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「むっふふふふ……」
テーブルの上に、一見すれば歪な石ころ。よく見れば、岩石の中にキラキラした結晶の含まれる石。
私は本日の成果に満足しながら、棒状のヤスリで石を磨いていた。
私、松田美千恵、性別:女、年齢:3*、職業:ジュエリーデザイナー兼ウェブショップオーナー!!
無職じゃありませんよ? ちゃんと働いてます。まだ40代には突入してませんよ? あ、でも健康診断でバリウム飲まされる年齢ですけどね?
え? 一人で誰に向かって説明してるのかって?
だって、美味しい和牛のいる地域で採掘って言うと、前回の不思議体験が思い出されて……
異世界への転移? らしき不思議体験をしてから早数週間。季節も変わり、時季に合わせたデザインのアクセサリーを作るため、デザイン画を描いては石を選ぶ。もうひと押し何か欲しい、そう思って前回とは違う鉱石の採集ポイントに来ていた。
一夜明けて、採集2日目。昨夜雨が降ったのか、足元が滑る。焦らずじっくり慎重に歩を進める。なのに、「松田さーん、そこ滑るから気をつけてねー」「はーい」と言った瞬間に、ズベッと足が滑り、バックパックにより重心が後ろに移り、見事な尻餅をついた。
私が石に興味を持つようになったのは、ほんの子供の頃。当時はパワーストーンなんて単語はなかった。スピリチュアルという言葉も聞いたことはなく、チャネリングという言葉もちろん無い。それらは、『おまじない』と呼ばれていた。そのブーム全盛期のころ幸運を呼ぶ石とか、不幸を吸い取って色が変わるとか。ご多聞に漏れず私もクラスメートとともに雑誌を読んで写真を見ていつか自分も欲しいと思ってた。
私にはなぜか子供の頃から物欲がなく、スーパーのお菓子売り場に行ってもおもちゃ屋の前に行っても完璧なスルー、親戚の伯父伯母、年上のいとこたちからは逆に気を遣われ『お菓子食べる? 買ってあげようか?』『え、いらない』『ジュース飲もうか?』『あったかい緑茶がいい』『……』『おうち帰ろう?』
そんな、姪っ子を構い倒したい親戚の心を打ち砕く子供だった、らしい。そんな私が、初めて見せた物欲。しかしいかにも怪しげな“幸運を呼ぶ石”とか。
私は頑張って数カ月にわたって親を説得、自分の貯めたお小遣いとお年玉で買う、自分がアルバイトしたり仕事をしたりして収入を得られるようになるまではこれっきりだと約束し、通販の申込書の保護者同意欄にサインと押印をもらった。今ではそこらの雑貨屋や総合スーパーなんかの服飾雑貨の隅っこに天然石ジュエリーとか、パワーストーンブレスレットと、普通に売っているけれど、当時は通販一択しかなかった。
そうして届いた石は、実物は想像以上に綺麗だった。むしろ、ブームにより低品質なものまで流通するようになった今より、産出国の情勢不安定により流通されなくなった今より、ずっと高品質だった。どこまでも深く濃く鮮やかな艶やかな石。
マグマが冷えて固まるその過程で、何という成分の鉱物に何某という成分が混じることで何色を発するようになって、○×という名前の石になる。何某AがBに変わると別の色になり、△□という名前の石になる。どうしてこんなに綺麗なのに、宝石としての価値は低いの? それは石の鉱物的特徴、脆さ酸化や紫外線による退色がしやすいという点など。地学と化学が好きになった。どうしてこんな言い伝えがあるの? 歴史・地理的背景に興味を持ち、地理と世界史が好きになった。ただ綺麗だと思っただけなのに、きっかけの一つの石から、いろんな石を知るほど私の興味関心は多岐に渡った。
興味、関心、好き、と思うことを知ることは面白い。面白いと思っていることに夢中になっていただけなのに、周りの人は頑張ってるねとか、努力して偉いね、とか言う。
大人になった今では、いつのまにか石の『意味』とか『効果』とか辞典になってたり、クズ石を粉にし樹脂で固めたビーズで天然石アクセサリー作成キットみたいなのが売られてたり。
びっくりだ。
そう、びっくりだ。
あまりの、尻餅の衝撃に目から花火が散った。歯を食いしばりぎゅっと目を閉じて衝撃と痛みをやり過ごし、目を開けると「これって生きてんの~?」とでも言いたげな、額にグリーンに輝く物をつけた動物が覗き込んでいた。
バッチリ目があって数秒後、興味を失い、スタスタ歩き去ってしまった。
「またあいつかよ!」
ガバッと起き上がると、あたり一帯柔らかな緑の草原だった。呆然と周りを見渡すが、尻がジンジンと痛み、そっと払うように尻を触ってみると、ぬかるんだ土に打ち付け擦り付けたデニムにはしっかりとした水気を感じた。かろうじて下着までは濡れていないと思いたい。タオルで水気を拭き取ろうかとバックパックを下ろそうとしたら、先ほどのナゾ生物の額にあったのと同じ輝きの緑の石を発見する。コロンビア産のエメラルドのような鮮やかで深く柔らかな色合い。それでいてインクルージョンもなくどこまでも澄んでプレミッシュもない。ああ、これが現実ならとてもじゃないけど手に入れられない。憧れのムゾーグリーン。
恋愛成就とか、幸せな結婚の象徴とかそんな意味合いのある石。
結婚って、異世界で持っててもしようがないじゃん!
「いやいやいや、まずは尻を拭き……って、そうじゃない!」
一人突っ込み。
最近独り言増えたよな。歳かな。
またここ来ちゃったの?
って言うことは、アレ、見えるの?
・・・・・・・・・・・・・・・
名前:松田 美千恵
性別:女
年齢:42
職業:無職
・
・
「あああああ! やっぱり、見えるよ。増えてるよ。無職かよ。」
ええ~、どうすんの? また尻餅つけば戻れんの? って言うか、さっきの衝撃でまだ痛いんですけど。
立とうかと思ったが、先ほどの強烈な尻餅で骨折でもしたんじゃないかと思うほど鈍く痛み、草地に腹ばいになって尻を乾かすことにした。
移転した先がポカポカ陽気の天候の良いところで良かったと思う。ごろりと気持ちの良い草地に横たわり、緑の石を手に引き寄せ眺める。ルーペを取り出し丁寧に観察する。熱処理もオイル処理もされていないのに、この完璧な輝き。いや、これがあのナゾ生物産とするなら、オイル処理は獣脂? 一般的に獣の方が体温が高いから、獣脂は融点が高い。ならこんな透明度は……いや~、ナゾ生物だよ? 獣脂が融点高いとか、あの生物の獣脂が澄んだ色かもしれないじゃん? じゃあこれあいつの獣脂塊?
「ということは、あのおでこの貴石はラクダのコブと同じなのか? それとも、異物が体内に入り込んで痛いから、角をなくして真珠にしちゃったみたいな?」
何時間でも眺めて入られそうだったけど、一人で喋るにも飽きポカポカ陽気にうつらうつらとして来て、無くさないようお守り袋に入れポケットにしまった。
そこまでは覚えていた。
ベロン
生温かく滑ったザラザラしたものが耳を舐めた。
「ふぇっ!」
はっはっはっ と獣が舌を出し、顔を覗き込んでいた。ギラリと立派な牙が見え、食われるのかなと色々諦めた。
獣によく顔を覗き込まれる日だ。
「……ぉ…ぃ……! おーい、生きてるか?」
「ん? 人?」
ごろりと仰向けになり、むくりと起き上がろうとして尻の痛みに顔をしかめる。声の聞こえた方を見れば男性とその向こうに荷馬車、隣にいるのはがっちりした体型のワンコだった。興味津々に目を輝かせ、ぱったぱったと尻尾を振っている。もう少し警戒した方がいいんじゃないですか、君。
かくして、またもや運よく、私は善良なる人に助けられた。
男性ジョーとその子の男児ケイ。彼らは、田舎の村から都市への商売の帰りだと言う。あと一日二日ほどの距離に彼らの村があるらしい。
うん。助けてもらって良かった。餓死か脱水症状で衰弱死するところだったよ。一応、バックパックには携帯食と水、ナッツをキャラメルで練り固めチョコでコーティングしたハイカロリーな非常時用のチョコバーを入れてあるので、数日はもつ。2~3日でたどり着ける距離だとしても、それはどの方向に村があると知っていればこその話である。
日が傾き薄暗くなる前、キャンプをはった。行商などの途中で誰でも使える井戸のあるところで、草を綺麗に抜いて石を積み上げたかまどがあった。水を汲み湯を沸かし、芋の皮を剥き……剥き……。手際悪すぎ! って言うか、見てて怖い! ある種スリラー映画より怖い!
「あ、あの、そのナイフ、切れないんですか?」
「え? いや……えっと……」
「あ、手伝いますので、ナイフ見せてください。」
ぽかんとしている男性からナイフをとり、火に照らして刃を見る。多少ガタついているようで、バックパックから棒ヤスリを出し、刃を整える。皮をむいている途中だった芋をとり、しゃりしゃりと残りの皮を剥く。まあ、100均の穴あき包丁と大差ない切れ味だ。
「あと何個皮剥きます? と言うか、何を作る予定でした?」
「すまんなあ……男だけだから作るって言っても、芋を茹でてあとは干し肉を炙って食うくらいなんだよ。」
申し訳なさそうに男性が言い、頭をかいた。
この世界にはパンはないのだろうか? たまたま切らしているだけなのだろうか。
「ああ、まあ一日半の距離じゃ、わざわざ料理するような食材持ち運びませんでしょうしね。」
「村に着いたら、新鮮なミルクと野菜はたっぷり食わせてやれるからな。」
「はい。ありがとうございます……え?」
って、なんで助けてもらったのは、私なのになんかのお礼みたいにご馳走してもらえるみたいな話になってんの? って言うか、言葉が通じてる!? 今更になって、普通に会話していたことに気がついた。
呆然とし、グツグツ茹だり始めた鍋から湯が跳ね、我に返る。差し水をし、必死で頭を働かせる。
これ、異世界転移じゃないの? いや、ナゾ生物も怪鳥もいた。前と同じ世界への転移じゃないの? 前回と何が違う? ナゾ生物の額の宝石がエメラルドだった。エメラルド、エメラルド……愛と叡智の象徴。叡智、これか!
そっと、ポケットの上からお守り袋に入れた緑の石を撫でた。
「ミチエさん、大丈夫かい?」
「……大丈夫じゃないですけど、どうしようもないです。構わず、進んでください。」
「いやしかし……」
村への帰還は困難を極めた。私のせいで。
そう、ただの尻餅ではなく、本当に尾てい骨にヒビが入っているらしい。馬車の振動に耐えられないのだ。脂汗を浮かべる私を心配し、度々馬車を止めてくれるので、本来なら昼頃には到着してるはずなのに、夕方になった今もまだ馬車に揺られている。
「1日や2日で治るものでもないので、いちいち馬車を止めていたらきりがないです。どうぞ進んでください。」
「……わかりました」
悲痛な表情のやり取りも、子供には通じない。馬車の揺れも慣れていて、骨折や捻挫など大きな怪我もした事がなく痛みを知らないのだろう。それは良いことなのだろうか、経験が無いことはよく無いことなのだろうか?
ケイ君は遠慮なく「ケツが痛いくらい我慢しろよー」と不機嫌だ。ちなみに彼らは、私が落馬して挙句馬に逃げられたと思っているっぽい。まあ、ズッコケて尻餅ついて異世界からやってきましたと言って信じてもらえるとは思えないし、適当に話を合わせておいた。
当初の予定なら、午前中に村に到着出来るはずだったから、朝は軽くしか食べておらず、昼食はもうこれは昼までにはたどり着けないとわかったから、お土産に買ってきたクッキーと黒砂糖を舐めてカロリーを補充。その時はまだ、お子様は早くお菓子が食べられることに喜んでいたが、夕方近くなれば流石にもうお腹は空くし、とっととお家に帰りたい、友達と遊びたいと不機嫌になった。
「ケイが失礼をして申し訳ない。女手がなくてね、どうにも女性に対しての細かな心配りというのが苦手でね……」
「いえ、子供とは正直と言うか明け透けと言うか、そんなもんですよ。」
ジョーさんが、目を丸くして私を眺める。手綱の握りが甘くなったからか、馬はゆっくりと歩みを止めた。馬車も止まった。
「あの袋は、豆と穀類なんです。多少は振動がマシかもしれません」
「ミチエ!」
未来のイケメン、ケイ君が穀類が入ってるらしい麻の大袋の上に毛布を広げ、ポンポンと叩いて見せてくれる。
結局、村に着いたのは、薄暗くなり夕食の時間だった。戻りの遅い親子を心配した村の人が、馬を走らせ迎えにきてくれた。親子の家に辿り着き、体力の限界だった私は居間の長椅子を見た瞬間、うつ伏せにのびて意識を手放した。
目が覚めたのは、またもや警戒心の低いワンコに顔を舐められたからだ。
ジョーさんが、湯を沸かしカチャカチャと食器の音を立てて朝食の準備をしているに気がついた。慌てて起きようとしてケツに響き、うめき声をあげて起きたことに気づかれる。
「やあ、おはようございます。」
顔を洗い、卵とスープとパンといった簡単な朝食の準備を手伝い、畑仕事に出て行く二人を見送り洗濯たらいに湯を張り、鍵のかかる部屋で体を洗い、妹さんが貸してくれたという服に着替えた。あまった湯でデニムパンツを洗う。見事になんか漏らしたみたいなシミができていたが、まあ、泥なので洗えば落ちる。
最近あまり履かなくなったスカートで妙にスースーした状態を味わいながら、どうやって帰ろうか、いつ帰ろうか。でも今はまだお尻が痛いから帰りたくない、と、うだうだと日を過ごした。
今回は、ただで衣食住の提供を受けているわけではない。少なくとも料理用薪ストーブとアナログだが、できないことはないので料理と洗濯、掃除は担当した。パンは、パン屋で買う。手打ちうどんのトマトソース和えも、ジャガイモのニョッキも好評だった。
しかし、一番好評だったのは、前日の残り物を使ったジャガイモ料理。
「ミチエ~、朝ごはんアレが良い~」
「はいはい」
「ミチエさん、私もアレ好きですよ。美味しいです。」
「そうですか。」
朝食に昨日茹でた芋の残りとベーコン。残り物の芋だけではちょっと流石に足りなくて、生のジャガイモを皮をむいてすりおろし、冷えた茹で芋を刻んだものに混ぜ、ベーコンの脂がたっぷり出た鍋に落として焦がさないよう、ジュウジュウ焼く。
これが好評なのだ。
ジャガイモは丸ごと茹でてから皮を剥くとうまい。じゃがバターが旨いのは、皮ごと蒸すか茹でるから旨いのだ。
残り物料理なのに……。
腑に落ちない思いを抱えながら、料理ストーブのコンロの前に立つ。
ひっくり返して、上からギュウギュウ抑えて反対側も焼いていると、子供もワンコもソワソワし出す。
「いただきまーす……うま~!」
こっちでも、いただきますって挨拶あるんだ。呑気にそんなことを考えていたが、この芋料理をえらく気に入った親子により服を貸してくれた妹さんやらパン屋さんやらにレシピが渡り、村に広まり、商売に訪れている大きな街にも伝わり、広まった。
日本人なのに、スイスの国民食、レシュティを広めてしまったと知るのは、まだだいぶ先の話である……
テーブルの上に、一見すれば歪な石ころ。よく見れば、岩石の中にキラキラした結晶の含まれる石。
私は本日の成果に満足しながら、棒状のヤスリで石を磨いていた。
私、松田美千恵、性別:女、年齢:3*、職業:ジュエリーデザイナー兼ウェブショップオーナー!!
無職じゃありませんよ? ちゃんと働いてます。まだ40代には突入してませんよ? あ、でも健康診断でバリウム飲まされる年齢ですけどね?
え? 一人で誰に向かって説明してるのかって?
だって、美味しい和牛のいる地域で採掘って言うと、前回の不思議体験が思い出されて……
異世界への転移? らしき不思議体験をしてから早数週間。季節も変わり、時季に合わせたデザインのアクセサリーを作るため、デザイン画を描いては石を選ぶ。もうひと押し何か欲しい、そう思って前回とは違う鉱石の採集ポイントに来ていた。
一夜明けて、採集2日目。昨夜雨が降ったのか、足元が滑る。焦らずじっくり慎重に歩を進める。なのに、「松田さーん、そこ滑るから気をつけてねー」「はーい」と言った瞬間に、ズベッと足が滑り、バックパックにより重心が後ろに移り、見事な尻餅をついた。
私が石に興味を持つようになったのは、ほんの子供の頃。当時はパワーストーンなんて単語はなかった。スピリチュアルという言葉も聞いたことはなく、チャネリングという言葉もちろん無い。それらは、『おまじない』と呼ばれていた。そのブーム全盛期のころ幸運を呼ぶ石とか、不幸を吸い取って色が変わるとか。ご多聞に漏れず私もクラスメートとともに雑誌を読んで写真を見ていつか自分も欲しいと思ってた。
私にはなぜか子供の頃から物欲がなく、スーパーのお菓子売り場に行ってもおもちゃ屋の前に行っても完璧なスルー、親戚の伯父伯母、年上のいとこたちからは逆に気を遣われ『お菓子食べる? 買ってあげようか?』『え、いらない』『ジュース飲もうか?』『あったかい緑茶がいい』『……』『おうち帰ろう?』
そんな、姪っ子を構い倒したい親戚の心を打ち砕く子供だった、らしい。そんな私が、初めて見せた物欲。しかしいかにも怪しげな“幸運を呼ぶ石”とか。
私は頑張って数カ月にわたって親を説得、自分の貯めたお小遣いとお年玉で買う、自分がアルバイトしたり仕事をしたりして収入を得られるようになるまではこれっきりだと約束し、通販の申込書の保護者同意欄にサインと押印をもらった。今ではそこらの雑貨屋や総合スーパーなんかの服飾雑貨の隅っこに天然石ジュエリーとか、パワーストーンブレスレットと、普通に売っているけれど、当時は通販一択しかなかった。
そうして届いた石は、実物は想像以上に綺麗だった。むしろ、ブームにより低品質なものまで流通するようになった今より、産出国の情勢不安定により流通されなくなった今より、ずっと高品質だった。どこまでも深く濃く鮮やかな艶やかな石。
マグマが冷えて固まるその過程で、何という成分の鉱物に何某という成分が混じることで何色を発するようになって、○×という名前の石になる。何某AがBに変わると別の色になり、△□という名前の石になる。どうしてこんなに綺麗なのに、宝石としての価値は低いの? それは石の鉱物的特徴、脆さ酸化や紫外線による退色がしやすいという点など。地学と化学が好きになった。どうしてこんな言い伝えがあるの? 歴史・地理的背景に興味を持ち、地理と世界史が好きになった。ただ綺麗だと思っただけなのに、きっかけの一つの石から、いろんな石を知るほど私の興味関心は多岐に渡った。
興味、関心、好き、と思うことを知ることは面白い。面白いと思っていることに夢中になっていただけなのに、周りの人は頑張ってるねとか、努力して偉いね、とか言う。
大人になった今では、いつのまにか石の『意味』とか『効果』とか辞典になってたり、クズ石を粉にし樹脂で固めたビーズで天然石アクセサリー作成キットみたいなのが売られてたり。
びっくりだ。
そう、びっくりだ。
あまりの、尻餅の衝撃に目から花火が散った。歯を食いしばりぎゅっと目を閉じて衝撃と痛みをやり過ごし、目を開けると「これって生きてんの~?」とでも言いたげな、額にグリーンに輝く物をつけた動物が覗き込んでいた。
バッチリ目があって数秒後、興味を失い、スタスタ歩き去ってしまった。
「またあいつかよ!」
ガバッと起き上がると、あたり一帯柔らかな緑の草原だった。呆然と周りを見渡すが、尻がジンジンと痛み、そっと払うように尻を触ってみると、ぬかるんだ土に打ち付け擦り付けたデニムにはしっかりとした水気を感じた。かろうじて下着までは濡れていないと思いたい。タオルで水気を拭き取ろうかとバックパックを下ろそうとしたら、先ほどのナゾ生物の額にあったのと同じ輝きの緑の石を発見する。コロンビア産のエメラルドのような鮮やかで深く柔らかな色合い。それでいてインクルージョンもなくどこまでも澄んでプレミッシュもない。ああ、これが現実ならとてもじゃないけど手に入れられない。憧れのムゾーグリーン。
恋愛成就とか、幸せな結婚の象徴とかそんな意味合いのある石。
結婚って、異世界で持っててもしようがないじゃん!
「いやいやいや、まずは尻を拭き……って、そうじゃない!」
一人突っ込み。
最近独り言増えたよな。歳かな。
またここ来ちゃったの?
って言うことは、アレ、見えるの?
・・・・・・・・・・・・・・・
名前:松田 美千恵
性別:女
年齢:42
職業:無職
・
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「あああああ! やっぱり、見えるよ。増えてるよ。無職かよ。」
ええ~、どうすんの? また尻餅つけば戻れんの? って言うか、さっきの衝撃でまだ痛いんですけど。
立とうかと思ったが、先ほどの強烈な尻餅で骨折でもしたんじゃないかと思うほど鈍く痛み、草地に腹ばいになって尻を乾かすことにした。
移転した先がポカポカ陽気の天候の良いところで良かったと思う。ごろりと気持ちの良い草地に横たわり、緑の石を手に引き寄せ眺める。ルーペを取り出し丁寧に観察する。熱処理もオイル処理もされていないのに、この完璧な輝き。いや、これがあのナゾ生物産とするなら、オイル処理は獣脂? 一般的に獣の方が体温が高いから、獣脂は融点が高い。ならこんな透明度は……いや~、ナゾ生物だよ? 獣脂が融点高いとか、あの生物の獣脂が澄んだ色かもしれないじゃん? じゃあこれあいつの獣脂塊?
「ということは、あのおでこの貴石はラクダのコブと同じなのか? それとも、異物が体内に入り込んで痛いから、角をなくして真珠にしちゃったみたいな?」
何時間でも眺めて入られそうだったけど、一人で喋るにも飽きポカポカ陽気にうつらうつらとして来て、無くさないようお守り袋に入れポケットにしまった。
そこまでは覚えていた。
ベロン
生温かく滑ったザラザラしたものが耳を舐めた。
「ふぇっ!」
はっはっはっ と獣が舌を出し、顔を覗き込んでいた。ギラリと立派な牙が見え、食われるのかなと色々諦めた。
獣によく顔を覗き込まれる日だ。
「……ぉ…ぃ……! おーい、生きてるか?」
「ん? 人?」
ごろりと仰向けになり、むくりと起き上がろうとして尻の痛みに顔をしかめる。声の聞こえた方を見れば男性とその向こうに荷馬車、隣にいるのはがっちりした体型のワンコだった。興味津々に目を輝かせ、ぱったぱったと尻尾を振っている。もう少し警戒した方がいいんじゃないですか、君。
かくして、またもや運よく、私は善良なる人に助けられた。
男性ジョーとその子の男児ケイ。彼らは、田舎の村から都市への商売の帰りだと言う。あと一日二日ほどの距離に彼らの村があるらしい。
うん。助けてもらって良かった。餓死か脱水症状で衰弱死するところだったよ。一応、バックパックには携帯食と水、ナッツをキャラメルで練り固めチョコでコーティングしたハイカロリーな非常時用のチョコバーを入れてあるので、数日はもつ。2~3日でたどり着ける距離だとしても、それはどの方向に村があると知っていればこその話である。
日が傾き薄暗くなる前、キャンプをはった。行商などの途中で誰でも使える井戸のあるところで、草を綺麗に抜いて石を積み上げたかまどがあった。水を汲み湯を沸かし、芋の皮を剥き……剥き……。手際悪すぎ! って言うか、見てて怖い! ある種スリラー映画より怖い!
「あ、あの、そのナイフ、切れないんですか?」
「え? いや……えっと……」
「あ、手伝いますので、ナイフ見せてください。」
ぽかんとしている男性からナイフをとり、火に照らして刃を見る。多少ガタついているようで、バックパックから棒ヤスリを出し、刃を整える。皮をむいている途中だった芋をとり、しゃりしゃりと残りの皮を剥く。まあ、100均の穴あき包丁と大差ない切れ味だ。
「あと何個皮剥きます? と言うか、何を作る予定でした?」
「すまんなあ……男だけだから作るって言っても、芋を茹でてあとは干し肉を炙って食うくらいなんだよ。」
申し訳なさそうに男性が言い、頭をかいた。
この世界にはパンはないのだろうか? たまたま切らしているだけなのだろうか。
「ああ、まあ一日半の距離じゃ、わざわざ料理するような食材持ち運びませんでしょうしね。」
「村に着いたら、新鮮なミルクと野菜はたっぷり食わせてやれるからな。」
「はい。ありがとうございます……え?」
って、なんで助けてもらったのは、私なのになんかのお礼みたいにご馳走してもらえるみたいな話になってんの? って言うか、言葉が通じてる!? 今更になって、普通に会話していたことに気がついた。
呆然とし、グツグツ茹だり始めた鍋から湯が跳ね、我に返る。差し水をし、必死で頭を働かせる。
これ、異世界転移じゃないの? いや、ナゾ生物も怪鳥もいた。前と同じ世界への転移じゃないの? 前回と何が違う? ナゾ生物の額の宝石がエメラルドだった。エメラルド、エメラルド……愛と叡智の象徴。叡智、これか!
そっと、ポケットの上からお守り袋に入れた緑の石を撫でた。
「ミチエさん、大丈夫かい?」
「……大丈夫じゃないですけど、どうしようもないです。構わず、進んでください。」
「いやしかし……」
村への帰還は困難を極めた。私のせいで。
そう、ただの尻餅ではなく、本当に尾てい骨にヒビが入っているらしい。馬車の振動に耐えられないのだ。脂汗を浮かべる私を心配し、度々馬車を止めてくれるので、本来なら昼頃には到着してるはずなのに、夕方になった今もまだ馬車に揺られている。
「1日や2日で治るものでもないので、いちいち馬車を止めていたらきりがないです。どうぞ進んでください。」
「……わかりました」
悲痛な表情のやり取りも、子供には通じない。馬車の揺れも慣れていて、骨折や捻挫など大きな怪我もした事がなく痛みを知らないのだろう。それは良いことなのだろうか、経験が無いことはよく無いことなのだろうか?
ケイ君は遠慮なく「ケツが痛いくらい我慢しろよー」と不機嫌だ。ちなみに彼らは、私が落馬して挙句馬に逃げられたと思っているっぽい。まあ、ズッコケて尻餅ついて異世界からやってきましたと言って信じてもらえるとは思えないし、適当に話を合わせておいた。
当初の予定なら、午前中に村に到着出来るはずだったから、朝は軽くしか食べておらず、昼食はもうこれは昼までにはたどり着けないとわかったから、お土産に買ってきたクッキーと黒砂糖を舐めてカロリーを補充。その時はまだ、お子様は早くお菓子が食べられることに喜んでいたが、夕方近くなれば流石にもうお腹は空くし、とっととお家に帰りたい、友達と遊びたいと不機嫌になった。
「ケイが失礼をして申し訳ない。女手がなくてね、どうにも女性に対しての細かな心配りというのが苦手でね……」
「いえ、子供とは正直と言うか明け透けと言うか、そんなもんですよ。」
ジョーさんが、目を丸くして私を眺める。手綱の握りが甘くなったからか、馬はゆっくりと歩みを止めた。馬車も止まった。
「あの袋は、豆と穀類なんです。多少は振動がマシかもしれません」
「ミチエ!」
未来のイケメン、ケイ君が穀類が入ってるらしい麻の大袋の上に毛布を広げ、ポンポンと叩いて見せてくれる。
結局、村に着いたのは、薄暗くなり夕食の時間だった。戻りの遅い親子を心配した村の人が、馬を走らせ迎えにきてくれた。親子の家に辿り着き、体力の限界だった私は居間の長椅子を見た瞬間、うつ伏せにのびて意識を手放した。
目が覚めたのは、またもや警戒心の低いワンコに顔を舐められたからだ。
ジョーさんが、湯を沸かしカチャカチャと食器の音を立てて朝食の準備をしているに気がついた。慌てて起きようとしてケツに響き、うめき声をあげて起きたことに気づかれる。
「やあ、おはようございます。」
顔を洗い、卵とスープとパンといった簡単な朝食の準備を手伝い、畑仕事に出て行く二人を見送り洗濯たらいに湯を張り、鍵のかかる部屋で体を洗い、妹さんが貸してくれたという服に着替えた。あまった湯でデニムパンツを洗う。見事になんか漏らしたみたいなシミができていたが、まあ、泥なので洗えば落ちる。
最近あまり履かなくなったスカートで妙にスースーした状態を味わいながら、どうやって帰ろうか、いつ帰ろうか。でも今はまだお尻が痛いから帰りたくない、と、うだうだと日を過ごした。
今回は、ただで衣食住の提供を受けているわけではない。少なくとも料理用薪ストーブとアナログだが、できないことはないので料理と洗濯、掃除は担当した。パンは、パン屋で買う。手打ちうどんのトマトソース和えも、ジャガイモのニョッキも好評だった。
しかし、一番好評だったのは、前日の残り物を使ったジャガイモ料理。
「ミチエ~、朝ごはんアレが良い~」
「はいはい」
「ミチエさん、私もアレ好きですよ。美味しいです。」
「そうですか。」
朝食に昨日茹でた芋の残りとベーコン。残り物の芋だけではちょっと流石に足りなくて、生のジャガイモを皮をむいてすりおろし、冷えた茹で芋を刻んだものに混ぜ、ベーコンの脂がたっぷり出た鍋に落として焦がさないよう、ジュウジュウ焼く。
これが好評なのだ。
ジャガイモは丸ごと茹でてから皮を剥くとうまい。じゃがバターが旨いのは、皮ごと蒸すか茹でるから旨いのだ。
残り物料理なのに……。
腑に落ちない思いを抱えながら、料理ストーブのコンロの前に立つ。
ひっくり返して、上からギュウギュウ抑えて反対側も焼いていると、子供もワンコもソワソワし出す。
「いただきまーす……うま~!」
こっちでも、いただきますって挨拶あるんだ。呑気にそんなことを考えていたが、この芋料理をえらく気に入った親子により服を貸してくれた妹さんやらパン屋さんやらにレシピが渡り、村に広まり、商売に訪れている大きな街にも伝わり、広まった。
日本人なのに、スイスの国民食、レシュティを広めてしまったと知るのは、まだだいぶ先の話である……
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初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。
「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」
※※※
専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり)
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
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