たとえば君が

遠之森きゃお

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Scene1 突然の出逢い

Cut1

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「わ……!出て来た、智哉君!」

 金曜日の夜、八神朔夜ヤガミサクヤは自室のテレビに釘付けになっていた。
 画面に映し出されているのは朔夜の好きな『山越智哉ヤマコシトモヤ』の出演しているドラマだ。

 出演している、と言っても彼が演じるのは主役というわけではない。主役を演じる女性の彼氏……の弟役だ。
 だから当然、出番も少ない。

 朔夜はそれでもこのドラマを全て録画し、大切に保存している。勿論今見ている話も録画中だ。

「……今週も格好良かったな……」

 はあ、と息を吐き彼が見せた笑顔の余韻に浸りながらベッドの上でクッションを抱き締めていると、閉めておいたはずのドアの方から声がした。

「あんたも好きねえ……」

 慌ててドアの方を見るとそこには呆れ顔の美沙子――朔夜の母親の姿があった。
 足元には雑巾のかかったバケツが置かれている。

「や、やだ、もう、私の部屋に入る時はノックしてっていつも言ってるじゃない!」

「えー? 部屋になんて入ってないわよ、こっそりドア開けただけ」

「同じよ! いやむしろそっちの方が酷いからね?」

 美沙子は顔を真っ赤にして怒る朔夜をよそにケラケラと笑っている。朔夜の方は至って真剣なのだが、美沙子はいつもこんな調子だ。

「そうそうそんな事よりあのね、急な話なんだけど、今夜お父さんの親友の……サク、何よちょっと」

 朔夜はドアの所まで行き、持っていたクッションを間に美沙子をグイグイと押していく。

「今は聞きたくないですー!」

「いいから聞きなさ……ちょっとサク!」

 自分がテレビに向かいうっとりしているという恥ずかしい現場を目撃されたショックのせいで朔夜は早くドアを閉めたくなり、美沙子の話を聞こうともしない。

 朔夜が何とか一人の空間を取り戻しドアへもたれ掛かると美沙子の溜息と足音が聞こえた。

 バケツを持っていたという事はまさかこんな時間に掃除でも手伝わせる気だったのだろうか、と朔夜は怪訝な顔をしながらベッドに戻る。

 固めのマットレスがお気に入りのベッドに、テレビに、勉強机。そして広めのクローゼットもある八畳ほどの大きさの部屋は、一ヵ月ほど前に越して来た時に初めて与えられた朔夜一人の城だ。以前は姉と共同の六畳間だったのだからこの差はかなり大きい。

 新築の香りがまだ残るこの家は二世帯住宅で、共有の階段と玄関を中心に左右対称の造りになっている。娘が結婚しても手放したくないと、将来の同居を夢見て父親が建てた家だった。


──そんなの結婚相手が嫌だと言えば無駄に終わるのに──


 初めて父親の考えを聞いた時、朔夜はそう思ったものだ。

「それに結婚なんて……一体いつの話よ」

 壁に貼られた山越智哉のポスターを見ながらベッドに寝転がる。
 昔は彼の記事を探すのさえ大変だったが、最近では少しずつ知名度も上がり色んな雑誌に載るようになっていた。

 最近といえば嫌な事もあった。
 同じ事務所の先輩タレント、智哉との映画ダブル主演が騒がれていた澤山尚輝が転落事故にあった為に、智哉の関与を匂わせるような記事が週刊誌に載ったのだ。

 『バーターが調子に乗り映画単独主演の座を狙ったか』……などと酷い事を書き連ねて。

 そんな事があっても仕事を投げ出さなかった智哉を、朔夜は尊敬さえしていた。現に今放送されているドラマも事故直後にだって収録があったはずだが、辛そうな様子は微塵も感じさせない。
 プロとしては当たり前の事かもしれないが、自分と同じ年齢でそんな風に振舞う事が出来るというのが朔夜にとっては信じられない事だった。

「やっぱり、遠い世界の人なのよね……」

 朔夜はベッドヘッドの引き出しに閉まってあった封筒の束を取り出した。


──きっともう、こんな手紙は貰えない──


 縦長の封筒の左隅には几帳面そうな文字が並べられている。

『山越智哉』

 朔夜はその文字をそっと指でなぞると、しばらくの間眺め続けていた。

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