14 / 19
13 専属侍女
しおりを挟む魔獣討伐まであと一週間という頃、領地内は士気が上がり活気があるものの、ピリピリした雰囲気もあった。
「シル、変な女が来てる」
ジャゾンが執務室にやってくるのは珍しい。
今でも女性が苦手な彼が駆け込んできたから。
「どうしたの? 誰?」
「専属侍女希望だって、昔ここで働いていたらしい」
押したばかりの印章がわずかににじむ。
「どこにいるの?」
「屋敷に入ろうとしたから、ピエールが外で捕まえている。見たことあるって言ってた。俺は知らないけど……」
そこまで言って身震いする。
「どうしたの?」
「俺を見て美青年になるとわかってた、って。化粧のすごいおばさん……苦手なタイプで」
「わかった、連れてくるように誰かに伝えて。ジャゾンは少し休んできたら」
「うん、ありがとう。やっぱり女性で話せるのはおばあちゃんとシル、ヴェーヌ様だけ……えっと、他意はありません。失礼しました!」
今頃セヴランもいることに気づいてジャゾンが慌てて出て行った。
「彼はなぜ女性が苦手に?」
「あれだけ綺麗な顔だから、小さい頃から貴婦人や令嬢が色仕掛けしてきたみたい」
「なるほど。でもどうしてシルヴェーヌは平気なんだ?」
「剣を振り回して男みたいだから? 討伐隊の女弓使いとも話していたはずだから、女性らしさを強調されるとダメなのかも」
「……マルソーと別れた後、彼が婚約者候補だったって聞いた」
「誰から? マルソー? ジャゾンは言わないはずだし、ほかは」
「シルヴェーヌの周りに男が多すぎる」
セヴランがそんなことを思っていたなんて思わなかった。今なら色々話してくれそうだし、誤解していることがありそう。
シルヴェーヌが口を開いた時、扉がノックされた。
「失礼します」
「どうぞ」
ピエールが女を抱えて入ってきた。
「ちょっと! 失礼じゃない! 私だって歩けるのに。……お嬢様! おひさしぶりです、ネリーです!」
専属侍女をしていたネリーが駆け寄ってくる。
「結婚おめでとうございます! 私のおかげで二人が結ばれましたよね?」
「…………」
「…………」
勢いがすごくてシルヴェーヌもセヴランも黙り込む。
「私が言わなかったら、二人が結ばれることはなかったと思います! だから、もう一度専属侍女にしてください。あれから三回結婚したんですけど、私には向いてませんでした。侍女仕事は給金もいただけますし、私を雇って損はさせません」
ネリーは得意げに言った。
「……セヴラン殿、私が当時専属侍女だった彼女に秘密を話してしまったのです。ごめんなさい」
この話はしたくないのだろうし言い訳みたいでいやだったけど、状況を説明しなくてはと思った。
「だいたいわかった。俺が人前で治癒の力を使えばいつかは知られることだったんだ。……それで、彼女を専属侍女にする気?」
「私はしっかり務められる自信があります! 市井の流行りも知っていますし! おじょ、いえ奥様を今より綺麗にして差し上げます」
ネリーが口を出してきて、シルヴェーヌは無言のまま首を横に振った。
彼女がいたら、屋敷の中が乱れそうな気がする。
「シルヴェーヌは今も綺麗だよ。……屋敷の侍女は全員弓使いじゃなかった?」
前半はともかく、後半のセヴランの言葉にうなずく。
「ネリー、残念だけど専属侍女は必要としていないの。それよりここでは弓や剣を使えたほうがいいわ。そうね、侍従長がいいと言ったらどこか推薦状でも……」
そこまで話して、これでは前回と同じだと気づいて口ごもる。
「ジャックがいるんですか? 昔のよしみで頼み込めば書いてくれるかも……」
ぶつぶつとつぶやくネリーにあきれた。
「君には俺から推薦状を用意するよ。王都の騎士団の知り合いに使用人を探している人がいる。行くかい?」
「いいのですか?」
シルヴェーヌはネリーが迷惑をかけるのではないかと心配になって訊く。
「あぁ。商いをしている子爵家で商人気質だ。最初は安いが頑張り次第で給金が上がる。契約内容に初めの一年間は途中で辞めると違約金を払うように決まっているが、辞めなければ問題ない。十年働けば退職金ももらえるし大切にしてもらえるだろう。十歳くらいの娘がいておしゃれに興味があるそうだ」
「昔のお嬢様くらいの……やります! よろしくお願いします!」
「今書こう」
「…………」
セヴランはその場で書状を用意して彼女に渡す。
笑顔で乗合馬車の賃金まで渡したから、ネリーは王都の男をつかまえるわ、などと楽しそうに言って去っていった。
「……よかったの? 相手に迷惑がかからない?」
「いや。薬草の研究にも熱心な子爵で、屋敷に半日いたら独特な匂いがついて風呂に入ってもとれないらしい。使用人たちが続かなくて困っていてね。娘はドレスにも匂いがつくから一日に十回は着替えるそうだ。それと、一年の契約だったはずがしばらくすると書類は十年になっているらしい」
「それって詐欺じゃ……」
「さあ? 匂いがつく以外は悪い職場じゃない。独身者は結婚が難しくなるようだけど」
セヴランと顔を見合わせて同じタイミングで笑い出した。
「王都の男をつかまえるって意気込んでたのに」
ひとしきり笑った後、シルヴェーヌはあらためてごめんなさいと言った。
「昔のことは本当に気にしていないんだ。いつか家を出ようと思っていたから。それが少し早まっただけだ」
セヴランの静かな声は嘘をついているようには聞こえない。
「本当に? それでも約束したのに……」
突然会えなくなってさみしかった。
「俺こそすまない。そこまで気にしているとは思わなかった。あの後騎士団に駆け込んだんだ、治療師が不足していると聞いていたから。最初は見習いとして働き始めて認められて、たまたま運良く陛下の怪我を治す機会があった。寮生活も案外のびのびできたよ」
セヴランの義母はシルヴェーヌに対しても感じの悪い人だったし、少しも尊敬できるところがなかった。
昔のエスム伯爵家がどれだけセヴランにとって居心地の悪く安全じゃない場所だったか考えると胸が痛む。
「昔のことはもう本当にどうでもいいんだ。これから先が大事だから」
そう言って笑うセヴランは何かを決意したような目をしていた。
13
あなたにおすすめの小説
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
Blue Bird ―初恋の人に再会したのに奔放な同級生が甘すぎるっ‼【完結】
remo
恋愛
「…溶けろよ」 甘く響くかすれた声と奔放な舌にどこまでも落とされた。
本宮 のい。新社会人1年目。
永遠に出来そうもない彼氏を夢見つつ、目の前の仕事に奮闘中。
なんだけど。
青井 奏。
高校時代の同級生に再会した。 と思う間もなく、
和泉 碧。
初恋の相手らしき人も現れた。
幸せの青い鳥は一体どこに。
【完結】 ありがとうございました‼︎
ロザリンデのいつわりの薔薇 ~駆け落ち寸前に別れたあなたは侯爵家の跡取りでした~
碓氷シモン
恋愛
【第19回恋愛小説大賞に応募しています。応援や投票よろしくお願いします!】
子爵令嬢ロザリンデは、毎夜、義兄に身体を弄ばれていた。「値打ちが下がらないように」と結婚するまで純潔だけは守られていたが、家名の存続と、病弱な姉や甥の生活を守るためとはいえ、その淫らな責め苦はロザリンデにとって耐えがたいものだった。そしてついにある日、義兄の友人との結婚が決まったと告げられる。それは死刑宣告に等しかった。なぜなら、義兄とその友人は二人でロザリンデを共有して、その身体を気が済むまで弄ぼうと企んでいたからだ。追い詰められたロザリンデは幼馴染の謎めいた書生、ヘルマンに助けを求める。半年前、義兄の愛撫に乱れるさまを偶然目撃されてしまって以来、ヘルマンはロザリンデを罪深い女と蔑み、二人の関係はぎくしゃくしていた。だが、意外にもヘルマンはロザリンデの頼みに耳を傾け、駆け落ちを提案する。二人は屋敷を抜け出し、立会人なしで結婚できる教会がある教区までやってきたのだが、その夜…。
苦労人の令嬢が誤解とすれ違いを乗り越えて初恋の相手と結ばれるまでの物語です。義兄が超ド級の変態で、ヒロインはなかなかに辛い目に遭いますが、ハッピーエンドですので安心してお読み下さい。Rシーンにはエピソードタイトルの後に*をつけています。
ムーンライトノベルズでも投稿しています。また本作品の全てにおいて、AIは一切使用しておりません。
今宵、薔薇の園で
天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。
しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。
彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。
キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。
そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。
彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。
愛してると泣かれても迷惑です〜お姉様の身代わりに冷徹公爵へ嫁ぐ〜
恋せよ恋
恋愛
「この香りは、彼を共有する女たちの『印』だったのね」
ロレンタ侯爵家の次女ジュリアは、初恋の婚約者マキシムに
愛されていると信じて疑わなかった。
しかし、彼が彼女に贈った「特注の香水」を纏っていたのは、
ジュリアだけではなかった。
学園の親友。そして、隣国へ嫁ぐはずの自慢の姉、サンドラ――。
「会ってくれないならジュリアにバラすわよ」
女たちの脅迫に屈し、私への謝罪の裏で密会を繰り返すマキシム。
すべてを知った日、ジュリアは絶望の中で凛と立ち上がる。
愛を失い、人間不信に陥った少女。
裏切った者たちには地獄を、高潔な乙女には真実の愛を。
最悪の初恋から始まる、逆転婚姻ファンタジー!
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―
鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。
泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。
まだ八歳。
それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。
並ぶのは、かわいい雑貨。
そして、かわいい魔法の雑貨。
お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、
冷めないティーカップ、
時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。
静かに広がる評判の裏で、
かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。
ざまぁは控えめ、日常はやさしく。
かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。
---
この文面は
✔ アルファポリス向け文字数
✔ 女子読者に刺さるワード配置
✔ ネタバレしすぎない
✔ ほのぼの感キープ
を全部満たしています。
次は
👉 タグ案
👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字)
どちらにしますか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる