麗しの王太子殿下の独占欲

束原ミヤコ

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五百年の月日



 ◆


 あれから──アストリウスはリリスの力を使い、ファウストを隷属させた。
 リリスの力を、アストリウスは己のものとして息をするように使えるようになっていた。その力は圧倒的で、アストリウスの蛮行を見た者たちの心を掌握し、王都の民たちに口を封じさせ膝をつかせることができた。

 惨劇はなかったことにされ、アストリウスは玉座に戻ったのである。
 国を治めることなどアストリウスにとってすでに眼中になかったが、その地位は便利なものであった。
 それに、リリスに再び出会うため、この国は平和でなくてはならないとも考えた。
 二度と誰かに、邪魔をされないためにも。

 そして──。

『アストリウス様、スティア家の地下書庫で文献をみつけました。死した伯爵が集めていた文献の中に、魂の転生というものがありました。それは、レディ・アリアが長年研究し続けていた神秘の魔法。魂を流転させて、再び生まれるというものです』

 ファウストが見つけてきた文献に書かれていた転生の魔法。
 それには条件が二つあった。
 一つは、対象の肉体が必要であること。もう一つは、魔法の発動には贄が必要であること。

 アストリウスは、ファウストを贄に捧げてリリスの肉体使用しその魂を流転させた。

 そして己は──レディ・アリアの文献を調べつくして、何人もの魔導師の心臓を食って不死となった。
 そうしなくてはいけなかったのだ。
 アストリウスの魂を転生させたとして、リリスと同じ時代を生きることができるのかはわからない。
 
 レディ・アリアの文献には、流転させた魂がいつ再び生まれるかまでは記載されていなかったのだ。
 それは一年後かもしれないし、十年後かもしれないし、百年後かもしれない。

 たとえリリスが再び生まれても、己が生きていないと意味がない。

 だから──アストリウスは待ち続けた。
 王家の繁栄は弟に託し、己はリリスがいつ生まれてもいいように、王家に仇なす不穏分子を狩り続けて、そして、五百年。

 リリスが生まれた気配を感じた。
 長らく生きてきたが、これでようやく、想いが遂げられる。
 アストリウスは王と王妃の心を操り、己の肉体を若返らせて『リュクシアス』という名の子として彼らの間に入り込んだ。それは、王妃が死産した子の名である。
 それを不名誉なこととして、王と王妃は死産を隠し続けていた。
 ちょうどよかったのだ。彼らの子として偽りの生を生きるのは、アストリウスにとって、ただひたすらにリリスと再び出会うため。彼女と共にいるためであった。

 今度は、彼女と共に生き、死のう。
 それだけがアストリウスの望みだった。

 シルフィ・リンディア。
 それが彼女の新しい名。愛しい、リリス。ずっと、会いたかった。どれほど待っていたのか。
 
 シルフィに会いに行ったとき、アストリウス──リュクシアスは気づいたのである。
 彼女の手の甲には、リリスと同じ被虐の印が浮かんでいた。

 だからリュクシアスは、彼女の手の甲に魔力紋を刻み、被虐の印と共にシルフィの魔力を抑えこんだ。
 彼女が再び誰かに利用をされないため。被虐の印によって、苦しまないために。

 隷属の印の効果なのか、シルフィはリリスだったときのことを何も覚えていないようだった。
 リュクシアスは魔眼と呼ばれる監視の使い魔を使い、シルフィの様子をずっと眺めていた。
 彼女は健やかに育った。リリスの記憶に苦しめられることなく。
 だが──十五歳に近づくにつれて、彼女の体に異変が起こり始めていた。
 彼女の眠りが妨げられている。頬は色づき、呼吸が早まる。誰かに抱かれている夢を見ているのだと、リュクシアスは気づいた。手の甲にある、いつもは見えないはずのリュクシアスの刻んだ印が輝き、その中から被虐の印が顔を出そうとしている。
 被虐の印が、訴えている。飢えを満たすことを。
 それほどまでに、被虐の印とは強力なものだった。
 それを抑え込むために、リュクシアスは彼女が望むにしても望まないにしても、彼女の体が望む悦楽を彼女に与える必要があった。
 まるで、己がアストリウスだった時の繰り返しだ。

 シルフィは健気で、愛らしく、リリスの記憶は失われていた──いや、魔力と共に心の奥に封じられていたが、リリスによく似ていた。

 リュクシアスは幸せだった。だが同時に苛立ってもいた。
 これほど、愛しているのに。これほど彼女を求めているのに。こんなに待ち続けていたのに。

 かつてリリスは自分以外の誰かに抱かれ、シルフィはその夢を見ている。
 お前など不要だと言われているようで、愛と憎しみと執着が肥大していくのを感じていた。

 忘れさせたい。何もかもを忘れさせて、己のものにしたい。
 ほかの誰も、見られなくなるように。
 被虐の印が飢えを訴えなくなるほどに彼女を満たして、自分のものに。
 リュクシアスはそれだけを考えていた。

 贄として捧げたファウストもまた魂の流転をしていたことは誤算だったが──。
 今は、もう昔とは違う。

 些細なことで血は流さない。それはシルフィのためだ。
 五百年前とは違い、王国は平和だ。

 血も争いも。人を殺してもどうとも思わない自分も。全て、封じこめておかなくてはと思っていた。

 だというのに──。

 ファウストは余計なことをした。子供たちを扇動し、シルフィの封印を解いたのだ。
 殺してしまってもいい。殺すべきだ。邪魔なものは全て、殺してしまえ。

「お願いです、リウス様。これ以上は、もう、いけません……」

 涙ながらにシルフィが訴えるから、リュクシアスの殺意は咲いた花がしぼむように、するすると消えていった。


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