君を愛さない……こともないような、そうでもないようなって、どっちなんですか旦那様!?~氷の軍神は羊飼い令嬢を溺愛する~

束原ミヤコ

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運命と出会う 1

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 ヴァイオリンを弾いていた愛らしい少女は、「あ!」と驚いたように言って俺に駆け寄ってきた。

 少女につられるようにして、子犬やウサギや子羊たちが駆けてくる。
 リスが少女の腕から肩に軽やかに登って、それから頭の上で落ち着いた。

 リスを頭に乗せた少女を見るのもはじめてだった。
 やはりここは現実ではなく異界ではないのだろうか。

 少女は、異界に訪問した客人を案内する女神の御使いのようだ。
 ふわりとしたミルクティー色の髪が、走るたびに跳ねる。
 優しい風が吹いて、草花をゆらした。

 かすかな甘い香りが鼻腔をくすぐる。匂いを感じたのも──おそらく、あの日以来だ。

 鼻の奥に、あの日から髪を燃やしたような匂いがこびりついていて、離れなかった。

 それなのに、今は風の柔らかさも、草木の青々とした匂いも、花の──いや、少女の髪から香る甘い香りも感じることができる。

 片手にヴァイオリンの弓を、片手にヴァイオリンを持ったまま俺のすぐ目の前まで走ってきた少女は、まじまじと俺の顔を見つめる。
 視線は、俺よりもやや上にある。
 何故か、背が低いことがいつも以上に嫌だと思った。

「お父様から聞いています、心臓が悪くて静養に来ているという、男の子ですね! 心臓が悪いのに、こんな丘の上まで登ってきたのですか? 森の道も、かなり長かったでしょう? 大丈夫ですか?」

 矢継ぎ早に質問されて、言葉が出てこない。
 言葉はもともと出てこないのだが、それをはじめて不自由だと感じた。
 
 あまり、気にしていなかった。そのうち声も出るだろうと考えていた。
 筆談はできるし、無駄話はもともとあまりしない。

 家人たちは気に病んでいたが、当事者である俺はさして苦しいとも辛いとも思っていなかったのだ。
 だが、今は。
 少女に返答ができないことが、恥ずかしい。

「あっ、ごめんなさい。自己紹介もしていませんでした。私はディジーといいます。この子たちは、羊と、ウサギと、子犬と、リスです」

 自分の周りに集まる動物たちを撫でながら、少女は俺に紹介をしてくれる。
 犬やウサギなどは見ればわかるのだが。

 少女はディジーという名前なのかと、心の中で何度も繰り返した。

「それで、私はヴァイオリンの練習をしにここまできていて。家のそばで弾くと、家族に聞かれてしまうので、恥ずかしかったのです。まだ、練習中で、上手に弾けませんから」

 先ほどから俺は一切返事をしていないのだが、ディジーはごく自然に会話を続けてくれる。
 俺の中に凝っている声を探すようにして、鳶色の瞳がじっと俺の目を見つめている。
 思わずそらしてしまうと、ディジーは目をしばたかせて、それから柔和に微笑んだ。

「ここまで歩いて、疲れませんでしたか? 少し座りましょうか。お花の絨毯はふかふかで、座り心地がいいのですよ。あっ、でも、高貴な身分の方だとお父様はおっしゃっていましたから、よくないことでしょうか」

 俺は首を振り、ディジーよりも先に花畑の中に座った。

 地べたに座ったことはないが、サフォンとの鍛錬中に剣を弾き飛ばされて、ついでに体も弾き飛ばされたことなら何度もある。
 地面はじゃりじゃりしていて硬いが、ディジーのいうように花畑の上は絨毯のように柔らかかった。

「エステランドは、今は春ですから、暖かいのです。お花畑で休憩日和ですね。冬となると、こうはいきません。いい時期にいらっしゃいました。エステランドを気に入ってくれると、私はとても嬉しいです」

 ディジーもちょこんと俺の隣に座り、一言も話さない俺の顔を再び覗き込んで、にこにこ笑っている。
 何故、微笑んでくれるのだろう。
 ヴァイオリンを弾いている彼女を盗み見して、それから会話すらまともにしようとしない俺に。

 ディジーが座ると、子犬たちがその体を撫でろと言ってつついた。
 困ったように笑いながら「今は手が塞がっているのですよ」とディジーは言った。

「あの、私は、もう少し練習をしようと思うのですが……でも、もしかして道に迷っていますか? それでしたら、街まで送って行きましょうか」

 もう一度演奏が聴けるのだと思うと、期待に胸が震える。
 しかし、ディジーは「もう歩けないのでしょうか。そうしたら、大人を呼びに行ってきますよ」と、心配そうに続ける。
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