〜異世界自衛官〜戦闘経験ゼロですが、89小銃で無双します!!

木天蓼

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五章 魔法使いは幻想と共に

アロイスという男

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 古めかしい書物の匂いは嫌いじゃない。むしろ古き良き創作物に触れることにより新たな閃きが導かれることもあり、休日の古本屋巡りは俺の密かな趣味と言えるほどだ。過去の先人が築いた知を現代に生きる糧とする。
 人間の一生なんて百年いくかいかないか。ならば限りある生を有意義に過ごすために過去の歴史に触れるのは好ましいことだと思う。

「いや~、良い部屋だ。良い仕事してますね!」

 陽光が差し込む一室。構造的には校長室を若干思わせる部屋の真ん中で俺はソファに座り、媚びへつらう自分でも聞いてて嫌な声で対面する相手のご機嫌をとる。
 隣では頭が冷え、正気に戻ったリーファがお行儀よく座っている。手の平を膝の上に乗せ先程までの自分の行いを思い出して恥ずかしいのか、少し赤面してる。

「私のご機嫌取らずともよろしいのですよ。ヒノモト殿?」

「……何で俺の名前を知ってんだ?」

「私、優秀ですので」

 男はグラスに水を注ぐ。水差しの中には氷でも入っているのか、ぶつかり合う湿った音が聞こえてくる。

「ここは学長室です。良い部屋でしょう? 本当は警備室に連行してもよかったのですが、貴方は幻想調査隊の隊員。ある程度の配慮をさせてもらいました」

 どうやらこの男は俺の素性を知っているらしい。幻想調査隊の目印でもある蒼き魔結晶は服の中に隠しているので外見からは判断出来ない筈。にも関わらずこの男は俺をただの変質者では無いと見抜いている。

「バルジ殿から話を聞いています。彼はこの学園の長と顔馴染みなのですよ。……緑や黒や茶の迷彩服を着た御仁が来られるかも・・と申してましたので」

「バルジさんが?」

 知り合いの名前が出たことで俺の身体から緊張感が抜ける。なんて事はない。すでに手回しがされていたのだ。
 この世界において俺の服装はよっぽど目立つのか、一目で分かってしまうらしい。確かに街中に上下迷彩柄の奇抜なファッションの人間は存在してなかった。

「申し遅れました。私はアロイスと申します。このアートマ魔法学園の学園長補佐と教頭の役目を任されています」

 学園の正式名称を口にし、以後お見知り置きをとばかりに恭しく頭を下げる。

 学園長というのは察するにこの部屋の窓際にある陽当たりの良い特等席の主だろう。大きな机の上には散りばめられた書類や肉厚な辞書が置いてあり、端にあるちょんまりとした観葉植物の萎び具合からその性格も伺える。

「察しの通り学園長は不在でして。えぇ、研究が忙しいようで。代わりに私が業務を行っています」

 グラスに注いだ水を三人分テーブルの上に置く。よく冷えているのかうっすらとした水滴がグラスの外面を占領している。初夏の昼間に嬉しいおもてなしだ。遠慮無くいただき喉を潤す。

「それで、お二方は何故あのような行為をしていたのですか? 後学の為と興味がありますので」

「何もやましい事はしてないさ。強いて言えば熊に武道が通じるか試していたんだ」

「熊とはなんだ熊とは……。せめてもう少し可愛い生き物に例えてくれまいか?」

 例え話が気に食わなかったのかリーファは一口でグラスの水を飲み干すとテーブルの上に静かに置き、空いた手で俺の肩を大きく揺らしてくる。

「ただでさえ学園は魔法の研究の為に機密事項が多い。その上、今日はこの国のお姫様が入学してくる。いくら護衛でも、昨日今日の話で入って良いですよとは言えませんよ?」

「でも、警備の人間がいなかったぞ?」

 規則ルールをとやかく言うわりには警備はザルだと言わざるを得ない。俺が斥候の訓練を受けているとはいえ、容易く敷地内に潜入出来たのだから。
 警備が甘いことを指摘されるとアロイスは一瞬キョトンと呆けた顔を見せ、次に笑いを堪えられなかったのか口の端から笑みが零れる。

「何笑ってんだ?」

「いえいえ、失敬」

 アロイスは口元を拭って笑いを誤魔化すと入り口に向かいそこに立てかけてある杖を手に取る。ラルクの店で見た魔法を扱うタイプの杖では無く、いわゆる老齢の方が歩行補助に用いるタイプの杖だ。
 その杖を片手に持ち、杖の先端を俺の足に向けて地面に倒す。杖の全長は百センチも無い。

「あの時ですね。もしこの杖の距離ほど学園に近付いていたら警備の魔法陣が展開し、侵入者排除用の魔法人形ゴーレムが貴方達の身体をぐちゃぐちゃにしてたでしょう」

 指の関節を二、三本ボキリと鳴らし分かりやすい言葉の説明をしてくれた。
 言葉の通りならばあの時の俺達は一歩間違えれば死にかけていたという話だ。

「ところで再度お聞きしますが……貴女達は本当にプリシテラお姫様の様子を見に来ただけですか?」

 アロイスの目がさらに細くなる。穏やかな話の流れからは想像出来ないほどの真剣さがその眼光から伺える。
 殺気とはまた違う冷たい威圧感に身体は反応し、隣のリーファも腰を僅かに浮かしていた。一言違えれば何かの問題に発展しかねない。否応無くにも部屋は緊張感に包まれる。

「……もちろんだ。私は姫様が心配でな」

「右に同じだ」

 数瞬の空白が重苦しい。呑み込む唾の大きさがよく分かる。

「そうですか。疑ってしまい申し訳ありません」

 目の細さは変わらないが言葉の険しさは無くなり、アロイスは背もたれに自身の全体重を預ける。

「……これからは正規の手続きを取ってください。生徒の学習に影響が出ない範囲、遠くで見守るくらいなら許可を出せますので」

「やった! ……あっ……失敬」

 思わず作ってしまった握り拳をリーファは恥ずかしそうに隠す。

「ばーかっ」

 俺が諌める言葉をかけるとリーファは口を真一文字に結んだ不機嫌な顔を作る。だが元はと言えば自分の迂闊な行動が原因なのだ。軽口を言うぐらいの権利は俺にもある。

「さて、もうお帰り頂いて結構ですよ。くれぐれも帰りは正門からで。警備が反応しますので」

 そう言うとアロイスは立ち上がり部屋のドアを開けてくれた。自らの職務の時間を割いてくれたのだ。これ以上面倒をかける前に退散した方が良さそうだ。
 リーファが先に扉から出て行き、俺は身の回りの忘れ物をしてないか確認してから出口に向かう。

「面倒をかけたな」

「いえ、お気になさらず」

 会釈をして部屋の外へ出ようと一歩を足を踏み出した瞬間、俺の肩をアロイスが掴む。

「うわっ、なんだよ!?」

 振り返りアロイスの顔を正面から見ると変わらず無表情ではあった。しかし、その目は好奇の視線なのか僅かばかり開かれている。

「……聞くところによれば、ヒノモト殿は元の世界では……ジエイタイという組織に属していたと?」

 自衛隊というこの世界では久しぶりに耳にする言葉を俺は反芻し考える。

(どこまで情報が……?)

 一体誰がどこまでの情報を誰が流しているのか。まず考えられるのは先に名前が出たバルジだ。
 彼は俺が幻想調査隊であり、異世界から来た人間だというのは知っている。けれども俺が元の世界でどのような人生を歩んで来たかまでは知らないはずだ。自衛官である事も当然教えてない。よって除外する。

 ならば次に疑うべきは元の世界での俺の後輩、この異世界では俺の上官に当たる西野ことウェスタだ。あの男ならば全ての情報を持っていてもおかしくは無い。

 ここで疑問に思うのが何故流したのかだ。元の世界の日本ならば個人情報の流出という大きな問題になる。
 では、この世界ではどうか。恐らく個人情報保護法なんで無いだろう。俺は法律家では無いので分からないが。

(……関係は無いよな?)

 何も俺が自衛隊にいたからといってこの世界で何かが変わるということはない。知識や経験は生かせても自衛隊というのは集団でこそ力を発揮する組織だ。ただの一人の自衛官が銃を持ったところで大した事は出来ない。この世界・・が変わる訳では無い。

「そうだ」

 長い沈黙に思考を重ね、出したのはその一言だけ。

「そうですか」

 そして返って来たのもその一言だけ。

 俺はもう一度会釈をすると背を向け、先へ行ったリーファの後を追う。

「問題は……無いよな?」

 どこかモヤモヤとした引っかかりが胸に残るが、俺はそれを振り払うかのように胸を強く叩きリーファの後を速足で追いかけた。
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