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エステランドでの日々
しおりを挟む退屈な街ですごす、退屈な日々がはじまった。
エステランドには何もない。
あれほどの――惨事が王城では起こったばかりだというのに、ここに住む人々は実に平和な顔で日々を過ごしている。
国のあらゆる情勢からは隔絶されたような場所だ。
エステランドの屋敷に移り住んで数日、苛立ちばかりが募った。
早く、ミランティス家に戻りたい。いつ――ローラウド帝国が攻めてくるか分からないのだ。
そうしたら、両親の仇を討てる。
だがまだ足りない。兵を増やし、戦に備えなくてはいけない。
戦えるように、俺も強くならなくては。
そんなことばかりを考えていた。
サフォンの話では、俺の身分は誰にも告げていないらしい。
万が一にでも情報が洩れてしまえば、ミランティス家に主が不在なことが知られてしまう。
すでに祖父母は亡くなっていたが、父の代から他の親族とは不仲だ。
今更――疎遠になったものを、関わりを持つべきではないと家の者たちは判断している。
それは、俺も同様に思う。
かつて親族たちは、母を子を産めない役立たずと罵ったのだ。
顔を合わせたことはないが、そのような罵倒を平然とできるぐらいには、底の浅い人間たちなのだろう。
エステランドの街はずれの屋敷で、時折、窓から外を眺めた。
窓からは清廉な川や、雪に覆われた山脈、バルコニーで遊ぶ鳥やリスなどを見ることができる。
「退屈そうですね、ダンテ様」
俺と共に屋敷で過ごしているサフォンが言う。
声は未だに出る様子はないので、黙ってうなずいた。
必要ならば筆談をすることはあるが、日常的には行っていない。
そこまで言うべきことも、言わなくてはいけないこともないからだ。
「エステランドの方々は、日々の仕事をするだけで精一杯です。中央からの情報もさほど入ってきません。領主であるエステランド伯爵でさえ、鍬を持ち畑を耕すのですから」
サフォンはミランティス家の兵士長の息子である。
細身だが背が高く剣の腕は確かだ。今は俺の護衛として、それから剣の師として働いてくれている。
サフォンとの調練は欠かさず行っているが、エステランドに来てからは「何もしないほうがいい。当然、剣も持ってはいけません」と、それも止められていた。
退屈を紛らわすために、屋敷の書庫で本を読む俺に、サフォンは話しかける。
「伯爵がそんなことを――と、お思いかもしれませんが、もともと兵士とは、農夫です。今でこそ騎士は、騎士として働いていますが、かつて騎士などという立場の者はいなかったのです。人々は皆狩猟をし、農地を耕し生きてきました。農地を守るために鍬を剣や槍に持ち替えて戦った者たちが、領土を争う兵士となったのですよ」
それは知っていると頷いた。
伯爵が畑を耕しているというのは驚きではあるが、別に農夫を馬鹿にしているわけではない。
いや――本当に、そうだろうか。
俺はここにきてから、エステランドの人々を平和な顔で畑の世話や動物の世話ばかりしている――と、嘲るようなことを考えていた。
焦りと苛立ちがあったとはいえ、それは無礼な考えかただろう。
サフォンは俺がそのように考えていることに気づいていたのかもしれない。
俺は読んでいた本を閉じると、もう一度頷いた。
きちんと理解したと示すためだ。
「エステランドは街こそ小さいですが、広大な農地や牧草地は、国中に恩恵をもたらしています。戦もそうです。食料がなければ人は生きられず、兵糧が尽きれば兵は戦えません。ローラウドには肥沃な土地がない。我が国にはある。これは、大きな差です」
クオンツはそのようなことを言っていた。
枯れた土地に住む人々を守るために、周辺諸国を平定したというようなことを。
ヴァルディアは恵まれているのだろう。
「ダンテ様、たまには外に出てみてはいかがですか。外の空気は、ミランティス領よりも美味しいような気がしますよ」
空気に味などないだろう。
そう思ったが、エステランドの人々に対する内心の嘲りを見透かされているようで間が悪く、サフォンに促されるままに館から出た。
サフォンは護衛としてついてくると言ったが、断った。
それならつかず離れずの位置にいるというので、外に出た俺はまず、サフォンから逃げることにした。
ミランティス公爵の身分を継いでいる俺を一人にするなど、サフォンにとってはあり得ないことだったのだろう。
だが、この街の子供たちは一人でうろうろと遊んでいる。
遊んでいるのか働いているのかは分からないが、いずれにしても俺と同年代の子供たちは親から離れている。
アヒルやらニワトリやら、ウサギやらを追いかけたり、魚を釣ったり、畑を耕したり水を汲んだりしているのだ。
俺は、そんなことはしたことがない。
同年代の子供たちが働いているのに俺は何もせず、その上サフォンを連れ歩くのは、恥ずかしい気がした。
物陰に隠れたり、走ったりを繰り返して、サフォンから逃げることに成功した俺は、街の奥へと向かった。
街にいると目立つのだ。
人が少ないせいだろう、よそ者は目立つ。
皆が話しかけるかどうしようか迷うようにちらちらとこちらを見てくるのが、居心地が悪かった。
話しかけられてもどうせ、答えられない。
そうなると、今度は言葉を話せない理由を説明しなくてはいけなくなる。
それはとても、面倒だった。
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