たとえば君が

遠之森きゃお

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Scene1 突然の出逢い

Cut2

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「……ピー、ピー、ピー、ピー」

 規則的に聞こえてくる、音。


 膨らんだ掛布団がモソモソと動く。突然その中から白い腕が伸びたかと思うと、それはそのまま枕元の目覚まし時計を捕らえた。

「ピー、ピー、ピー、ピー」

「……もうっ、うるさい!」

 鳴り止まない音にそれが目覚まし時計では無い事を悟り、飛び起きる。
風呂上がりに髪も乾かさずベッドに入ったせいかその姿は酷いものだった。

 時計が表示しているのは2時を少し過ぎた時間。朔夜は眠い目を擦りながらフローリングに足をおろし、ベランダへと続く窓を開ける。可愛らしいピンクのサンダルに乱暴に足を突っ込み外に出ると、目の前の道路に有名な引っ越し会社の大きなトラックが見えた。

 ピーピーと煩い音は間違いなくバックランプを点灯させているこのトラックから聞こえてくる。

 こんな時間に引っ越すなんて、世の中には物好きな人もいるものだ――そう思いながら朔夜は部屋に戻ろうと振り返る。

 しかし、そこである事に気付き朔夜はもう一度下を見た。

 そのトラックがバックで入り込もうとしているのは、朔夜の家の玄関先なのだ。


――どうして引っ越しトラックが? 夜逃げ……まさか、ウチが借金とか? 一体何!?――


 慌てて部屋を飛び出すと階段の下から声が聞こえてきた。 

 小声で話してはいるが、それは間違いなく美沙子の声だ。朔夜は堪らず階段を駆け下りる。

「ちょっとママ、何よあのトラック、こんな時間に何の騒ぎなの!?」

 階段の途中からいきなり大声で捲し立てる朔夜に驚いたのは引っ越し業者の男だった。
 彼は職務を果たそうとしているだけで罪など全く無いというのにすっかり所在無さげに俯いている。

「サク! やだすみません、この子は昔っから寝起きが悪くて……気になさらないで下さいね。あ、リビングはそちらです。窓の鍵も開けてありますから! よろしくお願いしますねー」

 男にそう言うと、美沙子は朔夜にも負けない勢いで階段を駆け上がり、二階まで一緒に上がらせてから愛娘のおでこを叩いた。

「あんたって子は、恥ずかしいわね! あの人達も好きでこんな時間に来てるわけじゃないんだからねっ!」

 軽く痛むおでこを手で押さえ、朔夜は尚も不満を溢す。

「だって、驚くわよ……どうしたの? 何なのよこの状況」

「見ればわかるでしょう、引っ越しよ! パパの親友一家が今日からウチに住むの」

「何よ、それ……いきなり知らない人と一緒に住めって言うの? どうしてそんな大事な事もっと早くに教えてくれないのよ!」

 朔夜の言う事ももっともだが、美沙子は腕を組み睨み付ける。

「ちょっと事情があって急に決まったの。準備は大変だったけど、いいじゃないの半分は使ってないんだから。それに少しでも早く言おうとしてたのに、それを追い返したのはどこのどなたでしたっけ?」

「あ……あー、もう……」

 朔夜は先程部屋に来ていた美沙子がバケツを持っていてしかも何か言おうとしていた事を思いだし、悔しそうに壁にもたれた。

「あの、こんばんは……美沙子、さん?」

 玄関から、若い男の声が聞こえる。
 まさか引っ越し会社の人間が配送先で住人のファーストネームを呼ぶわけは無いだろうと朔夜は怪しんだが、美沙子の方は声を聞いた途端嬉しそうな顔を浮かべ階段を下りていった。


「まあ!……随分……そう、ところで武志さ……は?……あら、大変だった……二階に上がって右側が……」

 美沙子の話し声が荷物を運び入れる物音に紛れ途切れ途切れに聞こえる。ここからは見えないが、美沙子の話す内容からあの声の主も引っ越してくる家族の一員と見て間違いない。

 朔夜は広い階段の踊り場に立ち、敵が上がってくるのを待っていた。

 いくら二世帯とは言え階段と玄関は共有だ。分離する時の為にと二つともかなりの広さがありそこだけが貴族の屋敷のような造りになっていたが、工事するにも時間とお金が掛かるだろうし今すぐその方法に期待は出来ない。

 年頃の娘がいる家に平気で若い男を住まわせるなんて酷い親だ、と心の中で思いながら朔夜は腹に力を入れた。ここは一つ先制攻撃で威嚇するしかない、と考えて。

 少し経つと、階段をゆっくり上るその男の頭が見えた。階段下に見える廊下にはつなぎの制服を着た男性達が忙しそうに行き来する様子が窺える。

 一歩、そしてまた一歩。
 段ボール箱を三つ重ねて抱えた男の歩みは遅々として進まない。

 痺れを切らした朔夜が男の所まで下りようとした時、美沙子が声を掛けた。

「ほらサク、彼が山越さんの息子さんよ」


――山越? 聞いた事のある苗字――


「で、智哉君、そこにいるのがうちの娘で――」


――山越さん、って、来るのはそんな苗字の人だったんだ。……今、智哉君て呼んだ? じゃあ、この人の名前は、山越――

「山越……智哉……?」

 いつの間にか朔夜の目の前まで来ていた段ボール箱――もとい、山越智哉が足を止めた。

 きちんと挨拶でもしようというのだろうか。彼はおもむろに、朔夜が立つ踊り場に荷物を降ろす。

 朔夜は混乱していた。
 これは聞き間違いだ、そんなのは有り得無い事で、こんなの同姓同名なだけで全くの別人ってオチに決まってる――そんな風に考えて、自分の意に反して速くなる鼓動をなんとか抑えようと必死になっていた。

 足元を見つめ考えを廻らせる朔夜の視界に、突然智哉の右手が差し出された。
驚いて思わず彼の顔を見る。


「初めまして、山越智哉です。よろしく」


 朔夜はその瞬間、絶叫したい衝動をすんでのところで堪えきった。
だが、金縛りにでもあってしまったかのようにどうにも身動きが取れない。

「……ちょっと、サク! 何してるのよきちんと挨拶なさい!」

 必死で呼び掛ける美沙子の声に操られるように、震える手でそっと智哉の手に触れる。

「や、八神、朔夜です……よ、よろしく……」

 智哉は握力など全く発揮できないでいる朔夜の手をキュッと軽く握るとニコリと笑い、再び段ボール箱を抱えると残りの階段を上がって行った。 
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