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16 燃える地
しおりを挟む急いでフォレスティエ侯爵家の討伐隊長に声をかけて説明する。
「今から一部を連れて領地へ戻ります。屋敷には数人の使用人と警備の者が残っているだけなので!」
次期フォレスティエ侯爵夫妻は今回の討伐の前に陛下に呼び出されていたから屋敷に人が少ないらしい。領地に残っている警備隊もいるにはいるらしいけれど。
「私と夫も行くわ」
あとはマルソーにまかせても大丈夫だから。
セヴランと視線を合わせ、うなずき合った。
フォレスティエ侯爵家の速い軍馬にまたがり森の中を駆け抜ける。
近づくほどたくさんの煙が流れてきてスカーフを引き上げて口元を覆った。
風の向きからキノン侯爵家の領民は気づいていないだろうし、たとえ気づいたとしてと消火の手伝いに行けるほど人も余っていない。
嫌な予感がした。
森を抜け、フォレスティエ侯爵家が管理している領地へ着くと、屋敷全体が炎に包まれていて真っ赤な夜空に唖然とした。
屋敷に近い領民たちは広場へと逃げていて、騒然としている。
今さら火を消そうとしたところで無意味だろう。
幸い屋敷のいたるところに噴水があり、燃え広がる様子はない。
さらに進むと屋敷の庭に使用人たちがかたまっていた。
「お前たち、大丈夫たったか⁉︎」
フォレスティエ侯爵家の討伐隊隊長が彼らに声をかける。
「あっ! 隊長、屋敷にいた者は全員無事です! それよりこの女が原因なんです!」
短い髪の痩せ細った女が前に押し出される。
手も足も縛られていて、土の上に倒れ込んだ。
「あなたたち! 私を誰だと思ってるの? ただの平民のくせに、ただじゃおかないから!」
キンキンした高い声に耳が痛くなる。
「頭のおかしい女が屋敷に火をつけました。貴族だと思い込んでいるようで……」
「私はエスム伯爵夫人よ! お前たちが触れていい女性じゃないわ! 誰か、鞭を持ってきて!」
セヴランが近づいて、女の顔をのぞき込んだ。
「お久しぶりですね、元エスム伯爵夫人」
焦点の合わなかった女の瞳がセヴランをとらえる。
「セヴラン……この縄を解いてちょうだい。あなたの屋敷に住んであげるから早く連れて行って。浴槽にたっぷり湯を張ってね」
「…………どうして火をつけたんです?」
彼女は眉をひそめて、堂々と言い放つ。
「だって、私は追い出されて息子も亡くなったのに、この屋敷が残っているのが腹立たしかったのよ! 息子にできたのだから私だって火くらいつけられるわ! あの屋敷、見るたびに憎かった。私の家だったのに……あなただって見たくなかったでしょう?」
「いい思い出はありませんね」
「ほら! だからね、燃やしてよかったのよ。出世するなんて本当に上手くやったわね。幼い頃面倒をみたんだもの、母一人くらい世話してくれるわよね?」
屋敷が燃えて熱気が伝わってきているのに、彼女が話すたびに周りの視線や空気が冷たくなって、シルヴェーヌは寒気がする。
「元エスム伯爵夫人、あなたのことは一度も母と思ったことはありません。……隊長、彼女を連れて行ってもらえますか? 二度と顔を見たくないので」
今はまだセヴランの領地ではないからフォレスティエ侯爵か、次期侯爵が彼女の処遇を決めることになるだろう。どちらにしてもあっさり許されることじゃない。
「セヴラン! 私の言うことを聞きなさい! 私の話を! さもないと!」
「さもないと、なんです? あの頃の無力な俺ではないんです。今、ようやく幸せを手に入れたのにあなたに邪魔されたくない。ちゃんと罪を償って下さい」
「なんですってー! せぐンンッ」
隊長の手によって、夫人は口の中に布を詰められ吐き出さないように何か布で猿ぐつわをされた。
「ひとまず詰め所に連れて行きます。領民をこのままにはできませんし残っている奴らと合流します。では!」
少しずつ屋敷の崩れる音がする。
隊長が去り、不安顔の使用人たちが残された。
「あなたたち、今夜は泊まるところがあるの?」
もともとエスム伯爵家に仕えていた者たちは全員辞めさせられて、彼らはフォレスティエ侯爵家から連れてこられた人たちばかりのようだ。顔を見合わせた後、一人が口を開く。
「……ありません」
「私たちは一旦屋敷に戻るから、物資と人を寄越すわ。泊まる場所がなかったらうちの屋敷に来てもらってもいい。誰か隊長に伝えてくれる?」
「はい! ありがとうございます!」
「討伐でお疲れでしょうに、ありがとうございました」
シルヴェーヌとセヴランは重たい身体をなんとか動かし領地へ戻ることにした。
頼りになる使用人たちに迎えられて、安心感からどっと疲れが出た。
キノン侯爵家は特に問題はなかったようで、火事の後始末の指示を出す。
それから湯浴みの用意を頼んだ。
「疲れた」
自室に入り、その場に服を落とす。
下着姿になってから湯浴みの準備ができていないことに気づいた。
このままベッドに倒れ込んだらすぐ眠ってしまいそう。
でも汚れた身体で横になるわけにもいかない。
鏡に映るシルヴェーヌは疲れた顔で……その後ろにセヴランが映る。
「……⁉︎ どうして?」
「最初からいた」
「一緒に入れば使用人たちの手間も減ると思って」
「湯が黒くなりそうだわ」
「大丈夫、大きい浴槽を頼んだ」
「…………」
一緒に風呂に入ったことなんてないのに。
すべてを見られているけど、この状況も気恥ずかしい。
「シルヴィは向こうに行こうとしている?」
「…………うん」
どうしてわかったんだろう。
フォレスティエ侯爵家の人たちがいないなら、人手が足りないと思う。
「魔獣討伐では経験が浅くて頼りなく思っただろうけど、王都での彼らは人をさばくのに慣れている。怪我人もいないし、あの屋敷から燃え移る心配もないだろう。悪趣味といわれた噴水が役立っていた。こちらからも人も送ったし、宿屋か騎士団の宿舎で間に合いそうだ。フォレスティエ侯爵も急いで来るはずだし、俺も屋敷が焼け落ちるのを見るくらいしかできない」
「そうね……でも、元エスム伯爵夫人はいいの? セヴの領地で放火したのよ、もし軽い刑になったら」
シルヴェーヌは思い出して腹を立てる。
討伐で手薄になっているところを狙うなんて酷い。
「それはありえない。きっと俺が考えるより重い刑になる。フォレスティエ侯爵は厳しい男だから。鞭打ち、水責め……見せしめに下町に貼りつけるくらいはするよ」
王宮騎士団の拷問はすごいんだ、それを死なない程度に治癒させるんだから、そうセヴランが漏らして驚いた。
「セヴって……王宮騎士団って……すごいのね」
キノン侯爵領は魔獣対策が大事で領民も団結しているからか、大きな犯罪は聞いたことがない。
荒っぽい人たちは鉱山労働者として働いているし、普段の小さないざこざはどうしているのかマルソーに確認してみないと。
「シルヴィ、風呂の準備ができたみたいだ」
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