2 / 14
2 夢なら
しおりを挟む泣き疲れて目を覚ました時、私は着替えもせず食卓に突っ伏していた。
真っ先に思い出したのは、授乳の時間。
胸の辺りが濡れている。
「ジョナスに……」
人の気配のない、シンとした部屋。
現実感はないけれど、あれは夢じゃなかった。
喉がカラカラ。
身体が凝り固まって、頭が重い。
胸がカチカチに張っている。
どこもかしこも痛い。
ジョナスはどうしているだろう。
ちゃんと飲ませてもらっているのかな。
ちゃんと眠れているかな。
今この腕に抱けなくて悲しい。
ふにゃふにゃとした頼りない身体を、あの甘い匂いを感じたい。
どうして今、一人きりなんだろう。
昨日の朝は三人揃っていたのに。
どうして今、ジョナスに飲ませるはずのものを捨てているんだろう。
虚しい。
番となんて出会いたくなかった。
こんな悲しい別れを経験せずにすんだのに。
番と出会うことは本当に幸せなのだろうか。
家の中で何が悪かったのか、どうしたらよかったのか考えているうちに、いつ朝が来て、夜が来たのかわからなくなった。
何もする気が起きなくてベッドに横たわる。
あの日、商店街に行かなければよかったと何度思ったかしれない。
それから、離縁状にサインなんてしなければよかった。
ごねて、ごねて、何かもっといい方法が見つかるまでサインしなければよかった。
ジョナスを起こしてずっと抱きしめていればよかった。
胸が張ってくると、ジョナスはどうしているか虚しい気持ちになりながら処理する。
自分が乳くさい。
カーテンも開けずにこの家にこもっている。
あの夜からお風呂にも入ってないし、何か食べたいとも思わない。
多分二日……いや、三日経った?
死んでもいい、死んでしまいたい、そう思うのに、小鍋に残ったスープがもったいないとも思う。
二人合わせて一人前の稼ぎだったから、食べ物は粗末にできなかった。
矛盾する気持ちに、なぜか笑いがこみ上げ、枯れたはずの涙が再び溢れる。
スプーンを持つ手が震えた。
私は立ったまま、冷たいスープを直接小鍋からすくって口に運んだ。
ほとんど具は崩れているから、飲み込むだけ。
味はよくわからない、多分悪くなっていないと思う。
機械的に口元に運んで、空になったところで息を吐いた。
こんな状態でもお腹が満たされると、頭の中も回りだす。
八百屋のおばさんがやってきたのは、昨日だった?
出なかったけれど。
周りの目も気になって、夜暗くなってから玄関を開けると、芋の入った袋が置かれていた。
彼女は目の前で私達を見ていた。
広めたのは彼女かもしれない。
商店街の目立つところで出逢ってしまったから、見ていた人は他にもたくさんいたし、違うかもしれない。
心配して親切心でやってきたのか、私達家族のその後が気になって見に来たのか、今の私には冷静に判断できないけれど、いい感情は持てない。
この先どうしたらいいかもわからない。
ベッドに戻ってごろりと横になった。
眠れるわけがない。
でも身体を動かす気にもなれない。
ぼんやりと天井の木目を眺める。
「ジョナスに会いたい」
どうにかして取り戻すことができないかな。
義姉夫婦の家に忍び込んで、取り戻す?
部屋の間取りもよくわからないのに?
大人が三人いて、赤ちゃんが一人きりになる時間なんてほとんどないと思う。
もし運良く、取り戻したとしても、どこか遠くへ逃げなくてはいけないし、この国に住むことはできない。
じゃあ、どうしたら?
現れた番のことも考える。
名前さえ知らない。
彼はしばらく王都にいると言っていたけど、私は名前も住まいも教えていない。
そろそろ帰るんじゃないかと思う。
胸が震えて愛しいと思う気持ちを知ってしまったけど、その感情は厄介だ。
何も知らないのに相手を愛しく感じるなんて、怖い。
さらに、彼を見つけ出して、味方になってほしい、彼しか味方になってもらえないだろうという感情が湧き上がることも恐ろしい。
法に反してまで味方になる可能性は、低いのに。
そんなことを考える自分が、情けなくて、ますます自分の感情が分からなくなる。
「結局、夫も、子どもも、番も、みんないなくなったじゃない。住む所も……もう、なくなる」
話す相手もいないのに、声に出す。
弱々しい声。
私にはなんにもない。
このまま一月経って、私がこのままベッドの上で息を引き取っていたら、ジム達も罪悪感を感じるかも?
私がその姿を見れないのは残念だけど。
家にこもって多分五日目の夕方、八百屋のおばさんが外から声をかけた。
「奥さーん! 果物、置いとくからね。栄養が偏るから!」
彼女は本当に心配してくれているのかもしれない。
でも長く身なりを整えてないから人前には出れない。
私は彼女が立ち去るのを静かに待って、暗くなってから玄関の扉をそっと開けた。
次の瞬間何かに身体を包まれて、パタンと扉が閉まる。
「すまない……」
男の低い声に、私は逃れようと手足をバタバタさせる。
「あなたが! あなたが、現れて‼︎」
男の胸元にますます強く抱き込まれて、番の匂いに私の感情が溢れた。
顔を上げて彼を睨む。
「全部、失った! 私の、私の大切な……!」
ジョナス。
涙が溢れて言葉にならない。
「すまない」
「私の……っ、私、……」
彼の黒い瞳はただ静かに私を見つめていて。
私の後頭部に手を添えてグッと胸に押しつけた。
「…………すまない」
2
あなたにおすすめの小説
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
番など、今さら不要である
池家乃あひる
恋愛
前作「番など、御免こうむる」の後日談です。
任務を終え、無事に国に戻ってきたセリカ。愛しいダーリンと再会し、屋敷でお茶をしている平和な一時。
その和やかな光景を壊したのは、他でもないセリカ自身であった。
「そういえば、私の番に会ったぞ」
※バカップルならぬバカ夫婦が、ただイチャイチャしているだけの話になります。
※前回は恋愛要素が低かったのでヒューマンドラマで設定いたしましたが、今回はイチャついているだけなので恋愛ジャンルで登録しております。
番探しにやって来た王子様に見初められました。逃げたらだめですか?
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はスミレ・デラウェア。伯爵令嬢だけど秘密がある。長閑なぶどう畑が広がる我がデラウェア領地で自警団に入っているのだ。騎士団に入れないのでコッソリと盗賊から領地を守ってます。
そんな領地に王都から番探しに王子がやって来るらしい。人が集まって来ると盗賊も来るから勘弁して欲しい。
お転婆令嬢が番から逃げ回るお話しです。
愛の花シリーズ第3弾です。
番が1人なんて…誰が決めたの?
月樹《つき》
恋愛
私達、鳥族では大抵一夫一妻で生涯を通して同じ伴侶と協力し、子育てをしてその生涯を終える。
雌はより優秀な遺伝子を持つ雄を伴侶とし、優秀な子を育てる。社交的で美しい夫と、家庭的で慎ましい妻。
夫はその美しい羽を見せびらかし、うっとりするような美声で社交界を飛び回る。
夫は『心配しないで…僕達は唯一無二の番だよ?』と言うけれど…
このお話は小説家になろう様でも掲載しております。
『番』という存在
彗
恋愛
義母とその娘に虐げられているリアリーと狼獣人のカインが番として結ばれる物語。
*基本的に1日1話ずつの投稿です。
(カイン視点だけ2話投稿となります。)
書き終えているお話なのでブクマやしおりなどつけていただければ幸いです。
***2022.7.9 HOTランキング11位!!はじめての投稿でこんなにたくさんの方に読んでいただけてとても嬉しいです!ありがとうございます!
王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…
ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。
王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。
それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。
貧しかった少女は番に愛されそして……え?
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる