1 / 68
水泳部を作ろうと思います
しおりを挟む
ただひたすらもがいた。必死に手を伸ばしても、どこへも届かない。
離れてく——
たくさんの泡に包まれながら、私が大地から離れてく——
⌘
入学式が終わって振り分けられた教室で、風花は自分の席についた。窓際の後ろから二番目。窓から見える風景がなかなか見晴らしが良くてよろしい。
「担任の長谷川です。保健体育を担当してます」
オリエンテーションの最初に、教室の一番前に立った担任の先生は、まず「長谷川康二」と大きく板書した。
「康二と書いて、ヤスジと読みます」
わざわざ丁寧に読み方まで教えてくれた。かなり日焼けしていて、ツヤツヤと肌艶もいい。とっても爽やかな感じの先生だ。
「ちょっと自己紹介をすると、学生の頃からずっと水泳をやってて、こう見えて平泳ぎで国体に出たこともあるんだよ」
と、長谷川先生は少し得意げに教室を見渡した。
「じゃあ、みんなもまずは自己紹介をしてもらおうかな。名前と出身中学、できれば得意なことや入りたい部活などを。はい、君から順番。次はその後ろな」
先生はそう言って廊下側の一番前の男の子を指差した。いきなり指名されて、その男の子が慌てて立ち上がる。えーっという騒めきが教室に広がった。
順番だとすると、あと三十四人。早い順番ではないことに風花は胸をなでおろした。まだ少し考える時間がある。
風花の右隣の席は女の子だった。
「尾道南中からきました、小柴美織《こしばみおり》です。最近、百人一首にはまってます。この高校にあれば、競技かるた部に入りたいです」
背筋をピンと伸ばし、明るくはっきりとした口調で彼女が言った。座る時に短めのポニーテールが少し揺れて可愛い。
「尾道南中からきました、大河内孝太《おおこうちこうた》です。中学では陸上をやってました」
小柴美織の後ろの席の男の子はやたら背が高い。頭は丸刈りだ。
「おお、君が大河内くんか。聞いてるぞ。全中の大会まで行ったんだって?」
先生が言うと、「はあ。まあ」とやたら背の高い「大河内くん」が背を丸めて頭を掻き、照れ笑いをしながら席に着いた。すると、
「高校総体も狙ってますって、ちゃんと言っときんさいよ」
と、前の席の小柴美織が大河内孝太を振り向いて小声で言った。
「うっせえ」大河内孝太がボソッと答えた。
そっか。同じ中学の知り合いなんだ。仲がいいんだな、この二人。
まだ友達がいない風花は、ちょっと羨ましかった。
風花の順番がきた。大きく息を吸って少し緊張しながら立ち上がった。
「大道風花《おおみちふうか》です。東京の品川西中からきました。尾道に住むのは初めてなので言葉もわからない時もありますが、よろしくお願いします」
コソコソと「東京だって」と声がする。
「結構背が高いなあ。アスリートって感じだな。得意なスポーツは?」
と、長谷川先生が聞く。
「あっ、いえ。運動はとても苦手で……」消え入りそうな声。
「へえ、なんか得意そうだけどな。じゃあ、部活は文化部か?」
「あっ、はい。そのつもりです」
「そっか。まあ若いんだからスポーツも頑張れ。はい、じゃあ次。最後だな」
ふう。やっと先生から解放されて、静かに風花が席に座る。そのとき視線を感じて横を見ると、斜め後ろの大河内孝太が何か驚いたような顔で風花をじっと見ていた。
——えっ、なに?
思わず風花も目を合わせてしまった。
「孝太、なにをガン見してんのよ。もしかしてまた一目惚れ?」風花たちの様子に気がついた小柴美織が横から言う。「こいつ、一目惚れ体質だからマジに相手にしなくてええよ」
風花にそう言って彼女が笑った。屈託のない笑顔。絶対いい子だ。
「ちげーよ」
彼はそう言って風花から視線を逸らした。
ひと通り自己紹介を終え、先生からこれからの学校生活のことなどを詳しく教えてくれた。
そして週番が出席番号の若い順から二人、男女のペアで指名され、教室がもう一度騒ついた。
「じゃあ、今のうちに何か先生に聞いておきたいことがあるか」
そして最後にそう言って先生は「質問があるなら手をあげて」というように、自分で左手を上げてみせた。でも、始まったばかりで、おそらくみんなもまだ何を聞いたらいいのかもわからないのだろう、じっと黙っていた。
「はい」
そんな中、風花の右後ろから声がして、振り向くと大河内孝太が手を挙げていた。なかなか勇気があるなと感心する。そしてやっぱり手も長い。
「ほい、大河内。なんだ」
すぐさま先生が指を差した。
「部活のことでもええですか」
「もちろん。陸上部のことか」
「いえ、そうじゃなくて。あの、この学校は水泳部はありますか」
「水泳部? いや、残念ならがないんだよな。水泳部があったら顧問をしたかったんだがなあ」先生は本当に残念そうな顔をする。「水泳部がどうかしたか」
大河内孝太はちょっと考えて、
「じゃあ、自分が水泳部を作りたいって言ったら許可を貰えますか」
「お前は陸上部じゃないのか。全中の大会まで出たのに」
全中とは毎年東京で行われる、全日本中学校体育大会のことだ。
「いや、陸上を止めるつもりはないけど、全中も結局予選落ちじゃし。だから今のうちに違うスポーツもやってみたらええかなと思うて」
「まあ、昔から二兎を追うもんは言う諺もあるもんじゃがの。まあええ、聞いてみとくわ」
と先生が言い、「お願いします」と大河内孝太が背を丸めて頭を下げた。
離れてく——
たくさんの泡に包まれながら、私が大地から離れてく——
⌘
入学式が終わって振り分けられた教室で、風花は自分の席についた。窓際の後ろから二番目。窓から見える風景がなかなか見晴らしが良くてよろしい。
「担任の長谷川です。保健体育を担当してます」
オリエンテーションの最初に、教室の一番前に立った担任の先生は、まず「長谷川康二」と大きく板書した。
「康二と書いて、ヤスジと読みます」
わざわざ丁寧に読み方まで教えてくれた。かなり日焼けしていて、ツヤツヤと肌艶もいい。とっても爽やかな感じの先生だ。
「ちょっと自己紹介をすると、学生の頃からずっと水泳をやってて、こう見えて平泳ぎで国体に出たこともあるんだよ」
と、長谷川先生は少し得意げに教室を見渡した。
「じゃあ、みんなもまずは自己紹介をしてもらおうかな。名前と出身中学、できれば得意なことや入りたい部活などを。はい、君から順番。次はその後ろな」
先生はそう言って廊下側の一番前の男の子を指差した。いきなり指名されて、その男の子が慌てて立ち上がる。えーっという騒めきが教室に広がった。
順番だとすると、あと三十四人。早い順番ではないことに風花は胸をなでおろした。まだ少し考える時間がある。
風花の右隣の席は女の子だった。
「尾道南中からきました、小柴美織《こしばみおり》です。最近、百人一首にはまってます。この高校にあれば、競技かるた部に入りたいです」
背筋をピンと伸ばし、明るくはっきりとした口調で彼女が言った。座る時に短めのポニーテールが少し揺れて可愛い。
「尾道南中からきました、大河内孝太《おおこうちこうた》です。中学では陸上をやってました」
小柴美織の後ろの席の男の子はやたら背が高い。頭は丸刈りだ。
「おお、君が大河内くんか。聞いてるぞ。全中の大会まで行ったんだって?」
先生が言うと、「はあ。まあ」とやたら背の高い「大河内くん」が背を丸めて頭を掻き、照れ笑いをしながら席に着いた。すると、
「高校総体も狙ってますって、ちゃんと言っときんさいよ」
と、前の席の小柴美織が大河内孝太を振り向いて小声で言った。
「うっせえ」大河内孝太がボソッと答えた。
そっか。同じ中学の知り合いなんだ。仲がいいんだな、この二人。
まだ友達がいない風花は、ちょっと羨ましかった。
風花の順番がきた。大きく息を吸って少し緊張しながら立ち上がった。
「大道風花《おおみちふうか》です。東京の品川西中からきました。尾道に住むのは初めてなので言葉もわからない時もありますが、よろしくお願いします」
コソコソと「東京だって」と声がする。
「結構背が高いなあ。アスリートって感じだな。得意なスポーツは?」
と、長谷川先生が聞く。
「あっ、いえ。運動はとても苦手で……」消え入りそうな声。
「へえ、なんか得意そうだけどな。じゃあ、部活は文化部か?」
「あっ、はい。そのつもりです」
「そっか。まあ若いんだからスポーツも頑張れ。はい、じゃあ次。最後だな」
ふう。やっと先生から解放されて、静かに風花が席に座る。そのとき視線を感じて横を見ると、斜め後ろの大河内孝太が何か驚いたような顔で風花をじっと見ていた。
——えっ、なに?
思わず風花も目を合わせてしまった。
「孝太、なにをガン見してんのよ。もしかしてまた一目惚れ?」風花たちの様子に気がついた小柴美織が横から言う。「こいつ、一目惚れ体質だからマジに相手にしなくてええよ」
風花にそう言って彼女が笑った。屈託のない笑顔。絶対いい子だ。
「ちげーよ」
彼はそう言って風花から視線を逸らした。
ひと通り自己紹介を終え、先生からこれからの学校生活のことなどを詳しく教えてくれた。
そして週番が出席番号の若い順から二人、男女のペアで指名され、教室がもう一度騒ついた。
「じゃあ、今のうちに何か先生に聞いておきたいことがあるか」
そして最後にそう言って先生は「質問があるなら手をあげて」というように、自分で左手を上げてみせた。でも、始まったばかりで、おそらくみんなもまだ何を聞いたらいいのかもわからないのだろう、じっと黙っていた。
「はい」
そんな中、風花の右後ろから声がして、振り向くと大河内孝太が手を挙げていた。なかなか勇気があるなと感心する。そしてやっぱり手も長い。
「ほい、大河内。なんだ」
すぐさま先生が指を差した。
「部活のことでもええですか」
「もちろん。陸上部のことか」
「いえ、そうじゃなくて。あの、この学校は水泳部はありますか」
「水泳部? いや、残念ならがないんだよな。水泳部があったら顧問をしたかったんだがなあ」先生は本当に残念そうな顔をする。「水泳部がどうかしたか」
大河内孝太はちょっと考えて、
「じゃあ、自分が水泳部を作りたいって言ったら許可を貰えますか」
「お前は陸上部じゃないのか。全中の大会まで出たのに」
全中とは毎年東京で行われる、全日本中学校体育大会のことだ。
「いや、陸上を止めるつもりはないけど、全中も結局予選落ちじゃし。だから今のうちに違うスポーツもやってみたらええかなと思うて」
「まあ、昔から二兎を追うもんは言う諺もあるもんじゃがの。まあええ、聞いてみとくわ」
と先生が言い、「お願いします」と大河内孝太が背を丸めて頭を下げた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
痩せたがりの姫言(ひめごと)
エフ=宝泉薫
青春
ヒロインは痩せ姫。
姫自身、あるいは周囲の人たちが密かな本音をつぶやきます。
だから「姫言」と書いてひめごと。
別サイト(カクヨム)で書いている「隠し部屋のシルフィーたち」もテイストが似ているので、混ぜることにしました。
語り手も、語られる対象も、作品ごとに異なります。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる