異世界

アズ

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第一章

10 地獄

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 地獄を想像して欲しい。
 広がる砂漠化や干ばつは、張りの失った皮膚のようにパッキパキで、外に長時間出ていれば大量の汗をかく。35℃以上は当たり前で、最高気温が40℃という数字も今や珍しくない。当然、熱中症や脱水の患者が年々増加し、外はまるで地獄のようだった。口々に外へは出れない。まさに命がけの行為。人間だけではない。他の生き物でも同様に環境全てに影響を及ぼした。そうなると人類はどうするのか? 太陽から逃げるように宇宙へ飛び出すか? それはどの惑星か? 移住先を求め多くの学者、政治家が議論し多くが見守ってきた会議の場で一つの結論に至る。その結論には賛否がわかれていたが、多数でその案は可決し実行へと移された。それは過去改変、厳密には我々はもう一度やり直し、過去に移住するというもの。その為なら、そこにいる住民を殺しても構わない。それが答えだった。
 この重大な任務を任されたのはエリート中のエリートだった。それぞれの得意分野を持ったチームが結成された。そのチームを指揮官に任されたマーク・バーナードは特にこの任務の責任を人一倍重く感じていた。この任務には大勢の家族がいる。老若男女の全員を移住させるには、彼は鬼や悪魔にだってなれた。
 目の前にいるのは同じ人だ。だが、軍人でもあった彼に躊躇いはなかった。連中は地獄を知らない。だが、連中は贅沢にもまだ足りないと貪欲になり、それはエスカレートしていた。我々の世界を知れば、今の世界がどれだけユートピアであるか。
 時間移動はそう簡単ではない。むしろ、核兵器よりも勝る技術だ。唯一、憎き科学を褒めるとしたら、環境を破壊した科学が我々人類を救おうというものだ。
 社会がいいところできないように、科学も善悪ではなく、結局のところ全ては人間の善悪なのだ。
 ワームホールの入口はブラックホールだという仮説があった。ブラックホールはホワイトホールへと繋がり、時間旅行をする。だが、もし宇宙船でブラックホールに突っ込んだとして宇宙船が無事通過しホワイトホールから出てこれるかというとそれは不可能だった。一生出られないどころか分解され大破し、宇宙船に乗っていた人間は全員死んでいただろう。
 科学者は安定したワームホールをつくり、シールドで機体を守る方法を見つける。当たり前だが、技術的見込みがあったからこそ過去への移住案が出たのだ。
 未来へ行くのよりも難しいとされた過去への時間旅行。それを可能にするのは惑星にはなかった特別な物質だった。
 計画は想定通り順調だった。連中は敵わないと分かると平和的交渉を求めてきた。これほど勝ちが目の前にある任務は早々あるものではない。まるでチートを手に入れ無双する感覚だ。
 だが、気に食わなかったのは連中の諦めの悪さだった。カリラという女がこの地に踏み込んだのも情報を得る為だ。それに、ついさっき受けた報告によればどっかの軍が墜落した我々の機体を回収し分析を始めているという。
 世界大戦で戦闘機が回収され敵に分析を許し、その結果戦闘機の弱点を知られたという歴史がある。かなり昔のことだが、こういう歴史は重要だ。
 私は部下に命令する。機体を回収した軍の基地への攻撃と、次の段階へ移行することを。
 連中に諦めが悪いのは十分に知った。ならば、チャンスはもう必要ない。そもそも、チャンスを与える気など本当はなかった。だが、この任務を実行する許可を得る為には賛成が3分の2以上の票が必要だった。確実を得たかった弱気の政治家は票を得る為に先住民にはチャンスを与えるという約束をつけた。だが、それも無駄に終わる。
 同じ人間をこれからもっと沢山殺すことになる。それで本当の地獄へ例え落ちたって構わない。死後のことは重要ではない。むしろ、今を生きる自分にとって無価値で終わることの方が問題だ。
 さて、目の前の窓の外から見える景色は次々と飛び立つ戦闘機(銀色の円盤)だ。これから近くの町や村を襲撃することになる。沢山死ぬだろう。悪魔と言われようが構わない。そのつもりだ。
 ただ……気になる点があるとしたら、我々のせいでこの世界の未来は変わった。万が一、我々と同じく問題に直面した時、連中はどのような選択をしただろうか?




 その頃、ランスとリウは最後の晩を過ごしていた。晩餐は冷凍ピザだ。ピザは二人とも大好物だった。リウは酒を飲みながらピザをつまみにして食べた。
「それは残念だな……」
 リウはランスの話しを聞いてがっかりした。ランスが通っていた学校で来年からは半分の子どもは他の学校へと転校することになったらしい。首都や大きな街は侵略の影響を受けやすくパニックになっているというのは知っていた。だからこんな田舎なら大丈夫だとどこか安心しきっていた。だが、本当はどこにいようと安全な場所なんてなかった。連中はきっと本気を出せば他の星同様に消滅させることだって出来る。連中がそれをしないのはこの星に価値があるからだろう。でなければ今頃俺達はあの世行きだ。
「学校は寮に入るのか?」
「うん」
 希望した学校に行けるというのに浮かない顔をしていた。
「どうした?」
「うん、皆大変なのに勉強なんかしていていいのかなって」
「むしろ皆の役に立つ為に勉強すると考えればいいんじゃないのか?」
「男は宇宙人と戦わなきゃいけないでしょ?」
「ランス、お前はまだ若い」
「お母さんもそう言ってた」
「なら、お母さんが正しい」
 すると、いきなり地震が起こった。それなりの揺れだったが、珍しかった。
 窓の外からは青い光の一本が天まで伸びていた。
「あれはいったい何だ?」




 敵からの侵略を受けているにも関わらず平和的な交渉に望みを持ち続けたのなら、それは叶わぬ夢だ。何故なら、相手にはなんの得もないからだ。
 敵は遂に、首都以外に攻撃範囲を広めた。まず、真っ先に狙われたのは軍事施設だ。各国の防衛機能は徹底的に最優先に狙われ、基地は火を吹き、多くの死者を出した。次に首都からうまく逃げた政府機関。徹底的に殺された。銀色の円盤はまさに人類に恐怖を与えた。だが、その円盤を操縦しているのはなんと同じ人間だということをまだカリラ以外の人間は知らない。悪魔の正体が人間だと知った時、彼らはどう反応するのか? 醜い敵は人類であり、結局のところ人類は狭い範囲の中で時空を超えてまで争うどうしようもない生き物である。その醜さを生んだのは神ではない。当初、人は無垢であった。禁断の果実が人を醜いものにし、その果実が与えた知で争いをしている。無垢であれば、争いは生まれない。神が人を楽園から追放して正解だった。
 銀色の悪魔は今度は街を襲った。多くが悲鳴をあげながら、自分だけは助かろうと目の前の人間を押しのけ走る。誰かが転んだ。皆見ていない。足腰に弱い老人や病人を救助する人達がいる中で、人を選別出来る。だが、銀色は天使ではなく、神ではなく、やはり悪魔だった。
 老若男女関係なく攻撃は空からやってきて、ビームは建物を貫通し、次々とビルは火災を起こしながら倒壊していく。それに巻き込まれる人達。
 カオスと言っていい程の大混乱は圧倒的火力で全てを破壊し無にしていく。
 こうして侵略者の思惑通りに事は進み、人類はいよいよ居場所を失い完全に追い込まれたこととなる。




「お前達の敗北だ」
 見張りは捕まっているカリラに向かってそう言った。タブレットには外の光景が映像として流れていた。
 街は崩壊し、沢山の瓦礫の中には動かない人の姿がある。
「大勢が死んだ。お前は軍人のようだが、その軍も残っていない。政治家もいなくなった。例え生き残っていたとしてもそれはバラバラだ」
 見張りはカリラがどんな反応を見せるのか興味があった。だが、カリラは恐怖の目を見せたが、驚きはむしろ少なかった。思わず宇宙服を着た見張りは聞いた。
「驚かないんだな」
 カリラはその顔の見えないヘルメットに向けて睨んだ。
「あなた達にはそれが出来たでしょう。でも、それを実行するかしないかを選択出来た。そして、あなた達は私達を、大勢を殺した。この悪魔め!」
「お前が我々を宇宙人と呼ぼうが悪魔と呼ぼうが、時空を超えても人間の本質が変わることはない。人間が悪というならそうだろう。何も変わらない。だが、俺はリーダーと違って人間が悪か善かなんてのはもううんざりでね、正直どうでもいいんだ。いい加減人間がどっちなのか決着をつけたいところだが、そこに誤魔化しはいらない。この世は善悪二元論のように悪と善を綺麗にわけることが出来ないとか、人間はその両方の性質を持ち合わせているとか、そんなものも聞きたくはない。ハッキリさせるなら、俺は人間は悪だと思うぜ。だってこんなに残酷になれるんだからな。そりゃ、素質がなきゃ無理だ。そして、俺達じゃなくても実行者は他にいくらでもいる。まぁ、人間を悪く言うのも聞き飽きただろうし……」
 見張りは銃をカリラに向けた。
「そろそろ終わりにしようか」
「いいの? あなたのリーダーは私に利用価値があると見ているみたいだけど」
 見張りは鼻で笑った。
「リーダーはお前達が万が一しぶとく抵抗出来た場合に備えただけだ。俺からしたら必要ないけどな。だってそうだろ? むしろリーダーはお前に気があるんじゃないのか? 素顔を見せるなんてのも必要なかったことだし、あいつは下半身が馬鹿なだけなのさ。だったら素直になりゃいいのに。俺達を気にしてるのさ。だからこれは俺の判断だ。リーダーに迷いを与える可能性のあるお前を始末することをな」
「お前達は懐疑的だな」
「なに?」
「さっきから聞いてれば、人間は悪だのと……人は善も悪もどちらにも傾けられる。人間が善であり続けるのは簡単ではない。それには並々ならぬ努力が必要だ。でも、お前達は違う。お前達は逃げ出したんだ、現実から。過去に遡り勝てる戦いに圧勝しお前達はそこで移住をするだろう。でも、それはお前達の世界ではない」
「黙れ!」
「お前達は真の敗北者だ。自分達の問題を自分達で解決出来なかった」
「ふん、だからと言ってお前達に出来るわけがない」
「いや、お前達がこの世界に現れたことでこの世界の未来は変わった。その未来はお前達でも分からない」
 見張りの未来から来た人間は笑った。
「その未来にお前はいないがな!」
 銃声が響いた。
 これで私は終わりだ。
 私の一生はどうだったんだろう……生まれたばかりの無垢から親に育てられ、そのくせ親孝行もろくに出来ず、軍人としての役目も果たせず、私は役に立てなかった。それがとても悔しい。でも、私は最後まで諦めなかった。諦めの悪さは私だけではない。
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