約束を守れなかった私は、初恋の人を失いました

能登原あめ

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7 特別な男

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「シル、使者様が返事を急かしているぜ」
 
 ノックとともに扉が開いて、ずかずかと男が入ってきた。筋肉の塊みたいな彼はシルヴェーヌより一つ年上で魔獣討伐隊の指揮を任せているキノン侯爵家の騎士団長、マルソー。

「今書くわ」
 
 王家から書状には、色々書いてあるけれど、早く登城するようにとある。

「結婚しろって?」

 マルソーは遠慮なく踏み込んでくるけど裏表がないからつき合いやすい。
 シルヴェーヌが十八歳の時、魔獣討伐の時に起こった森林火災で父親を亡くし、母親はその亡骸を見て悲鳴をあげ領地を離れた。
 火災の被害は大きく、隣のエスム伯爵家は討伐隊のほとんどを失い、生き残った嫡男は全身に火傷を負ったという。

 でも火を放ったのは嫡男だという証言もあって、領地も爵位も国に奪われて、エスム伯爵夫人は嫡男と国外の縁戚を頼ろうと港町へ向かったらしい。
 けれど船に乗ることができず、薄汚い姿の夫人が港に立っていたとか噂もあったけれど調べていないしどうなったかわからない。
 
 シルヴェーヌは父親の手伝いはしていたものの、突然女侯爵となったから仕事が増えた。
 
 領地の経営だけじゃなく、火災によってキノン侯爵家の討伐隊の指揮官たちが亡くなって若者ばかり残ったため、討伐隊の編成も組み直して忙しい。シルヴェーヌも魔獣の討伐に参加した。
 最初は脚が震えてしまったけど、一体目の魔獣を倒した後は変な高揚感に飲まれてまずまずの出来だったと思う。

 おかげと言っていいのか、十年以上剣術の授業を一緒に受けた者たちと連帯感がうまれた。普段はキノン侯爵家の騎士団として警備や治安維持にあたり、シルヴェーヌとの接点も多い。
 
 その中から一番気の合ったマルソーに偽の婚約者となってもらい、婚期を延ばし長く王家の口出しをふせいでいた。
 事情を知っていて反対する者はいなかった。
 母親とは王都で知り合った子爵と再婚したという手紙が届いてからほぼ絶縁状態にある。

 幼い頃は口うるさかったのに、遠縁に爵位を譲って王都に来なければ縁を切るなんて言われても理解できなかったし実際そうされたようなもの。
 爵位を譲るなんて無責任なことはできない。
 
 婚約したことだけ知らせたけど母親は何も言ってこなかった。彼女は魔獣討伐やキノン侯爵家のことは忘れてしまいたいのかもしれない。
 
 セヴランがいなくなって、スミスソンも腰を痛めて引退してしまい落ち込んでいた日々に、マルソーは明るく馬鹿なことばかり言って笑わせようとしてきたし、それに腹を立てて剣で勝負をするなんてことも。
 
 セヴランとの関係とは違って明るくカラッとしていた。女同士のつき合いより男のほうが気が楽だと知ったのもマルソーのおかげかもしれない。
 
 そんな彼も昨年妻を娶った。恋愛感情など昔も今もなく、相手の女性との幸せを心から祝えた。
 少し寂しさは感じたけれど。

 シルヴェーヌは二十三歳。
 結婚適齢期というものは過ぎたし、結婚に夢は見ていない。形だけの結婚相手を探して、後継者は養子をとればいいと考えていたのに陛下のほうが行動が早かった。

「マルソーが先に子どもを作るからよ」
「仕方ないだろ。神様が先に授けたんだから! 俺は後悔してない。妻も娘も可愛い」

「マルソーに似てなくて本当に可愛い」
「失礼なやつだな! まぁ、娘だから妻に似てよかったけどさ」

 大きく口を開けて笑うマルソーは頼もしかった。
 でも王都では、シルヴェーヌは憐れまれているらしい。婚約者でキノン侯爵家の騎士団長マルソーが浮気して別の女と子どもを作って捨てられたと噂されているらしいから。

「まいったわ……陛下が私のために特別な男を選んだそうよ」
「そうなったのも今回の噂のせいだけじゃないだろ? キノン女侯爵は侍女も連れず男たちを取っ替え引っ替えはべらせているって」

 王都へ行く時は討伐隊の何人かを順番に連れて行った。みんなが行きたがるから。
 のんびりした領地で暮らしていると、王都で刺激を受けたいものらしい。
 真面目に護衛や侍従を申し出る者もいるけれど、ふざけて求婚者のふりをして新しい噂を増やす奴もいる。
 ある程度敬意は示してくれるけど、歳が近いからか和気あいあいとしているとは思う。

「ジャゾンを連れて行ったパーティーはおもしろかったな。あいつ、顔はいいのに女と話せないからシルに張りついて……ははっ、あれは嫉妬深い恋人だって盛大な噂になってた」

 マルソーは思い出して笑うけど、シルヴェーヌは顔をしかめる。
 鍛えてもあまり筋肉のがつかなかったジャゾンは細身ではかなげな美青年となった。
 隣に婚約者役のマルソーがいるのにシルヴェーヌの反対の腕にずっとしがみついて耳元で怖い怖いとつぶやいていて(それが周りには愛をささやいているようにみえたみたいだし)歩きづらいし邪魔だった記憶しかない。

「おかげさまで陛下が早く身を固めるように、って相手を選んだみたい」
「名前は書いてあるのか?」
 
 書状を投げ捨てたくなるのを押さえてため息をつく。

「ないわ。ただ王宮騎士団所属の最高の治療師なのだとか。有名なの? 火であぶれば名前が浮かび上がるかも」

 くだらない冗談を言いたくなるくらい面白くない状況に頭が痛い。
 
「名前は知らないが、ほかの治療師の数倍の速さできれいに治すとかいう噂は聞いたことがある。陛下の命も助けたらしいし、以前見かけた時は子どもだと思ったんだが……成人したばかりなのかもな。治療師なら討伐の時は役立つだろうが、子どものお守りも大変だろうなぁ。まぁ、ろくでもない男だったら俺たちがしめてやるよ」

 彼らならやりかねない。
 治療師は魔獣討伐の時にありがたいけれど、王都で貴族の相手をするような弱々しい優男では暮らしていけない土地だということを陛下もわかっているはず。

 シルヴェーヌの噂を調べずそのまま信じていたら、成人したばかりの気弱な青年の可能性もあるけれど。
 自分の年齢を考えたら割り切って受け入れるしかないのだろう。
 
 今から偽の婚約者を用意するか。
 婚約解消してから声をかけた相手はいるけれど良い返事はもらえなかったし、無理やり連れて行ったらその場で結婚させられそう。 
 だんだん誰と結婚しても同じに思えてきた。
 養子をとれば、最低限のつき合いですむかもしれない。
 
「理解ある人だといいんだけど」
「……男に求めるのがそれかよ」

 マルソーはそう言って鼻で笑ったけど、貴族の結婚に求めすぎてはいけない。
 国のため王命に従うしかなく、シルヴェーヌは急いで王都に向かうと手紙にしたためた。
 
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