冬の水葬

束原ミヤコ

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遅刻、再会、満員電車

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 中学時代でさえ、遅刻ぎりぎりで登校していた私である。
 更に遠い場所にある高校に通うためには当然もっと早起きしなくてはならず、私は自分が信用できなかったから、起きるべき時間よりも三十分早くアラームを設定しておいた。

 けたたましく鳴り響く携帯電話のアラームを消して時刻を確認する。
 液晶画面をちらりと見たら、六時だった。
 「なんだ、まだ六時じゃない」と呟いて、私は二度寝した。
 そう。
 昨日の夜の己の行動を、すっかり忘れていたのだ。

「……七瀬ちゃん、いつまで寝ているの? 今日から学校じゃないの?」

 私に似てのんびりした性格のお母さんの間延びした声が、部屋に響く。
 悪魔のように気持ちの良いベッドからはっとして体を起こすと、壁掛け時計はすでに七時を示していた。
 電車に乗らなければいけない時刻は、七時十五分。

「遅刻しちゃう……!」

 私は青ざめながら、クローゼットにかけてあった制服に急いで着替えた。
 パジャマを脱ぎ散らかして、指定の紺の靴下をはく。
 プリーツスカートを腰まで引き上げて、ホックをとめて、チャックをあげようとした。
 焦れば焦るほどに、チャックに布が引っかかってしまい上がらない。
 わたわたしている私を、お母さんは「あらあら」みたいな顔をしながら、にこにこ見つめている。

「七瀬ちゃん、お弁当、鞄に入っているのと、電車代も三千円分カードにチャージしてあるからね。教科書は準備できている?」

「大丈夫、ありがとうお母さん!」

 ブラウスのボタンを閉じて、上からばさりとブレザーを羽織る。
 首のリボンは着脱式で、ブラウスの襟の奥のボタンに引っかけるタイプだけれど、そんな時間はない。
 私はリボンと鞄を掴んで、歯磨きだけ洗面所に駆け込んで済ませると、ローファーを履いて家から飛び出した。
 駅までは、歩いて二十分はかかる。
 だから本当は、六時半から準備をして、六時五十分には家を出ようと思っていた。
 朝ご飯を食べる時間は、睡眠に回すつもりだった。
 もうこうなると、朝ご飯を抜く抜かないの問題じゃない。

「電車、一本ぐらいなら遅れても大丈夫だと思うけど……、でも、でも」

 結ぶのが面倒だという理由で、髪の毛は短くしている。
 元々かなり癖のある髪なので、襟元で切りそろえると黒い髪がふわふわと跳ねる。
 とかしている時間もなかったから、私の頭は今トイプードルみたいになっている気がする。
 無事に電車に乗ることができたら、なんとかすれば良い。

 駅まで、プリーツスカートを足に纏わり付かせながら、私は走った。
 勉強は苦手だけれど運動は好きだったから、走るのも結構得意だったりする。
 中学時代は陸上部に入っていた。
 けれど、どうにもあの、体育教師の熱血指導みたいなものとソリが合わなくて、すぐにやめた。
 それでも一瞬入っていた陸上部の経験が、今ここで生かされている。
 何事も経験である。

 駅に駆け込んで、改札を抜けて階段を駆け上がる。
 時刻は七時十四分。
 駅のホームにはすでに電車が到着していて、同じ制服を着た背の高い男子生徒が一人だけ、電車の扉の前に立っていた。

 私に向かって、おいで、というように、手招きしている。
 なんだかよく分からないまま駆け寄ると、手招きしていたのは凪先輩だった。
 中学時代よりも大人びているけれど――ハスミちゃんだ。

 立ち止まった私が何か言う前に、凪先輩は私の手を掴むと、電車に乗った。
 乗車と同時ぐらいに、出発を告げるメロディが駅構内に流れる。
 注意を促す放送とともに、電車の扉がしまっていく。

「七瀬。良かった、間に合ったな」

「……ん」

 ずっと走ってきたから、声が出せない。
 小さく相槌をうちながら、私は電車の扉を背にしてはーはーと息を整えていた。
 朝の電車はかなり混んでいる。
 ぎりぎりに乗った私たちには座る場所なんてなくて、それどころか満員ぎちぎちの中に無理矢理身を投じたぐらいの勢いだったので、身動きができないぐらいに狭い。

 伏せていた目を上げると、私の目の前に凪先輩が立っている。
 私よりも頭一つ分ぐらい大きな凪先輩は、私の寄りかかっている電車の扉に片手をつくようにして、私と向かい合っていた。

(……い、一年ぶりに会ったのに、近すぎない……?)

 電車が満員で狭いから仕方ないのだけれど、体が密着して、呼吸が触れあうぐらいに近い。
 私は絶望的な気持ちになった。
 折角ずっと好きだった人に再会できたのに。
 髪の毛はぐちゃぐちゃで、制服もぐちゃぐちゃなんて、最悪すぎる。
 寝坊した私が悪いのだけれど。

 
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