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8 (終)
しおりを挟む「……キャット、少し話がしたい」
その日、カトリオーナは一人で買い物に出ていた。
次のお茶会のために新しく仕立てたドレスの調整。
新しい染料で染めた布地を使ったから、とてもいい宣伝になるだろう。
そんなウキウキした気持ちに水を差す人物。
ジョン・ジョー・ポップ。
なれなれしい呼び名に、思わず眉をひそめてしまった。
「……お久しぶりね」
「君に聞きたいことがある」
ジョン・ジョーは会社が破産してから色々と精算に追われているようで、目の下の隈がひどく、昔と違ってずい分と白髪が増えた。
くたびれた、というのが今の印象。
レジナルドが16歳になるのだから、お互いに歳を重ねたものだと思う。
「少しだけ、時間が欲しい」
こちらに話したいことなどない。だけどこのまま立ち話をして目立ちたくなどないから、近くのティールームに入った。
融資でも望んでいるのかもしれない。
堅実に商売して大きくなった商会の会頭ライナスの妻に、事業に失敗したジョン・ジョーが取り入ろうとしているのかも。
今さらなびくわけがないのだけど。
ライナスの手を煩わせたくないから仕方ない。
商会を引き継いだ夫は今、とても忙しいのだから。
「今まですまなかった。君を疑ったことをとても後悔している」
「…………」
その話題に触れるとは思わなかったから驚く。
「……君が一緒にいたのは……あれは俺の息子か? 時計屋から出てくるのを見たんだが、こちらも忙しくてすぐに行動できなかった」
彼が呼び止めたのは、金のためではなかったの?
レジナルドと一緒にいたところを見られていたとは思わなかったけど、確かに彼と見た目は似ているから気づいたのかもしれない。
何年も寄宿学校に入っていた息子は周りに今の顔を知られていなかった。同じように思う人がいるかもしれないけれど、息子はすでにこの国にはいない。
しばらく帰ってくることはできないし、安全な場所にいる。
「君も知っているだろうが、俺は今すべてを失ってしまった。だが、血のつながった息子がいるとわかってから、考えが変わったんだ。家族のためならもうひと踏ん張りできる。借金の返済だって、新しい事業を始めればうまくいくはずだ。だから息子と一緒に暮らしたい」
ジョン・ジョーは自分の力で財を築いた。商才はあるのだろう。
それに男爵位を持っている。
でも、融資してくれる相手なんて現れる?
彼は数多くの既婚女性にも手を出していて、資金力のある夫たちが手を貸すとも思えなかった。
父はすでに仕事仲間に取引しないよう根回しをしていたらしいし、ライナスも関わっただろう。
兄だって社交界で何もしなかったとは思えない。ジョン・ジョーが夜会に顔を出さなかったのではなくて、招待状を送る貴族が減ったのだと後から知った。
一代限りの男爵位があったって、売れもしないし名ばかりで少しも役に立たない。
カトリオーナはレジナルドを巻き込みたくなかった。
聡い子だから、実の父親の話は伝えてある。
愛する人との間に授かったが、考えの違いから決別したと。
客観的に伝えたし、その場にいたライナスが血のつながりはなくても実の息子だ力強く言った。
おかけでレジナルドは曲がることなく育ったのだと思っている。
カトリオーナはすぅ、と息を吸った。
「違います、あなたの子どもではありません。私と最愛の夫、ライナスの子どもよ。それに……あなたが見たという彼は、この国を出ていったわ」
「は⁉︎ 仕返しのつもりか? 話したい。迷惑をかけるつもりはないんだ! あの時は本当にすまなかった、俺も若かったんだよ」
ジョン・ジョーはカトリオーナの言葉を信じていない。
カトリオーナだって彼のことなど信じることはできないのだけど。
「……私は学生で18だった」
彼の後悔の浮かぶ顔をじっと見た。
「あの子は私と夫の子どもよ」
時間を戻すことはできない。
ライナスを尊敬しているレジナルドが、連絡をとりたがるとも思えなかった。
「もう一度俺とやり直せないか……? 好きだったんだ……」
あの頃の純粋なカトリオーナなどもういないのに。
「馬鹿なこと言わないで。私は今の夫、ライナスを心の底から愛しているわ。彼とは長い時間をかけて信頼を積み重ねてここまでやってきたの。ありえないわ」
口を開きかけたジョン・ジョーに話す隙を与えず、話し続ける。
「……私、4人の子どもがいるのだけど、どの子もとても可愛いの」
彼が今さら家族ごっこがしたくなるなんて思わなかったから、呆れてしまう。
「夫と子どもたちに恵まれて幸せよ」
「…………」
さっきから彼はずっと黙ったまま。
これ以上お互いに話すことなど何もない。
カトリオーナはため息をこらえて立ち上がった。
「さようなら」
「…………」
ジョン・ジョーがレジナルドを見つけることはできるだろうか。
両親は口を開かないだろうし、当時を知る使用人たちは口が堅い。
侯爵家だって、きっとレジナルドの背景を調べた上で留学を勧めたのだろうし、彼に何かあれば黙っていないだろう。
運良く辿り着いたところで、レジナルドの通う閉ざされた寄宿学校は部外者に厳しい。
大事な生徒を守ることでも有名だから。
留学先だって同じ。
またレジナルドがこの国に戻って来る頃には立派になっているはずだから、彼自身も十分対応できるだろうけど、念のため対策は練ってもいいのかもしれない。
だけど、これ以上ジョン・ジョーが近づいてこない気がする。
カトリオーナは馬車に乗り込み、ようやく息をついた。
きれいに整えられた屋敷の前庭を見てホッとする。一瞬で気持ちが切り替わるのを感じた。
玄関に入ると、優しくて暖かい匂いに包まれる。
「お母さま、おかえりなさいませ!」
子どもたちがカトリオーナの姿を見つけて駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
「見てください! お母さま、上手にかけたでしょう?」
つたないけれど、笑顔を浮かべる家族の絵。
「とても上手に描けたのね」
「ぼくのも見てください!」
キラキラした目でカトリオーナを見上げる。こちらは紙いっぱいの海。青空かと思ったけれど、小舟で気づいた。
「……綺麗ね。とても色使いがいいわ」
「わたしはけえきの、え」
「とてもおいしそう。明日のティータイムに作ってもらいましょうか」
そう言うと、どのケーキが食べたいかそれぞれが話し出した。
食べたいものが違うから中々決まらない。
そうして子どもたちに囲まれていると、仕事を終えたライナスが顔を出す。
「楽しそうだね」
しばらくみんなでおしゃべりをした後、子どもたちが大作を描くのだと張り切って戻っていった。
明日のティータイムはチョコレートファッジケーキ。
今から子どもたちの笑顔が目に浮かぶ。
カトリオーナは愛する夫の胸に体を預けた。
今日はとても疲れたけれど、夫に抱きしめられるとほっとして嫌なことも忘れてしまう。
「何かあった?」
ライナスが労わるように額にキスを落とした。
「あのね……」
信頼する夫を見上げて話し出す。
これからも愛しい家族とともに過ごせることをカトリオーナは心の底から感謝した。
終
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お読みくださり、ありがとうございました。
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ジョン・ジョーって本当にお馬鹿さんですよね(๑˃▿︎˂๑)))
女学生で貴族のお嬢様に手を出すってまともな大人ならやらないですし、全部自分でぶち壊しておきながら、都合のいいこと言ってますもんね。
名無しさん。さま、スカッとする感想にこちらも楽しくなりました。
悪いことした人に何もなしはすっきりしないですし、因果応報とか自業自得とか好きなんですけど、とにかくざまぁが下手くそなんです(ノ≧︎ڡ≦︎)
堕ちていく過程ってそういえばあまり書いたことないかもしれません。
今後チャレンジしてみるのもアリですね。
名無しさん。さま、コメントありがとうございました🤗
通知を見落としており、本日一気読みをさせていただきました。
あんなことが、ありましたが。素敵な日々の中を歩めるようになって、本当によかったですよね。
愛する、そして大切な人に囲まれる毎日。
そちらがこの先も、ずっと続くように。自分も願い、祈っております……!
たくさん更新がある時はどんどん流れて私も気づかないことがありますよー!
ドウゾ(∩︎´。•o•。`)っ.゚🍉.゚
今回、始まりがかなり酷いので、いつまでも幸せに暮らしましたエンドを目標にしました♪
ハッピーエンドっていいですよね♡
柚木ゆずさま、コメントありがとうございました🤗
完結おめでとうございます🎉🎉🎉
わー✨嬉しいです(。•ㅅ•。)♡︎
じゃぁ、一緒に乾杯を♪
ドウゾ(∩︎´。•o•。`)っ.゚🍹.゚
HIROさま、コメントありがとうございました🤗