湯屋

アズ

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01 夢

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 病院の屋上で今まさに自殺をしようとしている少女がいた。そこに、同じくらいの歳の少年が現れた。
「病院は自殺するような場所ではない。病と戦う場所で、皆生きる為に戦っている。君はその逆をやろうとしているんだ。何故、病院で自殺なんかしようとするんだ」
 少女にとってこれから自殺しようとしている自分にまさか赤の他人に説教されるとは思ってもいなかった。自殺を止めようとする、いや、説教する少年の疑問に答えるべきか数秒の間があいた。だが、よく考えれば赤の他人に答える義理はない。今日は諦めて自分のベッドへと買えることにした。少女は沈黙したまま少年とすれ違った。少年はそれ以上何か言うこともなく、追ってもこなかった。
 自分の病室に戻ると少女はベッドを囲むカーテンの中に入り、小さな空間の中でおとなしく横になった。
 自殺……それを考えるようになったのは、早く楽になりたかったからだ。どうせ治らないと分かっているからこそ、これ以上生きることに意味を感じなかった。
 医師や親は治療を望んでいる。あたかも希望があるかのように。医師はその希望に全力をそそいでいる。それに対し少女のしようとした行為は裏切り行為になるのだうが、そもそも私は望んでいなかった。この国に安楽死が認められ自分の意思で選択出来るのなら、私はそれを選択していただろう。例え親が反対しようと、周りが説得しようと、個人の声は尊重してもらいたいものだ。それこそ、他人から無責任に生きろだなんて言われたくはない。しかし、残念ながら安楽死はこの国にいる限り望めない。
 何故、自分だけ……そう思ったことは何度もある。だけど、ここにいると自分よりずっと下の子も入院しているのを見ていると、そう考えるのは間違いだと気付かされるが、それでも煙草を吸って自ら不健康へと向かう人達を見ると何で? と思ってしまう。だが、それは彼らの自由でもあった。
 自由。それがまるで自分にとって遠い存在のように感じる。
 普通なら、部活動や恋とか学校の帰り道に友達カラオケとか青春を味わっていたと何度も想像する。
 カーテンの向こう側のベッドの壁にはサッカーボールの絵が貼っており、自分より小さなサッカー好きの少女が私と同じ病で頑張っている。前歯の一本欠けた歯を見せる笑顔が特徴の少女だ。
 サッカーと聞くと男子のイメージが強いが、実際少女が見るサッカーは男性しかいないJリーグだ。昨年J2に降格してしまい、今年はJ1復帰を目指し応援している。少女はもし病気が治り退院できれば自分もサッカーをするのが目標らしい。その為に高校女子サッカーを見て学んでいる。しかし、スポーツといのはスタートが遅れれば遅れるだけ皆との差がついていくものだ。私も好きだったバレーは中学ではレギュラーだったが、今戻ったところで差はもう埋められない。それでも少女の目にはまだ諦めは見られなかった。それが羨ましくも思う。本当に奇跡を願えられたら…… 。



 昼食の金時豆の甘いにおいが自分には苦手だった。少女は残さず全て食べたが私は残した。
 何もせず、ただ横になっているだけでご飯が出てくるだけありがたいとは思っているものの、自分はそこまで大人ではなかった。
 空気の入れ替えの為に窓は開けられており、看護師にカーテンを開けられていた為寒く感じた。その自分の前のベッドは空室だった。夜に看護師と医師が何度も病室を出入りしていた。私は何も聞かなかったし、看護師も何も言わなかった。
「お姉ちゃんはさ」
 突然会話が始まり、私は隣のつばきちゃんを見た。
「勉強しなくていいの?」
「勉強ね……する意味あるかなって思っちゃって」
「どうして?」
「どうしてって……」
 どうせ私は死ぬんだからと思っても口には出せなかった。少女は真面目で「勉強しなきゃ駄目だよ」と私を叱った。
 皆はやりたいことの為に働く。勉強する。その自由がある。でも、私達は?



 私が病院を嫌うのは死を実感するからだ。死ぬことが怖いんじゃない。死なんてただの終わりだ。人生の。宗教的には終わりは始まりとも考えられる。でも、重要なのは「私」は確実に終わるということだ。
 例えば、人生ものがたりに死がなければ終わりがないということで、それは中途半端なんだと思う。終わりはあってもいい。ただ、それは今じゃないというだけで。それは自分の死、終わり方を決められない不満だ。何の為に私は生まれてきたのか? その問に答えられない。
 私はつばきちゃんに叱られたので参考書とノート、筆記具を出した。ノートを開くと全然勉強が進んでいないのが分かる。
「ねぇ、お姉ちゃん。お姉ちゃんはさ、将来の夢とかないの?」
「将来の夢? それは病気が治ったらってこと?」
「うん」
「将来の夢か……」
 特に考えたこともなかった。むしろ、自分の不幸ばかり考えて自分の将来について考えなかったのは自分に将来が訪れるのか不安だったかだ。期待していたら、叶わなかった時のショックが大きくなる。少しでも後のダメージを和らぐ為に私は悲観的になっていた。それが現実的だとばかり思い込んでいた。そんなうまい話しなんてないと自分に言い聞かせて。そしたら、頭の中がそれで固まっていた。
「まだ決まってない」
 私は素直に答えた。考える時間はまだ私にはたっぷりある。私がどう生きたいのか。それを考えるだけで嫉妬が生まれそうだが、人生悔いのないよう生きるならせめて一つは叶えたい。それだけのことぐらいは考えてみよう。



 翌日。
 ラジオ体操の音楽が流れた。動ける人はその音楽に合わせ動かした。リハビリでもあり、運動でもあり、毎日あることで生活リズムが生まれる。
「生きるということはつらいことだ」
 抗がん剤治療を受ける度にそう感じる。つばきは私の呟きに苦笑した。
「でも、つらいことばかりじゃない」
 つばきはそう返した。彼女のそういうところが強いと思う。どんな時でもポジティブでいる明るいつばきは、私には太陽に見えて、私はその太陽の中心にいつまでも届かないでいた。私は彼女より長く生きているが、彼女より弱かった。
 私は目を瞑った。もし、自分が皆と変わらなければどんな人生を歩んでいただろうか。普通に憧れた私がもし達成したら満足し幸せに生きただろうか。
 私は目を開ける。濃い霧が視界を覆っていた。
 あれ、ここはどこ?
 手を伸ばす。何も掴めない霧からは微かに熱を感じた。すると突然、伸ばした右手首が何者かに掴まれ強引に引っ張られた。私は必死に抵抗するも力は相手の圧倒だった。私は躓き転んだ。
 痛いと思いながら顔をあげると、霧の中から少女が現れた。
「いらっしゃいませ! 極楽湯へ」
 元気よく言う少女の言葉に頭がついてこれなかった。
「は?」
 自分達の周囲に漂う霧が徐々に晴れていく。そこは大浴場だった。色んな温泉があり、霧だと思ったそれは湯気だった。
「あなたの手とても冷たいです。どうです? ここの温泉に浸かっていきませんか?」
「え……私、病室にいたと思うんだけど」
 そこまで言って自分で気がついた。あぁ、これは夢なんだ。
「どうです?」と少女が誘うので、せっかくだから私は入ることにした。
 脱衣場で脱ぎ中に入ると、さっきの少女が既に中で寛いでいて、こちらに手招きをしてきた。
「え、なんで入ってるの!? あなた従業員じゃなかったの?」
「いいから、いいから」
 私は言われるままに温泉の中に入った。
「こちら極楽温泉には色んな効果がありまして、あなた様が入られたこの温泉は不安を消してくれる効果があります」
「不安?」
「はい。あなた様はかなり悩んでおいででしたので、真っ先にこの温泉に入っていただきたいと思っていました。これでまた自殺したいとは思わなくなったでしょう」
「自殺……」
「他にも様々な効果の温泉があります。例えば足が悪い方には青色の龍の口から出る温泉の湯に浸かれば足の怪我や厄、病を治してくれます。足が速くなりたい方にもオススメですよ。陸上選手になった方はだいたいあの温泉に入ったことがあるんです。オリンピック選手も中にはいますね」
「それは壮大だね」
 勿論、夢の中の設定を指して言った。
「いえいえ、これは本当のことなんです。ただ、なにせ皆さん夢の中の出来事ですから、覚えていなかったり夢だからと誰にも話されなかったりするんで」
「え……」
 夢の中で夢を意識しているなんてこと、そういえば今まであっただろうか? 大抵、夢だと分かった瞬間目覚めてしまうものだけど。
「おや、信じてもらえましたか?」
「え、本当なの!?」
「勿論です! あなた様だけではありません。大勢がここを利用しています」
「なら! 私の病を治す温泉とかはあるの?」
「はい。あります。どうせなら他の温泉も見て回ったらどうです?」
 私はそうすることにした。温泉の前には看板があり、その温泉の効果が書かれてあった。
 腕の温泉、目の温泉、鼻の温泉、口の温泉、耳の温泉……随分広い温泉だった。
 そんな中、真っ黒な湯を見つけた。
「何これ……」
 ブクブクと泡が出ており、その温泉だけ看板が見当たらなかった。すると、そばに少女が現れた。
「その温泉だけは入っちゃダメだよ」
「これ何?」
 しかし、少女が答える前に夢は消え、目が覚めてしまった。
「お姉ちゃん、寝てた?」
「うん……なんだか変な夢だった」
「午前中だよ? それで、どんな夢だったの?」
 私は夢の中で不思議な少女と出会い、そこでは色んな温泉があったことを説明した。
「へぇ~温泉かぁ……私も行ってみたいな。で、その少女ってどんな子か気になるんだけど?」
「それがさ夢が覚めたらどんな顔だったか覚えてないんだよね。でも、つばきちゃんぐらいだったと思うよ」
「それって私じゃね?」
「いや、そんなんじゃなかったよ」
「そう」
「不思議な夢だった」
 まさか、あの夢を再び見るとはその時は思いもしなかった。夢の続きを見れる夢なんて初めてのことだ。
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