麗しの王太子殿下の独占欲

束原ミヤコ

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支配と隷属



 ◆

 お願いだ、やめて欲しいとシルフィはリュクシアスに訴えた。
 
 シルフィがリリスであったとき、人の血など飽きるほどに見てきた。
 それは人の血だけではない、自分の血も同様だ。

 だからこそ、もう見たくない。リリスの記憶はあるものの、シルフィはリリスではない。リュクシアスによって恐慌状態から脱した今、その境界がはっきりとわかる。争いなどはない世界で生きてきたシルフィには、目の前の光景は耐え難い。

「お優しいことだ、リリス様。お久しぶりですね。私のことを思い出してくださいましたか? かつて私はあなたの心や体を慰めた。あなたは私に縋り、愛してほしいと泣きました。甘美で懐かしい記憶だ。覚えていますか、リリス様。あなたは愛する男に捨てられて、私に何度も抱かれたのです」
「……っ、覚えて、います」

 肩からぼたぼたと血を流しているファウストの言葉に、脳が揺さぶられるかのようだった。
 シルフィは震える声で、絞り出すように言う。
 一度は枯れたリュクシアスの殺意が空気に満ちるのを感じて、シルフィは彼の体に腕を回す。

「それは……でも、過去、のことです。私は、あの時の私ではない。あなたも、違う。私は、私は……」

 シルフィの手の甲の花が、赤く輝く。
 魔法の使い方を、覚えている。リリスは卓越した魔女だった。本気を出せば一国を手中におさめることもたやすかっただろう。だがそれをしなかったのだ。
 養父に拾われ、アストリウスに愛された。だからこそ、リリスは破滅的な人生を歩まなくてすんだのだ。
 それも、アストリウスの愛情を失ってしまったときに、終わりを告げてしまったのだが。

「私は……あなたが、大嫌いです。それに、あなたも、あなたも。大嫌い。私が望むことを、私のために行ってくれていたのは、リュクシアス様だけ。だから、邪魔をしないで」

 シルフィが魔法を構築しようとする前に、リュクシアスに手をつながれる。
 彼は嬉しそうに微笑むと、目を細めた。
 
「嬉しいよ、フィー。君の望むままに、君の望むことをしてあげる。君は何もしなくていい。ただ私の腕の中にいてくれさえしたら、それでいい」

 かつてシルフィが幼いころに、リュクシアスのために何ができるのかと彼に聞いたことがある。
 リュクシアスは「何もしなくていい。傍にいてくれたらそれでいい」と言ったのだ。
 あれは、彼の本心だった。
 リュクシアスは、何もかもが完璧で、一人でなんでも行うことができる。
 誰の力も、誰の助けも必要としていない。そしてその力は、シルフィを愛するため、ただ一つの目的にのみ使用されている。
 これほどの愛情を向けられて、どうして拒絶をできるのだろう。
 シルフィはリュクシアスの背に腕を回して、きつく抱き着いた。
 まるで物語に出てくる姫君のように「リュア、助けて」と呟いた。
 あるいはそれは、男を誘惑する残酷な魔女のようだったかもしれない。

 リュクシアスの手から伸びた茨の蔓が、茫然とその場に座り込んでいるアクアやジェズ、そしてファウストの首に巻き付いた。
 その首に、隷属の証が現れる。アクアとジェズは一瞬訝し気に眉を寄せたが、次の瞬間には何もかもを忘れたように不思議そうな顔で周囲をきょろきょろと見渡した。

「まだ、十数年しか生きていない愚鈍な子供たちの罪は、許そう。何もかもを忘れて、私に従うといい。ここでは何も起こらなかったし、お前たちは何もしらない。さぁ、いい子だから、帰りなさい」
「はい、おおせのままに」
「ここは、どこだろう……早く、帰らないと」

 アクアは立ち上がり、優雅にスカートを摘まんで礼をした。
 ジェズは頭をかきながら首をひねり、小屋の入口を開けて外に出て行った。

「ファウスト、お前からは意識を奪わない。それほどまでに罰が欲しいのならば、死ぬまで私のために働くといい。以前のお前は……俺を恨んでいたのだろうが、今はそれもないのだろう。ただの、愉快犯だ。今更リリスへの愛に気づいても遅い。リリスは……シルフィは俺のものだ」
「ご冗談を。私は誰のことも愛してなどいませんよ。ただ、退屈だっただけです。あなたのせいで二度も生きる羽目になったのですからね、アストリウス」
「好きな相手を虐めたいと考えるのは、子供と同じだろう」
「それはあなたもでしょう。あなたがシルフィ様をいじめるから、こんなことになったのですよ」
「私のお姫様は、虐められるのが好きなんだよ。そうだね、フィー」

 そうなのだろうか。
 そうなのかもしれないと思いながら、シルフィはこくんと頷いた。
 
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