学校に行きたくない私達の物語

能登原あめ

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3 それが儚いものだと知ったら

3 またね

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 もともと卒業したら会えなくなるのはわかっていたけれど、この世界からいなくなってしまうかもしれないとは思ってもみなかった。

 考えてみたら、先輩から志望校とか受験の話を聞いたことがない。
 違う。
 授業出なくて大丈夫ですか?って訊いたらあいまいに笑ったんだ。
 それ以上訊くなって雰囲気をかもし出していたから、私からその話題をふれなくなった。

 それってやっぱり先の見通しが立たなかったから?
 もしかしたらこのままホスピスに入ってしまうとか?

 大好きなおばあちゃんが癌になって延命治療なんてしたくないと言ってそこに入った。
 二週間に一度、三度目のお見舞いの後で私が学校に行っている間に亡くなったのは記憶に新しい。

 先輩はこのまま卒業できるのかな。
 私が保健室に行くと、七割くらいの確率で顔を合わせる。
 それってかなり頻繁に保健室にいるということだと思う。
 
 先輩はきっと学校が好きなのかも。
 さっきだって気だるげな様子のまま教室へ向かったから、みんなと一緒に卒業したいんだと思う。
 それなら私ができることはなんだろう――。







 それからすぐに期末テストがあったから、しばらく保健室へ行かなかった。
 あと少ししたら冬休みで、三年生達がほとんど登校しなくなる。
 先輩が学校に来ているかどうかもわからないし、確かめようもない。

 そう考えて、岩手先生なら最近保健室に来てるかどうかくらいなら教えてくれるかもしれないと思った。
 私が先輩と会える時間も回数もあと少ししかない。

 先輩の記憶に残りたい。
 私の記憶に先輩を刻みたい。

「先生……」

 私は保健室へ向かった。
 最近は夜になると悪いことばかり考えてしまう。
 だから寝つきが悪いし眠りも浅いし、朝になっても疲れがとれない。

 今日は本当に頭がズキズキと痛んだ。
 ずっと嘘ばかりついてきたから、本当になっちゃったのかな。
 私に罰が与えられたのかも。

「……まいちゃん、ずいぶん顔色が悪いね」
「……先輩。先生は……?」

 先生の椅子に腰かけていた凪先輩が私に声をかけた。
 タイミングがいいのか悪いのかわからなくて困惑する。

「さっき呼び出されていたからそのうち戻ると思うけど……横になったら? いつもより酷そう」
「はい、ありがとうございます」

 いつも使っているベッドに向かって布団に潜り込む。
 せっかく先輩と会えて、あと何回会えるかわからないから嬉しいのと悲しいので顔が向けられない。

「大丈夫? 体温測れそう?」

 先輩の声が近くで聞こえて、目の上に乗せていた腕を外して目を開ける。
 これまでと変わらない日焼けしていない肌と、見ない間に伸びた髪。
 少し長いくらいの方が似合う。

「あとで……先生来てからにします」

 心配そうな表情を浮かべているから、申し訳なくなった。
 私のはたまたま、ただの頭痛で先輩はそうじゃない。

「そう、わかった」

 先輩が私の額にひんやりした手を乗せた。
 純粋に心配してくれたのかもしれないけれど、これまでで一番距離が近い。
 
 何も知らない私だったらドキドキして嬉しくてたまらなかっただろうけど。
 
「……熱はなさそうだね。先生に伝えておくから眠れそうだったら目を閉じて」
「はい、ありがとうございます」

 先輩の手が離れて、私の視線はそれを追いかける。それから、先輩の顔を――。

「まいちゃん、卒業前にデートしようか」

 穏やかで、優しくて儚げな雰囲気さえある先輩の顔に一瞬浮かんだ見慣れない表情に違和感を感じたけれど、言われた言葉に私は意識を奪われた。

「……年内のほうがいいかな。その後はちょっと予定がわからないから。……いや?」
「私、先輩とデートしたい、です」
 
 先輩の来年がどうなるかわからないから?
 考えると悲しいけれど、先輩とのデートはきっと一生の思い出になる。

「今話すことじゃなかったかな。ごめんね。……おやすみ」

 もう終業式も近いしここで会えるかわからないからって、先輩が何かを紙に書いて私の手に握らせた。

 SNSの招待コードが書かれただけの小さなメモ用紙。
 だけど私にとってこれは宝物になる。

 頭が痛くなかったらたくさんおしゃべりして、先輩の声を頭の中にいっぱい響かせたかった。
 穏やかな顔だけじゃなくて憂いを含んだ表情や、口の端を上げて控えめに笑う顔もすべてこの目に焼きつけたい。

 デートで先輩に好きだって伝えるのはいけないことなのかな。
 元々告白するつもりがなかったから、このままやり過ごしたほうがいいかもしれない。

 いつの間にか眠ってしまった私は、授業が全て終わった頃に岩手先生に起こされた。
 すでに凪先輩はいなくて、夢だったのかもと思ったけど手の中に紙の感触。

「鹿児島さん、具合どう? 帰り、迎え呼ぼうか?」

 ぼーっとするけれど、頭痛はすっかり消えていた。

「……大丈夫です。深く眠っちゃったみたいで……電車でのんびり帰ります」

 ベッドから起きて床に足をつけて立ち上がった時、ほんの少しよろけた。
 寝起きだからよくあることだけど、それを見て先生の眉間に皺が寄る。

「……三十分待てる? 心配だから近くまで送って行くわ」
「でも……」
「鳥取くんも送って行くから気にしないで。方向もそれほど変わらないから大丈夫よ。もし個人情報が気になるなら最寄駅か、自宅からそう遠くない場所で降ろすから」

 凪先輩は授業を受けていたらしく間もなくやってきた。
 仕事を終えた先生の後ろを私達は無言でついて行く。

 手の中にあったメモをずっと握っていたかったけど、これ以上しわしわになるのが嫌でパスケースに差した。
 家に帰ったら紙を伸ばして毎晩眺めてしまいそう。

「まいちゃん、具合はどう?」
「……だいぶ良くなりました。先輩こそ、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ」

 自分の質問力の低さにがっかりする。
 大丈夫と訊いたら、大丈夫じゃなくてもそう答える人が多いと思う。
 凪先輩なら気遣って本音を言わない気がする。

「じゃあ、鹿児島さんの家の近くになったら教えてね。最寄り駅までナビの設定はしたけど、ちょっと自信ないなぁ」

 岩手先生の運転は控えめに言って荒々しかった。
 私は先輩と一緒に後ろに座ったけれど、急なブレーキに身体が前のめりになる。
 だから乗ってすぐにシートベルトの確認を何度もされたのかな……。

「車酔いしない?」
「大丈夫です」

 バックミラー越しに先生が尋ねるから私ははっきり答えた。
 先生の運転はかなり雑だけど、それよりも隣に先輩が座っていて、なぜか手を握られていることのほうが気になる。
 
 わたしがふらつかないように?

 座席に縫いとめるように重ねられた手は、思ったより大きくて私の手をすっぽり覆っているらしい。
 らしいというのは、感覚で。
 
 気づかないふりをしていたら、この状態がずっと続く気がしてそこに視線を向けることができない。
 
「…………」

 先生には見えていないんだよね?
 ピクリと私の手が震えると上からぎゅうっと握られた。
 伝わる熱に心臓がドキドキして、普通に呼吸できているのか気になってしかたない。

「…………」

 先生のかけたラジオから流れてくる音楽に耳を傾けるふりをする。
 ずっとこの時間が続けばいいのに。

 見慣れた景色が現れて、私は口を開いた。

「先生、この先に見える青いコンビニの近くなのでその辺りでお願いします」
「赤いほうじゃなくて、青ね」
「はい」

 魔法の時間が切れた。

「先生、ありがとうございました。先輩、さようなら」
「鹿児島さん、気をつけてね。お大事に」
「まいちゃん、またね」

 またね、という言葉に私の胸が弾んだ。
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