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しおりを挟むヘルマン殿下の大切な雪玉と言われる粉砂糖のかかったまん丸のクッキーは、特別にチョコレートがかけてあった。
久しぶりにチョコレートを目にして自然と顔がゆるむ。
殿下もキラキラした目で嬉しそうに食べる姿は可愛い。
それと特別なお菓子を分け合うって、もっとおいしく感じる。
マルクスとこっそりおやつを食べていた頃と同じ気持ちになって、お茶を二杯余計に飲んでほこほこした気分で侯爵家に戻った。
屋敷に入ると侯爵夫人は笑顔で、侯爵とローガーは表情を引き締めている。
話し合いはあまりうまくいかなかったのかも。
「リザ、待っていたわ」
「帰ってきたばかりですまないが書斎で話をしよう」
「…………」
ドキドキしながら書斎に一番最後に入り、どこに座るか迷っていると、ローガーが隣を指し示す。
ソファで隣り合って座るなんていつぶりだろう。
朝の出来事を思い出して、ローガーの顔が見れなかった。
「……話はローガーから聞いている。私たちは反対するつもりはない」
「私はリザが本当の娘になるのがとても嬉しいわ」
「……ありがとうございます。俺たちはなるべく早く籍を入れたいと思います」
そこまで話が進んだのかと驚いてローガーを見上げると、
「俺の判断ミスで二年も無駄にしたんです。一日も早く一緒に暮らしたいと思います」
「そうね、その通りね。この二年、私が何度残念に思ったことか」
「リザは本当にいいんだね?」
侯爵に確認されて、うなずくとローガーがリサの手を握った。
「わかった。では身内だけで週末にも式を挙げるとして、王都の東にある別荘を結婚祝いにあげよう。部屋は五つほどだから子どもが増えたら手狭だが、二人で暮らすにはいいだろう」
ありがとうございます、と二人同時に答えてお互い顔を見合わせて笑う。
「本当に気が合うこと。東側に住んでいる使用人を通わせるから、式の後から二人で暮らすといいわ。色々な仕事ができる子たちよ」
侯爵夫人が三人の使用人のうち、気に入った子を自分たちで雇い直すようにと言う。
「さぁ、急いでドレスを用意するわよ! お披露目パーティーは半年後にしましょう」
侯爵とローガーが疲れてみえるのはなぜかわからないけど、きっと後で話が聞けると思った。
眠っていないというローガーの言葉を聞いて、彼の私室に向かう。
少しだけ話をしたらすぐ彼に仮眠をとってもらえるように。
ローガーがソファに腰かけたのを見て、リサは向かいの小さなスツールに座って言った。
「少しも反対されなくてびっくりしました」
「ああ見えて父も喜んでいたよ。お気に入りの別荘を手放したくらいにね。王城にも通いやすい治安のいい場所だ」
リサは通りがかりに見たことはあるけれど、入ったことはない。きれいな建物が並んでいた印象。
「王妃と母は、俺たちの娘をヘルマン殿下の婚約者にしたいらしい。それで今回俺たちをくっつけるために一芝居うったようだ」
点と点が線がつながって、これまで感じていた違和感がなくなる。でも。
「……娘が生まれるかもわかりません。娘が生まれたとしても、本人の気持ちを優先したいです」
「俺も同感。それにヘルマン殿下が別の子を選ぶ可能性が高いからね、話半分に聞いていたらいい。そうなったらいいな、って夢物語だから。書面にしようとしたらこちらも策を練らないといけないが、俺はこれから生まれてくる子もリサも守るよ」
ローガーの言葉にようやく胸のざわつきがおさまった。
「ところで遠い」
近くに座るよう呼ばれたんだと思って立ち上がってそばへ行く。
「ローガーさん、今のうちに少し眠ったらどうですか?」
「リサはよく眠れた?」
首を横に振ると、立ち上がったローガーがリサの手を引く。
「じゃあ、少しだけ一緒に横になろう」
「でも」
「昨日は陛下がリサのいる部屋に現れないか不安で眠れなかった」
「…………」
「そばにいてくれたら、すぐ眠れる。リサも休めよ」
ローガーは強引かもしれない。
ベッドの上に引っ張り上げられて、カバーの上に横になる。
いつもと違う視線の位置にドキドキして、ベッドの端で彼に背を向けた。
「遠い」
「だって、こんなの初めてで」
「少し眠るだけだから」
ベッドがきしんで後ろから抱きしめられる。
「眠れそうにありません」
「目を閉じてろ、俺はもう限界」
そう言ってローガーは深く息を吐いた。
「なぁ、リサ。離せなくなるから避けてたの、自分がこうなるってわかってたからだよ。諦めて力を抜け」
「う……ぁ、はい……むり……」
もっと爽やかでさっぱりしたおつき合いになると思ったのに、独占欲が強くてベタベタするのが好きみたい。
好きな人だし、嬉しい。でもドキドキしすぎて、ローガーに聞こえているんじゃないかと思う。
「何もしない……とは約束できないが、なるべくしない」
「……はい」
「大丈夫だから。リサが嫌がることはしたくない」
ローガーが体を少しずらして、リサを抱え直す。
「あ、あの、さっき、ヘルマン殿下が雪玉クッキーを分けてくれたんです。内緒だよってチョコレートがかかっていて、すごく美味しくてほっこりしました」
「へぇ」
「弟ができたみたいで。それで……昔マルクスさんとお菓子を分けて食べた時、マルクスさんも私と同じように思ったのかな、って」
「……ふぅん」
頷く声がだんだん低くなっていく。
ローガーを振り返って見ると、至近距離にに不機嫌そうな顔。
「今、別の男の話をするか?」
「……え?」
ヘルマン殿下は六歳で、マルクスには婚約者がいるしリサの義兄になるのに。
「リサの口から俺以外の男の名前を聞きたくない。よりによってベッドの上で」
「…………」
独占欲が強くて、ベタベタするのが好きで……嫉妬深い?
四つ年上なのに、今日は彼の意外な面ばかりみている。
「なんだよ?」
このまま会話を続けたら、彼に可愛いとか余計なことを言ってしまいそう。
「あの……後宮を改装しているのはどうしてですか?」
まったく違うことを質問すると、一瞬ぽかんとしたローガーが大きくため息をつく。
ほんの少し何か言いたげだったけど、答えてくれた。
「老朽化。水回りが昔のままで井戸から水を汲み上げているんだ」
「そうでしたか。私が向こうで暮らしていた家も井戸水や湧き水でした。夏も冷たい水が飲めて嬉しかったですけど、湧き水は大雨の後に山を登って掃除をしなきゃならなくて。今考えると落ち葉で滑って転ぶことが多かったんですけど、よく無事だったと思います」
向こうの世界の方が文明が進んでいるけれど、リサにとってはこちらの平民と同じ暮らしは難しくない。
「私、火をおこしてご飯を作れますし、お風呂も準備できますし、けっこうなんでもできますよ」
「…………」
寝ていない人にたくさん話しかけてしまった。
「ローガーさん、またゆっくりおしゃべりしましょう。おやすみなさい」
ぼんやり考え込んでいるようなローガーに声をかける。
「……あとでもっとリサの話をきかせてくれ」
「はい、いくらでも。ローガーさんも教えてください」
「おやすみ、リサ」
お互いの体温が心地よくて、気づいたら二人ともお茶の時間まで眠ってしまっていた。
いつの間にかリサはローガーの胸の中にすっぽり包まれていたのだけど、心地よくてもう一眠りしたくなってしまったくらい。
「ローガーさん?」
「もう少しこうしていたい」
「でも、昼食もお茶の時間にも顔を出さなかったらみなさんが」
「晩餐は一緒に食べると伝えた。それまで邪魔しないそうだ」
使用人が来たのかも?
こんなふうに無防備に眠っているところを見られたなんて恥ずかしい。
「……よく我慢できたと思う」
「何がですか?」
「腕の中に好きな子がいて、何もしないでいること」
なんて答えたらいいのかわからない。
「週末には俺の妻だ」
「はい」
「長いな……」
「あっという間ですよ」
「長い。今週はここから職場へ向かう」
「ローガーさん……」
少し呆れてため息混じりに名前を読んでしまった。
「なんだ? 質問か?」
「えっと、はい……じゃあ、」
晩餐の前に着替えるまでの時間を、私たちはお互いを質問攻めにして過ごした。
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