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第一章
01 異世界
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「やはり断線してたよ。こりゃネズミの仕業だな」
腰に手を当て、目の前にあるライトに照らされた複数のコードのうち一本が噛じられたような跡があった。周りにいた作業員からも深いため息が漏れる。ヘルメットの上にライトが点灯しており、オレンジ色の作業着に首にタオルを皆巻いている。ここは地下で坑道だ。電気を流す電線がやられたとなれば修復しなければ作業に支障が出るが、その前にネズミ駆除をしないとまた同じ被害が出る。だが、果たしてこの場所にこれ以上の鉱石が採れるだろうか? ほとんどは絶望的だろう。重労働で働く労働者を毎月養う分やその他の経費に対して利益が乏しい。多分、いずれここも閉鎖となるだろう。そしたら他の星へ転職しなければならない。また、新たな星で資源や鉱石を採掘する日々が始まる。うかうかしていれば求人はあっという間に埋まってしまうだろう。最近はロボットがどこでも導入が進められ人間の働き口が減っていた。かつては、人間の世話は全てロボットが行い人間は労働から解放される、そんな夢を抱いていたかつての自分達が懐かしいと多くが共感するだろう。現実はそう甘くはなかった。むしろ労働者は無職となり路上生活者だ。大都市では路上生活者は警察から目をつけられる為に必然的に治安の悪いスラムへと流れる。そうならない為にも汗水垂らして働き続けるしかない。
「直りそうか?」
「ああ」
「もういっそ俺達他の星にそろそろ行かないか?」
「そう言えばマルタという星はもう求人は出ていなかったなぁ」
「あの星はまだ開発が始まったばかりだろ?」
「アテストラ大企業が前代未聞の全てをロボットが作業する目標をたてたらしい」
「マジか。そしたらいよいよ俺達は必要無しか」
「CEOが言ってたぞ。危険で過酷な労働環境を改善すべく危険が伴うものは全てロボットが代行すべきだと」
全員が鼻で笑った。お偉いさんはいつだって自分達が正しいことを疑わない。
「バブルの時が懐かしいや」
人が宇宙に飛び出し他の星で資源の獲得が可能になってからは大量の雇用と賃金が生まれ、人々に金が巡り、まさに好循環が生まれた。それがバブルだ。しかし、猛スピードで消費する大量生産を基軸とした経済は周囲の星の資源を食い尽くし、今では循環も鈍化していき、比例するかのように人々の財布も寂しくなった。それまでは銀行に眠っている財産を有効活用する為に投資をしてお金を動かし更に利益を得ようとしていたが、景気が悪くなるととたんに破綻した企業や銀行が増え、財産を失った人々が増えた。不況は人々の心を奈落へと突き落とした。あとはみるみる生活水準が底なしに落ち続ける為に失業率や就職率の天秤がよろしくない状況が長らく続き、路上生活者は増加した。
男達はそんな黄金とどん底を両方経験していた。国は緊急の財政出動をかけたが、中身は官僚の天下り先企業とのズブズブな関係があとから露見し、様々な不正が出てきた。それを知った若者は政治不信を抱き、それは社会の不満と変わり、最近では治安の悪い事件が立て続けに起こった。政治家は過去の栄光を憧れ再び夢見るが、既にそうはならないことは明らかだった。
「直ったぞ」
「やめよやめよ。それでまた下へ送る電源が落ちたら死ぬぜ」
そういった男は無精髭を生やし、ヘルメットには1999という数字が書かれてあった。
労働者は基本名前ではなく番号で呼び合う。労働者には全員職員番号があてられ、それが働いている間の名前だ。とは言え、親しい仲では番号での呼び合いはしない。その男の名はリウ。リウは35歳でペギーという田舎出身だ。10月から雪が振り出し、本格的な雪は12月だが、その頃には雪はかなり積もる。雪かきの大変な時期に突入し、長い冬を越す。だからなのか冬が明けて春が訪れると皆でお祝いごとをする。祭りだ。大人達は酒を飲み大騒ぎする。それが許される日だ。彼だけでないが全員ここで初めて出会った仲だ。長時間潜るこの仕事ではチームワークが深まるから仲がよくなるまでにさほど時間はかからなかっただろう。
地下は酸素が届かない。その為に地下へは酸素マスクをする。残りの酸素量を示す測りを見ながら作業にあたる。地下には酸素投与のステーションがある為、そこで酸素を補給する。今まで酸素不足での事故はゼロだ。
「確かにその通りだな」
同意したのは2012の番号を持つ背の高い黒人。この中で一番パワーのある力自慢の男。趣味は筋トレというぐらいだ。だが、大学は体育会系ではなく文系だ。結局、就職は全く関係のない肉体労働に就いた彼だが、そっちの方がまだ金が貰えたからだ。名はジョン。
そしてもう一人、断線を見つけ応急処置を施し終えた番号2022で高卒で、年齢は30とまだまだ若く、髪と瞳は黒で背は他の二人に比べて低い。名はダンフォース・オーチー。
二人はあゝは言ったが、作業を休みにするわけにはいかない。
酸素マスクをつけ、地下へ向かうエレベーターに乗って下へ向かう。基本的に班ごとに作業にとりかかる。だが、エレベーターで下まで降りると、そこで会社のお偉いさんに止められた。
「悪いが本日でここは封鎖が決まった」
「え?」
「今までご苦労だった」
突然の解雇。黄金時代には失業手当があったようだが、この時代にそんなものはなかった。
外を出ると、遠くに白い円柱型の塔の無人の発電所が幾つか建っていた。
「俺達無職になっちまったな」とリウ。その横で「あゝ」と短く返事をしたジョン。
「これからどうする?」とダンは他二人に聞いた。
「なぁ、俺んとこ来いよ」
「お前んとこは寒いだけだろ」
「なんだと! そう言うお前んとこは暑いだけじゃないか。ペギーは梅雨がないから蒸し暑さもないしな」
「ハッ! こっちは年中雪かき不要だバーカ。それに海がある。お前んとこは田舎で森しかないだろ」
「馬鹿言っちゃいけねぇ。ペギーの住人にとって自然は生活に必要さ。狩りもするし、そもそもコンクリートに囲まれた街より遥かにマシさ」
「だが、暖房設備や電気やらはそのコンクリートに住んでる奴らが作ったもんだろ」
「いや、今は全部機械さ。自動化され労働者は消えた」
「あ……そうだったな」
二人は自分達もそうだと肩を落とした。それを見てダンは呆れた。
「さぁ二人とも喧嘩はそのへんにしてマジでどうするか考えないか」
リウは煙草を胸ポケットから取り出しポケットに入っているライターで火をつけた。体に悪いものを吸い込んでから、煙を履きながらそう言うダンを見た。
「お前はどうするんだ? 俺達と違ってお前には家庭がある。去年だっけ? 子どもが生まれただろ。一旦お前は家に帰って顔を見に行った方がいい」
「え?」
「子どもの成長は早い。お前が父親だってことを忘れさせない為にも戻った方がいい。別に無理して俺達独身コンビと一緒についてく必要なんかない」
手元にとりあえずある現金で宇宙船に乗るチケットは買えるが、宇宙は広い。ここで別れたら今度いつ会えるか分からない。
「俺達離れていても親友だろ?」とジョンは言った。
「あゝ」ダンはそう返事をした。
「そうだ。なら、写真撮らないか?」とリウは提案する。
「写真? お前カメラ持ってないだろ」
「カメラならあるぜ」
ダンはそう言ってカバンからカメラを取り出す。
「お前が写真か?」
「うるせぇ。ほら撮るぞ」
こうして撮った写真は三人にとって大切な宝物になった。
あれから10年後。
ダンの息子は11歳をむかえていた。リビングには父親と親友二人と撮った記念写真が飾られてある。ほとんどはデジタルで高画質の画像データで管理する中では珍しかった。
父はあの後親友に言われた通り家に帰った。残念ながらその頃の記憶はない。まだたった一歳だ。母が言うには父はその後で次の仕事を探しに直ぐに出掛けに行ったらしい。そしてようやく見つけた仕事が新しい星の調査団だった。開拓する為に調査団が向かい、あらゆる観測をしデータを送る。そこでは当然何が起こるか予測出来ない危険が伴う任務だった。だが、仕事を選べる余裕はなかった。
調査団の宇宙船へは父が戻って半年後に出発した。
だが、父はそれ以来戻ってくることはなかった。原因は不明。父の後も複数調査団が向かったが同様に誰一人として戻って来ることはなかった。その星をZとし、それ以降Zの開拓は断念された。
残された家族にとって生きているのか死んでいるのか分からないというのは残酷で辛い時間だった。遺体がなければ生命保険は適応されず、家庭は精神的にも経済的にもダメージを受けた。
今は鉄筋コンクリートの建物が密集した日当たりの悪い賃貸アパートに住んでいる。壁は薄く、男の怒鳴り声や子どもの騒ぐ声、外ではバイクの音が夜中でも聞こえる。迷路のような狭い道には車一台通るのはやっとだ。だが、ここに住んでいるような人はそもそも安いバイクを好むだろう。だが、バイクは自転車のように簡単に盗まれる。バイクを外に放置すれば、取って下さいと言っているようなものだ。だから、バイクは皆家の中に入れている。
ダンの息子ランスもいつかバイクが欲しかったが母はその度に反対している。
ランスはバスに乗って遠くの学校へと毎日平日通っている。学校は常に退屈だった。マンモス校で教室には無理やり詰め込んだ感じの生徒の数がいて、それに対して教師は一人で40人以上を相手にする。ここに来る子は問題児や家庭の事情で勝手に抜け出したり来なかったりもするので実際はその数字は毎日変動する。それでも毎日が騒がしいもので、クラスの半分以上は授業に興味なんて持っていなかった。優秀な奴はもっと教育環境の整ったバカ高い私立へ行き、大企業や政治家、弁護士、医者を目指す。俺達は生まれた瞬間から人生はほとんど決まったようなものだった。ここから這い上がれる奴はこのマンモス校に果たして何人いるのか? いたとしても片手で十分なくらいだろう。なんなら学校なんてやめて今直ぐにでも働きに行った方がいい。実際に隠れて仕事してる奴だっている。だが、母はそれを許さなかった。
母は父が亡くなったか分からないのに再婚した。その男は自走式バケットホイール掘削機がある職場で働いていた。俺はその人に連れられそのデカイ機械を見て驚いた。その頃はまだ5歳だったから。あんな凄いのがしかも動いているのに感動すらしていた。あの機械達が労働を奪っているというのに。
全自動化は大量消費に対応する大量生産の効率化だ。つまり、人間はいらない。
もし、この世に神様がいたとしたら色んな星を食いつぶす害虫をどう見るだろうか。直ちに害虫駆除を躊躇なく実行するだろう。そして、人類滅亡。だが、もし神がいたとしたら実行するのに遅すぎた。
ランスの二人目の父親は8歳になった頃に職を失い、新たな仕事先は他の星だった。結局、二人も父親は宇宙へと、遠くへと行ってしまった。それから11になるまで帰ってくることはなかった。
ある日の朝。スナックの仕事から帰ってきた母は息子の顔を見るなり思い出した顔をしてこう言った。
「あゝあんた、来月から父さんの知り合いのリウさんとこ行くことになったから」
「え?」
「持ってくもの準備しときなさいよ」
「どこだって?」
「寒いとこ」
それじゃここより遠い場所だ。
「引っ越して今度はその人の家に行くの?」
「違うわよ。あなた一人で行くの。一人で行けるでしょ?」
「母さんは?」
「私は仕事があるから」
「なんで一緒に住めないの?」
「家賃が上がったからよ。ねぇ、一人で大丈夫でしょ?」
「なら、今の仕事辞めて一緒に出ればいいじゃん」
「そうはいかないわ」
母は脱衣場に向かって扉を閉めると、着ている服を洗濯機に放り込むとスイッチを入れた。洗濯機の悲鳴のような酷い音が鳴り響き、母はそのままシャワーへと向かった。ランスは扉に背中をつけ寄りかかる。
「どうして皆勝手なんだよ」
シャワーの音でランスの愚痴は母の耳には入らなかった。
ペギーは10月から雪、本格的な雪は11月後半から。除雪機と暖房は住人にとって必需品だった。
「良かったよ、雪が酷くなる前で」
リウはそう言いながらピックアップトラックの助手席に座るランスを見た。ランスは相変わらず口数が少なかった。だが、リウは機嫌を悪くせず、むしろランスに同情した。
「俺の実家は農家で沢山土地を持っているんだ。俺は時期になったらそこで働いている。それ以外は別の仕事をして稼いでる」
「なら、どうして父と一緒に他の星で仕事してたの?」
ようやく喋りだしたランスを見て、僅かに口が緩んだ。
「農家って言っても天気に左右されるからな。自然を敵にしたら叶わない。それにな、俺の父親は昔は農家を直ぐには継がず軍へ入隊したんだ。暫くは与えられた任務をこなしてたが、仲間が不慮の事故に合って、それからは退役。農家を引き継いだ。広い土地には機械が必要だ。今じゃ、農業も人が全てじゃない。品種改良や機械を新しく導入したり金のかかることばかり。父は考えて農業以外で稼いで実家の農業にプッシュした。銀行から金を借りるのが普通なんだが、銀行は当然担保を求める。担保って言うのは金を返せなくなった場合、例えば土地を担保にしていたらその土地は銀行のものになるって感じだ。最近は金利が高いからな、超低金利の時に戻らないかって皆思っているよ」
「皆、厳しい?」
「あゝそうだな……」
「父さんはどんな人だったの? 正直、覚えてないんだ」
「父さんは機械にとにかく詳しかったよ。俺とジョンは苦手でね。だからポンコツが不具合を起こしたらいつも父さんが直してくれたよ」
「父さんは機械を憎んでなかったの?」
「あゝ憎んではなかったな。俺もジョンも憎んではなかった。機械がなきゃ困ることがむしろ増えたよ。昔はそんなものが無くても困らなかったのに、今じゃそうはいかなくなった。宇宙へ行って稼げるようになったのも機械のおかげさ。良いこともあればそればかりでもないさ」
「そう……」
「機械が憎いか?」
「うん。機械がなきゃ皆遠くに行かない。父さんもいなくなったりはしなかった」
「確かにその通りだな」
ランスは窓の外を眺めた。ほとんど建物はなく、自然という長いトンネルの中をずっと走っていた。ほとんど葉が落ちていて、多分温かい季節に行けばここは緑でいっぱいになっていただろう。
「他の星に行った時、どんな感じだった?」
「まるで異世界だった。でも、徐々に人が増えてくと変わらない景色になった」
「ここも人が沢山増えたらこの自然も無くなっちゃうね」
「そしたら困るな。住人はここの自然が好きだから」
フェリー乗り場から車での移動は約4時間、その前の移動もあるからかなりの距離を移動したことになる。
結局、到着した頃にはすっかり空は真っ暗になっていた。
車を降りて空を眺めると、沢山の星がよく見えた。
ランスは自分の大きな鞄を持ってリウに続いた。煙突のある三角屋根の2階建て。築100年以上はありそうな家だが、中は掃除が行き届いており清潔だった。
「雨の日はちゃんと泥を落としてから中に入るようにな。疲れたか?」
ランスは首を横に振った。
「先に部屋を案内しよう」
階段にあがり、階段の直ぐそばの部屋に案内された。ベッドにクローゼット、必要最低限は揃っていた。ランスは自分の荷物をベッドの上に置いた。
「シーツは自分でかえるんだ。腹は減ってるか?」
ランスは「ううん」と返事をした。
「分かった。なら、先にシャワーを浴びてきた方がいいな。その間、俺は下のキッチンにいる。シャワーが終わったら下に来てくれ。食事にしよう」
ランスは言われた通り着替えの服を持ってバスルームへと向かった。バスルームは自分の家より広かった。
シャワーを浴びて、それから浴槽に入った。湯はランスを包み、ホカホカさせた。時がゆっくりと流れる感じで、色んな出来事から遠ざけた。
バスルームから出たランスは下に降りた。テーブルの上には食事が既に用意されてあった。
「随分長かったな。てっきり気絶してるのかと思ったよ。寝てたのか?」
「いや……そう? 長かった?」
「あゝ気にしないでくれ。別に構わないさ」
ランスはリウの向かいの席に座った。木の大きなテーブルはまるでお手製の感じがした。所々、表面に傷が複数見えた。
「さぁ、いただこう」
ランスもリウも信者ではなかったので、食事前の儀式的なものはしなかった。リウは赤ワイン、ランスは水の入った飲み物。テーブルにはパンとスープ、それからメインの焼いた魚。
「なぁ、ランス。学校なんだがいつからがいい?」
聞かれたランスは迷った。
「行かなきゃダメ?」
「そりゃダメだろ」
意外な答えにリウは驚いた感じだった。
「学校は嫌いか?」
「勉強って意味あるの?」
「意味? さぁな。考えもしなかったよ。学校に行くのは当たり前としか思ってなかったからな」
「勉強しなくても仕事はできる」
「それはどうかな? 君のお父さんは電気にかなり詳しかった。俺はその辺の知識がなかった。知識があったから父さんは俺より詳しく色んなことが出来た。つまり、知識は出来る幅を広げる」
「俺は馬鹿だったから後悔してる。丁度お前さんくらいの頃からもっと勉強しておけばってね。後悔はいくらしてもしきれない。だが、時間はいくらでもあるわけじゃない。時間は流れていくだけだ。重要なのはその時間をどう活用するかだ」
「分かった」
「お、やる気になったか」
「父さんみたいに電気に詳しくなりたい」
リウは言葉が詰まった。ワインでそれを流すかのように飲むと、父さんの背中を追いかける少年の目を見た。それは記憶に眠るあの目とよく似ていた。
「父さんは高卒だったが、電気系の高校に行っていた筈だ」
その後もランスとの会話は弾んだ。宇宙人はいると思うか? だとか父さんのこととか。最初はどうなるかと思ったが、その心配はほとんど消えた。
ランスがベッドで眠ったのを見届けると、リウは母親に電話をかけた。電話は直ぐに繋がった。リウは状況を説明すると母親は安堵した様子だった。
「なぁ、ランスは良い子だ。父親と同じ学校を目指してる。彼なら出来るだろう」
「良かったわ。やはり、あの子には父親が必要なのよ。ずっと、父親がいなかったから。私では父親のかわりは無理だった」
「なぁ、君も一緒に来れば良かったのに」
「馬鹿言わないで。私、結婚してるのよ」
「ダンはそんなことじゃ怒らないさ」
「じゃない方」
「本当にダンが死んだと思っているのか?」
リウは返事を待ったが、沈黙だけが流れた。リウは沈黙に耐えかねて話題を変えようと発音の途中で受話器の向こうから声がした。
「私にあと何年待てって言うわけ?」
言葉のキャッチボールを野球で表現するなら、ストレートに投げられたボールは重い衝撃をグローブをしていても感じた程だった。リウはグローブの中におさまっている野球ボールを見る。そのボールには油性ペンでメッセージが書かれてある。
「すまない」
「高校の入学金はなんとかしてみるわ」
「いや、俺も協力する」
「いえ、なんとかするから大丈夫よ。ありがとう。でも、これ以上は貰ってばかりじゃダメよ。十分協力してもらっている。それで十分よ」
「何かあったらまた連絡する」
「ええ」
「おやすみ」
「おやすみ」
リウが入学手続きをしてくれたおかげで手続き後の翌日から入学が認められた。私学ではない為、制服は必要ない。使われる教科書類もたまたま同じものを使っていた為、新しく買う必要もなかった。学校へはスクールバスで向かう。決まった場所、決まった時間に来る為、乗り遅れたら大変だ。学校への道のりは坂道やカーブの多い道だった。スクールバスには知らない子が乗って来たので周りは驚いていた。空いていた席は前の方だったので必然的にそこに座ることになった。目立つのは慣れていないランスはとにかく視線を外の自然に向けた。そこに、隣にいきなり座り込んだ金髪の刈り上げ少年が「ねぇ」と突然声を掛けてきた。
「何?」
「君、転校生だよね? 俺はザック。君達は?」
「ランス」
「親の都合で転校?」
「まぁ、そんなところ」
「幾つ?」
「11」
「それじゃ俺と同じだ。来いよ」
ランスはザックと一緒に彼の仲間が座る席へと案内した。皆は席を寄せて隙間をつくる。
「一番後ろは12歳組だよ。前に座るのはマズいね」
皆がクスクスと笑った。
「他は徒歩なの?」
「まさか! 学校までの道のりはほとんど何もないさ。もっと遠くから来る奴もいるが、この辺は子どもの数が少ないから広範囲でも一つの学校にまとめられる」
「それじゃ、バスに乗っているので全員?」
「そう、全校生徒」
ランスは驚愕した。マンモス校からいきなりバスにおさまる全校生徒の学校ときた。
「どうしてこんなに少ないの?」
「どうしてって……そりゃ何もないからじゃね? ここに住んでるのは農業とか自分の土地があってそこに仕事がある奴ぐらいさ。俺んとこもさ農家で親父が継げ継げってうるさいんだよ」
「継がないの?」
「分かんねぇ。俺、本当は次男でさ、継ぐのは本来兄貴の筈だったんだよ。むしろ次男は家を出なきゃいけない。長男が家長になり結婚して家庭を築いたらもう俺の居場所はないようなもんだからな。だから次男は産まれた順番が遅いってだけで損なもんさ。でも、兄貴は家を出ちまった。こんな田舎から出てってやるって友達と一緒に出ちまった」
「それからどうしたの?」
「調査団が乗る宇宙船の乗組員になったよ」
「調査団の? でも、危険な仕事じゃ」
「リスクをとらなきゃ今の時代稼げないぜ。それに、親父は勝手に出て行った兄貴なんてもう放っておいて俺に継がせようとしている。親父にとっては後継者がいれば長男だろうが次男だろうが関係ないんだよ。こんな話しつまらないだろ? そんなことよりお前どこに住んでる?」
俺は住所を伝えた。
「リウさん家か」
「知ってるの?」
すると、ザックは笑った。
「こんな田舎じゃ知らない顔なんてないよ。皆、どこに誰が住んでるかぐらい分かるさ。気味が悪いのはむしろ都会だな。隣近所の顔も名前も知らないなんて俺には信じられないことだぜ」
そう言われたランスにとっては衝撃だった。しかし、そういう考えもあるのかとも思った。
学校は山の方にポツンと存在し、古い校舎でも暖房設備は備わっていた。校舎の屋上には太陽光パネルが設置されており、三階から南の方角の遠くを見ると無人発電所が見える。それ以外は森だった。雪が積もれば授業でスノーボードがあるとザックは説明してくれた。スノーボードの経験がランスにはなかったが、ここにいる全員は授業で既に経験済だった。
「全員もう上手くなってるからな、ランスは初心者として最初は教わると思うぜ」
それからザックは校舎を案内した。三階建の校舎にはそれぞれの学年が一つの教室で済んでおり、空きの教室が目立った。学校の授業事態は特に前にいた学校と進行に差はほとんどなかった。
ランスが案内された教室はクラスメイトが自分を含め五人しかいなかった。男女の割合は一人女子であと男子だった。ザックを除けば男子は全員長男で将来は家を継ぐことになっている。一人は酒造り、ザックともう一人は農家だ。女の方は家が牧場だ。女子は長女だが、男子がいるのでその子が継ぐことになり、女子は土地を離れ将来は大学で生物の研究者を目指すらしい。皆、それぞれ自分達の将来を既に想像していた。それに比べランスは何もないことに気づいた。
「いや、そんなことはないだろ。ランスだって将来の夢はあるだろ? だけど、俺はてっきりリウさんが自分の後継者としてランスを選んだのかと思ったけどな」
「え?」
「リウさんは独身さ。跡継ぎ問題は子どもがいない家庭では深刻だからね。リウさんの親父さんもリウさんが中々結婚しないことに不安がってるんじゃないかな。まぁ、これは余計なことだから絶対にリウさんにその話しはするなよ」
「分かってるよ」
そこまで馬鹿なつもりはない。
「学校はどうだった?」
「皆とは仲良く出来たよ。給食も美味かった」
学校では給食が出るのは前の学校も同じだったが、前の学校は一週間分を急速冷凍し、その日の分を再調理して出す弁当式で、あまり美味しくはなかったのだ。それに比べここは厨房でいちから作っていた。
まさか、給食で高評価が貰えるとは予想もしなかったリウは笑った。
「それは良かった」
「ねぇ、また宇宙について教えてよ」
「いいぞ。何が知りたい」
二人はチーズフォンデュを食べながらまた宇宙について話し合った。と言ってもほとんどはランスが質問しリウが答えていくようなものだ。
「リウさんは宇宙人がいると思う?」
「どうだろうな……今のところ会ったことはないな」
「もし、宇宙人がいたらどうする?」
「もしいたらか……そうだな、まずは宇宙人が持っている文明に興味を持つかな。それによっては人類にとって危険かどうか考えるな。もし、会話が出来るなら、対話して平和的にいくべきだと思う」
「もし、相手が知的でまずはこちらの技術を分析や戦争の準備の為の時間稼ぎとして最初平和的な話しに乗ったあとで奇襲を受けたら?」
「可能性はなくはない。でも、なんでそう考えるんだ?」
「例えば、宇宙人からしてみれば人類は宇宙人になるでしょ? そしたら、その悪い宇宙人はあちこちの星の資源を食い尽くしているわけで、自分達の星もそうなると考えたら防衛の為に攻撃したりしない? もし、人類がその星に手を出さなかったとしても勢いを拡大していく相手を危険視されたらどう?」
「つまり、人間が悪という視点か。だが、ランスの話しを大人達が真面目に聞いて考えたりするだろうか? 例えばある環境活動家が環境問題について大人達相手に子どもが訴えたことがあるが、大人達の対応はその子を嘲笑ったんだ。そして、学校に行けと言って話しを聞こうとはしなかった。もし、ランスの言うとおりになったとしたら、人類は滅びるかもしれない。いや、滅びるべきかもしれない」
ランスの危惧は残念ながら的中してしまう。それは遠くの星での出来事。
調査団が空にあげた気象観測用の気球が上手く飛んだのを調査団が双眼鏡で確認していると、その気球のそばで円盤の飛行物体を発見した。
これが後の最初の宇宙人の発見として記録される。
腰に手を当て、目の前にあるライトに照らされた複数のコードのうち一本が噛じられたような跡があった。周りにいた作業員からも深いため息が漏れる。ヘルメットの上にライトが点灯しており、オレンジ色の作業着に首にタオルを皆巻いている。ここは地下で坑道だ。電気を流す電線がやられたとなれば修復しなければ作業に支障が出るが、その前にネズミ駆除をしないとまた同じ被害が出る。だが、果たしてこの場所にこれ以上の鉱石が採れるだろうか? ほとんどは絶望的だろう。重労働で働く労働者を毎月養う分やその他の経費に対して利益が乏しい。多分、いずれここも閉鎖となるだろう。そしたら他の星へ転職しなければならない。また、新たな星で資源や鉱石を採掘する日々が始まる。うかうかしていれば求人はあっという間に埋まってしまうだろう。最近はロボットがどこでも導入が進められ人間の働き口が減っていた。かつては、人間の世話は全てロボットが行い人間は労働から解放される、そんな夢を抱いていたかつての自分達が懐かしいと多くが共感するだろう。現実はそう甘くはなかった。むしろ労働者は無職となり路上生活者だ。大都市では路上生活者は警察から目をつけられる為に必然的に治安の悪いスラムへと流れる。そうならない為にも汗水垂らして働き続けるしかない。
「直りそうか?」
「ああ」
「もういっそ俺達他の星にそろそろ行かないか?」
「そう言えばマルタという星はもう求人は出ていなかったなぁ」
「あの星はまだ開発が始まったばかりだろ?」
「アテストラ大企業が前代未聞の全てをロボットが作業する目標をたてたらしい」
「マジか。そしたらいよいよ俺達は必要無しか」
「CEOが言ってたぞ。危険で過酷な労働環境を改善すべく危険が伴うものは全てロボットが代行すべきだと」
全員が鼻で笑った。お偉いさんはいつだって自分達が正しいことを疑わない。
「バブルの時が懐かしいや」
人が宇宙に飛び出し他の星で資源の獲得が可能になってからは大量の雇用と賃金が生まれ、人々に金が巡り、まさに好循環が生まれた。それがバブルだ。しかし、猛スピードで消費する大量生産を基軸とした経済は周囲の星の資源を食い尽くし、今では循環も鈍化していき、比例するかのように人々の財布も寂しくなった。それまでは銀行に眠っている財産を有効活用する為に投資をしてお金を動かし更に利益を得ようとしていたが、景気が悪くなるととたんに破綻した企業や銀行が増え、財産を失った人々が増えた。不況は人々の心を奈落へと突き落とした。あとはみるみる生活水準が底なしに落ち続ける為に失業率や就職率の天秤がよろしくない状況が長らく続き、路上生活者は増加した。
男達はそんな黄金とどん底を両方経験していた。国は緊急の財政出動をかけたが、中身は官僚の天下り先企業とのズブズブな関係があとから露見し、様々な不正が出てきた。それを知った若者は政治不信を抱き、それは社会の不満と変わり、最近では治安の悪い事件が立て続けに起こった。政治家は過去の栄光を憧れ再び夢見るが、既にそうはならないことは明らかだった。
「直ったぞ」
「やめよやめよ。それでまた下へ送る電源が落ちたら死ぬぜ」
そういった男は無精髭を生やし、ヘルメットには1999という数字が書かれてあった。
労働者は基本名前ではなく番号で呼び合う。労働者には全員職員番号があてられ、それが働いている間の名前だ。とは言え、親しい仲では番号での呼び合いはしない。その男の名はリウ。リウは35歳でペギーという田舎出身だ。10月から雪が振り出し、本格的な雪は12月だが、その頃には雪はかなり積もる。雪かきの大変な時期に突入し、長い冬を越す。だからなのか冬が明けて春が訪れると皆でお祝いごとをする。祭りだ。大人達は酒を飲み大騒ぎする。それが許される日だ。彼だけでないが全員ここで初めて出会った仲だ。長時間潜るこの仕事ではチームワークが深まるから仲がよくなるまでにさほど時間はかからなかっただろう。
地下は酸素が届かない。その為に地下へは酸素マスクをする。残りの酸素量を示す測りを見ながら作業にあたる。地下には酸素投与のステーションがある為、そこで酸素を補給する。今まで酸素不足での事故はゼロだ。
「確かにその通りだな」
同意したのは2012の番号を持つ背の高い黒人。この中で一番パワーのある力自慢の男。趣味は筋トレというぐらいだ。だが、大学は体育会系ではなく文系だ。結局、就職は全く関係のない肉体労働に就いた彼だが、そっちの方がまだ金が貰えたからだ。名はジョン。
そしてもう一人、断線を見つけ応急処置を施し終えた番号2022で高卒で、年齢は30とまだまだ若く、髪と瞳は黒で背は他の二人に比べて低い。名はダンフォース・オーチー。
二人はあゝは言ったが、作業を休みにするわけにはいかない。
酸素マスクをつけ、地下へ向かうエレベーターに乗って下へ向かう。基本的に班ごとに作業にとりかかる。だが、エレベーターで下まで降りると、そこで会社のお偉いさんに止められた。
「悪いが本日でここは封鎖が決まった」
「え?」
「今までご苦労だった」
突然の解雇。黄金時代には失業手当があったようだが、この時代にそんなものはなかった。
外を出ると、遠くに白い円柱型の塔の無人の発電所が幾つか建っていた。
「俺達無職になっちまったな」とリウ。その横で「あゝ」と短く返事をしたジョン。
「これからどうする?」とダンは他二人に聞いた。
「なぁ、俺んとこ来いよ」
「お前んとこは寒いだけだろ」
「なんだと! そう言うお前んとこは暑いだけじゃないか。ペギーは梅雨がないから蒸し暑さもないしな」
「ハッ! こっちは年中雪かき不要だバーカ。それに海がある。お前んとこは田舎で森しかないだろ」
「馬鹿言っちゃいけねぇ。ペギーの住人にとって自然は生活に必要さ。狩りもするし、そもそもコンクリートに囲まれた街より遥かにマシさ」
「だが、暖房設備や電気やらはそのコンクリートに住んでる奴らが作ったもんだろ」
「いや、今は全部機械さ。自動化され労働者は消えた」
「あ……そうだったな」
二人は自分達もそうだと肩を落とした。それを見てダンは呆れた。
「さぁ二人とも喧嘩はそのへんにしてマジでどうするか考えないか」
リウは煙草を胸ポケットから取り出しポケットに入っているライターで火をつけた。体に悪いものを吸い込んでから、煙を履きながらそう言うダンを見た。
「お前はどうするんだ? 俺達と違ってお前には家庭がある。去年だっけ? 子どもが生まれただろ。一旦お前は家に帰って顔を見に行った方がいい」
「え?」
「子どもの成長は早い。お前が父親だってことを忘れさせない為にも戻った方がいい。別に無理して俺達独身コンビと一緒についてく必要なんかない」
手元にとりあえずある現金で宇宙船に乗るチケットは買えるが、宇宙は広い。ここで別れたら今度いつ会えるか分からない。
「俺達離れていても親友だろ?」とジョンは言った。
「あゝ」ダンはそう返事をした。
「そうだ。なら、写真撮らないか?」とリウは提案する。
「写真? お前カメラ持ってないだろ」
「カメラならあるぜ」
ダンはそう言ってカバンからカメラを取り出す。
「お前が写真か?」
「うるせぇ。ほら撮るぞ」
こうして撮った写真は三人にとって大切な宝物になった。
あれから10年後。
ダンの息子は11歳をむかえていた。リビングには父親と親友二人と撮った記念写真が飾られてある。ほとんどはデジタルで高画質の画像データで管理する中では珍しかった。
父はあの後親友に言われた通り家に帰った。残念ながらその頃の記憶はない。まだたった一歳だ。母が言うには父はその後で次の仕事を探しに直ぐに出掛けに行ったらしい。そしてようやく見つけた仕事が新しい星の調査団だった。開拓する為に調査団が向かい、あらゆる観測をしデータを送る。そこでは当然何が起こるか予測出来ない危険が伴う任務だった。だが、仕事を選べる余裕はなかった。
調査団の宇宙船へは父が戻って半年後に出発した。
だが、父はそれ以来戻ってくることはなかった。原因は不明。父の後も複数調査団が向かったが同様に誰一人として戻って来ることはなかった。その星をZとし、それ以降Zの開拓は断念された。
残された家族にとって生きているのか死んでいるのか分からないというのは残酷で辛い時間だった。遺体がなければ生命保険は適応されず、家庭は精神的にも経済的にもダメージを受けた。
今は鉄筋コンクリートの建物が密集した日当たりの悪い賃貸アパートに住んでいる。壁は薄く、男の怒鳴り声や子どもの騒ぐ声、外ではバイクの音が夜中でも聞こえる。迷路のような狭い道には車一台通るのはやっとだ。だが、ここに住んでいるような人はそもそも安いバイクを好むだろう。だが、バイクは自転車のように簡単に盗まれる。バイクを外に放置すれば、取って下さいと言っているようなものだ。だから、バイクは皆家の中に入れている。
ダンの息子ランスもいつかバイクが欲しかったが母はその度に反対している。
ランスはバスに乗って遠くの学校へと毎日平日通っている。学校は常に退屈だった。マンモス校で教室には無理やり詰め込んだ感じの生徒の数がいて、それに対して教師は一人で40人以上を相手にする。ここに来る子は問題児や家庭の事情で勝手に抜け出したり来なかったりもするので実際はその数字は毎日変動する。それでも毎日が騒がしいもので、クラスの半分以上は授業に興味なんて持っていなかった。優秀な奴はもっと教育環境の整ったバカ高い私立へ行き、大企業や政治家、弁護士、医者を目指す。俺達は生まれた瞬間から人生はほとんど決まったようなものだった。ここから這い上がれる奴はこのマンモス校に果たして何人いるのか? いたとしても片手で十分なくらいだろう。なんなら学校なんてやめて今直ぐにでも働きに行った方がいい。実際に隠れて仕事してる奴だっている。だが、母はそれを許さなかった。
母は父が亡くなったか分からないのに再婚した。その男は自走式バケットホイール掘削機がある職場で働いていた。俺はその人に連れられそのデカイ機械を見て驚いた。その頃はまだ5歳だったから。あんな凄いのがしかも動いているのに感動すらしていた。あの機械達が労働を奪っているというのに。
全自動化は大量消費に対応する大量生産の効率化だ。つまり、人間はいらない。
もし、この世に神様がいたとしたら色んな星を食いつぶす害虫をどう見るだろうか。直ちに害虫駆除を躊躇なく実行するだろう。そして、人類滅亡。だが、もし神がいたとしたら実行するのに遅すぎた。
ランスの二人目の父親は8歳になった頃に職を失い、新たな仕事先は他の星だった。結局、二人も父親は宇宙へと、遠くへと行ってしまった。それから11になるまで帰ってくることはなかった。
ある日の朝。スナックの仕事から帰ってきた母は息子の顔を見るなり思い出した顔をしてこう言った。
「あゝあんた、来月から父さんの知り合いのリウさんとこ行くことになったから」
「え?」
「持ってくもの準備しときなさいよ」
「どこだって?」
「寒いとこ」
それじゃここより遠い場所だ。
「引っ越して今度はその人の家に行くの?」
「違うわよ。あなた一人で行くの。一人で行けるでしょ?」
「母さんは?」
「私は仕事があるから」
「なんで一緒に住めないの?」
「家賃が上がったからよ。ねぇ、一人で大丈夫でしょ?」
「なら、今の仕事辞めて一緒に出ればいいじゃん」
「そうはいかないわ」
母は脱衣場に向かって扉を閉めると、着ている服を洗濯機に放り込むとスイッチを入れた。洗濯機の悲鳴のような酷い音が鳴り響き、母はそのままシャワーへと向かった。ランスは扉に背中をつけ寄りかかる。
「どうして皆勝手なんだよ」
シャワーの音でランスの愚痴は母の耳には入らなかった。
ペギーは10月から雪、本格的な雪は11月後半から。除雪機と暖房は住人にとって必需品だった。
「良かったよ、雪が酷くなる前で」
リウはそう言いながらピックアップトラックの助手席に座るランスを見た。ランスは相変わらず口数が少なかった。だが、リウは機嫌を悪くせず、むしろランスに同情した。
「俺の実家は農家で沢山土地を持っているんだ。俺は時期になったらそこで働いている。それ以外は別の仕事をして稼いでる」
「なら、どうして父と一緒に他の星で仕事してたの?」
ようやく喋りだしたランスを見て、僅かに口が緩んだ。
「農家って言っても天気に左右されるからな。自然を敵にしたら叶わない。それにな、俺の父親は昔は農家を直ぐには継がず軍へ入隊したんだ。暫くは与えられた任務をこなしてたが、仲間が不慮の事故に合って、それからは退役。農家を引き継いだ。広い土地には機械が必要だ。今じゃ、農業も人が全てじゃない。品種改良や機械を新しく導入したり金のかかることばかり。父は考えて農業以外で稼いで実家の農業にプッシュした。銀行から金を借りるのが普通なんだが、銀行は当然担保を求める。担保って言うのは金を返せなくなった場合、例えば土地を担保にしていたらその土地は銀行のものになるって感じだ。最近は金利が高いからな、超低金利の時に戻らないかって皆思っているよ」
「皆、厳しい?」
「あゝそうだな……」
「父さんはどんな人だったの? 正直、覚えてないんだ」
「父さんは機械にとにかく詳しかったよ。俺とジョンは苦手でね。だからポンコツが不具合を起こしたらいつも父さんが直してくれたよ」
「父さんは機械を憎んでなかったの?」
「あゝ憎んではなかったな。俺もジョンも憎んではなかった。機械がなきゃ困ることがむしろ増えたよ。昔はそんなものが無くても困らなかったのに、今じゃそうはいかなくなった。宇宙へ行って稼げるようになったのも機械のおかげさ。良いこともあればそればかりでもないさ」
「そう……」
「機械が憎いか?」
「うん。機械がなきゃ皆遠くに行かない。父さんもいなくなったりはしなかった」
「確かにその通りだな」
ランスは窓の外を眺めた。ほとんど建物はなく、自然という長いトンネルの中をずっと走っていた。ほとんど葉が落ちていて、多分温かい季節に行けばここは緑でいっぱいになっていただろう。
「他の星に行った時、どんな感じだった?」
「まるで異世界だった。でも、徐々に人が増えてくと変わらない景色になった」
「ここも人が沢山増えたらこの自然も無くなっちゃうね」
「そしたら困るな。住人はここの自然が好きだから」
フェリー乗り場から車での移動は約4時間、その前の移動もあるからかなりの距離を移動したことになる。
結局、到着した頃にはすっかり空は真っ暗になっていた。
車を降りて空を眺めると、沢山の星がよく見えた。
ランスは自分の大きな鞄を持ってリウに続いた。煙突のある三角屋根の2階建て。築100年以上はありそうな家だが、中は掃除が行き届いており清潔だった。
「雨の日はちゃんと泥を落としてから中に入るようにな。疲れたか?」
ランスは首を横に振った。
「先に部屋を案内しよう」
階段にあがり、階段の直ぐそばの部屋に案内された。ベッドにクローゼット、必要最低限は揃っていた。ランスは自分の荷物をベッドの上に置いた。
「シーツは自分でかえるんだ。腹は減ってるか?」
ランスは「ううん」と返事をした。
「分かった。なら、先にシャワーを浴びてきた方がいいな。その間、俺は下のキッチンにいる。シャワーが終わったら下に来てくれ。食事にしよう」
ランスは言われた通り着替えの服を持ってバスルームへと向かった。バスルームは自分の家より広かった。
シャワーを浴びて、それから浴槽に入った。湯はランスを包み、ホカホカさせた。時がゆっくりと流れる感じで、色んな出来事から遠ざけた。
バスルームから出たランスは下に降りた。テーブルの上には食事が既に用意されてあった。
「随分長かったな。てっきり気絶してるのかと思ったよ。寝てたのか?」
「いや……そう? 長かった?」
「あゝ気にしないでくれ。別に構わないさ」
ランスはリウの向かいの席に座った。木の大きなテーブルはまるでお手製の感じがした。所々、表面に傷が複数見えた。
「さぁ、いただこう」
ランスもリウも信者ではなかったので、食事前の儀式的なものはしなかった。リウは赤ワイン、ランスは水の入った飲み物。テーブルにはパンとスープ、それからメインの焼いた魚。
「なぁ、ランス。学校なんだがいつからがいい?」
聞かれたランスは迷った。
「行かなきゃダメ?」
「そりゃダメだろ」
意外な答えにリウは驚いた感じだった。
「学校は嫌いか?」
「勉強って意味あるの?」
「意味? さぁな。考えもしなかったよ。学校に行くのは当たり前としか思ってなかったからな」
「勉強しなくても仕事はできる」
「それはどうかな? 君のお父さんは電気にかなり詳しかった。俺はその辺の知識がなかった。知識があったから父さんは俺より詳しく色んなことが出来た。つまり、知識は出来る幅を広げる」
「俺は馬鹿だったから後悔してる。丁度お前さんくらいの頃からもっと勉強しておけばってね。後悔はいくらしてもしきれない。だが、時間はいくらでもあるわけじゃない。時間は流れていくだけだ。重要なのはその時間をどう活用するかだ」
「分かった」
「お、やる気になったか」
「父さんみたいに電気に詳しくなりたい」
リウは言葉が詰まった。ワインでそれを流すかのように飲むと、父さんの背中を追いかける少年の目を見た。それは記憶に眠るあの目とよく似ていた。
「父さんは高卒だったが、電気系の高校に行っていた筈だ」
その後もランスとの会話は弾んだ。宇宙人はいると思うか? だとか父さんのこととか。最初はどうなるかと思ったが、その心配はほとんど消えた。
ランスがベッドで眠ったのを見届けると、リウは母親に電話をかけた。電話は直ぐに繋がった。リウは状況を説明すると母親は安堵した様子だった。
「なぁ、ランスは良い子だ。父親と同じ学校を目指してる。彼なら出来るだろう」
「良かったわ。やはり、あの子には父親が必要なのよ。ずっと、父親がいなかったから。私では父親のかわりは無理だった」
「なぁ、君も一緒に来れば良かったのに」
「馬鹿言わないで。私、結婚してるのよ」
「ダンはそんなことじゃ怒らないさ」
「じゃない方」
「本当にダンが死んだと思っているのか?」
リウは返事を待ったが、沈黙だけが流れた。リウは沈黙に耐えかねて話題を変えようと発音の途中で受話器の向こうから声がした。
「私にあと何年待てって言うわけ?」
言葉のキャッチボールを野球で表現するなら、ストレートに投げられたボールは重い衝撃をグローブをしていても感じた程だった。リウはグローブの中におさまっている野球ボールを見る。そのボールには油性ペンでメッセージが書かれてある。
「すまない」
「高校の入学金はなんとかしてみるわ」
「いや、俺も協力する」
「いえ、なんとかするから大丈夫よ。ありがとう。でも、これ以上は貰ってばかりじゃダメよ。十分協力してもらっている。それで十分よ」
「何かあったらまた連絡する」
「ええ」
「おやすみ」
「おやすみ」
リウが入学手続きをしてくれたおかげで手続き後の翌日から入学が認められた。私学ではない為、制服は必要ない。使われる教科書類もたまたま同じものを使っていた為、新しく買う必要もなかった。学校へはスクールバスで向かう。決まった場所、決まった時間に来る為、乗り遅れたら大変だ。学校への道のりは坂道やカーブの多い道だった。スクールバスには知らない子が乗って来たので周りは驚いていた。空いていた席は前の方だったので必然的にそこに座ることになった。目立つのは慣れていないランスはとにかく視線を外の自然に向けた。そこに、隣にいきなり座り込んだ金髪の刈り上げ少年が「ねぇ」と突然声を掛けてきた。
「何?」
「君、転校生だよね? 俺はザック。君達は?」
「ランス」
「親の都合で転校?」
「まぁ、そんなところ」
「幾つ?」
「11」
「それじゃ俺と同じだ。来いよ」
ランスはザックと一緒に彼の仲間が座る席へと案内した。皆は席を寄せて隙間をつくる。
「一番後ろは12歳組だよ。前に座るのはマズいね」
皆がクスクスと笑った。
「他は徒歩なの?」
「まさか! 学校までの道のりはほとんど何もないさ。もっと遠くから来る奴もいるが、この辺は子どもの数が少ないから広範囲でも一つの学校にまとめられる」
「それじゃ、バスに乗っているので全員?」
「そう、全校生徒」
ランスは驚愕した。マンモス校からいきなりバスにおさまる全校生徒の学校ときた。
「どうしてこんなに少ないの?」
「どうしてって……そりゃ何もないからじゃね? ここに住んでるのは農業とか自分の土地があってそこに仕事がある奴ぐらいさ。俺んとこもさ農家で親父が継げ継げってうるさいんだよ」
「継がないの?」
「分かんねぇ。俺、本当は次男でさ、継ぐのは本来兄貴の筈だったんだよ。むしろ次男は家を出なきゃいけない。長男が家長になり結婚して家庭を築いたらもう俺の居場所はないようなもんだからな。だから次男は産まれた順番が遅いってだけで損なもんさ。でも、兄貴は家を出ちまった。こんな田舎から出てってやるって友達と一緒に出ちまった」
「それからどうしたの?」
「調査団が乗る宇宙船の乗組員になったよ」
「調査団の? でも、危険な仕事じゃ」
「リスクをとらなきゃ今の時代稼げないぜ。それに、親父は勝手に出て行った兄貴なんてもう放っておいて俺に継がせようとしている。親父にとっては後継者がいれば長男だろうが次男だろうが関係ないんだよ。こんな話しつまらないだろ? そんなことよりお前どこに住んでる?」
俺は住所を伝えた。
「リウさん家か」
「知ってるの?」
すると、ザックは笑った。
「こんな田舎じゃ知らない顔なんてないよ。皆、どこに誰が住んでるかぐらい分かるさ。気味が悪いのはむしろ都会だな。隣近所の顔も名前も知らないなんて俺には信じられないことだぜ」
そう言われたランスにとっては衝撃だった。しかし、そういう考えもあるのかとも思った。
学校は山の方にポツンと存在し、古い校舎でも暖房設備は備わっていた。校舎の屋上には太陽光パネルが設置されており、三階から南の方角の遠くを見ると無人発電所が見える。それ以外は森だった。雪が積もれば授業でスノーボードがあるとザックは説明してくれた。スノーボードの経験がランスにはなかったが、ここにいる全員は授業で既に経験済だった。
「全員もう上手くなってるからな、ランスは初心者として最初は教わると思うぜ」
それからザックは校舎を案内した。三階建の校舎にはそれぞれの学年が一つの教室で済んでおり、空きの教室が目立った。学校の授業事態は特に前にいた学校と進行に差はほとんどなかった。
ランスが案内された教室はクラスメイトが自分を含め五人しかいなかった。男女の割合は一人女子であと男子だった。ザックを除けば男子は全員長男で将来は家を継ぐことになっている。一人は酒造り、ザックともう一人は農家だ。女の方は家が牧場だ。女子は長女だが、男子がいるのでその子が継ぐことになり、女子は土地を離れ将来は大学で生物の研究者を目指すらしい。皆、それぞれ自分達の将来を既に想像していた。それに比べランスは何もないことに気づいた。
「いや、そんなことはないだろ。ランスだって将来の夢はあるだろ? だけど、俺はてっきりリウさんが自分の後継者としてランスを選んだのかと思ったけどな」
「え?」
「リウさんは独身さ。跡継ぎ問題は子どもがいない家庭では深刻だからね。リウさんの親父さんもリウさんが中々結婚しないことに不安がってるんじゃないかな。まぁ、これは余計なことだから絶対にリウさんにその話しはするなよ」
「分かってるよ」
そこまで馬鹿なつもりはない。
「学校はどうだった?」
「皆とは仲良く出来たよ。給食も美味かった」
学校では給食が出るのは前の学校も同じだったが、前の学校は一週間分を急速冷凍し、その日の分を再調理して出す弁当式で、あまり美味しくはなかったのだ。それに比べここは厨房でいちから作っていた。
まさか、給食で高評価が貰えるとは予想もしなかったリウは笑った。
「それは良かった」
「ねぇ、また宇宙について教えてよ」
「いいぞ。何が知りたい」
二人はチーズフォンデュを食べながらまた宇宙について話し合った。と言ってもほとんどはランスが質問しリウが答えていくようなものだ。
「リウさんは宇宙人がいると思う?」
「どうだろうな……今のところ会ったことはないな」
「もし、宇宙人がいたらどうする?」
「もしいたらか……そうだな、まずは宇宙人が持っている文明に興味を持つかな。それによっては人類にとって危険かどうか考えるな。もし、会話が出来るなら、対話して平和的にいくべきだと思う」
「もし、相手が知的でまずはこちらの技術を分析や戦争の準備の為の時間稼ぎとして最初平和的な話しに乗ったあとで奇襲を受けたら?」
「可能性はなくはない。でも、なんでそう考えるんだ?」
「例えば、宇宙人からしてみれば人類は宇宙人になるでしょ? そしたら、その悪い宇宙人はあちこちの星の資源を食い尽くしているわけで、自分達の星もそうなると考えたら防衛の為に攻撃したりしない? もし、人類がその星に手を出さなかったとしても勢いを拡大していく相手を危険視されたらどう?」
「つまり、人間が悪という視点か。だが、ランスの話しを大人達が真面目に聞いて考えたりするだろうか? 例えばある環境活動家が環境問題について大人達相手に子どもが訴えたことがあるが、大人達の対応はその子を嘲笑ったんだ。そして、学校に行けと言って話しを聞こうとはしなかった。もし、ランスの言うとおりになったとしたら、人類は滅びるかもしれない。いや、滅びるべきかもしれない」
ランスの危惧は残念ながら的中してしまう。それは遠くの星での出来事。
調査団が空にあげた気象観測用の気球が上手く飛んだのを調査団が双眼鏡で確認していると、その気球のそばで円盤の飛行物体を発見した。
これが後の最初の宇宙人の発見として記録される。
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