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1 出逢う
しおりを挟む番と出逢ったのは今日の昼間の話。
いつものように、生後二ヶ月の息子ジョナスを抱っこして商店街へと向かった。
たいして買うものはなかったけれど、家にこもりがちな私の息抜きを兼ねて。
情報通な八百屋のおばさんと少しおしゃべりした後、反対の通りへ向かおうとして、いきなり後ろから抱きしめられた。
「見つけた」
耳に心地よい低い声。
ジョナスを抱えていた私は驚いて顔だけ振り向く。
「…………」
黒い瞳の大柄な男で、三十代半ばくらい。
道の真ん中で見つめ合った。
「…………」
彼は私の番に違いない。
この国の大半の人々は竜人の血を引いている民族で、国の一割弱の人々が番同士で婚姻を結んでいる。
憧れはあったけど、巡り会えず幼馴染みと結婚したのに、まさかこんなタイミングで出逢うなんて。
「…………」
「あなたの子ども? 結婚してる?」
彼は私の腕の中で眠る子をじっと見下ろした。
「離してもらえませんか……? 結婚していますし、この子も産まれたばかりです……」
私は思いがけない出来事に混乱した。
「…………俺はしばらくこの街にいる。俺と一緒になって欲しいが、番の幸せが一番だとも、思う……あなたが本当に幸せか、それを知りたい」
「私は今、幸せです」
可愛いジョナスが産まれて、私達はこれまでより家族らしくなって、今が一番幸せだと思う。
その一方で目の前の番に言葉では言い表せない愛しさを感じて戸惑った。
「そうか……」
声音から番の悲しみが伝わって、落ち着かなくなる。
これ以上一緒にいたら、私の心は彼に引き寄せられてしまうかもしれない。
それは困る。
私はジョナスを守らないと。
「ごめんなさい……さようなら」
私は彼の前から逃げ出した。
その夜、いつものように家族で夕食をとってのんびりしていると、珍しく義姉夫婦がやってきた。
さっそく義姉のローラがジョナスを抱っこして、私に最新の噂を話し出した。
アマヤ、番と出逢って商店街で抱き合ったんだってね、と。
ローラがまるで見てきたかのように事細かに説明するから、私は口を挟む間もない。
「……すぐ言ってくれたらよかったのに。……それなら離縁するしかないよ。子どもはこっちで引き取るから」
夫ジムの言葉に私は固まった。
「こうなったら仕方ないのよ。あなたが悪いわけじゃない。……子どもの心配はいらないわ。私達夫婦が引き取るから安心して。これも運命よ。私達、長い間子宝に恵まれなかったから、その分大事に育てるわ、いいでしょ? ジム」
ローラの言葉に、隣に立つ義兄さんも力強く頷き、ジムと三人で今後を検討し始めた。
「待ってください! そんなこと勝手に決められても……」
「もう、みんなに見られているんだ。この国の法律も、番のいないほうが子供を引き取ることになっている。俺だってこんなことになると思わなかったよ。……だけど俺一人じゃ育てられないから、仕方がないさ」
「アマヤ、ここに名前書いて」
彼らに囲まれて、私はペンを握らされる。
それはローラが用意してきた離縁状で、名前を書いたら子どもと離れることも承諾したことになるのだと言う。
「でも! 私、彼の名前も知らない! ジョナスと離れたくない! 私が産んだの! 私がいないと!」
丸一日かかってようやく産まれた愛しい息子。
首だってちゃんと座っていなくて、一日に何度も母乳を飲ませている。
なかなか身体が回復しない中、慣れない育児をがんばってきた。
私がいなかったらこの子は大きくなれないはず。
「相手の男が、嫉妬してジョナスを殺すかもしれないのに?」
ジムがそういって眉をひそめる。
番が義子を殺める事件が続けて起こったから、この国では番が現れたらそれまでに授かった子どもとは完全に切り離されてしまう。
すべての番が義子を殺めるわけじゃないのに。
「……そんなの、また会うかもわからないのに、どうして私からジョナスを奪おうとするの? 私達、これからだってうまくやっていけるはずよ」
小さな村では、番の夫婦なんて数えるほどしかいなくて、二十歳になった私達は幼馴染みの気安さで結婚し、同時に王都に出て働き出した。
すぐに私の妊娠が分かって、慎ましくも穏やかで、ジョナスが産まれた後もそんな日々がずっと続くのだと思っていたのに。
「……もう君達は出会ってしまったんだ。きっとすぐに探し当てると思う。……さぁ、書いて。俺も番に殺されたくないから」
誰一人私の味方がいない。
ジョナスはローラの腕の中ですやすや眠っている。
「この子には私が母だと伝える。ちゃんと大切に育てるから……約束するわ。すべてお互いの幸せのためよ。だから、書きなさい」
聞き分けのない子に話すように私に向かって言った後、とても優しい顔をしてジョナスを見つめる。
その様子を義兄もジムも穏やかに眺めていて、私は独り、その輪から外された。
涙が溢れて止まらない。
「さぁ、書いて」
どうにもできないのだと。
絶望を感じながら震える手で二枚の離縁状に名前を書き、それぞれ一枚ずつ持つことになった。
ジムは立ったまま、私を見ている。
これまでなら慰めてくれたのに、一定以上近づきもしない。
「……しばらくジョナスとみんなで暮らすよ。この家は一月後に出て行くと大家さんに話すけどそれでいいかな。…………じゃあ、元気で」
「……最後にジョナスを抱っこさせて」
扉に向かう彼らに声をかける。
ローラが申し訳なさそうに答えた。
「ごめんなさい……よく眠っているから…………アマヤ、お元気で。お互い幸せになりましょう」
ジムがジョナスを抱えたローラを守るように立ち、手を伸ばした私を止める。
「起こしちゃだめだよ」
「…………」
「さよなら、アマヤ。幸せになれよ」
「…………」
いろいろな思いが込み上げて、言いたいことはたくさんあるのに、ただただ涙が出る。
私はその場に一人取り残され、彼らはさっと荷物をまとめて家の前に停めた馬車に乗って扉を閉めた。
その音で目を覚ましたのか、ジョナスの泣き声が微かに聞こえて、暗闇の中へ飛び出す。
その子、とっても寝起きの悪い子なの。
一度目覚めたらぐずって大変なの。
しばらくは何をしても泣き止まなくて、いつもへとへとになる。
だけど、私は母親だから彼が眠りにつくまで抱っこし続ける。
いつもそうしてきたの。
「待って! やっぱりだめ! ジョナス! ジョナス‼︎」
裸足で飛び出した私に、気づいた彼らが馬車のスピードを上げて去っていく。
私は、それを見送るしかなくて。
いつのまにか雨がしとしと降り、私を濡らした。
幸せがあっという間にこぼれ落ちた。
* * * * *
お読みいただきありがとうございます。
合わない方は無理せずに。
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