赤いリボンに包まれた七不思議

アズ

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 駅南口を出ると長いスロープがある。駅から真正面には高級感あるマンションが建っている。スロープには手すりと点字ブロックがあり、そこに白杖を持った背の高いサングラスをかけた男性がスロープを降りて歩いていた。
 スロープの手前には駐輪場があり、自転車はそこに置いてスロープを上がり、駅に入るかたちになっていた。最近では、自転車のレンタルを始めたようで、駐輪場の横にレンタル用の自転車が置かれてある。
 スロープを長身の男が降りきると、タクシー運転手が近寄ってきた。
「篠原様ですね」
「はい、そうです」
「えーと、どう案内すれば宜しいでしょうか。申し訳ありません。慣れていないもので」
「タクシーはそばにありますか?」
「ええ。ああ、それじゃそこまで手引きしますね」
「ええ、お願いします」
 慣れないながらもタクシーの運転手は彼をタクシーまで案内すると、後部座席に頭をぶつけないように手でカバーしながら、お客様をなんとか誘導できた。
 ホッとしてから運転手は「それじゃ、ドアを閉めますね」と言ってからドアを閉めた。
 運転手は運転席側へと回り、運転席につくとシートベルトをしながらお客さんに「それで、どこまで行きましょう?」と聞いた。
「市民文化センターまで」
「ああ、分かりました」
 文化センターまではさほど距離が離れているわけではない。自転車で行けば着けてしまう距離だが、勿論この方には自転車は無理な話しだ。
 ウインカーを出して発進させると、後部座席にいた男性は「あの」と言ってから「ラジオを消してもらえますか」と言ってきた。
「ああ、すいません」
 慌ててラジオを消した。
 それからは会話もなく、目的地へと到着した。
 運転手から言われた料金をカードで支払うと、タクシーを降りた。
 文化センターの敷地は石畳になっており、点字ブロックがない。あまりにも不親切なつくりになっているが、男は白杖でそのまま進んだ。
 すると、道沿いに等間隔にあるベンチに座っていた年寄りがその男性に話しかけてきた。
「随分と遅かったじゃないか」
「ああ、これは中田さん」
「あまり感心しないな。見えていないフリをするなんて」
「いやいや、これには理由があるんですよ。私の娘は目が見えなくてね。この町に引っ越しても大丈夫か私が体験しているんですよ」
「それで、合格かね?」
「ここがゴールのつもりでしたがね、最後の最後がこれではね」
「ここも古いからね」
「この町は古いものが多すぎる。商店街も、近くのビルも建物の古さは感じるでしょ?」
「町が変わるのは年寄りとしては思い出が消えるみたいで嫌なんだが、古くさいのをそのままにすると、全てが老朽化で後々大変になる。変化は仕方がないのかもしれんな」
「いや、変化出来てないでしょこの町は。その力がない」
「確かに」
「子供の数も減った。年寄りばかり増えている。そんな私も第二次ベビーブーム世代」
「バブル崩壊後、氷河期も経験した世代か」
「私は影響受けていませんがね」
「ん? ああ、そうか。そうだったな、君は」
「だが、我々より今の世代の子の方が大変かもしれませんね」
「ふん、分からんさ、世の中なんて」
「それより本当なんですか、現れたって。アレが」
「それを確かめるんだよ、これから我々で」
 ふと、篠原は振り向き文化センターを挟んだ向こう側の方を見た。車が行き交う中、その間の隙から見えたのは金髪にジーンズ姿の若い青年。歩き煙草をしながら喫茶店の様子をちょっと覗くように見ていった。
「どうかしたか?」
「いや……」



◇◆◇◆◇



 先程篠原が気にしていた金髪の青年、彼は和也という名前だった。
 彼は高校を卒業しており、勉強が嫌いだったことから大学へは進学せず就職を選んだ。たいして資格がとれるような学校ではなく就職活動事態は楽ではなかったが、なんとか内定をもらえていた。その仕事は製造業。しかし、たいした能力があるわけでもないが仕事に魅力を感じずに半年で退社。その後、バイトを転々としているうちに、高校当時からの友達がもう一度集まってバンドを結成してみないか誘われ、特にすることもなかったからそれを受けた。それから暫くはバンド活動をしていたが全く人気にもならず。所詮、高校生のバンドとたいして変わらなかった。いや、他の奴ならもっとやれる。演奏も歌も俺達に才能があるわけではなかった。
 結局、ろくな大人になっていないなと気づいた頃、もう一度救いが現れた。
 そして、それが現在勤め先である探偵事務所になる。
 正直に、探偵という肩書事態胡散臭いと思う人もいるだろうし、どうせ浮気調査とかそんなところだろうと思われるのだろう。まっとうな仕事として探偵は当てはまるのか。そこまで言う奴もいるだろう。
 そんなことはどうでもいい。他人の評価などずっと聞いてこなかった。出来損ないの息子に怒鳴る両親の声などとっくに耳に入っていなかった。学校の教師がなにか言った時もそうだった。
 俺は俺の人生だ。誰かに好き勝手に言われたくない。
 そんな強気も一人じゃなにもできなかった。そんな俺でさえ、今は天職に思える。


「狼が群れから離れて一匹で何が出来るか。ふふ、面白そうじゃないか」


 俺を雇った社長の言葉だ。これだけでだいぶ変わった人だと分かる。でも、俺はとっくに周りからは変わり者扱いだ。家でも、どこでも。なら、構わないじゃないか。
 画面が割れたスマホが鳴る。画面を見ると、電話の相手は依頼主だ。
「はい、藤本です」
 ただ、こう思う。
 こうして探偵事務所に依頼が来るのだから、需要があるんだろう。そして、救われた奴もいるんだろう。なら、まっとうな仕事だろ、と。
「はい? 駅ですか? 駅なら丁度向かっている方向が駅です……噴水ですか。そこを調べて欲しい……何を具体的に調べればよろしいでしょうか」
「噴水の中に一万円札が入っているかどうか確認して欲しい」



◇◆◇◆◇



「ねぇ、まずいって」
「なによ、恐がりねスズは」
 さっきまで噴水近くにいた女子高生二人だった。
「早く戻した方がいいって」
「なんで?」
「なんでって」
「一万円札を拾わない人なんていないでしょ。誰かが取る。なら私が取る。これ、乾かせばいけるよね」
「駄目だよ。交番に届けよ?」
「えー、一万円札だよ?」
「だからだよ。なにかに巻き込まれるの嫌でしょ? それに駅だから防犯カメラあるだろうし」
「うーん……まぁ、それもそうか。それじゃ、交番に届けるよ」
 スズは瑞希がそう言ってくれてホッとした。
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