ここは番に厳しい国だから

能登原あめ

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3 くらやみ

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 彼の腕の中で思い切り感情をぶつけて、ひとしきり泣いた後、私は何にも考えることができなくなった。
 
 悲しみも大きすぎると何も感じなくなるものなのかもしれない。

「あなたをこのまま、ここに残すわけにはいかない。……俺の住まいに連れて行くよ」

 どうせここに残ることはできない。
 私なんて、どうなってもいい。

「……持っていきたいものはあるか?」

 持っていきたいもの……?
 ぼんやりする私に、部屋を見回した彼が、火のついていない暖炉の前にかけてあったおくるみを手にした。
 
 それは妊娠中にジョナスのために作った柔らかい手触りの布を何枚も重ねて縫い合わせたもので、吐き戻したから洗濯して干しておいたものだ。

 洗濯したけど、もしかしたら匂いが残っているかもと手を伸ばし、思い切り匂いを吸い込んだ。

 うっすらとジョナスの匂いがする。

「……他に持っていきたいものはある?」

 そう聞かれて首を横に振った。
 台所と居間と寝室があるだけの家。
 一回りした彼が私のマントを手にして、それで私を包んだ。
 それから横抱きにされて、暗闇の中に連れ出される。

「行くよ」

 私は目を閉じて考えることをやめた。
 

 
 





 次に目を開けた時、どこかの宿屋にいた。
 まさか、自分が眠ってしまうとは思わなかった。

「今から風呂に入ろうと思っていた。いいか?」

 尋ねられて意味がわからない。
 勝手に入ればいいのに。
 私が無言で頷くと、ほっとしたように笑った。
 
 それから、その場で彼が脱ぎ出す。
 鍛えられた身体は古傷がたくさんあって、ひょろっとしたジムとは全然違うんだとぼんやり眺める。
 
 まるでもう一人の自分が観察しているみたい。

 私の様子に気づいた彼が、下着を残して私の元へとやってきた。
 それから、マントに手をかけ、脱がした。
 前開きのワンピースはだらしなく緩んでいて、しかも母乳が漏れて乾燥した胸元の生地はかたくなっている。
 
 ずいぶん汚れている。
 あれから一度も着替えていないのだから、当たり前なのだけど、明るい部屋で見るとものすごく酷い。
 
 明らかに人様に晒す姿ではないのだけど、そんな私を無表情のまま彼が服を脱がす。
 全てを取り払い、私を縦に抱き上げた。

 胸が張って、彼の身体と擦れるとかなり痛い。
 彼が私を風呂椅子に座らせた後、どこかへ離れたから、その場で胸に手を当て張りがおさまるまで手を動かす。

 裸になって戻ってきた彼は、私が手を止めるまでじっと待った後、足先からそっと湯をかけた。
 爪先も砂まみれだった。

 温かい。
 
 頭から顔にかからないように何度か湯をかけた後、彼のゴツゴツとした指が髪を解き、石鹸で地肌からていねいに洗ってくれた。

 気持ちいい。

 それから、布に石鹸を泡だてて、優しく身体を撫でるように洗う。
 食器を洗うのと同じくらい淡々とした彼の様子に、私は何も感じなかった。
 そのまま抱き上げられて湯船に浸かった時は、ため息が出た。

 何日ぶりだろう。
 五日?いえ、六日になるのかも。
 よくわからない。

 もっと浸かっていたかったけど、彼に抱き上げられて、布で包まれた。

「体力がついたら、もっとゆっくりするといい」

 そう言われてこくりと頷く。
 彼がほんの少し口角を上げて、それから髪を拭いてくれた。








 
「腹は? 少し何か食べよう」

 彼が頼んでくれたらしく、料理が二人分並んでいる。
 けれど、ずっと食べていなかったから、とても食べられそうもない。
 彼の膝に布で包まれたまま座らされているのは、きっと向かい合わせだったら何も手につけないとわかっていたからかも。

「これはどうだ?」

 ドロドロとした飲み物を口元にあてがわれる。
 甘い、果物の香り。
 
 匂いを嗅いで、興味が湧いた。
 彼がゆっくりとカップを傾けると、口に流れこむ。

 甘いだけじゃなくて、ちょっと酸っぱくて口の中がさっぱりする。
 
「もう少し飲めるか?」

 彼が私のペースに合わせて、口もとへ持ってくる。
 半分ほど飲んだところで、私は首を横に振った。
 彼が残りを一気にあおる。

「…………甘いな」

 そう呟いた後は、私を抱えたままテーブルのものを全て平らげた。
 その後は彼に抱きこまれたままベッドに横になった。

「少し、話をしようか。…………俺はサディアス。辺境警備隊の副隊長をしていて、休暇で王都に住む妹夫婦に会いに来たんだ。……両親とは幼い頃に死別していて、普段は辺境から出ることはほとんどない。結婚はしたことがない。歳は三十七になる……何か訊きたいことはあるか?」

 首を横に振る私に、そうか、と呟く。
 しばらく黙った後、彼が言った。

「……名は?」
「…………アマヤ」
「そうか、いい名だ」

 私をぎゅっと抱きしめる。
 けれど、苦しいということもなく、彼に包まれていると感じるだけ。
 規則正しい彼の心音が聞こえて、それを聴いていたくて耳を澄ます。
 
「…………おやすみ、アマヤ」

 私の名を呼ぶ低い声が、嫌じゃない。
 穏やかで落ち着く。
 
 眠れるわけがないと思ったのに、彼に髪を撫でられているうちに私は眠りに落ちた。


 

 
 
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