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お褒めの言葉より嬉しい言葉
書簡を届けた私は、シリウス様にお辞儀をしてそそくさとお部屋から出ようとした。
お昼の休憩時間までにやっておかなければいけないお仕事が、いくつか残っている。
お掃除とか。お庭のお花の手入れとか。
そのあたりのことをすませてからお昼休憩にしたい。そして休憩時間には一度お部屋に戻りたい。
午後からのお仕事を終えて、レイシールド様をお迎えして、お休みなさいの時間まで侍女の寮である、日の出寮には帰れない。
内廷の建物にはそれぞれ素敵な名前がついている。
レイシールド様のお住まいが黎明宮。シュミット様のお住まいが白夜宮。そして第三王子であるシャハル様の宮が蒼天宮。ここ、シリウス様の仕事場は、中天宮。
現在使用されている宮城は三つだけ。内廷には東西南北と中央にそれぞれ宮城があって、レイシールド様は中央にお住まいになっている。
シュミット様とシャハル様は北と東をご使用になっているので、南と西の宮はあいている。
どの宮城も空を連想させる名前だ。侍女の寮は『日の出寮』。確かに日の出も空という感じがするけれど。親しみやすさはあるけれど、少し不思議だ。
エルマさんが「昔からそういう名前がついているからね。侍女たちには不評よ」と言っていた。
「それでは失礼します、シリウス様」
「ティディス、少し待ちなさい」
シリウス様に呼び止められた私は、ぺこりとお辞儀をして扉に向かおうとしていた足を止めた。
何事かしらと思って、もう一度シリウス様に向きなおる。
「はい、なんでしょうか……?」
「君は、レイシールド陛下をどう思った?」
「どう、どうとは……」
「今までの侍女は、仕事をはじめて一日目の午前中、レイシールド様の朝のお見送りが終わると、すぐさま私の元に駆けてきてね。辞めさせていただきます、やら、怖いです、やら、もう無理です、などと泣きついてきたものだけれど。そうでないのはティディスがはじめてだから、驚いてしまって」
それは、大惨事ね。
確かに剣を向けられたし、こう、ぴたっと、喉元に剣を突きつけられたし。
怖かったけれど、そのあとはそんなに怖くなかったような気もする。
剣をぴたっとつきつけられた経験ははじめてだけれど、よく考えればお父様のコレクションの水色大虎のティグルちゃんをお世話するときは同じような気持ちを味わったし、ティグルちゃんに追いかけ回された時の方が多分怖かった。
懐かしい思い出よね。
それに借金取りの方々に比べれば、比べるのが失礼なほどに優しい。
特に怒鳴られたりもしないし、暴力を振るわれたりもしないし。
「怖くはないです。怒鳴られたり、痛い思いをしたら、怖いです、けど」
「今までの侍女たちは、怒鳴られてもいなければ痛い思いをしたわけではないのに、怖いといって泣きついてきたのだけれどね」
「どうしてでしょう?」
「無言で睨まれるだけで、怖いのだそうだよ。声をかけても返事がないし、きっと怒っている、とか。きっと、私が嫌いなんです、とか。そんな風に感じるようだね」
「なるほど。確かに氷柱ハリネズミはこわくないですけれど、白狼とか、水色大虎が無言で私を見つめていたら、食べる気かしら……と、思って、多少の恐怖を感じますね……」
私は泣きながら辞めていった侍女さんたちの気持ちを考えてみる。
レイシールド様がレイシールド様ではなくて、水色大虎だったら、命の危険を感じるかもしれない。
食べる気なのね……という命の危険を。
それはお仕事を辞めたくなるかもしれない。
でも、私にはお金を稼ぐという使命があるから、たとえば朝ベッドで寝ていたのがレイシールド様ではなくて水色大虎でも、粛々とお世話をしなければいけないのだ。
「つららハリネズミ?」
「氷柱ハリネズミです……知りませんか?」
「知っている。氷柱ハリネズミも、白狼も、水色大虎も、魔生物だ。ティディスは魔生物に詳しいのだね」
「詳しいというほどでは、ないですけれど」
お世話をしているので知っているというだけで、もっと詳しい人は私以外にも沢山いるだろうし。
「ところでティディス」
「はい」
「あと少し、大きな声を出してくれると、助かるのだが」
「シリウス様、これでも、普段よりも三倍ぐらいの力を発揮しているのです」
「じゃあ、十倍ぐらいの力を発揮してくれ」
「頑張ります!」
私はお腹に力を入れて、元気溌剌、というふりをしてみた。
元々、あまり元気な方ではないけれど、頑張らないと。
でも、すごく大変だった。
「すまなかった。無理をするな、ティデス」
何故だか謝られてしまった。
「ともかくティディス。君が、レイシールド様の傍に長くいられそうでよかった。働きによっては、給金を前払いしてもよいと考えている。頑張るように」
「は、はい……! やった! シリウス様、ありがとうございます……!」
オリーブちゃん、ローズマリーちゃん、やったわ……!
私は今日一番大きな声を出して喜んだ。
お給金が出たら、月々の借金を支払った残りのお金で、二人に少しよいお肉を食べさせてあげられるかもしれない。嬉しい。
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