早贄は、彼岸の淵で龍神様に拾われる

束原ミヤコ

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百舌鳥の早贄

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 遠く、鳥の囀りが聞こえる。
 一体何の鳥だろうか。
 あの複雑な鳴き声は、百舌鳥だろうか。

 様々な鳥の鳴き声を真似るといわれている百舌鳥の本当の声は、一体どんなものなのだろう。
 真似すぎて、忘れてしまうことはないのかしら。
 本当の、自分を。

 秋のはじめ、百舌鳥は捕らえた獲物を木の枝に突き刺す。
 理由はよくわからない。

 生贄に捧げていると、いわれているみたいだ。
 枝に突き刺さった獲物は息絶えるまで時間がかかり、じたじたともがいていることもあるらしい。

(それはまるで、私)

 木の枝に突き刺されて身動きの取れない私。
 蜃気楼のように視界がぼやけている。

 指先や足先は氷のように冷たく、足や指があるという感覚にさえ乏しい。
 秋ははじまったばかりで冬の訪れは遠い。

 けれど、寒さの厳しいこの地方では、秋も冬もそう変わらない。
 庭木の柿の木の幹には、荒縄が巻かれている。
 その荒縄は柿の木ごと私の腕や腹に食い込んで、わずかに身動きするだけで縄が擦れて、ひりひりと痛む。

 自分の体がどうなっているのかを、確認することさえ億劫だった。
 俯くと、真っ直ぐな黒髪が頬の横に垂れる。
 垂れた黒髪から、ぽつぽつと水が滴って、ぬかるんだ足元に広がる水たまりに、小さな波紋をつくる。

 着物を剥ぎ取られ、白い襦袢一枚を、解けかかった腰帯がかろうじで体に張り付かせているけれど、それももうきっと、意味をなしていないだろう。

「あら、寝ているの? 起きなさい!」

 意識がふつりと途切れる前に、全身を切り裂くような衝撃が襲った。

 皮膚を突き刺すような痛みを感じる。
 冷たさは、感じない。
 ただただ痛い。

 水は私の体をぐっしょりと濡らして、体を舐めるように地面に滴り落ちていく。

 このまま私も、水の中に溶けて消えてしまうことができたら良いのに。
 百舌鳥にはやにえにされた獲物は、今の私と同じ気持ちなのだろうか。

「ねぇ、役立たず。少しは反省したの? 今日中に私のドレスを手直ししておけって言ったじゃないの。たった一枚しか縫い直せないなんて、本当に使えない!」

「何かいうことはないのかしら」

 朱鷺子さんが、井戸水をくんだ桶を持って、金切り声をあげている。

 朱鷺子さんの横にいるのは、朱海お母様だ。
 黒字に牡丹が咲き乱れた美しい着物を身に纏い、腕を組んで立っている。

「ごめんなさい」

 私は小さな声で言った。
 その言葉にはまるで意味がない。
 鳥の囀りと同じ。

 それとも、突き刺さった獲物の断末魔だろうか。

「ごめんなさい、役立たずで、ごめんなさい、次はもっと、うまくやりますから」

「どんなに頑張ったって、グズはグズなのよ。のろま。役立たず。お風呂にも入らない薄汚いお姉様、もっと水をかけてあげる。そうしたら少しは綺麗になるでしょう?」

「あなたは優しいわね、朱鷺子さん。私はこんな泥まみれの蛆虫に、触れると考えただけで怖気が立つ」

「やだ、お母様。蛆虫なんて。蜜葉お姉様はこれでも人間です。まるで蠅みたいに汚いですけれど」

 朱鷺子さんは足元に置かれた桶を手にしては、私に水をかけた。
 髪を振り乱しながら一心不乱に水を撒く様は、まるで鬼女か夜叉のように見えた。
 陽光は遠く、陽が傾き始めた逢魔時。

 鬼女が薄暗がりから現れても、たいして驚いたりはしないだろう。
 もうすぐ夜が来る。
 夜にはもっと寒くなる。
 このまま外に放置されたら、私は死んでしまうだろうか。
 それでも良いかと、思う。

 もうどうでも良い。何もかもが、全て。
 濁った視界に映った世界は、艶やかな薄紫色で、未だ見つからない生贄を求めているのか、百舌鳥が遠くで鳴いていた。

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