コンシャスネス

アズ

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夏の思い出

01

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 8月の上旬。お爺ちゃんが倒れた。病院へ救急搬送されたが、意識はあり呼吸もあったから単なる熱中症だと思った。お爺ちゃんは午後から水分をとろうとせず、喉が渇いた状態でビールを飲もうとするからだ。それが一番美味しいからだと周りに止められても尚やめようとしなかったからだ。瓶ビールを一本、それから焼酎。80代にもなる爺さんはいつまでもそのスタイルで変えようとせず、冷房も嫌って寝室には扇風機すらない。だから、典型的な熱中症だと疑わなかった。
 いつまでも元気なお爺ちゃんでいてもらいたい。でも、年齢には逆らえない。和室だった寝室を洋室に変え、布団からベッドに変えたのだって起き上がりが楽になるからだ。そういつまでも無茶は続けられない。そう思ってお爺ちゃんが帰ってきたら言うつもりでいた。
 だが、病院から言われたのは不整脈だった。心臓に問題があり、ペースメーカーを入れる手術が始まったのだ。
 熱中症じゃないんだ。
 病院からペースメーカーの説明や障害者手帳の申請の話しやら色々聞かされ、母は必死にそれを理解しようとしていても、これからどうしたらいいのかとか、まだ理解が追いついていない様子だった。
 加えてお婆ちゃんのこともある。現在、お婆ちゃんとお婆ちゃんは二人暮らしだ。お婆ちゃんがお婆ちゃんの介護をしている老老介護状態で、ただ、認知があるだけでお婆ちゃんにそれなりの自立度は残っていた。問題はその認知症の進行が今後どうなっていくかだ。お婆ちゃんは介護保険証を案の定無くしているし、介護認定だってこれからだった。介護サービスを受けるにもまず介護認定が必要になる。その為の申請をするにも何が必要で紛失したらどうすればいいのかとか、もう頭がパニック状態だった。
 あちこちで夏祭りで賑わっているのに、うちはそうはいかない状況にあった。
 学校のない夏休みはいつもお爺ちゃんの家で過ごしていた。でも、今年は無理そうだ。来年はどうだろう? どうなっているかは母にも俺にも分からない。変わらない日常が永遠に続いたらと思うけど、そうはいかない。子どもは永遠に子どもでいられないように、大人にならなきゃいけない。でも、俺は大人にはなれない。
 お爺ちゃんの家の広間には仏壇がある。線香が一本立っており、写真には子どもの俺が写っていた。



 8月はお盆のある月でもある。毎年、この時期に家に帰るのが楽しみだったのに、その家が大変なことなっていた。なんとかしてあげたい。でも、俺は守護霊のように何か特別な力を持っているわけでもない。すぐそこにいるのに届かない。母の背中にすら触れられず、話しかけられない辛さは最初の数年は克服に苦労した。
 小5のあの夏の頃、信号のない交差点で横断歩道を横断中、スピードあげて交差点へ突入したトラックにはねられた。クラクションがきったから運転手は気づいていなかったかもしれない。見通しの悪い交差点でもなければ昼間の明るい時間帯だった。
 俺はなんで死んだんだろう。
 それからどうなったのかは知らない。気づいたら、このお盆の時期になると意識だけがこの場所に戻っていた。
 その数年、俺は自分の死因を知りたくて探ろうとした。お盆の時期、俺は虫に変身出来るらしく、あちこちを飛び回って自分なりに調べた。それで分かったのは運転手が体調悪く意識を失って事故をしたこと。運転手も一歩間違ってたら死んでたかもしれないということだった。
 真相を知ったのに何も残らなかったことに気づいた俺は、生きている家族の姿を見てなんだか悲しくなった。涙なんて流れないのに、俺の心は多分涙を流していた。
 それからは俺は家族の様子を見るようになった。まるで、見守っているつもりで。でも、此方から手助けが出来るわけじゃない。虫の姿になって現れたところで、会話が出来るわけじゃない。でも、お盆の日は必ず家族は見えない筈なのに、まるでそこにいるかのように仏壇に向かって会話をしていた。
「おかえり」
 そう言われると、こっちも「ただいま」と返したい。でも、当たり前に出来たそれは二度と届くことはない。
 線香の煙が風に揺られただけだ。



 今年のお盆はそういう意味で違う。変わらない平凡な日々は本当は羨ましく、それが永遠に続くものではないと知った時、それは自分が死んだ時もきっと同じだったんだろうと思った。
 あの世はあるかと問われればある。それは極楽と呼ばれ、そこには変わらない平凡な日々が永遠に続いていた。
 俺はそこで一人の少年と出会った。名前はケントといって、生きてた頃はサッカー少年で将来はサッカー選手。でも、その夢を奪ったのは癌だった。親やサッカーチームの仲間が応援してくれたが、それも虚しくケントは皆に見守られながら息を引き取った。俺と同じ小5だった。
 こうして命が年寄り関わらず誰かが失っている。
 そういえば、そういう世界だったことを思い出す。まるで、自分はまだ死なないと思っていても、それは約束された未来ではない。
 ケントは後悔があるとしたら親孝行をしなかったことだろうと語ってくれた。それを言ったら自分もそうだ。俺達には後悔がある。死ぬと分かっていたら生きているうちにやっておきたいこともあった。でも、皆自分がいつ死ぬかなんて分からない。
 もし、やり直せるとしたら何にする? そんな質問は虚しくなるだけだ。それでもお互い気になってついつい訊いてしまう。ケントは親孝行。俺はあの事故を回避して生き延びる。そして、大好きなお爺ちゃんとまた会うんだ。
 そういった願いは叶うわけではないって分かってるけど、つい想像してしまう。



 どうして人は死後、意識だけが残るのか分からなかった。意識は極楽とお盆の時だけ現世に戻る。その行き来をしている。
 極楽には沢山の意識がそこに集結しており、俺は色んな人の意識と出会った。そこにはあの織田信長、坂本龍馬、西郷隆盛もいた。それだけでなく極楽には日本人以外にも色んな国の人の意識が集まっていた。そこは戦争のない平和な世界が続いている。というよりそもそも極楽では殺生が出来ないようになっていた。



 話しは戻る。
 俺は今、その極楽から現世に戻って家のバタバタ劇を蝉の姿になって覗いていた。

 ミーンミンミンミーン。

 すると、そこにもう一匹の蝉が飛んできて同じ木にとまった。

 ジリジリジリジリ。

「よぉ」
「ケント!? どうしたの?」
「お前のところの様子を見に来たんだよ」
「せっかくの日だぞ。お前、家族に会ってこなくて良かったのかよ」
「さっき行ってきたぜ。もう俺は必要ないんだ。弟がいるからな。俺のかわりにあいつが頑張ってる」
「そうか」
「お前のところはどうなんだ?」
「まぁ色んなことがおきてたよ」
「でも、なんとかなりそうなのか?」
「まぁね。お爺ちゃんの手術は成功したし、今月中には退院出来るって。お母さんの方は役所でなんとかお婆ちゃんの介護認定の要請が出来たらしい」
「そうか。お前のところも大変なんだな」
「でも、なんとかやってるよ」
「そりゃ良かったな」
「あぁ」



 次、蝉として現れるまではそう思っていた。



 だが、その時が来る少し前からそれは崩れ始める。
 久しぶりにケントと極楽で出会った時、彼からは暗い雰囲気が漂っていた。俺達極楽の住人は意識だけが存在し、肉体はない。でも、意識、魂と呼ぶべきかは分からないけど、それに触れた時、相手の現世での姿が思い浮かぶ。不思議な感覚だが、ケントの場合は青いサッカーのユニフォームを来たサッカー少年の姿をしている。
「どうかしたの?」
「俺の母さんの具合が悪いんだ。それに、弟は学校で虐めを受けている。でも、お母さんに心配かけたくないって自分で抱え込んで塞ぎ込んでるみたいなんだ」
 俺はなんて言葉をかけたらいいのか直ぐにパッと出てこなかった。そうこうしているうちにケントは言う。
「俺、次のお盆で帰ったら、もうここへは戻らない」
「え? それは無理でしょ?」
「ある人に聞いたんだ。現世に留まっている意識があるってことを」
「それって幽霊のこと? 一度彷徨ったら自分で戻れなくなるんだよ?」
「構わない。それに、現世に『万象の扉』があるって話しだ」
「何それ?」
「そこで肉体を取り戻せるんだ」
「それ、怪しいよ」
「いるんだ、何人も。その扉を探し求めた魂が」
「手に入れたの?」
「分からない。でも、諦めたくないんだ。俺はやるぜ」
「やめるべきだ、そんなこと」
「お前と会えて良かったよ。お別れだ」
「そんなこと言うなよ」



 だが、ケントは本当に行ってしまった。お盆が過ぎても彼が極楽に戻ってくることはなかった。
 彼は運命を変えようとして一歩踏み出し扉を開く為、彼一人行ってしまった。俺は一緒に行くことも、止めることも両方出来なかった。



 俺は翌年、気になってケントの家の方へと向かった。彼の家はケントがいなくなる前に一度聞いたことがあった。
 確かこの辺り…… 。
 飛んでった先で見つけた一軒家。その家の門近くの気に蝉がとまる。
 そんな…… 。
 その家は売りに出されてあった。
 俺は飛んだ。
 ケント、ケントはどこへ!?
 そこへ急に網が上から降ってきて、俺は網に絡まった。元気な男の子の声で「捕まえた」と喜んでいた。
 俺は網に絡まりながら逃げられず、徐々に意識が遠のいていった。




 気づいた頃には青空はすっかり夕焼けになっていた。意識は空にあり、下を向くと道の真ん中に蝉が一匹死んでいた。あれは俺だ。多分、意識が蝉から抜け出てしまったんだ。虫から意識が抜ける時も眠りにつくような感覚に襲われることがある。
 ヤバい。もう一日が終わってしまう!
 このまま日が落ちお盆が終わってしまえば俺は極楽に戻れなくなり、この地上を彷徨うことになる。既に辺りは外灯に明かりがつき始め、ほとんどの家は洗濯物を取り込み終えカーテンがかけられてあった。太陽が沈みかけると、電柱や木や塀の影がゆらゆらと動き始めた。
 影が動いてる…… 。
 久しぶりに夜が怖いことを思い出した。
 ゆらゆら動く影の方から聞こえる筈がない声が聞こえてくる。

 こっちへおいで、こっちへおいで。

 捕まえってたまるか!
 意識の俺は極楽へと急いだ。だが、その前に日が完全に落ちる。
 暗闇になると、一気に寒気が伝わった。
 俺は上へ上へとその場から逃げようとした。
 そこに一つの明かりが見えてくる。一見星かと思ったがそうではない。他の星は見えない。その光だけが見えた。罠か? 徐々にその光の正体があらわになる。
 それは扉だった。
 ケントが探していた扉。
 扉を潜れば肉体を取り戻せる。ケントはそう言った。でも、俺は信じてやれなかった。だってそうだろ? 命って一度きりなんだから。俺達はその一度きりの一生を確かに終えたんだから。だから、ケントの言ってることは無理なんだ。
 扉は勝手に音を立てながら開き始める。隙間から光が漏れ始め、それは眩しくて中が見えない。光の先にあるのはいったい何か? もし、ケントがドアを見つけ中に入ったのなら、おそらくケントと中で会えるかもしれない。
 人の手の形をした影が直ぐそこまで迫ってきてた。
 どうする? このまま扉の中へ突っきるか、影から逃げながら極楽へと向かうか。いずれ、この選択を逃せば次は来年だ。その時、また同じ場所にドアが出現してくれるとは限らない。

 こっちへおいで、こっちへおいで。

 もし、肉体を取り戻せたら俺は何をする? 親の前に現れるのか? そして「生き返りました」とでも言うのか? いや、そうじゃない。ケントを連れ戻さなきゃ。
 ケントは極楽で家族を待たなきゃいけないんだ。その時にちゃんといなきゃいけない。
 ケントー!!
 俺は大声で彼を呼びながら、開く扉の中へと入っていった。
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