは…私の記憶?」
葵はポツリとつぶやく。
『そう。君はかつてこの村の巫女だった。人々の願いと神々の声を繋ぐ役目を担っていた。君と共に私の記憶も鮮やかになった。』
葵の心は不思議な安堵と懐かしさに包まれた。何一つとして拒むものなどない。
「私は…忘れていたのですね。」
男は静かに頷き、温かな手から離れる。
『しかし、過ぎた記憶は過去のもの、塗り替える事は叶わぬ。今のお前が帰すべき場所…お前を表す今という地を…忘れてはならぬ。』
気付けば深き霧は晴れ、この一時の庭は静寂に包まれていた。
男の姿も、彩られた幾つもの記憶も、鈴を鳴らす穏やかな風と共に緩やかに舞い上げ、遠ざかるように消え去っていく。
星々の見えていた夜が明ける頃、葵は庭に入口に立っていた…何をするでもなく、ただ見通す様に。
全てが夢だったかの様に、朧気な記憶しか残っていないが、彼女の心の中にはなぜか温かな光が灯っていた。
それは、、古きフィルムを共に彩った彼と過ごしたかのような、現にも思えた幻のようなひとときの名残だった。
それからというもの…。
度々「霧の庭」へと足を向ける葵の姿を見る者が多くなった。
人の一生では計ることの出来ない遥か昔に交わされた、数多の神々との契り。
切る事の出来ない尊き誓約を延々と消えぬ霧と共に守り続けたのだという。
そして村では、霧の庭を訪れる度に美しい光に包まれ、安らぎを得られる…。
そう…語り継がれてゆくことになる…。
紡がれた…霧の約束と共に…。
伝承を好む老人達のいる静かな農村。
そんな村の外れには伝承の1つにある【庭】がある。
今ではフォグガーデンなどと洒落た名前で呼ばれるようになった静かな場所だ。
人の立ち入る事の無い場所故、年寄り勢は【庭】を危険な場所と判断した。
子供達は近寄らないようにと常日頃から言われている。
竹林と苔むした石の階段を抜けたその先…。
存在感のある、けれど今にも消えてしまいそうな、ひっそりとした古びた庭…。
霧の庭と呼ばれる神秘的な場所がある。
所々から日の光が差しているその場所には、1つの言い伝えがある。
【古の神々が降り立つ聖なる息吹】。
それが何を指し示すのか…。
それはある秋の日の夕暮れ時の事。
村の娘【葵(あおい)】が心の中に感じた1つの小さな焦がれ。
どことも知れず、無意識に…。
焦がれるままに突き動かされ、その身ひとつで歩(ほ)を進めていく。
その瞳に映ったのは薄れる夕日も届かぬ、先の見えない暗き庭。
間も無く日も落ちそうな、薄い月明かりの差し込む夜の時へと入っていく。
白い狐の神に包まれているかのように、庭は白き霧で包まれる。
それは、そこにあるのか否か…それすらも分からない霧の帯。
けれど、霧はそこにあり、庭への道を小さな足が一歩…また一歩と踏んでいく。
苔や小石で出来た道は、人が歩くには似つかわしくない。
けれど、葵の歩みは穏やかに…それでいてしっかりと足跡を残し、霧が消してゆく。
いつまで続くのかと不安になってもおかしくない長き道。
しかし、少女の顔に曇りは見えず、見知らぬ先を知っているかのように歩き続ける。
道の終わりは、庭のはじまり…。
それは記憶か既視感か…。
庭の中へと足を踏み入れるそのひととき。
心に抱くは懐かしさ…ほんのりとしたあたたかみ。
ゆえに覚える奇妙な冷気はその場に異物感を感じさせる。
そこに何かあるのか…あらゆる感覚が生まれ、次第に心が穏やかになっていく。
決して一本道ではないのに、決まったコースを歩いてゆく…意味があるのか…。
…ふと、鈴の音が聴こえてきた。
涼やかで小さな音なのに、心を染めていくかのような…。
心地好さに誘われ、音の聴こえた方に向き直ると、そこには若いであろう男が立っていた。
力強さは感じられないが、白い衣を身に纏い、流れるような銀色の髪…。
夜を迎えたばかりの柔らかな月光が集まっているかのように、百合色に照らされ淡く輝いている。
そよ風が吹くだけで消えてしまいそうな泡の脆ささえ感じてしまう白い肌。
葵は射抜かれたように目を見開き、まるで現(うつつ)を模した夢に魅せられたような…。
それは穏やかになる心地の好さだった。
『そなたが人の子であるというのならば、この地へ立ち入る事は許されぬ…去るといい。』
男の告げた声は透き通る様な声で静かに響くものだった。
その透き通った消えそうな声は、行方の知れぬどこか遠くから響いてくるかのような…。
直接的でこそないものの、柔らかくも冷たい優しさに満ちた響きが感じられるものだった。
男は偽りのない優しい笑みを浮かべ、僅かながら首を傾げる。
『私は霧を纏った。この姿がその瞳に映って…見えているというのか?』
小さく頷く葵の姿に、先程までとは異なる意思が見えてくる。
『偽りではないと理解した。私はこの地を統べ、この庭を守る者。そして…。』
男は息を飲んで言葉を紡ぐ。
『この地にて待ち続ける者…この庭で貴女の来訪を長きに亘(わた)り待っていた。』
男の強く重い願いがその言葉に込められていた。
葵の心には間違いなく困惑が存在していた。
しかし、男の言葉は信用に足るものであり、何かが心に呼びかけていた。
男の澄んだ声と、葵の心への呼び掛けに引き寄せられるかのように…。
見えない何かを欲するかのように一歩…また一歩と近付いていった。
「待っていた、だなんて…ありもしない現を説かれているよう…」
次第に霧が落ち着いていく様子に、男は興味を引かれ始める。
「そう…何となく…ただ何となく足が向いた…この庭に…。」
『それでいい。種を問わず、個を持つあらゆる者には、還される場所がある。
意識せず歩を進め、安寧叶う場所…。者と神の縁が交わる場所が。』
男の瞳は拒むものの無い深き湖の様で、気を緩めずとも見つめるだけで吸い込まれそうだ。
鬼が出るか蛇が出るか…それすらも思う間も無い程に。
彼はゆっくりと白い手を差し出してきた。
『おいで、葵よ。私と共に、地在るこの世と終わりを持たぬ時の世…。
憶と現の狭間にしばし漂い、忘れ去られた記憶の糸を紐解いてゆくとしようか。』
葵は男の手に触れた。
感触は無さそうだが、その手はそこに在った。
雫が一滴。
その瞬間、目の前に見える色の無い幾千もの記憶が色彩を纏う。
目にしたもの…それは古の村の風景や人々の穏やかな暮らし、そして神々との交わりのフィルムだった。
葵はまるで、古い時代しか知らず、その場所でのみ生きる別の自分を見ているかの様だった。
見知らぬ時に音を感じた。聞こえる筈の無い音を。
「これは…私の記憶?」
葵はポツリとつぶやく。
『そう。君はかつてこの村の巫女だった。人々の願いと神々の声を繋ぐ役目を担っていた。君と共に私の記憶も鮮やかになった。』
葵の心は不思議な安堵と懐かしさに包まれた。何一つとして拒むものなどない。
「私は…忘れていたのですね。」
男は静かに頷き、温かな手から離れる。
『しかし、過ぎた記憶は過去のもの、塗り替える事は叶わぬ。今のお前が帰すべき場所…お前を表す今という地を…忘れてはならぬ。』
気付けば深き霧は晴れ、この一時の庭は静寂に包まれていた。
男の姿も、彩られた幾つもの記憶も、鈴を鳴らす穏やかな風と共に緩やかに舞い上げ、遠ざかるように消え去っていく。
星々の見えていた夜が明ける頃、葵は庭に入口に立っていた…何をするでもなく、ただ見通す様に。
全てが夢だったかの様に、朧気な記憶しか残っていないが、彼女の心の中にはなぜか温かな光が灯っていた。
それは、、古きフィルムを共に彩った彼と過ごしたかのような、現にも思えた幻のようなひとときの名残だった。
それからというもの…。
度々「霧の庭」へと足を向ける葵の姿を見る者が多くなった。
人の一生では計ることの出来ない遥か昔に交わされた、数多の神々との契り。
切る事の出来ない尊き誓約を延々と消えぬ霧と共に守り続けたのだという。
そして村では、霧の庭を訪れる度に美しい光に包まれ、安らぎを得られる…。
そう…語り継がれてゆくことになる…。
紡がれた…霧の約束と共に…。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる