俺は勇者のお友だち

むぎごはん

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9 夜を震わせ

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 蒼白い熱風になびく髪。その人は、揺らめく焔を身に纏い、幻想的ともいえる美しさで窓辺へと降り立つ。


「ヒぎゃゃああッ」
 家畜じみた悲鳴を上げ、真っ裸の男は腹を揺らし転げるようにして部屋を出て行った。

 音も無く降り立った騎士は、冷たい怒りを燃え滾らせたまま、男の消え去ったドアを見つめる。
 そうして一歩、また一歩と、青い炎を揺らめかせつつ部屋を横切り、俺のいるベッドへと近づいてくる。
 真っ直ぐに、俺を見て。

 俺は胸の前で固くシーツを握りしめ、ベッドの隅で震え慄きながら、青焔の騎士の姿を必死に見つめた。
 俺は、謝らなければならない。
 こんな姿でいることを。こんな風体を眼前に晒していることを。
 イゼルさんはきっと俺のことを、きちんとした仕事を真面目にこなしているのだと思っている。
 
 だけど実際の俺は、いろんなことに上手く対処しきれずに、身体を壊し、どうすればいいかも分からなくて、言われるがままこんな事までするようになって。
 俺の身体は汚い痕がいっぱい付いて、よごれている。
 俺は愚かで、汚い。恥ずかしい。

 イゼルさんがなぜ今、急にここに現われたのかは分からないけれど、きっとこんな俺を見て、落胆と侮蔑を感じているだろう。
 こんな情けない、みっともない奴、もう知り合いではないと言われるかもしれない。

 イゼルさんに嫌われたら、俺はもう生きて行けない。

「・・・・イゼルさんっ、ごめっ、ごめんなさい・・・っ」
 
 涙が零れてきて、急いで止めようと拭うけれど、縛られたままでは上手く拭えない。
 早く涙を止めなくては。呼吸が苦しい。
 強引にごしごしと顔をこする。
 きちんと説明をして謝らなくては。
 泣いては駄目だと言われている。約束をしている。 
 
 甘えないで一人で生きる。
 決して逃げたりしないで、この世界で頑張って生きてけるようになる。

 必死に両手を握り込む。シーツにどんどん血が滲んでゆくが、痛みなんてよく分からない。

「がんばる、からっ、俺もっと、がんばるから・・・・っ」
 
 嫌いにならないで。見捨てないで。
 



 いつの間にか焔は消えていた。
 苦しげに寄せられた眉をそのまま、イゼルさんはベッドの傍らに来て俺を見下ろし、何故かとても辛そうにする。

「・・・・ミキヤ」
 そっと手を差し伸べられた。
 俺は壁際にうずくまったまま、動けなかった。
 さらにきつくシーツを引き寄せる。
 両腕には辛うじてシャツが引っかかっているけれど、俺は全裸で、肌には宿泊客に付けられた痕が付いている。
 
「ミキヤ、おいで」
 穏やかな声と共に、片膝をベッドに乗り上げ、静かに間合いを詰めてくる。

 その手が、とても優しいことを知っている。
 イゼルさんは大人で、いつまでも怒気を露わにするような人じゃないし、きっともう冷静になっている。たぶん俺を、ちゃんとした言葉で諭すように叱ってくれる。それにイゼルさんにならば、殴られたって別にかまわない。

 なのに、俺の身体は酷く震えて、上手く動かせなくて、その手に手を伸ばすことができなかった。
 何か、言わなくては。
 だけど喉が詰まって言葉が出ない。
 胸が苦しくて、俺は震える腕で口元を隠し、必死にちいさく首を振った。

 甘えてはいけない。すがってはいけない。泣いてはいけない。

 どうしたらいいか分からない。 
 

「ミキヤ・・・・!」

 有無を言わさず近付いた両腕に掴まえられた。
 強く引き寄せられ、強引にその腕の中に抱き込まれた。
 シーツごと大きな胸に囲われ、苦しいくらいにその身に押し付けられて。

「怖かっただろ、辛かっただろ・・・・。もう大丈夫・・・・」 
  
 ドクンドクンと強く脈打つ鼓動がある。微かな震えが伝わってくる。

「ごめんな」

 苦しげに、搾り出すように囁かれた。

「おまえに、こんな我慢をさせて」 

 するりと手首を拘束していたベルトがほどけた。
 俺はイゼルさんの胸に身体を押し付けたまま、ぶんぶんと首を振った。
 イゼルさんは優しい。
 
 俺は未熟者で、甘ったれで、ほんとうはもとの世界にいた時から、周囲に迷惑ばかり掛けていた。
 家の手伝いなんかほとんどしたことなかったし、わがままで、家族や友人の善意に甘えてばかりいた。だからこっちの世界へ飛ばされてしまったのだと思っていた。きっと罰が当たったんだ。
 俺がもっとしっかりしていて、有能で、もっといっぱい頑張れていたら、きっとこんな風にはならなかっただろう。
 イゼルさんには迷惑を掛けてばかりで、こんな最低な仕事ぶりで、俺は、また飛ばされたりしないだろうか。

「ミキヤ」
 
 包容を解かれると、イゼルさんの美しい瞳がすぐ目の前にあって、苦しげに見つめられていた。
 頬に触れられ、親指でそっと唇をなぞられる。

「噛んではだめだ」

 知らないうちに下唇を痕が付くほど噛み締めていた。

「手も、こんなに握っては傷になる」

 握り込む手を解くよう促され、俺はがくがくと震える指を無理矢理にひらいた。
 力を込めていないと。
 力いっぱい我慢していないと、俺はきっと崩れる。

「俺に掴まれ」
 
 両手を背中にまわすよう手を持っていかれ、身体を固定された。
 真剣な目で真っ直ぐに見下ろされる。

 ちゃんと掴まっていろ。

 次の瞬間、近づいた容の良い唇に、唇を塞がれていた。
 優しく慣らすように啄ばまれたあと、肉厚なぬめった舌に入り込まれた。するとすぐさま、凶暴な程に甘い熱が怒涛のようになだれ込んでくる。

「・・・・んんッ、・・・・っ」

 治癒だ。治癒魔力を注ぎ込まれている。
 しかもすごい勢いで、溺れそうなくらいに。
 身体がビクビクと波打ち、狂おしいほどの魔力の熱が体内でうねり広がって、俺はいつの間にか力いっぱい目の前の人にしがみ付いていた。
 強すぎて怖い。
 大きな体は俺のことを、まったく揺らぐことなくしっかりと抱き止めてくれている。

 窓を開け放ったままのほの暗い室内に、静かな夜風が吹き込んでくる。
 俺はイゼルさんの体に思い切り縋り付き、強引な舌に口腔内を侵されながら、嗚咽し、泣いていた。
 

 


 
  


 

 
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