1 / 14
1 聖女
しおりを挟む「聖女様、一年に渡るお勤め、ありがとうございました」
神殿の祈りの場から出てきた私に、神官長が言った。
「もしかして……還れるの?」
「はい、聖女様のおかげでとうとう我が国に、安寧がもたらされました。3日後の満月の夜にお還りいただくことができます。……もちろん、残っていただければ私どもは大変嬉しいのですが」
「還ります! 絶対に還ります!」
ある日突然、私はこの世界にいた。
田舎から上京して2年。大学にも一人暮らしにも慣れて、友達もできたし、彼氏もいたけど別れたし、長期休みにのんびり実家に帰った後のこと。
「どこ、ここ……?」
1週間分の荷物が入った鞄片手に途方に暮れた。
アパートに帰る途中で森の中に入り込むなんてありえない。
泣きそうな私を最初に見つけてくれたのは、神殿の騎士様のベルナルド・ホセ・コーボさん。
「あなたが……聖女様ですね……? みなさん! こっちへ来てください! 聖女様をみつけました!」
「え⁉︎ 人違いです!」
「間違いありません。……お疲れでしょう」
金髪のイケメン細マッチョのお兄さんにいきなり姫抱っこされて私は思考が停止した。
4、5人の騎士だと言う方々が片膝をついて、恭しく囲む。
「聖女様、私達は貴女様をお守りする為に存在しております」
キラキラまぶしい彼らと言葉が通じることだとか、何でこんなことになっているのか、とにかくわけのわからないまま神殿へ連れて行かれた。
そこで白髭の神官長に国の為に召喚されたのだと教えてもらって。
勤めが終われば元の時間の元の世界に還してくれると言う。
「歴代の聖女様の日記があるので、読んでみてはいかがでしょう。聖女様達の想いが詰まっています。……ぜひ貴女様にこの国を救っていただきたいのです」
日本語で書かれた日記には――。
祈るだけで贅沢三昧、欲しいものはなんでも手に入って、おいしいものを食べ放題!
格好いい王子や貴族や騎士達にちやほやされてパーティー満喫している様子がただただ書かれていた――。
「…………」
最後のほうの、ギャル文字とはまた違うクセのある丸っこい文字に思わず眉間にシワが寄る。
お母さんの高校時代の文集がこんな感じだったな。メルヘンなイラストもついていたけど……。
「……私達には読むことができません。きっと、歴代の聖女様のご苦労や葛藤、元の世界への切望や渇望なども書かれているかと思いますが……どの方も聖女として過ごした後で還ることを選んだ方、残ることを選んだ方がいらっしゃいます。私達は聖女様をお守りしますし、少しでも快適に過ごせるように努力いたしますので! どうか、どうかここで祈りを捧げてほしいのです」
何人かは還ったみたいだけど、幼な子を抱えた20歳のママとか、超年上の旦那さんの老後が気になる幼な妻さんとか。
それは……還るよ。還るしかない。
というか既婚者を聖女として連れてきちゃだめだと思うよ。人選おかしい。
祈りを捧げるのはだいたい1年、この国が災いに覆われた時だけらしい。
前回は21年前で、この国の公爵と結婚して今はその子供達が活躍しているんだって。
「あの……前回の聖女様と会うことはできませんか?」
「残念ながら……」
神官長が眉を寄せる。亡くなっているとしたら余計なことを言ったかも。
ここで過ごすと時間軸が違って短命になるとかだったら嫌だなぁ。
「あ、いえ、いいんです」
「つい最近、世界一周の船旅に出たばかりでして……しばらく連絡がつかないのです」
前回の聖女様、今もこの世界を満喫しているんだ!
でも私は還りたい!
「あの……じゃあ、絶対に元の世界の元の時間に還してくださいね! 約束を守ってくれるならやってみます。……でも聖女じゃなかったらごめんなさい」
「貴女様の謙虚なところこそ、聖女様に間違いありません。そもそも、これまで間違えたことなど一度もないのですよ」
「…………もしもの時は、ごめんなさい」
そういうわけで1年の間、聖女として神殿の中でひたすら祈った。
おじいちゃんが毎朝唱えていたお経を上げたら、感動されたのでそれを何度も唱えて――。
一部あやふやだったり、喉の調子が良くない日もあったりしたけど、それでも効果はあったみたい。
魔物が眠りにつき、天候に恵まれ豊作、無事国に平和がもたらされたらしい。
ほぼ神殿にいるから実感はわかないのだけど。
その間私の専属の護衛騎士として、ベルナルド・ホセ・コーボさんがずっとついてくれた。
初日は多分気分が高揚して抱き上げちゃったみたいだけど、騎士さん達の中で多分1番真面目で堅物だと思う。歳も彼らの中では1番年上の24歳。
他の人達はベルナルドさんがお休みの時にやってくるけど、崇めるようにキラキラした目で見つめてくるからちょっと苦手だった。
すぐ手にキスしようとするし、息抜きにデートしましょうとか言ってくる。
1番若い子が18歳だったかな。
これまでの聖女様は息抜きデートをしていたんだって。
でもさ、田舎から出てきた普通の女子大生なのに、うっとりした顔で見つめてくるとか絶世の美女並みに褒められるとか怖い。
騎士さん達がイケメン過ぎて現実味がなさすぎる!
お経を上げる低い声が知的でミステリアスで癒されるって。私も意味がわからず唱えているからね。不思議、不思議。
よくわからないけど、戻ったらおじいちゃんの仏壇にお礼を言わなきゃ。
あと、早朝に聞こえてきたお経が怖いと思ってごめんって謝ろう。
そういう訳で、ベルナルドさんが朝から顔を出すとほっとする。
「おはようございます」
起き抜けにご褒美なのか、身支度を整えた後チュロスとホットチョコレートが出てくる。
そして朝の祈りの時間の後はサンドイッチ。
バゲットみたいなパンに必ずトマトが入っていて、その時々でチーズやレタス、豚肉、アンチョビやハムが挟んであることもあった。
昼にはがっつりパエリアやパスタが多くて、デザート付きの魚料理や肉料理のコース。多分昼ご飯がメインなんだと思う。
夕方にティータイム。
チーズケーキおいしい。
遅めの夕食はスープや卵料理が多いかな。
ある夏の夜はガスパチョとじゃがいものオムレツだった……。
「この国の食事はおいしいですね」
ひとりぼっちの食事は寂しいから、内緒でベルナルドさんと一緒に食事をとっている。
本当は隣の部屋で別々に食べるように用意されるのだけど。
「俺もそう思っていますが、聖女様が気に入ってくれたならとても嬉しいです」
日本のふっくらした白いご飯が恋しくなる時もあるけど、ここの食事はとても楽しめた。
それにベルナルドさんと一緒だから余計にそう思う。
向かいに座るベルナルドさんのことは、1年も一緒にいれば親近感……というより好きになってしまっている。自分でも単純だと思うけど、好きなものは好き。
だけど、あと少ししか一緒にいられなくて、とても寂しい。
「ベルナルドさん、私、次の満月で元の世界に還ります。今までありがとうございました」
「そうですか……寂しくなりますね。元気に暮らしてください……残念ですが、任務の関係で最後の見送りはできないと思います」
蒼色の瞳が私をじっと見つめ、手の甲にキスしてくれた。
お別れのキス、って感じた。
引き留めてくれたら残ったのに。
堅物騎士のベルナルドさんにとって、私はただの聖女でしかなくて……。
でも彼にキスされた手の甲が熱く、こっそり自分の唇にあてて胸の痛みをこらえた。
思い切って告白することもできないまま、私はこの国を去った――。
はずだったのに……。
乙女ポエマーになってる場合じゃない。
おかしい。
ここはどこだ?
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
契約破棄された聖女は帰りますけど
基本二度寝
恋愛
「聖女エルディーナ!あなたとの婚約を破棄する」
「…かしこまりました」
王太子から婚約破棄を宣言され、聖女は自身の従者と目を合わせ、頷く。
では、と身を翻す聖女を訝しげに王太子は見つめた。
「…何故理由を聞かない」
※短編(勢い)
そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげますよ。私は疲れたので、やめさせてもらいます。
木山楽斗
恋愛
聖女であるシャルリナ・ラーファンは、その激務に嫌気が差していた。
朝早く起きて、日中必死に働いして、夜遅くに眠る。そんな大変な生活に、彼女は耐えられくなっていたのだ。
そんな彼女の元に、フェルムーナ・エルキアードという令嬢が訪ねて来た。彼女は、聖女になりたくて仕方ないらしい。
「そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげると言っているんです」
「なっ……正気ですか?」
「正気ですよ」
最初は懐疑的だったフェルムーナを何とか説得して、シャルリナは無事に聖女をやめることができた。
こうして、自由の身になったシャルリナは、穏やかな生活を謳歌するのだった。
※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。
※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。
私が偽聖女ですって? そもそも聖女なんて名乗ってないわよ!
Mag_Mel
恋愛
「聖女」として国を支えてきたミレイユは、突如現れた"真の聖女"にその座を奪われ、「偽聖女」として王子との婚約破棄を言い渡される。だが当の本人は――「やっとお役御免!」とばかりに、清々しい笑顔を浮かべていた。
なにせ彼女は、異世界からやってきた強大な魔力を持つ『魔女』にすぎないのだから。自ら聖女を名乗った覚えなど、一度たりともない。
そんな彼女に振り回されながらも、ひたむきに寄り添い続けた一人の少年。投獄されたミレイユと共に、ふたりが見届けた国の末路とは――?
*小説家になろうにも投稿しています
はずれの聖女
おこめ
恋愛
この国に二人いる聖女。
一人は見目麗しく誰にでも優しいとされるリーア、もう一人は地味な容姿のせいで影で『はずれ』と呼ばれているシルク。
シルクは一部の人達から蔑まれており、軽く扱われている。
『はずれ』のシルクにも優しく接してくれる騎士団長のアーノルドにシルクは心を奪われており、日常で共に過ごせる時間を満喫していた。
だがある日、アーノルドに想い人がいると知り……
しかもその相手がもう一人の聖女であるリーアだと知りショックを受ける最中、更に心を傷付ける事態に見舞われる。
なんやかんやでさらっとハッピーエンドです。
期限付きの聖女
波間柏
恋愛
今日は、双子の妹六花の手術の為、私は病院の服に着替えていた。妹は長く病気で辛い思いをしてきた。周囲が姉の協力をえれば可能性があると言ってもなかなか縦にふらない、人を傷つけてまでとそんな優しい妹。そんな妹の容態は悪化していき、もう今を逃せば間に合わないという段階でやっと、手術を受ける気になってくれた。
本人も承知の上でのリスクの高い手術。私は、病院の服に着替えて荷物を持ちカーテンを開けた。その時、声がした。
『全て かける 片割れ 助かる』
それが本当なら、あげる。
私は、姿なきその声にすがった。
冷酷騎士団長に『出来損ない』と捨てられましたが、どうやら私の力が覚醒したらしく、ヤンデレ化した彼に執着されています
放浪人
恋愛
平凡な毎日を送っていたはずの私、橘 莉奈(たちばな りな)は、突然、眩い光に包まれ異世界『エルドラ』に召喚されてしまう。 伝説の『聖女』として迎えられたのも束の間、魔力測定で「魔力ゼロ」と判定され、『出来損ない』の烙印を押されてしまった。
希望を失った私を引き取ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、この国の騎士団長カイン・アシュフォード。 「お前はここで、俺の命令だけを聞いていればいい」 物置のような部屋に押し込められ、彼から向けられるのは侮蔑の視線と冷たい言葉だけ。
元の世界に帰ることもできず、絶望的な日々が続くと思っていた。
──しかし、ある出来事をきっかけに、私の中に眠っていた〝本当の力〟が目覚め始める。 その瞬間から、私を見るカインの目が変わり始めた。
「リリア、お前は俺だけのものだ」 「どこへも行かせない。永遠に、俺のそばにいろ」
かつての冷酷さはどこへやら、彼は私に異常なまでの執着を見せ、甘く、そして狂気的な愛情で私を束縛しようとしてくる。 これは本当に愛情なの? それともただの執着?
優しい第二王子エリアスは私に手を差し伸べてくれるけれど、カインの嫉妬の炎は燃え盛るばかり。 逃げ場のない城の中、歪んだ愛の檻に、私は囚われていく──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる