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行方不明男児
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日本は果たして安全な国なのだろうか。いつまでも見つからない男の子のことを思うとつい最悪のケースを考えてしまう。最近、強盗を起こす未成年が増え(しかも私と同じ歳の子もいた)、しかもそれは海外から指示役を受けた闇バイトが今日本で起きている社会問題化している中で、徐々に日本はおかしくなっているんじゃないかと思う。
社会の先生は物価が高いのは円安だからと解説し、しかし問題は円安というよりも日本が物価高に耐えられない程の購買力が低下していることが問題だと言って日本がどれだけ貧乏であるか、そしてそこから日本は脱却しきれていないことを指摘した。
それって何もしてこなかった大人達が悪いんじゃないの?
日本は全然パラダイスではない。海外からしたらなんでも安い日本みたいで日本はパラダイスとかYouTubeやSNSで見るけど、それは日本にとって本来良いことなの?
SNSでは陰謀論が拡散され、誘拐や人身売買も日本で起きていてそれは海外の指示役が日本人にやらせているという。そして臓器売買が行われる。アジア系は狙われているとかなんとか。そして失踪する筈もない場所での子どもの行方不明。これでは陰謀論かどうかも分からなくなってしまう。
世間も誘拐を疑っていた。森や田舎道とかじゃないんだし。駅前の防犯カメラどころか屋内の出入り口の防犯カメラにすら映り込んでいないなんて。にも関わらず屋内のどこを探し回っても見当たらないなんてことはあり得るの?
私は静かな教室でうつ向きながらずっと考え込んでペンが全く進んでいなかった。先生からしたら私は難しい問題に頭を悩ませているように見えているのだろう。だが、実際は社会のテスト問題に私はあまり集中出来ていなかった。問題が難しかったのはそうだし、最後の問題まで出来るところだけ埋めていったらあとはもう諦めていた。で、余った時間を別のことに頭を使っていた。いたって真面目でない勉強嫌いの典型的なダメな高校生だけど、もう今更だった。赤点さえとらなければそれでいっか、という思考回路に今なっている。将来は筆記試験のない専門学校へ進学してそれで就職。もう、それでいいや。それよりもう高校生も終わっちゃうのか。なんかずっとこの状態が続けばいいのに。でも、そういうわけにはいかないのは頭では分かっていた。
チャイムが鳴る。
試験管の教師が「やめ! ペンを置いて裏返しにて」と命令する。
クラスの皆は背伸びしたりテストから解放され気が緩んだのか私語が増える。
回収が終わり先生に礼をして私達は帰り支度を始めだした。
一学期がもうじき終わる。その頃には外は暑くアスファルトが熱を持ち地上を歩く人達の額や脇から汗を吹き出させ不快にしていく。エアコンの効いた車がいかに快適なのかと外にいる私達は当たり前のようにバスやトラックの排気ガスを吸う。最近は電気で動くバスも見かけるようになったが、依然ガソリン車が多い。でも、電気は電気でデメリットもある。静か過ぎて近くの盲学校の児童は危険に感じるのではないのか。
学校から寮への通り道にあるガソリンスタンドは廃業し工事が入って、作業音が鳴り響く。私は今日から部活動がまた本格的になる前に忘れてきた練習着を取りに寮へ戻った。その道中にあるアパートから室外機のむわっとした空気が歩道を歩く私にかかった。見ると錆びついた古いタイプのもので、外壁の変わりにフェンスがあって、その隙間から風が来たのだ。昔はブロック塀の外壁だったのだが、地震でブロック塀が倒壊した事故がニュースになってから各地で歩行者の多い歩道を中心にブロック塀を撤去し始めることが起きて、ここもそのようになったようだが、結果として室外機の風をもろに受ける事態になった。そのフェンスには人探しのビラが紐でつけられていて、あの男児の写真と共に男の子の詳細が書かれてある。上下黒の半袖半ズボン、髪型は短く後ろは刈り上げ、裸眼であとは身長と靴のサイズまで書かれてあった。カイトって漢字で海斗って書くんだ。そう見ながら見つかることを祈りつつ寮へ急いだ。
寮の部屋は相部屋で二人で一つの部屋を使う。それ以外は共有スペースで門限は当然ある。
忘れ物を取り終えると寮を出て走って体育館へ向かう。その途中、一人の男性が私を見て声を掛けていた。
「きみきみ」
「はい?」
「◯◯高の制服だよね?」
「はい、そうですけど」
「これ、誰かが落としていったみたいなんだ」
そう言って学生証を渡してきた。確かに、自分の学校のものだ。
「学校に届けようと思ったけど任せていいかな?」
「あ、はい。ありがとうございます」
私は会釈して足早に学校へ向かった。
学生証を無事渡せた宮沢は足早に行ってしまった女子高生の背を見届けると、駅の方へ向かった。
その駅前には行方不明になった男児を見かけていないかビラを配りながら必死に声掛けをしている人達がいた。
私はその人達のビラを受け取ると、建物の中一階にある喫茶店へと入った。
「いらっしゃいませ」
茶髪にエプロンをした若い女性店員が来ると私は「先に来ている人と待ち合わせで」と言って私は店内を見渡した。すると、手を振って合図を送る30半ばの男、竹田直也がいた。私は「あれです」と店員に言うと店員は「今すぐ手拭きをお持ちします」と言った。私は四人席のテーブルに向かいに座ると「待った?」と彼に言った。
「いや、俺も今来たところなんだよ」
彼のテーブルにはアイスコーヒーがあり、確かにほとんど減っていなかった。
店員がやってくると私は店員に「すいません、彼と同じアイスコーヒーで」と言った。
「アイスコーヒーですね。ただいまご用意します」と言っておしぼりを置くと踵を返していった。
竹田直也というのは昔電車で痴漢を疑われた際に私が彼の無実を証言した時からの付き合いだ。私はただ、彼は本当に触っていなかったから本当のことを証言しただけだが、あとになって分かった話、その疑いを掛けた女子高生というのが痴漢を訴えて男を脅迫しお金を巻き上げるということを常習的にやっていたことが判明し、その後御用となった。確か、噂によれば学校も退学処分になったとか。
「そういえばここの二階で男の子が行方不明になったようですね」
「ああ、なんかニュースにもなってましたね」
「どこへ消えるんだか」
「確かに」
竹田は車の整備士をしており、自分の車の整備も彼のところにお願いすることもある。今、彼は休みでジーンズに半袖シャツ、ネックレスをかけ、シューズを履いている。彼の体格は自分より大きく、力もありそうだ。
「なんでこんなに探してるのに見つからないんだろうな?」
「うーん……」
どこかに隠れていましたとかではないだろう。まして隠れて出られなくなったわけでもあるまい。
「誘拐だったりしてな」
竹田はそう言った。
「そう思う?」
「いなくなった家族は誘拐かもしれないってテレビで言ってたな。宮沢はどう思うの?」
「身代金の要求とかは今のところない感じだよね」
「ああ、確かにそうだな」
「あとはその男の子が見知らぬ人に簡単について行っちゃうかだな。例えばお母さんはさっきあっちに行ったから一緒に行こうとか、店員のフリして声掛けられたら信じてついて行っちゃうとか」
「宮沢、お前まさかやったんじゃないだろうな」
「変なこと言わないで下さいよ。冗談でも傷つくなぁ」
「でも、本当に見つかるといいな」
「え?」
それから数ヶ月が経ち、駅前はクリスマスムードで巨大なツリーと一緒にイルミネーションが派手に照らしていて、サンタの衣装をした喫茶店の店員が接客をしていた。世間は苺の高騰で頭を悩ますケーキ屋が毎年恒例のニュースになっていた。そして、市民の多くはあの男の子の失踪を忘れていた。
宮沢もその一人であったが、駅前をたまたま歩いているとあの両親が必死に寒い中もビラを配って息子のことで呼びかけていた。
両親にとってクリスマスどころではない。我が子がいないクリスマスの日を向かう羽目になるなんて思いもしなかった筈だ。
私は胸の奥がギュッと痛んだ。
遠くから両親を見ていた私は胸の内で私も探してみますと誓い、踵を返して早速色んなツテを頼りに向かった。
社会の先生は物価が高いのは円安だからと解説し、しかし問題は円安というよりも日本が物価高に耐えられない程の購買力が低下していることが問題だと言って日本がどれだけ貧乏であるか、そしてそこから日本は脱却しきれていないことを指摘した。
それって何もしてこなかった大人達が悪いんじゃないの?
日本は全然パラダイスではない。海外からしたらなんでも安い日本みたいで日本はパラダイスとかYouTubeやSNSで見るけど、それは日本にとって本来良いことなの?
SNSでは陰謀論が拡散され、誘拐や人身売買も日本で起きていてそれは海外の指示役が日本人にやらせているという。そして臓器売買が行われる。アジア系は狙われているとかなんとか。そして失踪する筈もない場所での子どもの行方不明。これでは陰謀論かどうかも分からなくなってしまう。
世間も誘拐を疑っていた。森や田舎道とかじゃないんだし。駅前の防犯カメラどころか屋内の出入り口の防犯カメラにすら映り込んでいないなんて。にも関わらず屋内のどこを探し回っても見当たらないなんてことはあり得るの?
私は静かな教室でうつ向きながらずっと考え込んでペンが全く進んでいなかった。先生からしたら私は難しい問題に頭を悩ませているように見えているのだろう。だが、実際は社会のテスト問題に私はあまり集中出来ていなかった。問題が難しかったのはそうだし、最後の問題まで出来るところだけ埋めていったらあとはもう諦めていた。で、余った時間を別のことに頭を使っていた。いたって真面目でない勉強嫌いの典型的なダメな高校生だけど、もう今更だった。赤点さえとらなければそれでいっか、という思考回路に今なっている。将来は筆記試験のない専門学校へ進学してそれで就職。もう、それでいいや。それよりもう高校生も終わっちゃうのか。なんかずっとこの状態が続けばいいのに。でも、そういうわけにはいかないのは頭では分かっていた。
チャイムが鳴る。
試験管の教師が「やめ! ペンを置いて裏返しにて」と命令する。
クラスの皆は背伸びしたりテストから解放され気が緩んだのか私語が増える。
回収が終わり先生に礼をして私達は帰り支度を始めだした。
一学期がもうじき終わる。その頃には外は暑くアスファルトが熱を持ち地上を歩く人達の額や脇から汗を吹き出させ不快にしていく。エアコンの効いた車がいかに快適なのかと外にいる私達は当たり前のようにバスやトラックの排気ガスを吸う。最近は電気で動くバスも見かけるようになったが、依然ガソリン車が多い。でも、電気は電気でデメリットもある。静か過ぎて近くの盲学校の児童は危険に感じるのではないのか。
学校から寮への通り道にあるガソリンスタンドは廃業し工事が入って、作業音が鳴り響く。私は今日から部活動がまた本格的になる前に忘れてきた練習着を取りに寮へ戻った。その道中にあるアパートから室外機のむわっとした空気が歩道を歩く私にかかった。見ると錆びついた古いタイプのもので、外壁の変わりにフェンスがあって、その隙間から風が来たのだ。昔はブロック塀の外壁だったのだが、地震でブロック塀が倒壊した事故がニュースになってから各地で歩行者の多い歩道を中心にブロック塀を撤去し始めることが起きて、ここもそのようになったようだが、結果として室外機の風をもろに受ける事態になった。そのフェンスには人探しのビラが紐でつけられていて、あの男児の写真と共に男の子の詳細が書かれてある。上下黒の半袖半ズボン、髪型は短く後ろは刈り上げ、裸眼であとは身長と靴のサイズまで書かれてあった。カイトって漢字で海斗って書くんだ。そう見ながら見つかることを祈りつつ寮へ急いだ。
寮の部屋は相部屋で二人で一つの部屋を使う。それ以外は共有スペースで門限は当然ある。
忘れ物を取り終えると寮を出て走って体育館へ向かう。その途中、一人の男性が私を見て声を掛けていた。
「きみきみ」
「はい?」
「◯◯高の制服だよね?」
「はい、そうですけど」
「これ、誰かが落としていったみたいなんだ」
そう言って学生証を渡してきた。確かに、自分の学校のものだ。
「学校に届けようと思ったけど任せていいかな?」
「あ、はい。ありがとうございます」
私は会釈して足早に学校へ向かった。
学生証を無事渡せた宮沢は足早に行ってしまった女子高生の背を見届けると、駅の方へ向かった。
その駅前には行方不明になった男児を見かけていないかビラを配りながら必死に声掛けをしている人達がいた。
私はその人達のビラを受け取ると、建物の中一階にある喫茶店へと入った。
「いらっしゃいませ」
茶髪にエプロンをした若い女性店員が来ると私は「先に来ている人と待ち合わせで」と言って私は店内を見渡した。すると、手を振って合図を送る30半ばの男、竹田直也がいた。私は「あれです」と店員に言うと店員は「今すぐ手拭きをお持ちします」と言った。私は四人席のテーブルに向かいに座ると「待った?」と彼に言った。
「いや、俺も今来たところなんだよ」
彼のテーブルにはアイスコーヒーがあり、確かにほとんど減っていなかった。
店員がやってくると私は店員に「すいません、彼と同じアイスコーヒーで」と言った。
「アイスコーヒーですね。ただいまご用意します」と言っておしぼりを置くと踵を返していった。
竹田直也というのは昔電車で痴漢を疑われた際に私が彼の無実を証言した時からの付き合いだ。私はただ、彼は本当に触っていなかったから本当のことを証言しただけだが、あとになって分かった話、その疑いを掛けた女子高生というのが痴漢を訴えて男を脅迫しお金を巻き上げるということを常習的にやっていたことが判明し、その後御用となった。確か、噂によれば学校も退学処分になったとか。
「そういえばここの二階で男の子が行方不明になったようですね」
「ああ、なんかニュースにもなってましたね」
「どこへ消えるんだか」
「確かに」
竹田は車の整備士をしており、自分の車の整備も彼のところにお願いすることもある。今、彼は休みでジーンズに半袖シャツ、ネックレスをかけ、シューズを履いている。彼の体格は自分より大きく、力もありそうだ。
「なんでこんなに探してるのに見つからないんだろうな?」
「うーん……」
どこかに隠れていましたとかではないだろう。まして隠れて出られなくなったわけでもあるまい。
「誘拐だったりしてな」
竹田はそう言った。
「そう思う?」
「いなくなった家族は誘拐かもしれないってテレビで言ってたな。宮沢はどう思うの?」
「身代金の要求とかは今のところない感じだよね」
「ああ、確かにそうだな」
「あとはその男の子が見知らぬ人に簡単について行っちゃうかだな。例えばお母さんはさっきあっちに行ったから一緒に行こうとか、店員のフリして声掛けられたら信じてついて行っちゃうとか」
「宮沢、お前まさかやったんじゃないだろうな」
「変なこと言わないで下さいよ。冗談でも傷つくなぁ」
「でも、本当に見つかるといいな」
「え?」
それから数ヶ月が経ち、駅前はクリスマスムードで巨大なツリーと一緒にイルミネーションが派手に照らしていて、サンタの衣装をした喫茶店の店員が接客をしていた。世間は苺の高騰で頭を悩ますケーキ屋が毎年恒例のニュースになっていた。そして、市民の多くはあの男の子の失踪を忘れていた。
宮沢もその一人であったが、駅前をたまたま歩いているとあの両親が必死に寒い中もビラを配って息子のことで呼びかけていた。
両親にとってクリスマスどころではない。我が子がいないクリスマスの日を向かう羽目になるなんて思いもしなかった筈だ。
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