たとえば君が

遠之森きゃお

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Scene1 突然の出逢い

Cut5

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「ピピピ……ピッ」

 明るくなった室内に目覚まし時計の音が鳴り響く。
 が、それも一瞬の事ですぐに部屋に静けさが戻った。

 ベッドに横たわるのはぐしゃぐしゃの髪で布団に抱き付く朔夜。
 目覚ましはいつものように六時にセットしてあったが、夜中に一度目が覚めて信じられない事があってからは寝る事も出来なかったのだからたいして意味がなかった。

 早朝の空気は好きだが寝起きが悪いというやっかいな体質の朔夜だったが、それでもいつも時間通りに起き上がっていた。
 今日も普段と同じようにヘアブラシを持ちカーテンを開けてベランダに出る。
突っ掛けた薄いピンク色のサンダルはここへ引っ越した時買ったものでまだ新しい。

 清々しい澄んだ空気に包まれて伸びをする。
こうして髪を梳かしながら朝の景色を眺める日課が出来たおかげか、朔夜の寝起きは昔と比べてかなり良くなっていた。

五月半ばの朝。今日はなかなかに寒い日だ。息を吐くと白く見え、遠くに見える山の上には未だ綺麗な白い冠が残っている。
 この冬は雪が多く、通学路にある長い坂は圧雪アイスバーンになり毎朝誰かの悲鳴が聞こえていた。

 朔夜は自分も一度転びそうになって路肩の雪山に足を突っ込んだ事を思い出し、クスクスと笑った。

「朝っぱらから楽しそうだな」

 不意に声がして、朔夜はそちらを振り返る。そこには、フリースの上着を羽織った智哉が立っていた。

「あ……な、と!」

 繋がっているベランダの事を、完全に失念していたようだ。

 智哉の顔を見て急激に昨日の出来事を思い出した朔夜は部屋に入り窓を閉め、ついでにカーテンも勢い良く引く。

 薄いレースカーテンと小花柄の白いカーテンを押さえるように握り締めていると、そこに智哉の影が映った。

「あー……昨日は、その……。あのどうしても、話したくて」


――なら、早く話してよ!――


 耳を澄ませる朔夜。しかし、聞こえてきたのは智哉の言葉では無く、大きく響き渡るくしゃみだった。

 話を始める気配も部屋に戻る気配も無くくしゃみを続けるだけの智哉に痺れを切らし、朔夜は仕方無く窓を開ける。

「とりあえず、入って」

「はい……くしゅ!」

「……もう、少し外に出たくらいで何よ」

「いやいや、五月にもなってこんな寒いのがおかしいんだって」

 部屋に招き入れられた智哉は朔夜がクローゼットから引っ張り出した毛布にくるまり座り込んだ。

「まあ今朝は寒い方だけど……今そんな状態じゃ、一月や二月は耐えられないわよ」

「どんだけ寒くなるんだよ……」

 東京に暮らしていた智哉には、ここの気候は信じられないのだろう。朔夜は寒い寒いと言い続ける智哉に温かい飲み物を持ってくると言い残し部屋を出た。


―――――― 

 
「あら、おはよう」

 キッチンには美沙子が立っていた。これから朝食を作る所らしく、調理台の上に食材が並べられている。

「ごめんねー、朝ごはんまだなの。なかなか寝付けなくて」

 ふわあ、と欠伸をすると、美沙子はボウルの縁で卵を割り始めた。

「そんなのいいからもう少し寝たら? どうせパパだっていないんだし」

 いつも食事はまだかとうるさい父親の篤は出張中だ。帰宅予定は今日の夕方、篤がいないだけで家の中は驚くほど静かになる。

「んー……でも、そうもいかないじゃない。智哉君が来て初めての食事だし」

 歓迎の食事が朝食って、なんか変な感じ――朔夜がそんな事を思いながら小鍋に水を入れていると、美沙子が卵を混ぜる手を止めた。

「サク、何作ってるの?」

「ミルクティー。寒い寒いってうるさいから」

 すぐに沸騰したお湯の火を一旦止め、中に砂糖と紅茶のティーバッグを放り込み蓋をする。ニヤニヤとしながら隣でフライパンを取り出す美沙子が独り言のように呟く。

「ちゃんと仲良くしてるのねー、智哉君の為にミルクティーをなんて……ねー」

「別に、仲良くなんかないわよ、ただ引っ越し早々風邪ひかれても困るなと思って」

 その言葉にも美沙子は「ふーん」「はーん」と答えるだけだ。

「違うってば、もう!」

 朔夜は出来上がったミルクティーをカップに注ぎ入れると、逃げるように二階へ向かった。

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