早贄は、彼岸の淵で龍神様に拾われる

束原ミヤコ

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コカゲとアカツキ

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 お風呂からあがると、コカゲとアカツキが私を待っていた。
 二人は大きなタオルと、着物を手にしている。

「来ましたね、みつさま!」

「いまだ、アカツキ! みつさまを綺麗にするのです!」

「おー!」

 まるで戦いに行くような威勢の良い声を上げると、コカゲとアカツキが私に向かって突撃してくる。
 びっくりして立ちすくんだ私の湯浴み着をコカゲが剥ぎ取り、アカツキが私の体をタオルでぐるぐる巻きにした。

「ま、待ってくださ……着替え、できますから……!」

「遠慮なさらず、みつさま、お客様のお世話をするのが私たちの仕事です、このコカゲたちにお任せを!」

 小柄な体で跳ね回り、二人は私の体を乾かすと、真新しい着物を着せてくれた。
 黒地に大きな椿の柄が描かれた着物を着せられた私の、乾いた黒髪をコカゲが器用に編んで椿の髪飾りをつけてくれる。

「みつさま! お綺麗ですよ、みつさま!」

「みつさま、まるで天女様のようです、みつさま!」

 アカツキとコカゲが私の両手を引っ張って、鏡の前に連れて行った。
 鏡の中にいる私は、薄汚れてぼろ屑のような女ではなかった。
 どこにでもいるありふれたーー貧相な女に見える。

「……ありがとうございます、二人とも」

「当然です、みつさま」

「体が綺麗になったところで、ご飯にしましょう。れんかさまが、みつさまにご飯をって」

「あ、あの……!」

 私の手を引いて、二人が私をどこかに連れていこうとする。
 広い脱衣所から出たところで、私は口を開いた。

「ごめんなさい、あの、蓮華様が、……私の知り合いが、百舌鳥が、ここにいるって……」

「大丈夫ですよ、みつさま、みつさまを百舌鳥も待っています」

「ご安心を、みつさま、いきましょう!」

 廊下を通って、いくつかの曲がり角を曲がる。
 迷ってしまいそうなほど広い屋敷の廊下では、数人の美しい姿をした男の方や女の方とすれ違った。
 挨拶をする二人に倣って私も頭を下げると、彼らは優しく微笑んでくれた。
 拾われてきただけの私を、誰もが見知っていて、受け入れてくれているように見えた。

 それが、とても申し訳なく感じる。
 私は何も役に立っていないのに。

「かくりよでは、ご飯を食べる必要はありません。わたしたち猫人は元々はうつしよでは猫でしたから、あちらではご飯を食べることができなければ死んでしまうことを知っていますが、こちらではご飯は、たのしみのために食べているのですよ」

「お食事は娯楽の一つ。アカツキもお魚をよく食べます」

「昔はよく、みつさまがお魚をくれましたね。みつさま、覚えていますか?」

「僕たちは、みつさまが大好きでした」

 にこにこしながら、コカゲたちがいう。
 私の手を握る小さな手を、私は握り返した。

「…………白い猫と、黒い猫」

「はい! みつさま。みつさまが僕たちに、お魚の残りをくれましたね」

「ある日、こわい女の人にそれを知られて、みつさまは箒で叩かれて、私たちは車道に投げ捨てられました」

 私はうなずいた。
 魚の匂いに惹かれて裏庭に迷い込んできた子猫の兄妹に、私は私のご飯を分けてあげていた。
 私のご飯といっても、みんなが残したお魚の残りや、釜の底にこびりついたご飯ぐらいしかなかったのだけれど。

 可愛い子猫だった。親に捨てられたのだろう。
 痩せていて、くたびれていて、けれどよく懐いてくれた。

 六谷家の人々は、動物を嫌う。
 特に魚を盗むからと、猫は嫌われていた。
 できるだけ目立たないように、隠れてご飯をあげていたのだけれど、ある日それが朱美お母様にみつかってしまった。

 お母様は私を叩き、それから、翌日私のいない合間に毒を混ぜた餌を用意して、子猫たちを捕まえた。
 そうして弱った子猫たちを、まるでみせしめのようにして生垣から外に投げ捨てた。

 二匹は偶然通りを走っていた車に轢かれてしまった。

「みつさまは、僕たちを山に埋めてくれました」

「私たちのために、みつさまは泣いてくれました。そうして、私たちはここにきました。魂だった私たちは、れんかさまにお願いしたのです。みつさまのお世話がかりになりたいと」

「れんかさまは、僕たちを猫人にしてくれたのですよ。見た目は怖いですけれど、優しい方です」

「百舌鳥も、私たちも、みつさまに助けてもらいました。だから、今度は私たちがみつさまのそばに」

「ご飯を食べましょう、みつさま。たくさん準備したのですよ」

 私は頷いた。
 二人の小さな手は、ここは安全な場所だと私に告げてくれているようだった。


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みんなの感想(1件)

淡雪
2024.06.17 淡雪

続きが気になります!更新楽しみにしています。

解除

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