ちょっと間違えた異世界移転

春廼舎 明

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◆4

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「「あ」」

 王族でもないので、謁見の間ではなく談話室に通された。テーブルに茶と茶菓子が山盛り用意されうんざりしながら待っていたら、やってきたのは岡村だった。
 やはり彼もここへ来ていたようだ。しかし、女の私とは違い、着替えや湯浴みなどに気を使ってもらえてないのか、少しよれ加齢臭が漂いそうなくたびれ具合のスーツと油の浮いた肌と髪をしていた。

「岡村、どこ行ってたの?」
「いや、破片飛んだよって話しかけたら、なんか違うところいた」
「あ、やっぱり? 私も顔上げたら違うとこ来てた。」

 一瞬目があった気がしたんだよね、と言葉を交わしていると、オッサンズから声がかかる。

「あ、あの、聖女様、勇者様とお知り合いでしたか?」
「いや、聖女と違う。」
「だから、俺勇者でもなんでもねえって」
「岡村、岡村、こいつら、うちらの知っている聖女・勇者とは違うものさしてるみたいだよ? 1回ちゃんと否定したならあとはキリがないから言わせておけば?」
「それで、厄介ごと押し付けられちゃたまんねえだろ。」
「まあ、そうなんだけど、話進まないから、後で。」

 岡村を向かいの椅子に座らせ、お付きのものに言葉を返す。

「私たち聖女でも勇者でもないけど、知り合い。古馴染み」
「おお、それはそれは……」
「で、私たちに魔を払って、国中を回って欲しいって?」
「やっていただけるのですか!?」
「おい」
「今後のことを相談したいので、こいつと話し合いさせてもらえません? その前に、風呂、着替えの準備してやって」
「は、」

 オッサンズの一人が慌てて部屋の隅に立っている侍女らに声をかけると、バタバタと数人が部屋を出て行く。もちろん足音は立ててないが。

「俺、臭い?」
「……この距離じゃわかんないけど、見るからにこの数日風呂入ってなさそう。」
「一応、一回くらいは水浴びしたし、毎日顔は洗えてたけど。」
「着替えはできてないでしょ」
「う」
「お腹空いてる? 舌が焼けそうになるくらい甘いけど、不味くはないよ。」

 岡村がテーブルを見て、焼き菓子に手をつけ、ムシャムシャ食べ始める。ポットの茶は渋いので、ポットに入れる前の白湯をカップに注いでやる。白湯を出されたことから不思議そうに岡村が私の顔を見る。給仕しようとしていたメイドたちが慌てて「私たちがやります」とか言ってるけど、無視。口より先に行動しろよ。

「ああ、ここの茶、渋いの。多分口に合わないよ。」
「なるほど、だから菓子が激甘に進化したんだな。」
「そういうことか。」
「で、なんで美千恵はここの主人みたいに落ち着いてんの? 実はこっちの人間だったとか?」
「違うよ。知ってるでしょ。3日経っても混乱してたり現実逃避してたって仕方ないでしょ。で、あんたはどこにいたの?」
「ここから徒歩で2~3日離れたところ? 気がついたら遺跡みたいな、石でできた建築物にいた。美千恵は?」
「ここの建物の、あの塔? みたいなところに、オッサンズに囲まれてた。」
「おい」
「いやー、あるんだね、こんなこと。聖女だって(ププ)」
「くたびれたスーツ着たおっさんが勇者だって(ププ)」

 はあ~、と言いながら一口サイズの菓子を口に放り込む。斜め向かいにいる侍女が顔をしかめる。

「美千恵食べないの?」
「せんべい食いたい」
「ああ~、この間食べたあれ、うまかったね。」
「でしょ、あれ手焼きせんべい屋さんのだったの。」
「帰ったらしけちゃってるだろうな~」
「なんだ、帰れると思ってるんだ」
「え! 帰れないの!?」
「さあ、どうだろ。とりあえず、風呂入らせてもらって、着替え借りれば? それ、洗濯してやるよ」
「いいの?」
「いいよ、あ、『うちの洗剤と違う匂いがする!』とか言われちゃう?」

 奴が風呂の準備ができたと、別室に連れて行かれる。私も遅れて部屋を移動させられ、部屋についているドアの1つから風呂を使っている音が聞こえる。

 え、ここ、奴の部屋? なんで?
 なんか、夫婦とか勘違いされてる?

 ピキッと固まっていると、ガチャリとドアが開きバスローブ姿の同僚が出てくる。

「あれ、美千恵もこの部屋なの?」
「今朝までは違ったよ。なんか、ここに通された。」
「あぶねー、フルチンで出てくるところだった。」
「見知らぬ場所なんだから、それ、無防備すぎでしょ。」

 部屋の隅に立っている侍女にもう一度湯の準備をしてもらい、追い払う。しかし、常に誰かしらいて人払いができない。私も風呂に入ると思われたのか、いい香りの石鹸やらタオルやらが運び込まれる。
 風呂場に入り、裾を上げ腕をまくり、盥に石鹸を溶かし込む。あ、そうだ、と外に声をかけようとしたら外がドタバタしている。お待ちくださいとか、キャーキャーと黄色い声が聞こえる。

「おーい、美千恵~」
「なに?」
「ちょっと入っていい?」
「いいよー。私も聞きたいことがある」

 ぎゃーとか悲鳴が聞こえる。

 ローブを羽織ったまま岡村が入ってくる。私ももちろん服を着ている。石鹸水の入った盥の前で腕まくりしてスタンバッている。ずいっとYシャツが渡される。

「おおう、見事な襟汚れ。なんで男って襟がこんなに汚れんの?」
「そういう生き物だからだ。」
「そういえばさ、破片、キャッチしたんでしょ?」
「そうそう、見事なマーキスカットになってたぜ?」

 襟口に石鹸を擦り付け、もみ洗いしながら差し出された緑のかけらを見る。

「ああ、やっぱり。」
「なに?どういうこと?」
「それ握って、……翡翠。しっかり磨かれた琅かん質」
「は、え?」
「今、ちょっとでもイメージした? 手開けて」

 そっと、手を開くと握り込んでいた石はすうっと透き通るカボッションカット、まあるく磨かれた形に変わっている。

「ええ~!?」
「ほら」

 泡を落として、ポケットからハートシェイプカットになっている緑の石を取り出す。

「ええ~?」

 壁側にあるランプに照らしたり、掲げてみたり、わちゃわちゃとやっている。

「壁に耳あり障子に目あり、後でちゃんと話すよ。」
「あ、あの、聖女様、勇者様……」

 赤い顔して、モジモジと年若いメイドがバスルームの入り口から声をかける。私たちが服を着ていることにホッとした様子で中に入り、また慌て出す。

「私たちは客人じゃない。自分でできることは自分でする。道具を貸してくれるならやる。」
「ああ、洗濯を聖女にやらせたって怒られると思ったの?」
「私どもの仕事ですから、あの」
「そう? でも、この洗濯は私がやるからあなたの仕事じゃない。あなたの仕事じゃないことをあなたがやらなかったからとして、誰に文句を言われることはない。」

 ザバーッと石鹸水をこぼし、湯船から湯を盥にあける。もう一度石鹸を溶かしこむ。




「で、これいつまで続くの?」
「どれ?」
「(チラリ)監視?」
「半分そうじゃない? 私の場合、寝室からは出てくれたよ?」
「……ベッドに入るまで待てってこと?」
「そうだね」

 きゃあっとか声が聞こえたので、振り返れば年若いメイドたちが『ベッド』という単語にいちいち反応して興奮している。

「そういや、天蓋付きだったな。あのカーテンは音漏れ防止に使える、…使うのか」
「正しい天蓋付きベッドの使い方だね。」
「おおう、初めて豪勢なベッドの存在意義を知ったよ」

 ただいま、晩餐の席である。
 初日に会った、陛下が二人揃ったので挨拶をかねもてなしたいとかなんとか言って、連れてこられた。まだ陛下が来る前の席で、2人でボソボソと喋っていたが、しんとした室内では筒抜けだったのだろう。なんか、また誤解されたのだろうか。

 晩餐が始まる。
 元の世界のマナーや常識が通用するかわからないので、私と岡村、お互いが不愉快にならない程度の普通の食事マナーで食事をした。しかし、一番上の人というのはマナーというものは必要ないのか、滔々と演説をしている。

 曰く、
 魔の蔓延りは日々酷くなる一方
 だったら、早く対処したら?

 曰く、
 国内に散らばった魔を浄化すれば、誰もが感謝し、認めるだろう。
 なにを? 誰を?

 曰く、
 魔の浄化が完了した暁には、勇者には誉を、聖女には喜びを与えよう
 いらないよー



「つまり、勇者には嫁を、私は妾にしてやろうってこと?」
「わかりやすく言うとそうなんじゃねえ?」
「「要らねー」」

 食後、早々に勇者岡村の部屋の寝室に引きこもった。もちろん、侍女たちは追っ払った。
 バフン! とベッドに飛び乗り、そのままベッドを降りスタスタと寝室のドア前に行き、バッと扉を開けると、ゴン! っと音がして数名のメイドが床に転がる。そのまま首根っこを捕まえ、廊下に放り出し、衛兵へ突き出す。
 まったく、うざったいと感じる控え方をする侍女に茶を入れるタイミングもわからない、寝室に聞き耳立てるメイド、王城勤めのエリートのはずが、こんなんじゃこの国の底が知れる。

 ドアを閉め、内側から楔を差し込み、寝室のドアを閉め、内側から鍵をかける。

「なんなの!?」
「面倒ごと片付けてくれたら、女をやる、妾にしてやる、みたいなこと言っておきながら、俺たちがヤること期待してるみたいな、マジなんなの。」
「なんかさ~、聖女って、マザーじゃなくてビッチっていう意味じゃないかと思えてきたよ。」

 自国の問題を他人に委ねるような奴らだ、こちらの常識やら『良心』を求めるのは間違いだろう。とは言え、ムカつくものはムカつく。
 ベッドの縁に並んで腰掛けながら、2人プンスカ怒る。
 男女密室で、ベッドに並んで腰掛けてその気もかけらも湧かないとか、若い子たちには信じられないのだろう。性欲抜きに付き合える異性というのもある。まあ、互いの性格、性質もあるが。

「で、美千恵? なにを知ってるの?」
「えーっと、なんでこんなところに来ちゃったのかは知らない。けど、トリガーは尻餅。」
「は?」
「で、もう一度尻餅つけば帰れるんじゃない?」
「はあ? なんで、そんなに落ち着いてるの?」
「いや、実はね……

 異世界移転は実は初めてではないこと、毎回、怪鳥が空を飛んでいる事、額に宝石をつけた小動物に会うこと、帰るときにも会うこと、その宝石はそこで出会った人たちには重要な意味を持つもの、と分かる範囲で話す。

「もしかして、このエメラルド?」
「それ、この間ベリルの採取行った時の。今回はこれ」
「ロイヤルブルー。……為政者の為の石だね。もしかして、受けるの?」
「うーん、初めはさ、自分のケツは自分で拭けって思ったさ。そんで他人頼らなきゃダメになる世界ならダメになればいいって思ってたんだけど、なりふり構わず他人に頼ってでも『寄生』してでも成り立つ、それもあり方としてアリなのかなって思ってさあ。」
「でもさ、下手打てば美千恵あのおっさんに食われかねないよ?」
「だから、岡村の部屋に上がり込んだんじゃん。てか、女を下に見て馬鹿にされはしても、性欲の宛先にはされないと思うよ? おばさんだし。」
「いや、あの目は少なくとも味見くらいはしてやろうって思ってるよ!」
「んじゃ、アンタも肉食系ビッチに気を付けなよ? 何せ、勇者様なんだから」
「無い無い」
「でしょ? だってこっち来て、年齢微増してんだよ? 下手すりゃ孫いる年齢だし!」
「え?」
「あー、お約束のアレ、ゲームのキャラクターみたいに、ステータスが見れるんだよ。見えろーってちょっと意識すると……」
「マジで? ちょっと見てみたい! ……お?
名前:岡村 みのる、性別:男、年齢:43、うお、微増してる。
職業……勇者、らしいよ?」
「は? ズルイ、なにそれ、私42歳無職だよ! どこかの報道された犯罪者みたいな書かれ方だったんだよ!」
「え、じゃあ美千恵は本当に聖女じゃ無いんだ。」
「だから、初めから言ってるじゃん!」
「どれ? 見してー、って見れるの?」
「知らない、同じ境遇の人居なかったから……アレ?」
「なに?」

・・・・・・・・・・・・・・・
名前:松田 美千恵
性別:女
年齢:42
職業:聖女マザー



「なんか、職業変わってる」
「ここの人たちに聖女扱いされたから?」
「なにその後付け的口裏合わせ」

 2人してどかっと後ろに倒れる。振動でハラリと天幕が引かれベッドが覆われる。

「わーお、エロい」
「ちょっと、本当に帰れるんだよな? だから、その余裕なんだよな?」
「保証はできないけど、2度はそれで帰れてる。ちなみに、尻餅ついたと思った直後に戻る。」
「おおう。なんて都合の良い。いや、誰かの何かの都合の良いようにこっちに来させられたんなら、それくらいの都合をつけてもらって良いか」
「まあね。で、依頼は受けるとは一度も私は言ってない。話を聞くだけなら聞きますって言った。」
「それって、話を聞く=依頼を受けるって勘違いされてたらどうするの?」
「どうするもこうするも、頃合見て尻餅つくだけ。」
「それで、帰れなかったらどうすんの?」
「そん時は、そん時。今から考えたって仕方がない。というか、帰れるよ。悪いこと考えてると、本当にそうなっちゃうよ?」
「能天気だね~」
「世の中、なるようにしかならない。帰る準備をしてなきゃ帰れないし、いざ、この瞬間ってときに出遅れる。」
「そりゃ、そうだ。その瞬間って?」


 翌日、え、もう? 訓練とかないの、と思いながらも城外に出された。
 いかにも、忠義に厚いって感じの騎士とライトグレーの長衣を来たオッサンズの一人がくっついて来た。それと、騎士の小間使い。意外にも、聖女と勇者にメイドやら侍女やらはつかなかった。もともとメイドやら侍女を必要としてなかったから? それは、私とこいつの仲を勘違いされているからか?
 半日ほど進み、昼過ぎ、夕方になる前、遠くに民家が見えるような見えないようなところで、キャンプの準備を始める。

「こういう野営は騎士の見習いが手伝います。」
「てっきり、メイドや侍女がつくのかと思いました。」
「女性だと体力がありませんから、ついてこれないですよ。あ。失礼」
「いえ、私、山登りが趣味なので長距離歩くのに、結構鍛えてます。」

 炉の周りに置いた馬の飼い葉入れをベンチにして座り、夕飯のスープを作る。喋りながらの作業だ。
 膝には皮を剥いたジャガイモの入った籠。隣から芋を取り上げ、しゃりしゃりと剥く。さらに反対隣で岡村が、剥いた芋をフランス人みたいにナイフでカットしながら膝の鍋に落としていく。なかなか手慣れている。

「せ、聖女様と勇者様に、食事の準備をさせるなど……!」

 土下座しそうな勢いでオッサンがオロオロするが今更だ。城にいた時も入浴や着替えに人の手なんか借りていない。

「お気になさらずに。私たちの国では、働かざる者食うべからずと言います。」




「とりあえずさ、あの小動物、怪鳥に乗って飛んでっちゃったんだよねー」
「あ? 行き来に見たって言うヤツ?」
「そう、で、そいつ今回結構遠くに行っちゃったんじゃないかな。だから、そいつ追うにも方向わかんないし、一先ずこの人たちの要望聞いていくだけ行ってみれば、案外そこにアイツいるんじゃないかなって」
「世の中そんなに甘くねえぞって言いたいけど、なんか、話聞いてると、ソイツなら確かに居そう。」
「でしょ。そういう風に仕向けてるんじゃないかな。だから、現場に行くときは元着てた服で。」
「タイミング見て、尻餅?」
「そう。その前に、現場行ったらどうすればいいんだろうね?」
「え? 俺より3日も長く城にいたのに、何も教わってないの?」
「ないよ。そもそも話受けるって、あの晩決めたじゃん。だから、それまでは建国史?みたいなお話ばっかり」
「おおう……そういや、俺も勇者って言われてるけどさ、剣道も柔道も学校の授業でやったくらいで、今はただのビール腹が気になり出したおっさんだぞ?」
「うーん、あれだ。根拠のない自信に満ち溢れて無謀にも突っ込む人種って意味の勇者?」
「うわ、嬉しくねー!」
「あ、そうだ。一番初めはね、赤い石を病人に置いてきた」
「ルビー?ガーネット? どっちも血液、健康増進を連想させる石だね」
「そう、なら、この青い石、陛下にはもう会わなそうだから、そこの騎士さんにでもあげといたらいいんじゃない?」
「現場着いたとき、ハイって渡すの? なんか違くねえ?」
「浄化なら、水晶のさざれ石でも撒いといて誤魔化したいけど、」
「あ、俺持ってるよ。商談でサンプル貰って、スーツのポケットに1パック入れといたのこっち持ってきちゃった」
「岡村!」

 思わず両手を握る。

「それでなぜ勇者かわからんが、ごまかせる。」
「おお?」
「多分」
「おいっ」




で、結局私たちは戻ってきた。

「あの洞窟が、魔溜まりとなっている場所です。」
「ふーん」
「あ、あの洞窟の前、あいつがいるよ?」
「え、どれ?」
「「うあ」」

 指差した先を見ようと乗り出した岡村に押され、ずべっと前に滑り、支えようとしてくれた岡村に後ろ倒しにされ、見事2人揃って尻餅をついた。

ゴトッ
……ポタタタ・・

「あ!」

 事務所に戻ってきていた。
 椅子から床へダイブした振動でテーブルの上の湯のみが倒れ、岡村の頭に茶が降り注ぐ。ポケットから、しゃらしゃらとさざれ石が溢れている。

「うわ~、なんか締まらねえ~!」
「確かにー。でもおばさんとおっさんが聖女、勇者って時点で締まりある終わりになると思う?」
「ないない」

 思わず顔を見合わせて、ため息をつく。

「岡村ー、雑巾とって~」
「あいよー」



締まりのない、勇者と聖女は、細やかに光るクリスタルを残して消えた。
とか、どうとか、話が残ったのかどうか知らない。
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