8 / 35
北の場合 中
いや、こんなことは望んでなかった。
目が覚めるとスッキリとした白とベージュでまとめられた部屋のふとんで寝ていた。
ベッドは空で、隣の部屋から味噌汁の匂いがしている。
起き上がると下着姿だが、脱いだ記憶もない。
(頭が痛い……あの酒は色からしてやばかった)
ため息をついて、この後どうしようかと迷う。
幸い、今日は土曜日で予定もない。
そろそろと扉が開いた。
「森村起きた? 具合どう? 何か食べれそう?」
「……迷惑かけてすみません。全然覚えてなくて。頭がちょっと痛いですが、この匂い味噌汁ですか? 飲みたいです」
「あー、昨日はごめんね? あの店のサワーは名物なんだけどだめだったね、悪酔いしちゃったかな。だから、こちらもこれはお詫び」
まず、シャワーどうぞとタオルに歯ブラシ、着替えを渡された。
さっぱりしたところでミネラルウォーターが出てくる。
今日の予定を聞かれ、暇だと答えればゆっくりしていってと、脱いだものを洗濯機に入れた。
昨日の夜吐いたらしく、汚れたシャツはすでに洗われていたし、スラックスは無事だったがスチームをあててくれていてぱりっとしていた。
現在、弟のものだというスウェットの上下を借りている。
「北さん……マメですね。助かりました」
「あー、やりすぎた? ごめん」
褒めているのになぜか謝られた。
尽くしすぎてフラれてきたのがトラウマらしい。
「なるほど、それで会社では大雑把を装っている、と」
「仕事は手を抜いてないよ? やりすぎないよう気をつけてるだけ」
「仕事中は細やかな気遣いだから、不思議だったんです」
朝からする話じゃないよね、もう少し寝たら?と北に促された。
「さすがに眠れないので、布団片しますね……これ、彼女さんも使うんですか?」
「使うよ。弟もな」
一緒に寝ないんですね、と森村が笑うと寝相悪いから、と答えが返ってくる。
天気も良くふとんを干したところで、
「やっぱり動いたら気持ち悪いです……横になっていいですか?」
ちらりとベッドに視線を送る。
「吐かないなら」
北が仕方なく頷いた。
「冷やすものとかいる?」
「……甘やかされるの、クセになりそうで困りますね。……欲しいです」
冷たいタオルを額にのせてくれる。
森村はその手をつかんだ。
「こっちの方が気持ちよさそう」
「元気あるなら追い出すけど?」
「……北さん、彼女さんとどんな付き合いしてるんですか?男はダメですか?」
一緒に出かけたり、ご飯食べたり?普通だよ。男はしばらくいいかなと答えるのを聞いて握ったままの手をゆっくりさすった。
「なるほど。では僕を仮の彼氏にしませんか? 会社で変なやつに声かけられなくなりますよ」
「それ、……森村にメリットある?」
「堂々と北さんをからかえるじゃないですか。それに、僕も無駄に誘われなくなるので」
冗談めかしていう森村に北はじーっと見つめてきた。
「ねぇ、実は本気で口説いてる?」
察しが良くて、男前。
森村が言葉に詰まった、のは一瞬のことで。
「北さん、好きです。彼女と別れて俺と付き合ってください」
「ふむ……とりあえず、今日泊まっていけば?」
頷いて額のタオルを目の上にのせた。
顔が熱い。
「顔赤い。森村さー、いつも素直だったらかわいいのに」
「北さんは……男前ですよね」
***
その後うとうとして寝てしまったようだ。隣の部屋で北の話し声が聞こえる。
「みなちゃん、今日来れる?……あー、そう……じゃあ、その時寄ってくれる?」
彼女と話しているんだろうなと複雑な気持ちになる。
会わせようとしているのだろうか、すっぱりさっぱり未練を残さないようにふられるのだろうか。
頭の上のタオルを外すとうつ伏せになって、シーツに移る北の匂いを吸い込んだ。
「森村? 寝てる?」
「……寝てます」
「そう、パスタ食べる?」
「……食べます」
「何系? さっぱり和風? トマト系? がっつりニンニク系? 意外とクリーム系?」
「……がっつりニンニクで」
「わかった」
彼女が来るのに二人でニンニクとか、おかしいでしょ、と思いながら頼む。
頭痛も残っていない。キッチンとダイニングを兼ねた隣の部屋へ向かう。
「何か手伝います?」
「うーん、特にないなぁ。座ってて」
北が手際よく料理する様を眺めた。
何かつまむ?と聞かれ首を横に振る。
じゃあ、お茶飲んでてと冷蔵庫からポットとグラスが出てきた。
「……まずいです、男をダメにしますね」
「かあちゃんか!ってふられたからね」
「残念ながら、うちの母は尽くされて当然タイプだったのでそれには当てはまりません。僕、家事は一通りできます」
「……売り込むね?」
そうこう言ってる間にパスタが皿に盛られる。
厚切りベーコンの入ったペペロンチーノにミックスリーフのサラダが添えられる。
「……おいしそうです」
「薄かったら、これ」
塩、胡椒にマヨネーズ、醤油を渡される。
不思議に思いつつも、とりあえず受け取る。
一口食べて、ちょうどいい塩加減だと思う。
「おいしいです。……もしかして歴代の彼氏に味覚音痴がいたんですか? 甘やかしすぎです」
「食の好みって育った環境があるからさ、いちいち気にしない」
「それは納得いかないですね。好みが一緒の方が分かち合えていいですよ。まず、入る店で揉めるじゃないですか」
確かにそういうことあったな、それでおうちご飯が増えてマンネリ化して別れた面もあるかもしれないと北は思い出す。
「朝の味噌汁も、パスタもそのままでおいしいです。だから」
僕はどうですか?と言う前にチャイムが鳴った。
まだ半分も食べていないのに、もう彼女の登場かと思うと森村の食欲が失せた。
「ちょっと待ってて。冷めちゃうから食べててね」
にこにこしながら北が立ち上がると、部屋を出て玄関で、立ち話をしているようだった。
「こんにちはー」
背後から声をかけられて振り向くと、小学生くらいの女の子が立っていた。
北を幼くしたような、目元がそっくりに見える。
「はじめまして、みなです」
「はじめまして、森村です」
二人でしばし見つめ合う。
「これ、ママからデザートにどうぞって。私、一時に友達と待ち合わせしてるからこのまま行くね」
森村にペコリとお辞儀して玄関で北と小声で話す。
「合格でいいんじゃない? かっこいい」
「みなちゃんがそういうならそうかな。ママによろしくね? 今日はありがと」
「でもさ……ニンニク食べたらチュウできないよ? ガム持ってる?」
「……ぅん」
「うそだ……じゃあこれあげる、手出して。がんばってね」
ジャラジャラという音がした。
丸聞こえでなんだかむずむずする。
玄関の閉まる音が聞こえて北が目の前に座る。
「姪っ子さんですか?」
「そう。姉の子。十歳だけど、一丁前に女子なんだよね、私の彼女」
北がにっこり笑った。
あなたにおすすめの小説
「職場では隙のない完璧な先輩が、家ではゆるニットで甘えてくる。それでも彼女は、まだ俺の恋人じゃない」
まさき
恋愛
会社では完璧で、誰も近づけない先輩。
そんな彼女と、俺は同じ部屋で暮らしている。
「…おかえり」
ゆるニット姿の彼女は、家でだけ甘い声を出す。
近い。甘い。それでも――
「ちゃんと付き合ってから」
彼女は知っている。自分が好きになりすぎることを。
嫌われるのが怖くて、迷惑になるのが怖くて。
だから一歩手前で、いつも笑って止まる。
最初から好きなくせに、言えない彼女と。
気づいているのに、待っている俺の話。
不遇な令嬢は次期組長の秘めたる溺愛に絡め取られる。
翼 うみ
恋愛
父の会社を立て直す交換条件のため、ほぼ家族に身売りされた形で関東最大級の極道・桜花組の次期組長に嫁入りしたジェシカ。しかし母を亡くして以降、義母と義妹に虐げられていたジェシカは実家を出られるなら、と前向きだった。夫となる和仁には「君を愛することはない」と冷たく突き放される。それでもジェシカは傷つくことはなく、自分にできることを探して楽しんでいた。
和仁には辛い過去がありそれ故に誰のことも愛さないと決めていたが、純真で健気なジェシカに段々と惹かれてゆき――。
政略結婚から始まる溺愛シンデレラストーリー。
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
仮面王の花嫁
松雪
恋愛
婚約者を腹違いの妹に奪われ、新しい相手も見つからず修道院に行く覚悟を決めたルチア。修道女となるため髪を切った日の夜、王城から「国王がルチアを妻に望んでいる」という書簡を持った使者がやって来た。
しかし、従兄弟であり恋仲だったニールが国王のせいで死に至った過去を持つルチアは、国王からの求婚を喜べずーー。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??