17 / 17
コカゲとアカツキ
しおりを挟むお風呂からあがると、コカゲとアカツキが私を待っていた。
二人は大きなタオルと、着物を手にしている。
「来ましたね、みつさま!」
「いまだ、アカツキ! みつさまを綺麗にするのです!」
「おー!」
まるで戦いに行くような威勢の良い声を上げると、コカゲとアカツキが私に向かって突撃してくる。
びっくりして立ちすくんだ私の湯浴み着をコカゲが剥ぎ取り、アカツキが私の体をタオルでぐるぐる巻きにした。
「ま、待ってくださ……着替え、できますから……!」
「遠慮なさらず、みつさま、お客様のお世話をするのが私たちの仕事です、このコカゲたちにお任せを!」
小柄な体で跳ね回り、二人は私の体を乾かすと、真新しい着物を着せてくれた。
黒地に大きな椿の柄が描かれた着物を着せられた私の、乾いた黒髪をコカゲが器用に編んで椿の髪飾りをつけてくれる。
「みつさま! お綺麗ですよ、みつさま!」
「みつさま、まるで天女様のようです、みつさま!」
アカツキとコカゲが私の両手を引っ張って、鏡の前に連れて行った。
鏡の中にいる私は、薄汚れてぼろ屑のような女ではなかった。
どこにでもいるありふれたーー貧相な女に見える。
「……ありがとうございます、二人とも」
「当然です、みつさま」
「体が綺麗になったところで、ご飯にしましょう。れんかさまが、みつさまにご飯をって」
「あ、あの……!」
私の手を引いて、二人が私をどこかに連れていこうとする。
広い脱衣所から出たところで、私は口を開いた。
「ごめんなさい、あの、蓮華様が、……私の知り合いが、百舌鳥が、ここにいるって……」
「大丈夫ですよ、みつさま、みつさまを百舌鳥も待っています」
「ご安心を、みつさま、いきましょう!」
廊下を通って、いくつかの曲がり角を曲がる。
迷ってしまいそうなほど広い屋敷の廊下では、数人の美しい姿をした男の方や女の方とすれ違った。
挨拶をする二人に倣って私も頭を下げると、彼らは優しく微笑んでくれた。
拾われてきただけの私を、誰もが見知っていて、受け入れてくれているように見えた。
それが、とても申し訳なく感じる。
私は何も役に立っていないのに。
「かくりよでは、ご飯を食べる必要はありません。わたしたち猫人は元々はうつしよでは猫でしたから、あちらではご飯を食べることができなければ死んでしまうことを知っていますが、こちらではご飯は、たのしみのために食べているのですよ」
「お食事は娯楽の一つ。アカツキもお魚をよく食べます」
「昔はよく、みつさまがお魚をくれましたね。みつさま、覚えていますか?」
「僕たちは、みつさまが大好きでした」
にこにこしながら、コカゲたちがいう。
私の手を握る小さな手を、私は握り返した。
「…………白い猫と、黒い猫」
「はい! みつさま。みつさまが僕たちに、お魚の残りをくれましたね」
「ある日、こわい女の人にそれを知られて、みつさまは箒で叩かれて、私たちは車道に投げ捨てられました」
私はうなずいた。
魚の匂いに惹かれて裏庭に迷い込んできた子猫の兄妹に、私は私のご飯を分けてあげていた。
私のご飯といっても、みんなが残したお魚の残りや、釜の底にこびりついたご飯ぐらいしかなかったのだけれど。
可愛い子猫だった。親に捨てられたのだろう。
痩せていて、くたびれていて、けれどよく懐いてくれた。
六谷家の人々は、動物を嫌う。
特に魚を盗むからと、猫は嫌われていた。
できるだけ目立たないように、隠れてご飯をあげていたのだけれど、ある日それが朱美お母様にみつかってしまった。
お母様は私を叩き、それから、翌日私のいない合間に毒を混ぜた餌を用意して、子猫たちを捕まえた。
そうして弱った子猫たちを、まるでみせしめのようにして生垣から外に投げ捨てた。
二匹は偶然通りを走っていた車に轢かれてしまった。
「みつさまは、僕たちを山に埋めてくれました」
「私たちのために、みつさまは泣いてくれました。そうして、私たちはここにきました。魂だった私たちは、れんかさまにお願いしたのです。みつさまのお世話がかりになりたいと」
「れんかさまは、僕たちを猫人にしてくれたのですよ。見た目は怖いですけれど、優しい方です」
「百舌鳥も、私たちも、みつさまに助けてもらいました。だから、今度は私たちがみつさまのそばに」
「ご飯を食べましょう、みつさま。たくさん準備したのですよ」
私は頷いた。
二人の小さな手は、ここは安全な場所だと私に告げてくれているようだった。
10
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました
cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。
そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。
双子の妹、澪に縁談を押し付ける。
両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。
「はじめまして」
そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。
なんてカッコイイ人なの……。
戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。
「澪、キミを探していたんだ」
「キミ以外はいらない」
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
続きが気になります!更新楽しみにしています。