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すまない
しおりを挟む* アンベール視点
「すまなかった。……長年尽くしてくれたあなたを、辺境伯に下賜する」
目の前に立つのは、この国の王妃で私の妻、ジュスティーユ。
六年前に婚約者がいたのに無理やり妻にした元公爵令嬢で、私の従姉妹にあたる。
ゆるく波打つ美しい金色の髪を持ち、淡いブルーの瞳。この国で一番美しく、どの国の賓客を招いても感嘆の声を漏らす、自慢の妻だった。
外見が素晴らしいだけでなく、穏やかな気質で今だって怒りもせずわずかに顔を曇らせただけ。
「陛下……」
何か言いかけた彼女が、口を閉じて視線を下げた。
代わりに彼女の後ろに控えている侍女のクリステルが、私をきつく睨みつける。
王に対して無礼な態度だが、仕えている王妃に対してそれだけ忠誠があるということだし、何より彼女は私が愛する女性だった。
王妃の遠縁にあたるクリステルは、伯爵家の三女で王妃を慕ってやってきた。
初々しい笑顔と、はきはきした態度。一目見て恋に落ちたのを覚えている。
出会う順番が違ったら私は彼女に結婚を申し込んだと思う。
ジュスティーユに結婚を強制した時、私はまだ子どもで、恋も愛もわからなかった。
ただ、大好きな従姉妹が遠く辺境の地へ嫁ぐのが許せなくて初めて駄々をこねたのだ。
九歳で父を亡くし、宰相の助言を受けながら色々なことを学んできた。
お飾りの王として好き勝手にすることもできたのに、周りの者達は王として正しい行いができるよう今も支援してくれている。
最後まで王妃の父である公爵が反対したけれど、結局強引に結婚を押し進めた。
十歳で婚姻を結び、今まで白い結婚のまま。
心から愛する女性が近くにいるのに、ジュスティーユと共寝できなかった。
国民が今か今かと子供の誕生を待ち望んでいたというのに。
クリステルから見たら、王としての義務を放棄して、王妃を蔑ろにしているように見えただろう。
今、彼女は堅実な文官とつき合っているというから、己の立場を利用して想いを伝えるつもりも、手に入れるつもりもない。
人を本気で愛することを知ってしまったら、自分の感情ひとつでつながった縁を断ち切ることはいけないのだと気づいたから。
きっと私が愛する人と結ばれないのは、自らが侵した罪のせいなのだろう。
私の浅慮が招いた結果だと、自嘲めいた笑みを浮かべそうになってなんとか堪える。
王としても人間としても未熟なのはわかっているし、自分自身に対してもどかしくてたまらない。
早く、心が揺さぶられない大人になりたい。
「ジュスティーユ、荷物をまとめ次第、出立せよ。書状は先に辺境伯の元へ送った。……どうか、幸せになってほしい」
勝手なことを言っていると、わかっているから口の中が苦い。
ジュスティーユにはひどく辛い思いをさせてしまったと思う。
子供を産めない年上の王妃として陰口を叩かれたのに、国内外に対し堂々とした態度で彼女は自ら白い結婚であることを漏らさなかった。
すでに隣国から私と同じ歳の王女を迎え入れることとなっている。
和平の為という名目だったが、隣国はこちらの内情に明るくて一縷の望みにかけたのかもしれない。
我が国は王妃の子しか継承権を認めていないし、離婚は認められていない。
一部の力のある貴族から近親婚を理由に婚姻を白紙にするよう求められているし、そうなるという噂がすでに流れていた。
そして、そのままジュスティーユを寵姫、いわゆる愛人にすればいい、と。
無茶苦茶で腹立たしい。彼女はそんな扱いをしていい女性ではない。
王族だけに許された寵姫を持つこと。
父にも二人の寵姫がいたけれど、母である王妃を蹴落とそうと苛烈な争いがあった。
母が産んだのは亡くなった兄、私、十二歳の妹。
母も妹も今では静かに離宮で生活している。
私はジュスティーユと白い結婚であったことを明かして結婚をなかったことにし、元々婚約していた辺境伯のもとへ嫁がせることにした。
このことを発表する前に彼女が旅立てばいい。きっと、騒然とするだろうから。
辺境伯はずっと独身を貫いていて、数々の縁談を拒んできた……二人は幼い頃から決められた縁組だったが、それだけではなかったのだ。
とはいえ今さらとも言えるこの決断が正解なのかわからない。
あの日に戻れたら。
二人の人生を歪めてしまったという後ろめたい思いが、時々私を襲うのだ。
なんてことをしてしまったのだろう、と。
だが、彼女がいてくれたから私はここまでやってこれた。
過ぎたことだと開き直ることなんてできなくて、思考が同じところばかり巡る。
ジュスティーユがゆっくり顔を上げて、私を見つめた。
「……お世話になりました。陛下のご多幸をお祈りいたします。…………アンベール、時には息抜きも必要よ。あなたは、頑張りすぎだから。……これまで守ってくれてありがとう」
守られてきたのは私の方だった。
十六歳の今までずっと駆けてきた私のことを最後まで気遣う、姉のような人。
罵られる覚悟もあったのに。
本当なら幼い頃から結ばれていた相手との間に幾人か子どもが産まれていてもおかしくない歳まで縛りつけてしまった。
もっと早くに決断できればよかった、そう後悔が募る。
ごめんと、言おうとしたけれど飲み込んだ。
ジュスティーユは許してくれるかもしれないが、気持ちが楽になるのは私だけだろう。
図々しいけれどこれまでの日々を否定するのもいやだった。
「あなたがいてくれたから、これまでやってこれたんだ。本当に今までありがとう、ジュスティーユ」
彼女の手を取り、私は指先に口づけした。
もしかしたら、本当に淡い初恋だったのかもしれない。
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