たとえば君が

遠之森きゃお

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Scene1 突然の出逢い

Cut4

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 暫く廊下を行ったり来たりした後、震える手を握り軽くドアを叩く。「はい」と涼やかな智哉の声が聞こえた。
 その声を聞いただけで朔夜の胸は激しく高鳴る。口からは心臓どころか色々な物が飛び出してしまいそうだった。
 
「あのっ、え……っと」  


――「朔夜です」は馴れ馴れしい? 「私だけど」……うわあ、もっとダメ!――


 どうやって声を掛けようか下を向いて悩んでいるうちに、爪先に光が差す。ドアを開けた智哉がすぐそこに立っていた。  

「あ、あの」  

「なに? 朔夜さん」

 軽い微笑みを浮かべながら優しく名前を呼ぶ智哉。
 朔夜は倒れてしまいそうになるのをなんとか堪えてペットボトルを差し出し、締め付けられて詰まりそうになる喉にひっくり返らないでと願いながら声を絞り出す。

「ど、どうぞ」  

「ああ、ありがとう! 喉、凄く渇いてたんだ」   

 満面の笑みでそれを受け取る智哉に朔夜は安堵した。とりあえず迷惑ではなかったらしい。  

「……美沙子さんは?」  

「えっ、ももももう寝ました」   

 上手く口の回らない朔夜に智哉が笑う。しかし、次の瞬間その目付きが変わった。  

「じゃあ、入れば?」    

 そう言うとドアを開けたまま、自分は荷ほどきの作業に戻ってしまう。朔夜は突然表情や口調が変わった智哉に不安を感じながらも部屋に入った。今は寝癖は直してあったし、パジャマの上から大きめのパーカーも羽織っている。  

「ドア、閉めろよ」 

 入り口付近に突っ立っていると智哉がそう言った。朔夜が言われるままにドアを閉め、向き直ると鼻先に何かがかする。  

「あんた、いくつだっけ」  

 目の前に智哉が立っている。鼻にかすったのは彼の服だった。信じられない至近距離に朔夜の顔は一気に真っ赤になる。

「あれ? 何? あんたさっきも固まってたけど、まさか俺のファンとかじゃないよな?」  

 一瞬ギクリとしたが、朔夜はすぐに言い返す。  

「違います! 八神朔夜、十七歳の高校二年生! ただの純情な女子高生ですからこんなの免疫がないだけですけど、悪い⁉」   

 朔夜の剣幕に目を丸くした智哉は楽しそうに笑いだした。今まで見せた笑顔とは全く別の顔で。

「なんか……あんた、面白いな」 

「そ、それは、どうも……?」   
 
 ファンじゃないと言う事は簡単に信じてくれたらしいが、とにかく今はこの体勢をなんとかしたい。  
 背後はドアに阻まれ、二十センチ程上には綺麗に整った顔。 更に朔夜の体のすぐ両側には何故か半袖シャツの袖を肩までまくりあげ、意外にたくましい筋肉を露にした智哉の腕がある。  
 ファンかどうかの前に、これで顔を赤らめない女子高生がいたら是非見てみたいものだ。  

「あの……そろそろ、どけてほしいんですけど」  

「なんで? やだ」   

 決死の発言はあっと言う間に却下されてしまった。   
 
 が、朔夜はめげずにもう一度繰り返す。  

「手! どけてっ……!……!」   


 突然目の前が暗くなり温かなものが朔夜に触れたかと思うと、今度は耳元が熱くなった。智哉が囁くようにして声を出す。 

「今みたいなのも……免疫無い?」   

 智哉はクスリと笑い身体を離すと、開いたままの窓からベランダへ出ていった。   

 その間に朔夜は部屋を逃げるように飛び出しドアを乱暴に閉める。  

「……何を、やってんだ俺は……」   

 足下には、空になった銀色の缶が一つ転がっている。いくら喉が渇いたからと言ってこんなものを一気飲みしたのが悪かったらしい。  

「尚輝……俺、本当にここでやっていけるかな……」   

 そう呟いてベランダの柵にもたれ掛かると、智哉は自分の唇に軽く触れ頭を抱え込んだ。
  

――――――


「なんなの……さっきのは一体、なんなのよぉ!」   
 
 一方の朔夜は電気を消した部屋のベッドの中で激しい動悸と戦っていた。  

 先程の接触は果たして本当の本当に現実の出来事だったのだろうか。そんな風に考える朔夜の心臓は、耳のすぐ横にあるんじゃないかと思うほどうるさく動いている。 

「あんなの智哉君じゃない……そう、別人!」   

 そんな勝手な事を言いながら壁に貼られたポスターを見上げる。ベッドヘッドのライトをつけると、優しく笑う智哉の姿が浮かび上がった。   


――さっきのは、こんな綺麗な笑顔じゃなかったけど、これよりもっと……――    


 そんな考えを途中で消して、頭を振る。

「違う違う! ここにいるのは別人よ、うん!」   

 そう言いながらも朔夜はベッドから立ち上がりポスターを剥がし始めた。せっかくファンじゃないと言い張ったのに、こんなものを見られたら台無しだ。   

 数枚あったポスターを重ね、クルクルと丸めてクローゼットの隅にしまい込む。出演した作品名を書き込んであるDVDやアイドル雑誌も紙袋にまとめてその隣に押し込んだ。  

「でも……やっぱり本物、よね……」  

 朔夜は口元にそっと指を運んだ。
 智哉が突然唇を押し付けてきたのは朔夜の唇に触れるか触れないか、ギリギリの頬の端だった。

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