エレベーター

アズ

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エレベーター

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 夜がこれ程怖いと感じたことはない。太陽の僅かな光がビル群の隙間からかろうじて見えるも、空は夜空が半分見えていた。あの光が消えた時が男にとって最後の太陽となるかもしれない。時計の針は残酷にも宣告の時を告げる時限爆弾のタイマーのようで、とても落ち着いてなどいられなかった。その布団の上には全く役立たないスマホが放り投げられたままで、望みは途絶えた。いっそ、あんな思いをするくらいなら楽にいきたい。しかし、この病院も、この国の法律も、それを許してはくれない。人それぞれ異なる死生観があるというのに、法律は寄り添ってはくれない。医療に傾き未だ尊厳死を認めないこの国では死のその時まで残酷に猶予が与えられる。その間、男は怯え続けなければならない。しかし、男が求めるのは明らかにメンタルケア、カウンセラーとかではない。エレベーター地下に見た地獄みたいな場所であんな思いをしたくないだけだった。しかし、それは叶わない。
 弱っていく自分にはそこから逃げる力もなかった。そんな男はふと家族を思い出した。男は現在独身で実家からは高速を使って2時間以上といった離れ離れで、兄弟のいない一人っ子だった。男はせめて家族に連絡しようと腕を伸ばし、スマホを取ると電話帳から実家にかける。病院内であることを全く頭から抜け落ちていた男は暫く掛け続けたが、実家は留守のようで繋がらなかった。男は仕方なくメッセージだけでも打ち込み、それを送信した。これでいい、男はそう思うと力尽きたように頭を枕に落とした。
 それから外の景色は細い糸が途切れるかのように光が消え、ビル群の隙間が影に落ちると、病室の窓はすっかりと暗くなった。
 巡回に来た看護師が各部屋のカーテンを閉めていく。
「まだ、熱が下がりませんね。早くよくなるといいですね」
 優しい言葉が心に染み、男は潤う瞳を閉ざした。



 男が目覚めた時、男は病室のベッドの上ではなかった。薄気味悪いどんよりとした空気が漂う通路で、男は車椅子の上に座っていた。何度も襲ってきたあの車椅子だった。その車椅子は男を乗せたまま誰かに押されるわけでもなく進み出した。勿論、男が自走しているわけではない。車輪が勝手に回り出し、それはエレベーターのある方へ進んでいく。


 ギィ……ギィ……


 まるで、呼ばれ連れて行かれるみたいだ。体は酷い倦怠感から動く気力も湧かない。エレベーターが夜中の病院だというのに勝手に開いた。中は誰も乗っていない。そのエレベーターに男を乗せた車椅子は入っていく。車椅子が入り終わるとエレベーターの扉は閉まり、エレベーターは当たり前のように下へ向かう。地下のない病院に一階を超えてまだ下がり続ける。突如、エレベーターは揺れ始め、照明がチカチカとしだし、枯れた女性のうめき声が聞こえてきた。
 そうして、エレベーターは目的地に着いたのか止まると、扉が開いた。車椅子は急回転し出口を向く。その先は真っ暗だ。男は車椅子のブレーキに気づき、手を伸ばし車椅子のブレーキをかけた。だが、車椅子は全くブレーキがかからないまま進みだし暗闇の中へとゆっくりと進み出した。男は力を振り絞って車椅子から落ちるように降りようとした。だが、男の手を白い手が掴み、それはとてつもない力で抑えつけられた。その手はどこから出ているのか? 車椅子の後ろには誰もいないというのに…… 。車椅子は進みエレベーターから降りた。車椅子をおろしたエレベーターは扉を閉め、そこは完全な暗闇になる。
 男は死を覚悟した。暗闇の辺りから複数のうめき声が聞こえだした。ここはきっと地獄の底で、あの車椅子とエレベーターはその案内役だったのだ。地獄から抜け出せない男は暗闇の中、悲鳴をあげた。
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