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Scene1 突然の出逢い
Cut3
しおりを挟むまだ同じ姿勢で固まったままの朔夜のもとに、タンタンとリズミカルな音を響かせながら美沙子が近付いて来る。
美沙子は朔夜の両肩にポンっと両手を置くと歌うように言った。
「サ、ク、ちゃんっ! おっどろぉいたぁ?」
ニヤニヤしながらなんとも楽しそうな美沙子。朔夜はやっと正気に戻り、小声で美沙子に詰め寄った。
「驚く……に決まってるじゃない、どうしてあの智哉君がこんな所に来るのよ!……あれ、私、寝癖ある? パジャマだし……ああ!」
朔夜の顔はこれまで経験した事の無い程、見事に赤く染められていった。
――――――
「だから、パパの親友の息子さんなんだったら。ちょっと前からなんとなくの話はあったんだけど、まさかこんな急に行動するなんて……いつ引っ越しを決めるのかなって思ってたら、ほらさっき部屋に行ったじゃない? あの少し前に『もうすぐ着くはずだ』なんて連絡が来て、私も驚いちゃったわよ」
「そうじゃなくて、ほら、もっと大事な事があるでしょう? どうして、と、智哉君が……」
事情を問い詰める朔夜に美沙子がこの突然の引っ越しの理由を話すが朔夜が聞きたいのはそんな事では無い。娘がファンだと知っていながらこんな重大な事を隠しているなんて凄い母親だ、と朔夜は思った。
「あのお……二階の荷物もお運びしてよろしいでしょうかー」
階段下から呼び掛ける業者の声がして、朔夜は邪魔にならないようにと部屋に戻された。
壁一枚隔てた向こうからは、家具を運び入れる音や何か指示するような声がひっきりなしに聞こえてくる。
暫くすると音が止み、部屋に静寂が戻った。階下からも大きな音はしなくなり、それと引き換えにしたように外からトラックのエンジン音が聞こえてくる。
智哉も業者を見送りに出ていたようで、しばらくすると階段を上がり部屋に入る音が聞こえた。
朔夜の部屋の壁掛け時計の針は午前4時を指している。
コンコン、と小さくノックが聞こえ、ドアから顔を覗かせたのは美沙子だった。
「サク、落ち着いた?」
ペットボトルのお茶を差し出しながら美沙子が言う。
「……落ち着けるわけないわよ」
受け取ってすぐに蓋を開け一気に喉に流し込んでいく。知らない内に喉が渇いていたらしい、ボトルの中で揺らめく薄緑の液体は冷たくてとても美味しく感じた。
「少しの間、お休みしたいんだって」
朔夜の隣に座り込み足下から赤いチェック模様のクッションを取り上げると、それを抱き締めるようにしながら美沙子は呟いた。
それが智哉の仕事の事だと解釈し、朔夜は小さく頷く。
「やっぱり大変だったらしいわ。本人はそれでも頑張って仕事してたみたいだけど、変な記事は書かれるしマスコミに追いかけられるしで。ダブル主演の噂が立った後の事故だったからね」
「でも、智哉君が悪いわけじゃないのに……」
朔夜は思わずそんな言葉を口にする。美沙子は朔夜の顔を覗き込みながら続けた。
「うん、そうよ、智哉君は悪くない。だからウチで守ってあげよう? しばらく普通の生活させてあげよう。勿論協力してくれるわよね? 智哉君の為よ」
「う、うん。わかった」
美沙子の迫力に押され、朔夜は思わず返事をした。実の所は協力と言っても何をすればいいのかわからないが、意気込みだけは十分だ。
朔夜の返事を聞いた美沙子は、先程までの真剣な顔と打って変わって笑顔になる。
「ふふ、サクちゃん嬉しいでしょ。大好きな智哉君と一つ屋根の下よ、どうしよっかー」
「ちょっと、声が大きい! やめてよ、絶対に智哉君には秘密!」
「なんでよ、別に良いじゃないファンですーって言えば」
「だ、だってこれから一緒に住むんでしょう? そんな、同居人が自分のファンだなんて思っちゃったら疲れるじゃない?」
美沙子は天井の方を見上げながら頬に手をあてた。
「うん……そうね。芸能人お休みしたいのに、身近にファンがいると思うとリラックス出来ないかも」
「そ、そうでしょう? そうよ、そんなのダメダメ、絶対!」
本心は別の所にあるのだが、朔夜は力強く言い切り頷く。
「まあサクちゃんがそれでいいならいいけど、とりあえず仲良くしてあげてよね。ハイ」
エプロンのポケットからペットボトルをもう一本取り出し、美沙子はそれを朔夜に差し出した。
「なに? もういらないけど」
「違う違う、こっちは智哉君に持ってってあげて」
「ど、どうして自分で行かないのよ」
ドアを開けようとノブに手を掛けている美沙子に朔夜は問いかける。
「んふ、寝不足は美容の大敵―、じゃ、おやすみー」
振り返り言った美沙子の目は、悪戯をする子供のように輝いていた。
部屋で一人になった朔夜は迷っていた。お茶を渡すという使命があるものの、いきなり部屋に行って良いものか、迷惑がられるのではないかと。
智哉の部屋側にある壁に耳をつけ様子を窺うと、微かに流れる音楽と段ボールを解体するような音が聞こえてきた。
智哉がここに着いてから既に二時間経っている。
おかしな緊張があったとは言え、ただ起きていただけの朔夜でも喉が渇いていたのだ。ずっと動きっぱなしの智哉はもっと水分を欲しているはず。
自分にそう言い聞かせながらベッドの上で立ち上がる。が、いつの間にしていたのだろう、慣れない正座のせいで朔夜の足は激しくもつれたのだった。
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