5 / 10
過去
王宮で
しおりを挟むアンベールがあんなことを言い出した後、お父様は、困ったことになったがしばらく息抜きだと思ってここでのんびりしていなさいと言った。
「早く帰って、レオに手紙を書きたかったの。それなら、ここから出そうかしら」
「……じゃあ、家から一式持ってくるから、私に直接渡してほしい。……他の者に頼むのはやめるように」
「はい、わかりました」
お父様がいつもより慎重な態度だから、私はそれに従う。
アンベールは相当拗らせてしまったのかもしれない。
まさか本当に私との結婚を議会で話し合っている、なんてことは……まさかね。
「もうすぐ帰れるから大人しく待っているように。静かにここにいれば陛下も落ち着くだろう……」
顔を出すのはお父様だけ。身の回りの世話は公爵家の侍女を連れてきてもらい、任せている。
二、三日もすれば帰れると思ったのに、ただ部屋に閉じ込もる日が続く。
外で何が起きているのかわからない。
それにアンベールは一度も、顔を出さなかった。
「絶対、文句を言う。……でも、寂しかったんだろうな……」
先代の王が老年になってアンベールが生まれたから、早く独り立ちできるように考えたのか厳しかった。
先の王妃は長男を不慮の事故で亡くしてから、刺々しい雰囲気になってしまったと思う。とても話しかけづらくなったから。
アルベールを出産後すぐに身体の弱い王女が生まれて、そちらばかり可愛がって母親との縁も薄いのだと思う。
私のお父様は先代の王と歳が離れた弟だけど、お母様の明るい性格もあるからか、我が公爵家はいつも明るい雰囲気だった。
政略結婚だというけれど仲もいいし、お兄様だって優しい。
それに、大好きなレオと結婚できる。
私はものすごく恵まれているのかもしれない。
「なんだか、アンベールのこと、怒れなくなったかも」
それでも、部屋に篭りきりになって一週間も経つと、だんだん不安になってくる。
その間、毎日レオに手紙を書き溜めた。
今度会ったらしたいこと、ダンスを踊って、薔薇を観て。それから一緒に食べたいもの、そろそろ旬を迎えるさくらんぼ。
レオの好きな果物だから、二人で摘んで食べるのも楽しいと思う。それにピクニック。
レオの好きなところを書き出したらいっぱいあって、端から一つずつ書いていく。
それから結婚式にしたいこと。
レオと結婚してから、したいこと。
王宮で閉じ籠もっているなんて、心配かけたくなくて一言も書かなかった。
たくさん綴って、まとめてお父様に渡す。
「…………」
「お父様、絶対渡してくださいね!」
「わかった……追加の便箋も持ってこよう」
その日のうちに届いた便箋に、今度は家族一人一人にも手紙を書き始めた。
こんな時じゃないと書けない、普段思っていることや感謝の気持ちを。
十日目になって、お父様の顔がいつも以上に曇っていることに気づいた。
「ジュスティーユ」
愛称ではなくて正式な名前で呼ばれたことに、不安が募る。
「婚約が、一旦白紙になった。……それと、ジュスティーユを王妃に据える動きがある。いや、もともとあったのだが、歳も離れているし、それもあってレアンドルと早々に婚約したんだが……ここに来て陛下の発言があったから……」
お父様のため息に、相当苦労されているのが見て取れる。
なんとなく、こんなに長く家に帰れないなんておかしいと感じていた。
まさか自分の身にこんなことが起こるなんて。
私、今レオの婚約者じゃないんだ。
じわじわと悲しみが押し寄せる。
「……もう少しここで耐えてくれないか? もし、陛下がやってきても拗れるだろうから会わなくていい。気分が優れないとでも言えばいいから」
その後なんて答えたのか覚えていないけど、私はベッドに潜り込んでいて、いつの間にか朝を迎えていた。
泣き疲れて目蓋が重い。
時間が経てば経つほど、どうしてこうなったのか、どこで間違ったのか何度も繰り返しあの会話を思い出す。
ドレスの話も結婚の話も、浮かれて話さなければよかった。
それよりも王宮に顔を出さなければ良かったのかも。
お父様が言った通り、アンベールが会いに来たけど本当に具合が悪くて断った。
私が会いたいのはレオで。
レオの顔を見たら、元気になれると思う。
でもここにいない。
装飾の施されたロケットペンダントに忍ばせたレオの姿絵を見つめる。
なかなか会えないから、レオがお揃いで用意してくれたもので、いつでも身につけていた。
白紙の話を聞いてから、ペンダントを眺めてぼんやり過ごすことが増えた私に侍女が声をかける。
「ジュスティーユ様、湯浴みの準備ができました」
公爵家で働いて九年になる彼女がきてくれて本当によかったと思う。
あまり表情に出さず、一日の流れを大きく崩すことなく淡々と働く彼女に救われる。
もしも、年若い侍女に同情されたらもっとつらく感じただろうから。
「……ありがとう」
身体がさっぱりすると、頭の中もすっきりした。
泣き続けて腫れていた目蓋も、風呂と肌の手入れをしてもらった後は目立たなくなっている。
それから髪を乾かし、綺麗に結ってもらって改まったドレスを着た。
「旦那様がお待ちです」
今日も耐えてくれと言われるのだろうか。
もしかしたらお父様が、さぁ一緒に帰ろうと言ってくれるかもしれない。
いつものドレスじゃないもの。きっと……。
「ジュスティーユ」
そう呼ばれて、今日もいい報告ではないと悟った。
「すまない、王命が下った……王妃として召し上げられることとなった」
息が止まりそう。
お父様が、私をみつめる。
「陛下は十歳になったばかりだ、あと数年は白い結婚でいられるだろう……だから」
「いや。無理よ。……お父様の嘘つき」
どうして、なんで。
「親として力が足りず、すまない。お前にこんな苦労はさせたくなかったのに、情けない……」
「質の悪い冗談ね……嘘だって、言って……」
冗談はこれくらいにして家に帰ろう、って。
「……すまない」
「…………」
鼻の奥がツンとして、涙が溢れた。
あと半年で、大好きな人と結婚するはずだったのに。
「……もう、レオと結婚できないのね」
唇をぎゅっと噛む。
そうしないと、嫌だって叫んでしまいそう。
王命だなんて。
お父様が痛ましげな顔をして、ハンカチとともに手紙を差し出した。
「ジュジュ、諦めないでくれ。……これは、レアンデルからの手紙だ……人目につかないように処分するように」
レオの角ばった文字が目に入り、愛おしくて胸が苦しい。
手紙の上に涙が落ちて、染み込んでいく。
「すまない、なるべく早く解放してもらえるように考えるから」
どうして、どうしてと心が荒れ狂う。
だけど口から出る言葉は、それと違って。
「……はい、お父様」
「いっそのこと、悪妃になってもいい」
真面目な顔をして言うから、泣きながら笑ってしまった。
「できないわ……みんなに迷惑がかかるもの」
すでに書き終えていた家族に宛てた手紙とレオへの手紙をお父様に渡す。
これが最後だなんて思わなかったから、レオへはもっとたくさん大好きだと書いておけば良かった。
レオが恋しい気持ちを抱えたまま、私はその日、夢見る少女でいることをやめた。
1
あなたにおすすめの小説
私だけが愛して1度も笑ったことの無い夫が、死んだはずの息子を連れてもどってきた
まつめ
恋愛
夫はただの一度も私に笑いかけたことは無く、穏やかに夫婦の時間をもったこともない。魔法騎士団の、騎士団長を務める彼は、23年間の結婚生活のほとんどを戦地で過ごしている。22歳の息子の戦死の知らせが届く。けれど夫は元気な息子を連れて私の元に戻って来てくれた。
貴方の記憶が戻るまで
cyaru
恋愛
「君と結婚をしなくてはならなくなったのは人生最大の屈辱だ。私には恋人もいる。君を抱くことはない」
初夜、夫となったサミュエルにそう告げられたオフィーリア。
3年経ち、子が出来ていなければ離縁が出来る。
それを希望に間もなく2年半となる時、戦場でサミュエルが負傷したと連絡が入る。
大怪我を負ったサミュエルが目を覚ます‥‥喜んだ使用人達だが直ぐに落胆をした。
サミュエルは記憶を失っていたのだった。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※作者都合のご都合主義です。作者は外道なので気を付けてください(何に?‥いろいろ)
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
戦場から帰らぬ夫は、隣国の姫君に恋文を送っていました
Mag_Mel
恋愛
しばらく床に臥せていたエルマが久方ぶりに参加した祝宴で、隣国の姫君ルーシアは戦地にいるはずの夫ジェイミーの名を口にした。
「彼から恋文をもらっていますの」。
二年もの間、自分には便りひとつ届かなかったのに?
真実を確かめるため、エルマは姫君の茶会へと足を運ぶ。
そこで待っていたのは「身を引いて欲しい」と別れを迫る、ルーシアの取り巻きたちだった。
※小説家になろう様にも投稿しています
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新
【完結】愛する人はあの人の代わりに私を抱く
紬あおい
恋愛
年上の優しい婚約者は、叶わなかった過去の恋人の代わりに私を抱く。気付かない振りが我慢の限界を超えた時、私は………そして、愛する婚約者や家族達は………悔いのない人生を送れましたか?
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
初恋にケリをつけたい
志熊みゅう
恋愛
「初恋にケリをつけたかっただけなんだ」
そう言って、夫・クライブは、初恋だという未亡人と不倫した。そして彼女はクライブの子を身ごもったという。私グレースとクライブの結婚は確かに政略結婚だった。そこに燃えるような恋や愛はなくとも、20年の信頼と情はあると信じていた。だがそれは一瞬で崩れ去った。
「分かりました。私たち離婚しましょう、クライブ」
初恋とケリをつけたい男女の話。
☆小説家になろうの日間異世界(恋愛)ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18)
☆小説家になろうの日間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18)
☆小説家になろうの週間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/22)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる