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過去
王宮で
しおりを挟むアンベールがあんなことを言い出した後、お父様は、困ったことになったがしばらく息抜きだと思ってここでのんびりしていなさいと言った。
「早く帰って、レオに手紙を書きたかったの。それなら、ここから出そうかしら」
「……じゃあ、家から一式持ってくるから、私に直接渡してほしい。……他の者に頼むのはやめるように」
「はい、わかりました」
お父様がいつもより慎重な態度だから、私はそれに従う。
アンベールは相当拗らせてしまったのかもしれない。
まさか本当に私との結婚を議会で話し合っている、なんてことは……まさかね。
「もうすぐ帰れるから大人しく待っているように。静かにここにいれば陛下も落ち着くだろう……」
顔を出すのはお父様だけ。身の回りの世話は公爵家の侍女を連れてきてもらい、任せている。
二、三日もすれば帰れると思ったのに、ただ部屋に閉じ込もる日が続く。
外で何が起きているのかわからない。
それにアンベールは一度も、顔を出さなかった。
「絶対、文句を言う。……でも、寂しかったんだろうな……」
先代の王が老年になってアンベールが生まれたから、早く独り立ちできるように考えたのか厳しかった。
先の王妃は長男を不慮の事故で亡くしてから、刺々しい雰囲気になってしまったと思う。とても話しかけづらくなったから。
アルベールを出産後すぐに身体の弱い王女が生まれて、そちらばかり可愛がって母親との縁も薄いのだと思う。
私のお父様は先代の王と歳が離れた弟だけど、お母様の明るい性格もあるからか、我が公爵家はいつも明るい雰囲気だった。
政略結婚だというけれど仲もいいし、お兄様だって優しい。
それに、大好きなレオと結婚できる。
私はものすごく恵まれているのかもしれない。
「なんだか、アンベールのこと、怒れなくなったかも」
それでも、部屋に篭りきりになって一週間も経つと、だんだん不安になってくる。
その間、毎日レオに手紙を書き溜めた。
今度会ったらしたいこと、ダンスを踊って、薔薇を観て。それから一緒に食べたいもの、そろそろ旬を迎えるさくらんぼ。
レオの好きな果物だから、二人で摘んで食べるのも楽しいと思う。それにピクニック。
レオの好きなところを書き出したらいっぱいあって、端から一つずつ書いていく。
それから結婚式にしたいこと。
レオと結婚してから、したいこと。
王宮で閉じ籠もっているなんて、心配かけたくなくて一言も書かなかった。
たくさん綴って、まとめてお父様に渡す。
「…………」
「お父様、絶対渡してくださいね!」
「わかった……追加の便箋も持ってこよう」
その日のうちに届いた便箋に、今度は家族一人一人にも手紙を書き始めた。
こんな時じゃないと書けない、普段思っていることや感謝の気持ちを。
十日目になって、お父様の顔がいつも以上に曇っていることに気づいた。
「ジュスティーユ」
愛称ではなくて正式な名前で呼ばれたことに、不安が募る。
「婚約が、一旦白紙になった。……それと、ジュスティーユを王妃に据える動きがある。いや、もともとあったのだが、歳も離れているし、それもあってレアンドルと早々に婚約したんだが……ここに来て陛下の発言があったから……」
お父様のため息に、相当苦労されているのが見て取れる。
なんとなく、こんなに長く家に帰れないなんておかしいと感じていた。
まさか自分の身にこんなことが起こるなんて。
私、今レオの婚約者じゃないんだ。
じわじわと悲しみが押し寄せる。
「……もう少しここで耐えてくれないか? もし、陛下がやってきても拗れるだろうから会わなくていい。気分が優れないとでも言えばいいから」
その後なんて答えたのか覚えていないけど、私はベッドに潜り込んでいて、いつの間にか朝を迎えていた。
泣き疲れて目蓋が重い。
時間が経てば経つほど、どうしてこうなったのか、どこで間違ったのか何度も繰り返しあの会話を思い出す。
ドレスの話も結婚の話も、浮かれて話さなければよかった。
それよりも王宮に顔を出さなければ良かったのかも。
お父様が言った通り、アンベールが会いに来たけど本当に具合が悪くて断った。
私が会いたいのはレオで。
レオの顔を見たら、元気になれると思う。
でもここにいない。
装飾の施されたロケットペンダントに忍ばせたレオの姿絵を見つめる。
なかなか会えないから、レオがお揃いで用意してくれたもので、いつでも身につけていた。
白紙の話を聞いてから、ペンダントを眺めてぼんやり過ごすことが増えた私に侍女が声をかける。
「ジュスティーユ様、湯浴みの準備ができました」
公爵家で働いて九年になる彼女がきてくれて本当によかったと思う。
あまり表情に出さず、一日の流れを大きく崩すことなく淡々と働く彼女に救われる。
もしも、年若い侍女に同情されたらもっとつらく感じただろうから。
「……ありがとう」
身体がさっぱりすると、頭の中もすっきりした。
泣き続けて腫れていた目蓋も、風呂と肌の手入れをしてもらった後は目立たなくなっている。
それから髪を乾かし、綺麗に結ってもらって改まったドレスを着た。
「旦那様がお待ちです」
今日も耐えてくれと言われるのだろうか。
もしかしたらお父様が、さぁ一緒に帰ろうと言ってくれるかもしれない。
いつものドレスじゃないもの。きっと……。
「ジュスティーユ」
そう呼ばれて、今日もいい報告ではないと悟った。
「すまない、王命が下った……王妃として召し上げられることとなった」
息が止まりそう。
お父様が、私をみつめる。
「陛下は十歳になったばかりだ、あと数年は白い結婚でいられるだろう……だから」
「いや。無理よ。……お父様の嘘つき」
どうして、なんで。
「親として力が足りず、すまない。お前にこんな苦労はさせたくなかったのに、情けない……」
「質の悪い冗談ね……嘘だって、言って……」
冗談はこれくらいにして家に帰ろう、って。
「……すまない」
「…………」
鼻の奥がツンとして、涙が溢れた。
あと半年で、大好きな人と結婚するはずだったのに。
「……もう、レオと結婚できないのね」
唇をぎゅっと噛む。
そうしないと、嫌だって叫んでしまいそう。
王命だなんて。
お父様が痛ましげな顔をして、ハンカチとともに手紙を差し出した。
「ジュジュ、諦めないでくれ。……これは、レアンデルからの手紙だ……人目につかないように処分するように」
レオの角ばった文字が目に入り、愛おしくて胸が苦しい。
手紙の上に涙が落ちて、染み込んでいく。
「すまない、なるべく早く解放してもらえるように考えるから」
どうして、どうしてと心が荒れ狂う。
だけど口から出る言葉は、それと違って。
「……はい、お父様」
「いっそのこと、悪妃になってもいい」
真面目な顔をして言うから、泣きながら笑ってしまった。
「できないわ……みんなに迷惑がかかるもの」
すでに書き終えていた家族に宛てた手紙とレオへの手紙をお父様に渡す。
これが最後だなんて思わなかったから、レオへはもっとたくさん大好きだと書いておけば良かった。
レオが恋しい気持ちを抱えたまま、私はその日、夢見る少女でいることをやめた。
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