ここは番に厳しい国だから

能登原あめ

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 すっきりと晴れた朝。
 私達は港町へと向かった。

 ここに来るのは初めてじゃなかった。
 一度だけ、最初の頃にサディアスが買い物と気分転換を兼ねて連れて来てくれたけれど、私はぼんやり海を見つめるばかりで、彼が選んだ服を買ってもらい、食事も食べさせてもらい、宿屋にも泊まったはずなのにほとんど記憶がない。
 
 ものすごく申し訳なくて、恥ずかしい。
 今も部屋で食事をとる時は膝に抱かれたままだけど、食堂など人前では隣り合うか向かい合って食事にしている。
 なんとなく残念そうではあるけれど。
 
 お風呂だって一緒に入るのが当たり前になっているから、今さら別々にとも言い出せなくて、さすがに自分で身体を洗うけど、髪は彼が洗ってくれる。
 もともとまめなのかもしれない。

 引越しも考えた。
 家族用の宿舎は台所がついていて、私が朝晩の食事を作る案も出たけど、昼間に厨房で働くならもうしばらくこの部屋で過ごしたいとサディアスに言われた。
 私が一日中料理に関わって疲れ過ぎるのではと心配になったらしい。

 そんなことはないと思ったけれど、部屋が小さいと相手の気配も感じて居心地がいいから、私は彼に頷いた。

 その話をブレアさんに話したら、なんだか最終的におかしそうに笑っていた。
 







 ジョナスに会いたいと言った私だけれど、どこに住んでいるかまでは母の手紙に書いてなくて、最近仕事を求めてやってくる人達が集まっている地域じゃないかということくらいしか想像がつかなかった。

 そんな状態でサディアスを付き合わせるのは申し訳ないと思うのだけど、私自身が前を向くためにもジョナスに会うことは必要なことだと思っている。

 一度目で運良く見つけられたらいいけれど、何度も休日を潰すことになるかもしれない。
 そう思っていたのだけど。

「住まいは分かっている……調べたから」

 サディアスが言葉少なに言う。
 私が目をつけた地域で合っていて、無駄に回らなくてすんだことに感謝した。

「……このくらい、なんでもない」

 副隊長というのは、色々な情報を手に入れやすいのかもしれない。

「それでも、ありがとう……」










 港町の外れに並んだ新しい家々。
 どれも小さい家ではあるけれど小さな庭もあって、どこかから小さな子供達の楽しそうな声が響いてきた。
 ここには温かくて、普通の家族の生活がある。
 
 失ったものを見せつけられているみたいで、心が苦しくなって彼の手をキュッと握った。

「…………」

 彼が何も言わずに私を見つめている。

「…………大丈夫だから」
「わかった」

 表の通りから奥まったところに建つ小さな家。
 後ろ側は林になっていて、まだまだこの地域は広げられるんだろうなという感じ。
 そんな林の中を小さな男の子がとことこ走っている。
 私達は見つからないようにそっと下がった。

 ジョナス。
 顔立ちはジムの小さい頃に似ていて、胡桃色の髪がきらきら光っている。
 木の実か何かをいくつか拾って、小さな赤ちゃんを抱えた女性に見せた。

 それは少しふっくらして穏やかな笑みを浮かべるローラで。
 しゃがんで何か囁くと、ジョナスは嬉しそうに笑って首にギュッと抱きついた。
 彼女も彼を抱きしめ、頭に口づける。
 
 片腕に抱いた赤ちゃんはジョナスの髪をギュッと掴むのだけど、彼は笑ってそのまま赤ちゃんの頭を撫でた。

 あぁ、愛されてる。

 それは疑いようもなく、愛情あふれる家族の一場面で、私の入る隙間なんて少しもない。
 ジョナスが実の息子じゃないなんて、誰一人思わない。
 それくらいしっくりしている。

 本当はあそこにいるのは私だったはずなのに。

 今さら母親だと名乗ることなんてできない。
 本当は飛び出して抱きしめて、私が母だと言いたい。
 でも、脚が震えている。

 約束通り彼女はジョナスを大切にしてくれていた。
 ジョナスが幸せなのを見て、せつなくて、悲しくて、寂しい。
 今すぐ喜べないし、素直によかったとも言えない。

 だけど、これは予想していたこと。

 私は遠くから幸せを祈る。
 そう決めた。
 

「……サディアス、戻りましょう」
「………………わかった」

 今はこの場を離れたい。
 サディアスの顔を見ることはできなくて、小さな声で伝えた。
 そっと抱き上げられて、不自然じゃない程度に早足で彼が歩く。

 この辺りを見学に来た夫婦に見えたらいい。
 歩き疲れた妻を優しく抱き上げる夫にみえたなら、なおいい。

 彼の腕に包まれていると、甘えて泣きたくなる。
 何も聞かずにいてくれる彼の優しさにとことんつけ込んでいる。

 彼が好き。
 彼がそばにいてくれるおかげで、私は乗り越えられる、きっと。
 今は胸が張り裂けそうだけど。

「ありがとう……」

 それだけ言って彼の肩に頭を乗せる。
 どうして何も聞かないのって、優しすぎるって、色々言いたいのに涙があふれそうでこれ以上喋れない。

 私の髪を撫でて、ほんの少しきつく抱きしめる。
 
「一ヶ所、寄って行く」
「…………」

 まっすぐ帰って、ベッドに潜り込みたいけれど、私の我がままばかりきいてもらっているから、私は黙って頷く。

 どこに連れて行かれるにしても、これまで彼は私が嫌がることはしてこなかったから。

「そのまま、寝てもいい」

 彼が歩く振動と彼の低い声、それから、温かい身体に包まれてうとうとしてきた。
 
 私はつらいことがあると、眠ることで現実から逃げてきたのだと、そうして心を守ってきたのだと、今さら気づいた。
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