優しい関係

春廼舎 明

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3カ年計画

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「え、福岡ですか?」
「そう、去年研修に行ったろ?そこで」
「いつからいつまで、任期は?帰任条件は?」
「下期、10月から最短一年。条件は、九州支部でこの件をプロジェクト発足から完遂。その後、安定運用が確認できるまで。」
「……それって、戻って来んなって事じゃ無いっすか?」

実家の祖父母の状態が良く無いから、と断るが、実際介護してるのは両親と妹だろ、と突っ込まれる。今現在実際に介護しながら仕事してる人や、小さな子供がいる人を行かせるわけにいかないと言われる。他の支部にも適任は居ないのだろうか。

「せめて向こうで運用を確認してくれる人材育つまでとか。」
「目的は安定運用だから、できるならそれで良い。」

もし受けてしまったら、出発後華に会えるのは正月、GW、盆休み?正月だって帰ってこれるのか?まだ手をつけ始めたばかりならそんなにトラブル発生とか無いだろう。なら、GWと盆休みが怪しい。飛行機乗る直前とかで呼び戻されたり…
いや、そんなこと考えると本当にそうなるから、考えるな!

「雄二?考え事?」
「え?あ、ごめん、なんか話しかけてくれてた?」
「ううん、タバスコそんなにかけると辛くて食べられないよ?」
「うわっ、ごめん!」

最近華は大きなスチームオーブンを購入した。そのオーブンでピザを生地から作ってくれた。手土産に選んだのはもちろんワイン、イタリアワインの白。
華は、もし一緒に行かないかって聞いたら、ついてきてくれるのだろうか?
いや、華だって仕事がある。

「華、仕事楽しい?」
「うん?楽しいよ、やりたかったことだから。バレエ諦めて唯一本気で仕事にしたいって思えたことだからね。」

なら、ついて来てとは言えない。

「雄二は楽しく無いの?」
「……楽しく無いわけじゃ無い。けど、…」
「けど?」
「下期から転勤で、九州行く。多分断れない。」
「え?…」

華がピザをかじったままピタリと固まる。
ジワリと涙をにじます。
寂しいと思ってくれたのだろうか、嬉しい。

「カッラーーイ!!」

涙目で怒られた。その晩、華は口の中がヒリヒリするからイヤだと言ってキスを許してくれなかった。
翌朝、ちょっと寂しそうな顔で行ってらっしゃいと呟いた。

「華、もし付いて来てくれないかって聞いたら、考えてくれる?」
「……戻ってこれないの?任期は?」
「10月から最短で一年。予想では3年かかりそうな気もするけど、向こうで代わりの人材育てれば、戻ってこれる。」
「そっか。頑張って人見つけて育てて、戻って来て。」
「……うん。」

それって、つまり、付いて来てはくれないということか。華だって好きなことを仕事にしてるんだ。そうだろう。

「約束……」
「え?」
「向こうで代わりの人材育てればいいとも言われてるから、つまり、もっと早く帰って来られるかもしれない。」
「うん」
「だから1年は待ってて欲しい。それまで少し寂しい思いさせちゃうけど、何としても早く切り上げて来るから。」
「うん」

誕生日プレゼントを兼ねて指輪を贈ることにした。婚約指輪は受け取りまで一ヶ月二ヶ月かかると聞いて、諦める。代わりに華が気に入った誕生石の付いたファッションリングをオーダーした。
1週間後引き取りに行く。華に『仕事中は、はめられないからとチェーンも』とおねだりされた。もちろん購入する。ペンダントのように首に下げてくれた。

転勤までの間に、業務の引き継ぎ、こちらにいてもできること、頭の中で計画を立てては吐き出していく。あっという間に引越しとなり、九州での勤務が始まる。
正月は案の定、戻れなかった。華からイルミネーションの写メが届く。誰と行ったんだろうか。
人とモノが圧倒的に足りない。手配していてもどうしても足りない分は時間でカバーするしかなく、自ら犠牲になる。
2月の連休、華が博多に遊びに来てくれた。いっとき休まる。
GW佳境に入って来た。ようやく人が集まりだす。人が集まれば仕事の割り振りという仕事があるわけで、それが意外に大変で、関東と九州、根っこにある気質の違いを思い知る。どちらが良いとか悪いとかそう言うことでなく、ただ違うのだ、それを受け入れないと何も進まない。
夏前、一人任せて大丈夫そうな人を集中的に鍛える。入社2年目のぺーぺーだから無理だと逃げ腰だが、俺だって2年目でこの仕事振られたんだ!と押し付ける。盆休み試用期間と言い含め強引に関東に戻り、母に、祖父はもうそろそろだからと暗い顔をされる。
仕事はリモートと電話でなんとかなるもんだ。
盆休み明け、祖父が、その数週間後祖母が後を追うように亡くなる。実家の手伝いという事実と口実を得て、関東に戻る。そのまま帰任が決まる。

実家のバタバタと帰任後のバタバタが収まる頃、華を迎えに行くが、今度は華が忙しい。

「喪が明けたら、籍入れようか?」
「え?藻が何?あ、藻といえば、マリモ、阿寒湖、北海道!来週北海道に出張に行くんだ。お土産十勝ワインでいい?」
「そのモじゃないんだけど…それ、思いっきり華の趣味だよな。」

華の大学時代からの研究が実を結び、商品化されたそれが口コミで火がついた。華も研究費に悩まず、さらに研究に励めるようになり忙しくなる。
俺も最短での任務終了の功績が買われ昇格が決まる。お互い忙しくなり、忙しい間を縫って華に会いに行く。忙しいと食事も睡眠も疎かになる華のため、通い婚のようにご飯を作りに行き、華を補充して帰る。

ふと気がつく。華って俺にプロポーズされた認識がない?
入籍云々は、タイミング悪い時に話しかけてしまったおかげで流されてしまった。その後もう一度話そうかとも思ったけど、もうすぐ奨学金が完済する、そしたら一緒に住める部屋を探そう、そんなことを考えているうちに流れに流れている気がする。ならいっそのこと、周りの根回しをして外堀を埋めてしまえ。うちの両親も華のことは気に入っている、何しろ小学生の頃から華は母親のお気に入りだった。あと、問題はシスコンの華の兄貴。最近会っていない、味方につけるべく飲みにでも誘ってみよう。

「はは、それ正解だよ、雄二」
「それ?」
「あいつ、鈍感だから外堀埋めておかないと気がつかないでチョロチョロどっか行っちまう。さ、あとはここにサインするだけだよ?って状態にまで持っていけ。」
「それ、なんか怪しい契約みたいっすね」
「状況だけじゃなくて、気持ちもだ。」

その後1年かけお互いの両親と親睦を図り、部屋探しをし、華の趣味と好みを徹底リサーチしリングの注文をする。
準備が整ったのは、華の誕生日の少し前だった。

もうすぐ俺たちの新しい関係が始まる。カウントダウンが始まる。
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