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しおりを挟むいつからだろう。
カティという愛称から、彼だけがローナと呼ぶようになったのは。
ライリーからリーと呼ぶようになったのも同じ日だったけど。
「だけど、リー。私なんて……」
「ローナ、愛しているよ。ずっと君を愛していた」
いつも誠実なライナスは嘘をついたことがない。
もしかしたら小さな優しい嘘はあるかもしれないけれど、いつもより緊張した面持ちでカトリオーナを見つめていた。
「私も……ずっと支えてくれたリーのことを、愛しています」
ほっとした表情のライナスが、腕を伸ばして抱きしめる。
最初はカチカチになって呼吸さえ満足にできなかったけど、彼が何度も現実だよな、とつぶやくから吹き出してしまった。
いつもの落ち着いた様子とは全然違うのだもの。
「ひどいな、ローナ。笑うなんて……すごく緊張した。いや、今だってしている」
「ごめんなさい、私も緊張していて……なのにどうしてか笑いが込み上げてきて……幸せ」
おずおずと彼の背中に腕を回した。
大きな背中だから、思わず手をさまよわせる。
「ローナ」
大きく息を吐いたライナスが、顔をのぞき込んでそっと唇を寄せた。
いつもの挨拶程度なら、触れたらすぐ離れるのに、とどまったまま――。
「リー……?」
苦しくなってわずかに頭を引いて、問いかける。
「一生、大切にする。……ごめん、ありふれたことしか言えないけど本心だよ」
カトリオーナが返事をする前に深く唇が重なった。
この先を思わせるキスに、緊張が増して背中に回した腕に力がこもる。
「緊張する、多分、眠りに落ちるその時まで」
「そうかも……」
思わず顔を見合わせて笑ってしまう。
2人でいると、真剣な場面でもこうして笑ってしまうのはどうしてだろう。
でも、おかげで少し緊張がゆるんだ。
「ベッドに行こう」
その夜の間も、ぎこちなく固まってしまうカトリオーナを笑わせて、緊張をほぐしてくれた。
彼はとても優しくて、嫌な気持ちになんて少しもならない。
「きれいだよ、ローナ」
「恥ずかしいわ」
自分の体がとけてしまうみたいに熱くなって、怖くなって腕を伸ばすと抱きしめてたくさんキスしてくれた。
彼の優しい眼差しの奥に熱が灯っているのが見えて、好きという言葉が自然とこぼれ落ちる。
「好き、大好き」
「愛しているよ、ローナ」
彼とひとつになって、その尊さに涙があふれた。
何も知らなかった。
「……痛む?」
「いえ、まったく……」
慈しむような瞳に、愛されているのだと感じて胸の奥が震えた。
彼に腕を伸ばしてきつく抱きしめ合う。すごくしっくりする。
「リー、愛しているわ」
2人の間に燃え上がるような愛はなかったけれど、愛を交わしたことでより絆が深まったように思う。
行為の後ものんびり抱きしめられたまま、時々唇を合わせた。
カトリオーナが身じろぎすると、ライナスがお互いのおさまりがいいように抱きしめ直す。
ずっと離したくないと言われているみたいで嬉しい。
胸に顔を押し当てていると頭の上にキスを落とすし、顔を上げると額や唇にキスしてくる。
幸せすぎて顔が緩んでしまいそう。
「ローナ、好きだ」
こんなに甘い人だと思わなくて、身体は気だるいけれど、とても満たされている。
ライナスと結婚してよかった。
あの時、父が話を強引に進めてしまって、ライナスも断らなかったことに感謝してしまう。
だけど――。
「……ライナスは私なんかのどこを好きになったの?」
ふと疑問に思ってしまった。
悪いところばかり彼に見せてきたと思うから。
「……社交界にデビューした後、一度だけ踊ったことは覚えている?」
「…………はい」
でも、印象に残っていなくて、それ以上答えられない。
「きらきらして可愛かった。あとね、私なんかとか、私なんて、とか言ってほしくない。私の妻は最高に可愛い」
「…………ありがとう」
あの当時、デビューしたことに舞い上がっていて、記憶もあいまい。
ダンスカードにたくさん名前を書いてもらったし、早く貴族の顔と名前を覚えなくては、と心に余裕がなかった。
「ちゃんと覚えてなくてごめんなさい」
「いや、いいんだ。私が覚えているから。それにこれから先も踊ってくれる?」
「はい、もちろん」
約束するように唇を重ねる。
そのまま彼の腕の中で、力強い鼓動を聞きながら眠った。
間もなくカトリオーナは子どもを授かり、ライナスだけでなくレジナルドもとても喜んだ。
2人の子どもを同じように愛せるか不安で複雑な気持ちを抱えながらも、今回も周りからのサポートがあったから、幸せな気持ちで出産に挑む。
精神的な余裕があったからか、2度目だからなのかあっという間に産まれた。
「ローナ、産んでくれてありがとう。とても可愛い男の子だ」
ライナスが嬉しそうに笑い、赤ん坊をそっと抱き上げる。
夫と同じ色合いの息子もとても愛おしい。
ほんの少しレジナルドの時を思い出して罪悪感を感じるけれど、今ではどちらも愛しい我が子。
レジナルドは毎朝、早起きして弟の様子をのぞくようになった。
「おはよう。ぼく、レジナルド。にいにだよ……いつになったら、おなまえ、よんでくれるかなぁ?」
「そうね、どのくらいかしら……? 毎日話しかけたら覚えるのも早いかもしれないわね」
カトリオーナの言葉にレジナルドがすぐにどこかへ飛び出した。
慌てて侍女が追いかける。
それからすぐに一冊の絵本を持って笑顔で現れた。
「これ、だいすきなほんだから、よんで! すぐに、はなせるようになるかも!」
キラキラした瞳で見上げてきた。
「わかったわ」
レジナルドは素直でまっすぐで、すくすく育っている。
カトリオーナは腕を広げて長男を呼んだ。
ちらりと弟と父親の顔を交互に見てから、ぎゅっと抱きついてくる。
もしかして幼いなりに気を遣わせて、我慢させていたのかも。
産まれたばかりの弟と比べて成長を感じていたし、ずいぶんと重くなったけど、まだまだ子ども。
安心したように息を吐くのも、愛おしい。
「たまには膝の上で読みましょうか」
「…………はい」
はにかんだ笑顔が可愛くて胸がいっぱいになる。
「おとうとにも、きこえるかなぁ?」
「私が抱っこするよ」
ライナスが赤ん坊を抱き上げてそばに座る。
それを見てレジナルドが嬉しそうに笑った。
「おかあさま、よんで!」
こんなに幸せな時間が持てるなんて4年前には思わなかった。
泣きそうになって、大きく息を吐いてから、本を開く。
カトリオーナはさらに2人の子どもを産んで平穏な生活が続いた――。
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