たとえば君が

遠之森きゃお

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Start shooting 夕暮れ

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 もう、陽は沈みかけていた。

 夕焼けが紅く照らす無機質な部屋の壁。
そこにテレビモニターから発せられる光が、画面の移り変わりと共に時折違う色を混ぜ込んでいる。

 原稿を読み上げる女性キャスターの声が響く。

『では、次のニュースです。二ヶ月前、Y・C事務所所属の人気タレント澤山尚輝さん十八歳がホテル七階から転落した件で、警察は事件事故の両面から捜査を続けて来ましたが未だに――』

 声はそこで途切れ、画面の光は失われた。

 電源ボタンを押した彼は、荒々しく壁にリモコンを投げつける。
 と、その中から飛び出したのだろう。場違いに軽快な音をたて、乾電池が部屋の隅へ転がっていった。

「……大丈夫か」

 椅子に腰掛けた男が心配そうに話し掛ける。

「……大丈夫だよ、俺はね」

 そうは答えたものの、彼はやっとの思いでそこに立っていた。彼と尚輝はプライベートでも仕事でも行動を共にする事が多く、あんな事さえ起きなければ今頃二人一緒に映画の撮影に挑んでいるはずだった。

「何度も言ったが……お前が責任を感じる必要は無いんだ。後は警察に任せるしかない」

「わかってる」

「それに、こんな時になんだがな……映画の話、一度白紙に戻して契約から何から改めてって話だったけど、先方はお前だけでも是非にって」

「――ごめん」 
 
 彼は男の言葉を遮り呟いた。 
 
 小さく消え入るような声ではあったが、しかし迷いの無いはっきりとした口調だった。

「なあ……せっかくのチャンスなんだぞ! あの映画は絶対に当たる。お前だって乗り気だったじゃないか!」

「もう決めたんだ、ドラマの撮影も終わったし、映画以外の仕事も入ってなかったからちょうど良かったよな……今消えたって誰にも迷惑かけないし、きっと騒がれる事もないだろ」

「この世界が、そんなに嫌になったのか」

「あんたには……悪いと思ってる……でも」

 言いながらうつむき、ギュッと拳を握る。

 男は深い溜息をついたかと思うと、窓を背にしたデスクの椅子から立ち上がり横にいる彼の肩を叩いた。

「……で、辞めて、これからどうするつもりだ?」

「親が引っ越す予定だったから、仕事から離れるなら一緒に来ないかって……そこ、尚輝の転院先にも近いんだ」

 未だに意識の戻らない尚輝を転院させる事については、もちろん医師からの反対があった。しかしマスコミやファンが入り込もうとする今の病院に居続ける事を母親が拒み、信頼する医師が勤める大学病院への転院を強く希望したのだ。

「そうか、尚輝の……まあ、何かあったらすぐに連絡するんだぞ」

「やだね。連絡なんかしたら、なんだかんだ言って仕事の話されそうだし」

「お見通しか」

 軽い掛け合いに口の端が上がる。
 尚輝の事があってから、彼が演技以外で笑うのは久し振りだった。

「……じゃあ、そろそろ行くよ」

「ああ、またな」

 男は軽く右手を上げると、窓の外に目を向ける。
背後でドアを開ける音がした。

「なあ、俺は……本当に諦めてないからな。まだいくらでもチャンスはあるさ。ファンの子達も……」

「そんなもの、もう信じない」

「お前また、そんな……」

 慌てて男が振り返ると、彼が頭を深く下げた。
 普段は見た事の無い彼の行動に、本気なのだと思い知らされる。
 
「今までお世話になりました、社長」

 顔を上げた彼はとびきりの笑顔を見せてくれたが、それは先程笑いあった時とは違い、明らかに作ったものだった。
 廊下に響く足音が少しずつ遠ざかっていく。

 男はゆっくりとしゃがみ込み、窓の下の壁に背を預け部屋の片隅へと目を向ける。

「壊しやがったよ……あのバカ」

 床に落ちたリモコンは無惨に壊れて部品が散らばり、二度と元の姿には戻らないように思えた。

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