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3 それが儚いものだと知ったら
1 嘘つき
しおりを挟む「体育が嫌い」
できることなら毎回休みたい。
体育祭でクラス対抗リレー。
全員参加じゃなくていい。
盛り上がるのはわかっているけど、練習も苦痛。
本番は苦行。
多分小学生の時に走り方がおかしいって笑われたのが忘れられないし、実際に遅い。
バレーボールなんて、毎回腕が内出血する。
体を痛めつけてまでやる必要があるとは思えない。
ネットの前に立った時、奇跡的に顔面で受け止めたことがあって危険なスポーツだと思う。
マラソン。
くらくらする。苦しい。意味わかんない。
体力つけるなら歩けばいいと思う。
走らなくても生きていけるはず。
創作ダンスにヒップホップ。
想像力なくてつらい。リズム感だってない。
初心者に自分達で考えろって無理。
結局誰かが探してきた動画をそっくり真似することになったけど、私はテンポが遅れた。
「岩手先生、頭が痛いので休ませてください」
私のずる休みの理由の大半が頭痛。
お腹が痛いって言うと生理なのかとかお腹下してるのかとか余計なことを想像されて困る。
頭痛だったら自己申告で済む上、変な詮索はされない気がした。
「……あぁ、今日はこれから雨が降るらしいからね。天気のせいもあるのかもね」
保健の岩手先生は口数の少ない五十代の女の人。
困ったような顔をして、熱を測るように言う。
それほどうるさくなくて好き。
「鹿児島さん、何℃だった?」
「……35.6℃です」
「相変わらず体温が低いのよね。朝ごはん食べてきた? 睡眠は?」
「今朝はミルクティーだけじゃなくてトーストとヨーグルトも食べました。それに、12時前にベッドに入りました」
横になったら5分で眠れる自信がある。
先生が紙に何かを書きつけながら小声でささやく。
「朝食もとれるようになってきたし、睡眠もとれているようね。……月経前とか?」
「そうかもしれません」
病弱設定があると休みやすい。
小さい頃から親が過保護で、無理するくらいなら休みなさいという方針だった。
本当は健康だってバレると困るから、私は今も嘘をつき通す。
我ながら真面目の皮をかぶったクズだと思う。
「じゃあ、少し横になって休んで。ちょっと出てくるわね」
「……はい」
声が弾みそうになって、控えめに答えた。
「窓側は鳥取君が寝ているから、鹿児島さんは廊下側のベッドを使って」
「ありがとうございます」
保健室の常連は私だけじゃない。
三年生の鳥取凪先輩はここで一番見かける華奢な人で、よく青白い顔をして寝ている。
校舎で見かけた彼は眼鏡をかけていて、人を寄せつけない冷たい雰囲気だった。
三年生で受験生だからかも。
だけどここにいる彼は眼鏡もかけていないし、とても穏やかで話しやすい。
岩手先生が保健室を出て行って、私がベッドの周りのカーテンを閉める音が部屋に響いた。
一度全部閉めてから五センチほどすきまを開ける。
今日の先輩のベッドのカーテンはキッチリ閉じていた。
いつも彼のほうが具合悪そうなのに、私にも優しくしてくれる。
『体調が悪い時のつらさはわかるから』
そう言われた時は、嘘をついてサボっている自分が恥ずかしくなった。
本当に頭が痛い時ももちろんあるけど、八割はそうじゃない。
『凪先輩こそ、ちゃんと休んでください』
『ん、まいちゃんもね』
先生が部屋にいなくて、二人きりの時はお互いにこっそりカーテンを開けてそんなふうにおしゃべりをする時が多い。
その時間がとても楽しかった。
先生はスリッパを引きずるように歩くから、少し遠くにいても戻ってくることに気づきやすい。
足音が聞こえたら先輩に合図してずっと眠っていたふりをした。
そんなことを考えていたら、カーテンのすきまから、先輩の顔が見えて。
「まいちゃん? 大丈夫?」
「はい。ここにくると落ち着くせいか、さっきよりズキズキしていません」
「……無理しないようにね」
「ありがとうございます」
ぽつりぽつりと、会話を重ねる。
今日は朝から教室に行っていないとか、このあと体育だから戻っても見学だから意味ないとか。
先輩の声を聞いていると胸が弾む。
私も数式が頭に入らなかったって話をして。
「少し、顔色が良くなってきたかな」
私の顔を見てそう言うから、気を引き締める。
頭痛のふりをするのを忘れてしまいそうになるくらい、先輩とのおしゃべりに夢中になってしまったらしい。
これじゃあ、すぐに保健室から追い出されてしまいそう。
「……もう少し眠ったら? あと一時間くらい先生は戻ってこないと思うよ」
「はい、そうします。凪先輩こそ、眠ったほうがいいですよ」
でもお互いにカーテンをほんの少し開けたまま。
私はできることならもっと話していたいし、先輩も同じように思ってくれたら嬉しい。
でも先輩の体調次第かも。
「……ずっと横になっているって退屈なんだ。まいちゃんは無理せず休んで」
「実は今、だいぶ楽なんです。頭痛って波があるので」
「ああ、それはあるね。俺も、そういうところある」
先輩の否定しないところが好き。
早く教室へ戻れとか言わないところも好き。
「熱とか咳は周りから見ても体調崩しているってわかりやすいけど、目に見えない痛みって本人じゃないとわからないからつらいよね。顔色が紫とか、変な汗が出るとかって相当悪くなっている時だし」
そう言って優しく笑う先輩が本当に好き。
胸がきゅんってする。
だけど、ずる休みしているから後ろめたさがある。
先輩は青白い顔をしているから。
先輩の目に映る女の子は、見た目は弱々しいかもしれない。
だけど少しも病弱じゃなくて、彼が卒業するまで私はそれを隠し通すつもり。
きっと私自身の卒業まで――。
この時間が楽しいけれど、先輩には嘘つきの自分は知られたくない。
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