崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ

文字の大きさ
36 / 67

 シュミット様のお話 2

しおりを挟む


 お父様は、戦争が嫌いらしい。もちろん私も好きじゃない。それがどんなものなのか、体験して知っているというわけではないけれど。
 レイシールド様はとても、怖い思いをしたのね。まだ十歳だもの。

「残された兵は両親と兄を、己を盾にして守りながら、国境越えを目指した。フレズレンの兵たちに、追われながら。追撃はしつこく、わずかばかりの兵も次々と凶刃に散っていったそうだ。そして、兄上と両親はフレズレンの兵たちに追い詰められた」

「……怖かったでしょうね、すごく」

「そうだな。泣き言一つ言わなかったが、きっと怖かっただろうと思う。刃が両親と兄に向けられ──殺される寸前に、見上げるほどに大きな、それこそ山のように巨大な白狼が現れたそうだ」

「白狼?」

『我ではないぞ』

 リュコスちゃんではないらしい。リュコスちゃんは大きいけれど、そこまで巨大なわけじゃない。
 でも、リュコスちゃんはレイシールド様のことを懐かしいと言っていた。
 どういうことなのかしら。

「白狼はどうやら──寿命を迎えていたらしい。自分は死ぬだろうと兄上に言い、どうせ死ぬのだから、最後にお前を助けてやろうと言ったそうだ」

「白狼が……」

「あぁ。兄上は、白狼の血を受けた。白狼の力を手に入れた兄上は、フレズレンの兵たちを打ち倒した。たった一人で。……それはもう、鬼神のような強さだったそうだよ。私は見ていないが、生きながらえた両親が、そう言っていた」

「助かってよかったです。レイシールド様を助けてくれた白狼には、感謝をしないと」

「ティディスは、そう思うのだな。……しかし残念ながら、王宮の者たちも両親も、そうは思わなかったんだ。たった十歳で百以上の兵を倒した兄上の、血に染まった姿を見た両親は、兄上が魔性のものになってしまったと怯えた。表面上は、その感情を出さなかったが──よくないことに、兄上には白狼の力が譲渡されてしまった。兄上は、人の心が読めるようになっていたんだ」

「……つまり、レイシールド様は、白狼の力を受けてご両親を助けたのに、ご両親が自分に怯えていることが、わかってしまったのですね」

 それはとても、悲しいことだ。
 十歳なんて、まだ子供だ。レイシールド様も必死だっただろう。
 それなのに──命からがら安全な王宮に戻ったら、皆が心の中ではレイシールド様に怯えているのだから。
 傷つくわよね。すごく。

「あぁ。兄上はそれ以来、あまり人を寄せ付けなくなった。フレズレンとの戦に身を投じたのも、そんなことがあったからだ。兄上は……本当に強い。一人で、百の兵にも匹敵するほどに。それは、人ではない力を持っているからだ」

『父上じゃ』

 リュコスちゃんがぽつりと言った。
 一体何のことかしらと思ったけれど、今はリュコスちゃんと話している時間はないので、私は何も聞かなかった。

「兄上は……昔の兄上は、とても優しい人だった。何を言われても怒るようなこともなく、いつも落ち着いていて、心の広い方だった。誰に対しても、穏やかで優しかったんだ。だから、兄上が人を寄せ付けないようになってしまったのが、とても歯がゆかった」

「レイシールド様は、今も穏やかで優しい方です」

「そう思ってくれてありがとう、ティディス。エルマから聞いた。ティディスの持つ魔生物には人を眠らせる力があるのだろう。兄上は、あの時からまともに眠ることができていない。……今日は、それを伝えにきた」

「レイシールド様、眠れないのですか?」

「あぁ。眠ったふりはしているようだがな。フレズレンとの戦の最中、同行していたクラヴィオから報告を受けている。陛下は寝ない。寝ないというか、眠れないのかもしれない、とな」

「それなら、私が……」

「ティディス。あくまで私は君に、兄上の話を伝えにきただけだ。私は君に何も頼まない。君がどうしようと君の自由だ。何かを無理強いするつもりはない」

「……ありがとうございます、シュミット様」

 やっぱり、ここにいる方々は、優しいわね。
 立ち上がるシュミット様に従って、マリエルさんも私に大きく手を振りながら、黎明宮から去っていった。
 リュコスちゃんは二人の姿が見えなくなるまでの間ずっと、落ち着かないように、ゆらゆらと体を揺らしたり、足元の土を掘り返したりしていた。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

【完結】 「運命の番」探し中の狼皇帝がなぜか、男装中の私をそばに置きたがります

廻り
恋愛
羊獣人の伯爵令嬢リーゼル18歳には、双子の兄がいた。 二人が成人を迎えた誕生日の翌日、その兄が突如、行方不明に。 リーゼルはやむを得ず兄のふりをして、皇宮の官吏となる。 叙任式をきっかけに、リーゼルは皇帝陛下の目にとまり、彼の侍従となるが。 皇帝ディートリヒは、リーゼルに対する重大な悩みを抱えているようで。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

婚約破棄された夜、最強魔導師に「番」だと告げられました

有賀冬馬
恋愛
学院の祝宴で告げられた、無慈悲な婚約破棄。 魔力が弱い私には、価値がないという現実。 泣きながら逃げた先で、私は古代の遺跡に迷い込む。 そこで目覚めた彼は、私を見て言った。 「やっと見つけた。私の番よ」 彼の前でだけ、私の魔力は輝く。 奪われた尊厳、歪められた運命。 すべてを取り戻した先にあるのは……

処理中です...