崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ

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 シュミット様のお話 2



 お父様は、戦争が嫌いらしい。もちろん私も好きじゃない。それがどんなものなのか、体験して知っているというわけではないけれど。
 レイシールド様はとても、怖い思いをしたのね。まだ十歳だもの。

「残された兵は両親と兄を、己を盾にして守りながら、国境越えを目指した。フレズレンの兵たちに、追われながら。追撃はしつこく、わずかばかりの兵も次々と凶刃に散っていったそうだ。そして、兄上と両親はフレズレンの兵たちに追い詰められた」

「……怖かったでしょうね、すごく」

「そうだな。泣き言一つ言わなかったが、きっと怖かっただろうと思う。刃が両親と兄に向けられ──殺される寸前に、見上げるほどに大きな、それこそ山のように巨大な白狼が現れたそうだ」

「白狼?」

『我ではないぞ』

 リュコスちゃんではないらしい。リュコスちゃんは大きいけれど、そこまで巨大なわけじゃない。
 でも、リュコスちゃんはレイシールド様のことを懐かしいと言っていた。
 どういうことなのかしら。

「白狼はどうやら──寿命を迎えていたらしい。自分は死ぬだろうと兄上に言い、どうせ死ぬのだから、最後にお前を助けてやろうと言ったそうだ」

「白狼が……」

「あぁ。兄上は、白狼の血を受けた。白狼の力を手に入れた兄上は、フレズレンの兵たちを打ち倒した。たった一人で。……それはもう、鬼神のような強さだったそうだよ。私は見ていないが、生きながらえた両親が、そう言っていた」

「助かってよかったです。レイシールド様を助けてくれた白狼には、感謝をしないと」

「ティディスは、そう思うのだな。……しかし残念ながら、王宮の者たちも両親も、そうは思わなかったんだ。たった十歳で百以上の兵を倒した兄上の、血に染まった姿を見た両親は、兄上が魔性のものになってしまったと怯えた。表面上は、その感情を出さなかったが──よくないことに、兄上には白狼の力が譲渡されてしまった。兄上は、人の心が読めるようになっていたんだ」

「……つまり、レイシールド様は、白狼の力を受けてご両親を助けたのに、ご両親が自分に怯えていることが、わかってしまったのですね」

 それはとても、悲しいことだ。
 十歳なんて、まだ子供だ。レイシールド様も必死だっただろう。
 それなのに──命からがら安全な王宮に戻ったら、皆が心の中ではレイシールド様に怯えているのだから。
 傷つくわよね。すごく。

「あぁ。兄上はそれ以来、あまり人を寄せ付けなくなった。フレズレンとの戦に身を投じたのも、そんなことがあったからだ。兄上は……本当に強い。一人で、百の兵にも匹敵するほどに。それは、人ではない力を持っているからだ」

『父上じゃ』

 リュコスちゃんがぽつりと言った。
 一体何のことかしらと思ったけれど、今はリュコスちゃんと話している時間はないので、私は何も聞かなかった。

「兄上は……昔の兄上は、とても優しい人だった。何を言われても怒るようなこともなく、いつも落ち着いていて、心の広い方だった。誰に対しても、穏やかで優しかったんだ。だから、兄上が人を寄せ付けないようになってしまったのが、とても歯がゆかった」

「レイシールド様は、今も穏やかで優しい方です」

「そう思ってくれてありがとう、ティディス。エルマから聞いた。ティディスの持つ魔生物には人を眠らせる力があるのだろう。兄上は、あの時からまともに眠ることができていない。……今日は、それを伝えにきた」

「レイシールド様、眠れないのですか?」

「あぁ。眠ったふりはしているようだがな。フレズレンとの戦の最中、同行していたクラヴィオから報告を受けている。陛下は寝ない。寝ないというか、眠れないのかもしれない、とな」

「それなら、私が……」

「ティディス。あくまで私は君に、兄上の話を伝えにきただけだ。私は君に何も頼まない。君がどうしようと君の自由だ。何かを無理強いするつもりはない」

「……ありがとうございます、シュミット様」

 やっぱり、ここにいる方々は、優しいわね。
 立ち上がるシュミット様に従って、マリエルさんも私に大きく手を振りながら、黎明宮から去っていった。
 リュコスちゃんは二人の姿が見えなくなるまでの間ずっと、落ち着かないように、ゆらゆらと体を揺らしたり、足元の土を掘り返したりしていた。
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