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ごめん
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——ゲホっ
風花がむせかえりながら目が覚めると、真っ白い天井が見えて周りはカーテンで仕切られていた。そしてその右手を誰かが——、ゆっくりと視線を向けるとミオが両手で祈るように握ってた。
「あっ、起きたね。具合どう?」白衣を着た女性が声をかけてきた。「あっ、知らないよね。私、看護師の嶋内よ。よろしくね」
「あの、ここは……」
まだ少し、ぼうっとしながら風花が聞くと、
「学校の保健室。新入生だからここは初めてでしょ? バイタル採ったら病院に行くほどじゃなかったみたいだから、ちょっとベッドで休んでもらってたの」
と嶋内先生が返事をするその横で、「風花、ごめん。私のせいだよね。私が無理やりかるたをさせようとしたから——」と言いながら、ミオが泣きじゃくっている。
「ははは、そこまで気にしなくて大丈夫よ。軽い貧血だから。ええっと大道さんだったっけ。今朝はちゃんとごはん食べてきた?」
「朝ご飯は——今朝はちょっと緊張してて、あんまり食べられなくって」
「でしょう? あなた体格がいいんだから、ちゃんと必要なカロリーは摂らなきゃだめよ。それじゃあ自慢の筋肉を活かせないわよ」
先生はそういうと、冷蔵庫からジェルの栄養ドリンクを取り出して、「ほい」と差し出した。
「ありがとうございます」
風花はそれを受け取ると、ミオの手をそっと離しながらベッドから体を起こし、そのドリンクのキャップをパキュッと音を立てて回し、容器を握りつぶすように一気に中身を口に流し込んだ。
「で、スポーツは何やってんの? 背筋と肩周りの筋肉がかなり発達してるけど、しっかり脂肪もついてるってことは……。あっ、待って、言わないで。絶対当てるから」
と先生は言いながら、風花の右肩に手を載せると肩の筋肉を軽く握り、「これは水泳でしょう。どう? 当たり?」と顔を覗き込んだ。
「あっ、私は……スポーツは苦手で」
えっというミオの顔を見て、風花は慌ててかぶりを振った。
「またまたあ。いいわよ、隠さなくて」
「いえ、本当に。それに私、泳げないので——」
恥ずかしそうに言うと、先生は本当に驚いた顔をしたが、何か思うところがあるのか、それ以上は何も聞かなかった。
担任の長谷川先生が保健室に顔を出した頃には、風花の体調はすっかり元に戻っていて、ミオと一緒であることを条件に帰宅を許された。自宅へはすでに連絡がいっているということだ。
二人で初めて肩を並べて帰る通学路とバス。国道沿いのバス停で降りると、ミオは自宅はアーケードのある商店街の中にあるということなので、普通ならそこで分かれることになるが、ここで大丈夫だからと言っても、今日は先生から頼まれてるので風花の自宅まで付き添うと言ってきかなかった。
信号が変わるのを待って国道を渡り、少し歩いてコンクリートの階段を上がると、昔「転校生」という映画の冒頭近くで使われた小さな踏切がある。男女の入れ替わりを描いたその映画では、この踏切を渡ると男女が転落したお寺の階段があるという設定になっているが、残念ながら現実にはお寺の階段の代わりに、見上げるほどに急激な——それこそまさに尾道の原風景たる、初めて訪れる人には絶望を抱かせるに十分すぎるほどの坂道が待ち受けているのだ。
試しにインターネットの航空写真などで尾道の山沿いを見てみるとよい。JRの線路から北側の山肌に、幾つものお寺とたくさんの民家がびっしりと敷き詰められているのがわかるはずだ。
その急坂をゆっくりゆっくりと二人で登ってゆく途中、
「あのさ、本当にかるたが嫌で倒れたとかじゃ……ないよね」
とミオがおずおずと聞いた。
なんだ。明るい性格のミオが、さっきから妙に黙っていると思ったら。
「違うよ。っていうか、むしろ、かるたってスポーツなんだって驚いちゃった。だから、ミオちゃんもアスリートだなって。すっごいかっこよかった」
本心だった。まだ自分の知らないこんなスポーツがあったんだ。
「本当に? うれしい!」
と照れるように笑う。破顔一笑って、きっとこんな時に使う言葉なんだな。
坂道の途中から横に抜ける道に左に曲がる。道というにはかなり狭いが、この山肌には同じような横に渡る道が数本あって、段々畑のような急な斜面のため、手を伸ばせば一段下の民家の屋根にさえも届く場所もある。
その角を曲がった向こうに年配の女性が道ばたの大きな石に腰掛けていた。風花の祖母の麻里子だった。学校から連絡がいったので、外に出て帰ってくるのを待っていたようだ。
クラスの友達だとミオを紹介すると、こんなところまでわざわざありがとうと礼を言い、「あの子も?」と風花たちの後ろに視線を向けた。そこには孝太が少し離れた場所で所在なげに立っていた。ミオが呼ぶと照れ臭そうに近くにきた。どうやら風花が具合を悪くしたと聞いて、ボディガードのつもりでついてきてくれたらしい。そして、その時になって初めて、風花を背負って保健室へ連れて行ってくれたのが孝太だとミオが教えてくれたのだ。
風花は猛烈に恥ずかしくなり、孝太の顔をまともに見られなかった。
風花がむせかえりながら目が覚めると、真っ白い天井が見えて周りはカーテンで仕切られていた。そしてその右手を誰かが——、ゆっくりと視線を向けるとミオが両手で祈るように握ってた。
「あっ、起きたね。具合どう?」白衣を着た女性が声をかけてきた。「あっ、知らないよね。私、看護師の嶋内よ。よろしくね」
「あの、ここは……」
まだ少し、ぼうっとしながら風花が聞くと、
「学校の保健室。新入生だからここは初めてでしょ? バイタル採ったら病院に行くほどじゃなかったみたいだから、ちょっとベッドで休んでもらってたの」
と嶋内先生が返事をするその横で、「風花、ごめん。私のせいだよね。私が無理やりかるたをさせようとしたから——」と言いながら、ミオが泣きじゃくっている。
「ははは、そこまで気にしなくて大丈夫よ。軽い貧血だから。ええっと大道さんだったっけ。今朝はちゃんとごはん食べてきた?」
「朝ご飯は——今朝はちょっと緊張してて、あんまり食べられなくって」
「でしょう? あなた体格がいいんだから、ちゃんと必要なカロリーは摂らなきゃだめよ。それじゃあ自慢の筋肉を活かせないわよ」
先生はそういうと、冷蔵庫からジェルの栄養ドリンクを取り出して、「ほい」と差し出した。
「ありがとうございます」
風花はそれを受け取ると、ミオの手をそっと離しながらベッドから体を起こし、そのドリンクのキャップをパキュッと音を立てて回し、容器を握りつぶすように一気に中身を口に流し込んだ。
「で、スポーツは何やってんの? 背筋と肩周りの筋肉がかなり発達してるけど、しっかり脂肪もついてるってことは……。あっ、待って、言わないで。絶対当てるから」
と先生は言いながら、風花の右肩に手を載せると肩の筋肉を軽く握り、「これは水泳でしょう。どう? 当たり?」と顔を覗き込んだ。
「あっ、私は……スポーツは苦手で」
えっというミオの顔を見て、風花は慌ててかぶりを振った。
「またまたあ。いいわよ、隠さなくて」
「いえ、本当に。それに私、泳げないので——」
恥ずかしそうに言うと、先生は本当に驚いた顔をしたが、何か思うところがあるのか、それ以上は何も聞かなかった。
担任の長谷川先生が保健室に顔を出した頃には、風花の体調はすっかり元に戻っていて、ミオと一緒であることを条件に帰宅を許された。自宅へはすでに連絡がいっているということだ。
二人で初めて肩を並べて帰る通学路とバス。国道沿いのバス停で降りると、ミオは自宅はアーケードのある商店街の中にあるということなので、普通ならそこで分かれることになるが、ここで大丈夫だからと言っても、今日は先生から頼まれてるので風花の自宅まで付き添うと言ってきかなかった。
信号が変わるのを待って国道を渡り、少し歩いてコンクリートの階段を上がると、昔「転校生」という映画の冒頭近くで使われた小さな踏切がある。男女の入れ替わりを描いたその映画では、この踏切を渡ると男女が転落したお寺の階段があるという設定になっているが、残念ながら現実にはお寺の階段の代わりに、見上げるほどに急激な——それこそまさに尾道の原風景たる、初めて訪れる人には絶望を抱かせるに十分すぎるほどの坂道が待ち受けているのだ。
試しにインターネットの航空写真などで尾道の山沿いを見てみるとよい。JRの線路から北側の山肌に、幾つものお寺とたくさんの民家がびっしりと敷き詰められているのがわかるはずだ。
その急坂をゆっくりゆっくりと二人で登ってゆく途中、
「あのさ、本当にかるたが嫌で倒れたとかじゃ……ないよね」
とミオがおずおずと聞いた。
なんだ。明るい性格のミオが、さっきから妙に黙っていると思ったら。
「違うよ。っていうか、むしろ、かるたってスポーツなんだって驚いちゃった。だから、ミオちゃんもアスリートだなって。すっごいかっこよかった」
本心だった。まだ自分の知らないこんなスポーツがあったんだ。
「本当に? うれしい!」
と照れるように笑う。破顔一笑って、きっとこんな時に使う言葉なんだな。
坂道の途中から横に抜ける道に左に曲がる。道というにはかなり狭いが、この山肌には同じような横に渡る道が数本あって、段々畑のような急な斜面のため、手を伸ばせば一段下の民家の屋根にさえも届く場所もある。
その角を曲がった向こうに年配の女性が道ばたの大きな石に腰掛けていた。風花の祖母の麻里子だった。学校から連絡がいったので、外に出て帰ってくるのを待っていたようだ。
クラスの友達だとミオを紹介すると、こんなところまでわざわざありがとうと礼を言い、「あの子も?」と風花たちの後ろに視線を向けた。そこには孝太が少し離れた場所で所在なげに立っていた。ミオが呼ぶと照れ臭そうに近くにきた。どうやら風花が具合を悪くしたと聞いて、ボディガードのつもりでついてきてくれたらしい。そして、その時になって初めて、風花を背負って保健室へ連れて行ってくれたのが孝太だとミオが教えてくれたのだ。
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