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17 洗いあい ※
しおりを挟む浴室に普段より大きな猫足のバスタブが置かれている。いつものサイズで二人分用意するよりは手間は少なそうだから、シルヴェーヌは何も言えなくなった。
「先にシルヴィを洗ってあげる。髪、洗いたいだろ?」
「でも」
「バケツに新しいお湯があるから問題ない」
そう言うけれど、討伐の後で汚れているから自分だけ新しい湯に浸かるのは申し訳ない。
「セヴ、一緒に浸かってくれる? お互いに洗いあえばこの後早く休めるから」
「……そう、だね」
セヴランに背を向けて下着を脱いで、そっと後ろを見る。
彼がこちらを向いていないうちに浴槽に入った。
殺菌作用のある薬草のツンとした香りが立ちのぼる。
「あー、気持ちいい」
シルヴェーヌの声にくるりとセヴランが振り返る。
視線をそらしても、視界のすみに堂々と浴槽をまたいでシルヴェーヌの前に座るのが見えた。
「……気持ちいいな」
「うん」
目を閉じて温かさに浸る。
このままここで眠ってしまいそうだった。
「シルヴィ、髪を洗おう。後ろ向いて」
背中を向けると、手桶にお湯をすくってシルヴィの髪にかける。
優しい手つきと髪に指が通る心地よさにうっとりした。
「髪の色、変わったな。昔は明るい髪だったけど、今は陽にあたった時と濡れた時と違って見えて目が離せなくなる。きれいだ」
セヴランが石鹸を泡立てて丁寧に洗ってくれる。
「まだらでしょう? 昔のままが良かった」
「いや、今のほうが好きかもしれない。勇ましくて強くて、戦いの女神みたいだ」
「セヴ、恥ずかしい。昔より背も伸びたし筋肉もあるから、王都のご令嬢たちみたいになれない」
ドレスだって流行りの大きく膨らんだ袖やたくさん生地を重ねたスカートなんて似合わない。
「ならなくていい。作られた美しさなんて必要ない。今のシルヴィがいいんだ。俺の前ではいつだって可愛い」
「言ってて恥ずかしくない?」
「少し。そんなに可愛い表情を見せるなら、これからは抑えないで可愛いって言おうと思った」
そう言って今度は丁寧に髪を流してくれた。それから勢いよくお湯をかける。
「シルヴィは王宮の治療師たちにも人気があった。獅子の戦女神にひざまずいて手当てしたいって……絶対触れさせてやるかって思っていたよ」
「セヴ? 何? 聞こえないわ……」
「大したことは何も。泡がとれたか確認していた」
「そう? 今度は私がセヴの髪を洗うから、後ろ向いてくれる?」
「このままでもいいよ。髪、短いから。ほら」
セヴランが頭を下げるから、向かい合ったまま手桶で湯をかける。
暑い夏に討伐隊員たちに水をかけたのを思い出して楽しくなった。
「楽しそうだ」
「昔、顔が濡れるのを嫌がるジャゾンにも頭から水をかけたのを思い出して……あっ」
セヴランに抱き寄せられていつもより高い自分の声に驚いた。まるでベッドの上で漏らしてしまうような声で。
「わざと? わざと他の男の名前を出して、嫉妬させてる?」
「そんなわけない……ジャゾンは年下だし弟みたいな、もので……夏の鍛錬の後で暑かったからみんなにかけただけ。本当にセヴ以外に心が動いたことがない。不思議なくらい……好きよ、セヴ」
そういうとセヴランは黙ってしまった。
少しだけ耳が赤く見える。
もしかして照れているのかと顔をのぞこうとしたらセヴランが顔を押さえて言った。
「……髪洗ってくれる?」
「わかったわ」
アッシュブロンドの髪が意外と柔らかいことを結婚してから知った。セヴランにやってもらったようによく泡立てて洗う。
「下を向いてたら目に入らない?」
「大丈夫、そのまま続けて」
夢中になって洗っていたら、セヴランの手が背筋をなぞってシルヴェーヌのうなじに触れた。
腰の辺りが甘くしびれて誤魔化すように少し大きな声で訊く。
「なに?」
「支えている」
「そう……?」
泡を流すと気持ちよさそうに顔を上げた。
「今度はシルヴィの番」
石けんを手にしたセヴランがシルヴェーヌを抱き寄せて背中から洗ってくれる。
これなら恥ずかしくなくていいかもしれない。
「私もセヴの背中洗うわ」
何度も身体を重ねてきたけど、今が一番親密な感じがする。
「セヴ、愛している。一緒に無事に戻って来れて良かった」
「俺も愛している……シルヴィが大きな怪我をしなくて良かった」
眠かったはずの身体は、二人で風呂に入ったことで目覚めてしまった。
ベッドに移動しても触れ合うのをやめられない。
シルヴェーヌの胸を柔らかく包んでいた手が、ゆっくりと脇腹を撫でる。なんてことのない仕草のはずなのに焦らされているみたい。
「セヴ、だめ、みたい……」
彼の指が脚のつけ根に触れ、優しく撫でただけで蜜が溢れた。
それから内側を探る指にひと撫でされただけで身体が昇りつめる。
「シルヴィ、今日はすごく……」
想いが通じ合ったからなのか、討伐が終わってほっとしたからなのか、身体の反応がいつもと違う。彼も気づいている。
今すぐにでもセヴランを受け入れたい。
「セヴ、指じゃなくて……」
「わかった、俺も我慢できない。でもシルヴィを傷つけたくないんだ」
「あとで治してくれたら大丈夫、なのに……っ、あぁっ!」
いつもみたいにシルヴェーヌばかり乱れるようなことはなくて、彼自身を受け入れるのに十分なくらいほぐした後、はち切れそうなくらい硬くなった熱い昂まりが押し当てられた。
「見えなくても、俺のせいで傷つくのはいやだ」
「セヴ……んっ……」
もどかしいくらいのゆっくりした動きで押し入るから、身体の中のどこに存在するのか、自分が拓かれていくのも感じとってしまった。
早く全部ほしいのに。
でも時々戻りながら腰を進められるのも気持ちいい。
熱のこもった彼の瞳に見つめられている今、シルヴェーヌの表情からすべてを読みとられたみたい。
恥ずかしい。
けどいつもの冷静に観察するような彼ではなくて、今日のセヴランからは愛情を感じる。すべて隠さなくていいんだと思えて安心して身をゆだねた。
「セヴ」
身体がすきまなく重なって、お互いに強く抱きしめ合う。
「温かい」
「セヴが熱いの」
つながったところからとけてしまいそうな気がする。
セヴランを受け入れてキスをして、ささいなおしゃべりをして。
ただ奥に押しあてたまま、激しい動きなんてひとつもない。
疲れ果てた後のゆったりと長く執拗な営みは何度もあったけど、こんなに優しい行為は初めてで、セヴランはただつながっているのを楽しんでいるみたいだった。
いつもより彼の心にも余裕があるのかもしれない。
「……ん、あっ……セヴ……っ!」
じわじわと熱がたまっていく。
こつこつと奥に押し当てられて再び頂きに追い上げられた。セヴランも追いかけるように子種を吐き出す。
すぐに離れて欲しくなくて彼の腰に脚を絡めた。
「大好き、セヴ」
「俺のほうが好きだ」
キスをしてお互いに気持ちを伝え合った後、しばらく抱き合ったまま鼓動がおさまるのを待つ。
心地よくてうとうとしていたらセヴランが起き上がった。
「すぐ戻るから眠っていて」
「いや」
「すぐ戻る」
身体を重ねた後はいつもセヴランが身体を拭いてくれていたことを初めて知った。
いつも疲れ果てて気絶するように眠っていたから。
「自分でできたのに。セヴが一度で終わりにしてくれないから」
今も冷たいタオルで拭いてくれるけど、恥ずかしくてたまらない。
「……男なら言葉じゃなくて態度で愛を伝えろ、と」
「……? 何? 誰がそんなことを?」
「王宮の騎士団」
王宮の恋愛の作法は、田舎とは違うのかもしれない。
「私は言葉で伝えてほしい。その、嫌じゃないけど、セヴにおやすみなさいって言って眠りたい」
「……すまなかった」
そう謝るけど、長くて激しい夜はセヴランが愛を伝えてくれていたのだと思うと、気づかなくて申し訳ないような、愛おしさまで感じて怒れなかった。
その一方で、彼の過去に女性がいなかったとも思えなくてもやもやする。
「セヴの過去に嫉妬する」
「仕事に集中していたから、シルヴィが気にするような過去はないよ。俺のすべてはシルヴィのものだ」
「……嘘」
「嘘じゃない。いつもシルヴィのことを考えていた」
その夜はおやすみなさいを言い合って、おやすみのキスをして抱き合って、セヴランの心音を聞きながら眠りについた。
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