聖女の役目を終えたのですが、別のところへ転移したので堅物騎士様助けてください!

能登原あめ

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「おおぅ! アンじゃねぇか! これからは夜も働くのか? さっそくオルホを頼む」

 この島特産のひとつ、オルホはワインを作る時に残ったぶどうの搾りかすから作るお酒で、この店のは度数が40度くらいある。
 安くて人気の飲み物で意外と飲みやすい。
 
「ありがとうございます、ミケルさん。今夜だけですよ! 特別ですから」
「おお? 特別か――なんか嬉しいな。じゃあ、つまみも見つくろってくれ」
「はーい!」

 ミケルさんは肉にかぶりつくのが好きだから、骨つき肉にしよう。それと、すぐに出せるオムレツやピンチョスかな。

 ざわざわした店内で、視界の端に男が座ったのが見えた。
 ちょうど私の担当するテーブルで、常連さんなのかも。
 メニューも見ずに私に声をかける。

「すまない、ジンを頼む。ジュニパーベリーだけで作られた島のものを」 
「はい! 島のジンですね。ちょっと待ってくださいね!」

 顔を向けて驚いた。
 シャツとパンツという軽装のベルナルドさんだったから。

「……聖女様?」

 ベルナルドさんのポカンと口を開けた顔なんて珍しくてちょっと笑いたくなる。
 今の私はただのアンで、この島には聖女だったことを知っている人はいない。
 言われたことがないし、神殿から出ることも少なかったから知られていないはず。
 それに自分から言うのも恥ずかしい。
 
「あー、えっと、アンと呼んでください! 私はアンです。ベルナルドさん、あとで話をする時間をくださいませんか?」
「…………」

 なぜか驚いたまま固まっている。

「あの、ベルナルドさん、忙しいですよね。ほんの少しの時間でいいので……私」
「わかりました、アン。……仕事が終わるまでここで飲みながら待ちます」
「……っ、ありがとう、ベルナルドさん!」

 いいタイミングで会えたかも!
 もしかして、神様っているんじゃない?
 ベルナルドさんに話を聞いてもらって、神殿へ早く行けるように協力してもらいたい。

 一緒に行ってもらえるのが一番だけど、お休みでこの島にいるのか仕事なのかわからないから。
 その夜はベルナルドさんをチラチラ見ながら仕事をこなした。








「お待たせしました……ベルナルドさん、会いたかったです」
「……っ⁉︎ そう、なのか……俺も、です」

 ベルナルドさんの顔が少し赤くて、もしかしたら結構お酒が回ったのかも。

「あの……込み入った話をしたいんですが、私はこのレストランの寮に入っているのでどこか別の場所に」
「俺の家がここから近いので行きましょう。祖父母の家で結構広いので」

 ベルナルドさんが食い気味に言った。もしかしたら結構酔っているのかな。立ち上がった時、ちょっと体が揺れたから。

 これは無事に帰れるように見守った方がいいかも。近くなら迷わず戻って来られるはずだし、この辺りは夜中まで明かりが灯っている。
 それに、地元の警備団が夜の見回りをしてくれているから女の子も安心して歩ける。

「はい、じゃあ、お邪魔します」
「聖……アンが邪魔なんてことはありませんよ」
 
 ベルナルドさんは相変わらず真面目で、謎の安心感に包まれた。
 こっちではそんな言い方しないのかな。
 おじいちゃんとおばあちゃんがいるなら何か手土産が欲しかったけど……気づくのが遅かったな。
 ベルナルドさんの隣に並んで歩きながら話す。

「ベルナルドさん、この島の出身だったんですか?」
「いえ、幼い頃はよく遊びに来ていました」
「……今休暇ですか?」
「いや、……あ、ここです。どうぞ」

 古い家ではあるけれど、趣きがあってしっかりした造りはベルナルドさんっぽく感じる。
 電気が消えているから起こしてしまわないよう静かにしなきゃ。

「お邪魔します……ステキですね。風が通って涼しそうです」

 私は小声で話すけど、ベルナルドさんは酔っているからか声が大きい。

「あぁ、屋根が高いから窓を開けておけば熱がこもることはほとんどないですよ」

 2人が起きちゃうんじゃないかとヒヤヒヤしつつ、案内されるままソファに腰かけた。

「仕事の後で疲れたでしょう? 何か飲みませんか? 茶ならありますから」
「えっと。物音を立てたらみなさん起きません?」

 ベルナルドさんが、目をぱちくりさせた。

「みなさん? 祖父母は本土に渡りました。この家は俺が譲り受けたんです。……なので、まず、お茶を淹れますね」

 えーと、じゃあ、2人きりということ?
 ちゃんと確認しないでついていくなんて、好きな人に会えた嬉しさで頭が回ってなかったみたい。

 でもベルナルドさんは真面目だし、態度も前と変わらないし、私のことは今でも聖女扱いなのかな。
 ちょっと複雑でもある。

「お願いします」

 キッチンとリビングが一緒の造りらしく、ベルナルドさんが慣れた手つきでお湯を沸かし始めた。

「ベルナルドさんはいつこの島に来たんですか? 私、どうやら間違ってこの島に飛ばされてしまったみたいなんです」

「俺は半月前にやって来ました。……多分ですが、帰還の儀がうまくいかなかったのですね。あの夜は、月に雲がかかっていましたから……」

 え?
 月に雲がかかっていたっていう、繊細な理由で私は帰れなかったの⁉︎

「まさか、そんな……」
「あなたがここにいるということは、そういうことだと思います」

 ベルナルドさんは神妙な顔で私を見つめた。

「やはり還りたいですか?」

 ベルナルドさんが私の前にひざまずいて、手を握る。

「アンはこの2ヶ月、ひとりで頑張ってきたんですね。この先は私が護りますから、一緒に神官長に会いに行きますか……?」

 ベルナルドさんはもう、私の護衛騎士じゃないのに……。
 好きな人にそんなことを言われたら、想いが強くなってますます好きになっちゃうのに。
 久しぶりに会ったベルナルドさんは、ベルナルドさんのままで、カッコいい。

「お仕事は大丈夫ですか? 私はついてきてもらえたら心強いですけど」
「あぁ、それは心配しなくて大丈夫です。実はあなたが還るあの日、1年前から仕事を辞めることが決まっていました」

「え?」
「出奔した兄の代わりに家を継ぐことになっていたのですが……結局兄が戻って家を継ぐことになったので、俺はしばらく旅をしてから島暮らしをすることにしたんです。ですが……こんなことならもっと早く戻ればよかったです」

 ベルナルドさんがぎゅっと私の手を握った。
 落ち着いて聞いて下さい、と告げてから。

「実は、ここへ来るまでの間に神殿を新しくするという噂を聞きました。聖女様の加護で10年以上安泰だと考えられているので、新しく建て替えるらしいです。事実、木材や職人が集められているようですし……なので、急いで神殿へ向かいましょう」

 そんな話、この島には聞こえてこなかった!
 雨季だから船便も少ないし情報が遅いってのもあるだろうけど、夜はもしかしてそんな話題もあったのかな?
 のほほんと満喫してる場合じゃなかったよ!

「神殿が壊されたら、私が召喚された場所もなくなってしまうって、ことですよね?」
「そうです。本当なら今すぐ向かいたい」

 船が出港するまで、あと3日!
 どうか晴れて!
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